自叙伝としてのオブジェ

OBJECTS AS AUTOBIOGRAPHY
熱狂的なコレクターであるデザイナーのジョナサン・アンダーソン。彼が情熱を注ぐオブジェの数々と、美の奇才の心の内

BY ALICE GREGORY

画像: コレクターでもあるジョナサン・アンダーソン

コレクターでもあるジョナサン・アンダーソン

 ヴァージニア・ウルフは自伝的エッセイ『過去のスケッチ』の中で、「人は日常の大半を意識的に生きていない」と綴っている。そして、この意識されない"非存在" の瞬間は、"不意の強い衝撃" に打たれてはじめて、記憶となって刻まれるのだと。たとえば、兄とのある殴り合いの喧嘩、花の芯を凝視したこと、夜に大人のおぞましい噂話を耳にしたこと。適当に選ばれた例のように見えながら、ウルフはこうしたシーンをほとんど神秘的に―奇妙なほど平凡なのに、何か特別なことのように描いている。たとえ一瞬にすぎなくても、人生のどんなときよりも鮮明に心に残る瞬間を、誰もが経験する。私たちの多くは、それがいつ起きるのか、どんなものかを予測することはできない。しかしその一方、この予知不能な訪れをじっと待てずに、自らつかもうとする人間もいる。

 今年の夏、ある雨の午後に、32歳のファッションデザイナー、ジョナサン・アンダーソンはマドリードのプラド美術館を訪れた。彼はあてどなく展示室を回っていたが、ロヒール・ファン・デル・ウェイデンの『十字架降架』を目にして、その場に立ち尽くした。15世紀の板絵が放つモダニティに釘づけになったのだ。「つい昨日描かれたもののように見えたよ」と、アンダーソンは後日、私に教えてくれた。

 その日の空模様や壁の色、そこにいた周囲の人々、聖母マリアのスカートの超現実的なひだに、彼は何かを感じ取った。魂を揺さぶられ、「ああ、人生で最も大切なのは、こんな瞬間だ」と思ったという。

 こうした一瞬を、アンダーソンは「熱狂に打たれる瞬間」と呼ぶ。その瞬間は、上下別々のビキニを着た女性がビーチでタバコを吸っているシーンを目にして起きることもある。あるいは、7月に赴いたイビサのナイトクラブで光のショーを見たときもそうだった。ちなみにこのイビサ訪問は、2013年からアンダーソンが率いる、LVMHグループの「ロエベ」のポップアップショップをオープンするのが目的だった。彼はスペインのラグジュアリーブランドであるロエベの世界にエキセントリックな要素を取り入れつつ、瞬く間にモダンに一新した。そしてロエベと並行して、革新的なコンセプトで評判のシグネチャーブランド「J.W.アンダーソン」も手がけている。現在活躍中の最も若く、最も注目されるデザイナーのひとりである彼が讃美し、同時に彼をほめたたえているのは、洗練されているが少々クセのある女性たちである。女優のクロエ・セヴィニーやルーニー・マーラ、平日にメトロポリタン美術館のエジプト館を観に行くような女性たち―外国住まいの裕福な女性相続人、でなければ中学校の美術教諭といった人々だ。

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