「農薬や化学肥料は人間の都合。必ず土や樹木、地下水や周りの環境に負荷をかけてしまう」。農薬と化学肥料を使わない柑橘作りを行ってきた、大谷農園の大谷氏は語る。自然との共存から生まれる柑橘類は、フレッシュで力強いエネルギーに満ちている

BY YUMIKO TAKAYAMA, PHOTOGRAPHS BY BUNGO KIMURA

 本誌10月25日号掲載の特集「おいしいひと皿から世界が変わる。」で取材したフランス料理店「レフェルヴェソンス」のシェフ 生江史伸さんが手がけるブーランジェリー「ブリコラージュ ブレッド アンド カンパニー」。この店の皿の上を彩るのはすべて、生江シェフが敬愛してやまない生産者たちが手塩にかけた食材だ。“おいしいひと皿”をつくる6人の生産者の声を、全6回にわたりお届けする。

 第5回は、愛媛県宇和島市で、農薬と化学肥料を使わずにみかんやレモン、いよかん、甘夏、ぽんかん、みしょうかんなどを栽培する大谷農園を紹介。


「ブリコラージュ アンド ブレッド カンパニー」のカフェで、人気のソフトドリンクがある。甘夏やみしょうかん、文旦などを使った、大谷農園の柑橘ジュースだ。「大谷さんの柑橘の果汁を初めて飲んだときの衝撃はすごかった。どの果汁よりもエネルギーがある」と生江シェフが言うように、柑橘のエキスをギュッと凝縮させたかのような濃厚さは、ほかにない味わいだ。

画像: 早生みかんや温州みかん、ぽんかん、いよかん、甘夏、文旦、みしょうかんのジュース。それぞれの柑橘の個性が生きている

早生みかんや温州みかん、ぽんかん、いよかん、甘夏、文旦、みしょうかんのジュース。それぞれの柑橘の個性が生きている

 愛媛県宇和島市の道の駅で大谷農園の大谷元治と待ち合わせをし、ほど近い柑橘畑のある山へ向かった。昔から愛媛のみかんが味がいいといわれるのは、瀬戸内の温暖な気候に加えて日照時間が長く、山の傾斜地によく陽が当たり、かつ水はけがいいからだそうだ。大谷の畑は付近十数カ所の山に点在し、多品目を小規模で育てている。「ここに柑橘の木が?」と思うような山の急斜面に、大谷はずんずん入っていき、数個の甘夏を持って戻ってきた。その甘夏はずっしり重く、ゴツゴツしていて、まるで野生のフルーツのような貫禄だ。

画像: 大谷農園の大谷元治さん。山の傾斜地で育てている柑橘の木を背景に。おおらかな雰囲気でゆったりと話すが、その言葉は深く哲学的だ

大谷農園の大谷元治さん。山の傾斜地で育てている柑橘の木を背景に。おおらかな雰囲気でゆったりと話すが、その言葉は深く哲学的だ

「農家は祖父の代から続いていて、柑橘農家としては私で2代目。最盛期には家族総出で収穫しなくちゃならない。みかんを無農薬で栽培しようと思ったのは、農薬を使っている畑に老いた両親を入れたくなかったからです」と大谷。「それに、農薬や化学肥料は人間の都合で生み出されたものですから。必ず土や樹木、地下水や周りの環境に負荷をかけてしまう」

 電子技法栽培(炭やマイナスイオン水などを使った農法)などを含め、土地に合う方法を探して試行錯誤しながら、農薬、化学肥料を使わない栽培を30年以上にわたって行ってきた。土づくりの基本は、多種類の草を利用する草成栽培で、植物性堆肥を中心に使用する。また、近年は温暖化の影響か、カズラのようなツル植物が増えた。みかんの木に巻きついたものは木が弱るので基本的には排除するが、木に対してほどよい日陰をつくるものはそのまま残す。草刈りもほとんどしない。雑草は足もとで倒して踏めばいい足場になり、ゆくゆくは肥料にもなると大谷は笑う。

画像: みかんの段々畑には、昔の人が急な山の斜面を苦労して切り開いてきた歴史がある

みかんの段々畑には、昔の人が急な山の斜面を苦労して切り開いてきた歴史がある

「知り合いの農家が植えたサマーキング(柑橘の種類)が、『おいしくないけん、ダメだった』って話していて。堆肥をやりすぎると木が太くなって、皮がゴツくなる。余った苗をもらって植えてみたら、とてもおいしいサマーキングができた。作り方によって味が変わるから、何がいいかわからん、ってつねに思っています」

 大谷の信念は、「収穫物の1/3は動物、1/3は人間、1/3は大地に還す」ことだという。「収穫したものを土に還すのが、豊かな土づくりには最もラクで、しかも土を汚染しないやり方です。土も人間と一緒で、酸性雨やいろいろな環境の変化で酸化し、錆びついてしまう。農薬や化学肥料でコントロールされた畑は、それが施されないとすぐに枯れたりするけれど、自然のサイクルのなかでありのまま生かされていると、すべてがバランスを取り合って共存共栄するんです」 

 この3分の1ルールは、長年、土地や環境を観察し、自分でさまざまな方法を試した結論だという。経済優先になりがちな現代において、「自然の恩恵は人間だけのものではない」という彼の姿勢から考えさせられる点は多い。

 大谷の柑橘の流通ルートを支えるのが、叔母の来島孝子・豊夫妻と、夫妻の娘でフラワースタイリスでもある由美さんだ。東京・青山の国連大学前広場で週末に開かれるファーマーズ・マーケットで、「シトロンエシトロン」として無農薬栽培の柑橘類を販売。「このみかんは無農薬だから、皮ごと食べられる。焼きみかんにすると風邪予防になるよ」とブースの軒先で豊さんがお客さんに声をかける。言われたとおりに皮ごとかじったみかんは、中から果汁があふれ、爽やかなみかんの香りと皮のかすかな苦み、果肉の甘みと酸味が心地よい。

画像: 焼きみかん。加熱することで糖度が上がる。みかんの皮には咳・たんを抑える効果があるとか

焼きみかん。加熱することで糖度が上がる。みかんの皮には咳・たんを抑える効果があるとか

 来島家では、昔からみかんといえば甥っ子が作る無農薬のみかんだった。孝子さんは毎年みかんの段ボールが届くと、「見てくれは悪いけど、おいしいから食べてみて」と近所に配っていたが、いつしか周りから「おみかん、今年はまだかしら?」と催促されるようになったという。

画像: ファーマーズ・マーケットのブースに並ぶ、大谷農園の「温州みかん」。口に入れると爽やかな甘さ、みずみずしさがほとばしる

ファーマーズ・マーケットのブースに並ぶ、大谷農園の「温州みかん」。口に入れると爽やかな甘さ、みずみずしさがほとばしる

「こんなに喜んでもらえるならば、いろんな人に知ってもらった方がいい」と、由美さんが発起人となって2013年からファーマーズ・マーケットとインターネットで販売をスタートさせた。最初は乗り気でなかった夫妻も、今では毎週日曜日のファーマーズ・マーケットでの販売でいろんな人たちと交流できることを楽しみにしている。

 愛媛で大切に育まれた柑橘類は、誰よりもそのおいしさを知る家族によって、より多くの人たちに届けられている。

画像: 東京・青山で開催されるファーマーズ・マーケットに出店している「シトロンエシトロン」。右から来島由美さん、大谷の叔母である孝子さん、豊さん。大谷農園の柑橘のほか、大谷の仲間の生産者のものも扱う Citron et Citron(シトロンエシトロン) http://citron.site ※ファーマーズ・マーケットへの出店日はHPで確認

東京・青山で開催されるファーマーズ・マーケットに出店している「シトロンエシトロン」。右から来島由美さん、大谷の叔母である孝子さん、豊さん。大谷農園の柑橘のほか、大谷の仲間の生産者のものも扱う
Citron et Citron(シトロンエシトロン)
http://citron.site
※ファーマーズ・マーケットへの出店日はHPで確認

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