BY NANCY HASS, PHOTOGRAPHS BY KRISTIN-LEE MOOLMAN, STYLED BY SUZANNE KOLLER, TRANSLATED BY HARU HODAKA
「これからきみを連れて行くところより素敵な場所は、この世界中にないかもしれない」。ジョナサン・アンダーソンは、煙草に口をつけ最後の一服を吸いながらそう言った。私たちは世界中でも最も大規模に装飾アートの展示品を収容している場所のひとつ、ロンドンのヴィクトリア&アルバート博物館の巨大な石段の上に立っている。煙草を靴のかかとで踏んで消すと、彼はいきなり館内に向かって走り出す。受付を通りすぎ、天井が高い展示室に続く大理石の階段を一気に駆け上がる。
最上階にある陶器ギャラリーは、1868年に開設されて以来何度か移動し、10年前に再編成された。11部屋の中に3万点以上の壺や大皿、カップやティーセットが展示されており、紀元前2500年から現在までの磁器、土器、石器などが収められている。サハラ以南のアフリカ由来のものから、イギリスのコッツウォルズ地方で出土したものまでさまざまだ。最近のモダンな博物館にあるような、ひと通り編集され、きちんとラベルがつけられ、アート作品を引き立たせるような照明装置で照らされた展示品が収められた部屋は、この博物館にはほんの少ししかない。
ここのほとんどの空間には、約3.65メートルの高さのガラスケースが何列も立ち並び、いろいろな展示物がぐちゃぐちゃに詰まっている。それらがどこから来たのかは、それぞれのケースの表面にシンプルな文字で中国、日本、中東などと記されているのだが、位置が高すぎてほとんど見えない。ロイヤルブルーと鮮やかなオレンジに輝く大皿の縁取りや、手でろくろを回して作った砂色の土器の粗削りな首部分がパッと目に入るものの、それ以外はよくわからない。アンダーソンがやるように、来る日も来る日も何時間もそこに立ち続けて、やっと全体が把握できる。その様子は博物館というよりも、イギリスのジョージ王朝時代の田舎の大邸宅に、大きな倉庫部屋が並んでいる光景に似ている。そこには先祖代々伝わる貴重品が、第一次世界大戦の戦火を逃れて収められているのだ。
「さまざまな家族が、歴史を丸ごと保存してきたから、ここにはこんなにいろいろなものがあるんだ」とアンダーソンは通路を歩きながら言う。そして時々立ち止まって、ケースのひとつを見上げる。「そうだね、多分、ここにあるほとんどの品を倉庫に入れてしまえば、もっと見やすい展示になるだろう。でも、愛の規模を縮小してはダメなんだ」
最近、同博物館の理事に任命されたアンダーソン自身は、歴史家でもギャラリストでもなく、風変りで美しい服とアクセサリーを作る34歳のクリエイターだ。その作品は思わず魅了されてしまうようなアヴァンギャルドさに満ちていながら、十分にウェアラブルだ。彼は今活躍しているデザイナーの中で最も革新的なアイデアをもつひとりだ。彼が最初にヴィクトリア&アルバート博物館を訪れたのは10代の頃で、そのときは母親と一緒だった。
今ではイースト・ロンドンにあるヴィクトリア様式の自宅か、ホクストンにあるJW ANDERSONの本社のどちらかから、タクシーに乗って最低月に2回はこの博物館を訪れている。
彼は2008年に、自身の名を冠したブランドを設立した。エキセントリックで両性具有的なメンズ・コレクションを打ち出し、ティッシュペーパーのように軽い革のドレスや、ダッフルバッグに使うようなコットン地でできたフリルつきホットパンツを発表した。2008年といえば、ジェンダーの壁を打ち破るような挑戦が、ごく当たり前になる前の時代だった。その2年後、彼は、優れた職人技に裏打ちされた、ユーモアあふれるウィメンズ・コレクションを追加した(牧師風の白いゴム襟がついた、モダンなシルクのペイズリー柄パジャマスーツ。スクエアトゥでスタッズがたくさんついた、ドラム缶ヒールのブーツなど)。約278平方メートルの面積がある広々としたアトリエで、彼はそれらの作品すべてを作り上げた。
2012年にはトップショップとのコラボレーションが大々的に注目され、その1年後、LVMHが彼の会社の株を所有すると同時に、彼をロエベのクリエイティブ ディレクターに任命した。ロエベは老舗だが、眠ったように代わり映えのしないスペインのレザーグッズブランドだった。ナルシソ・ロドリゲスや、現在コーチのクリエイティブ ディレクターを務めるスチュアート・ヴィヴァースの手腕をもってしても、同社を再生することはできなかった。