BY KIMIKO ANZAI
2022年初夏、バッキンガム宮殿でくまのパディントンと共にアフタヌーンティーを楽しむエリザベス女王の動画が話題になった。お茶をポットから直接飲んでしまったり、エクレアをつぶしてしまったりと数々の失態を繰り広げたパディトンが、「いざという時のためにいつも持っているんです」と帽子の中からマーマレードのサンドイッチを取り出すと、女王も「私もよ」とハンドバッグからサンドイッチを取りだして見せる。すると、パディトンは言うのだ。「ハッピー・ジュビリー、マム。そして、ありがとうございます。今までのすべてに」。
上品で温かみのあるコメディに、女王ファンは湧いた。おそらくはパディトンのこの言葉に自分たちの思いを重ねたから。
英国王室初の在位70周年。今年で96歳を迎えた女王は、世界の王室において最年長の国家元首でもあった。だが、1952年、25歳の若さでエリザベス2世として即位した女王にとっては、この70年の道のりは決して穏やかなものではなかった。だが常に国民とともにあろうとする姿勢を貫いてきた。
筆者は約30年前に、ロンドン郊外で女王と同世代の婦人宅にホームステイをしていたが、彼女が近隣の友人たちと過ごすお茶の時間の記憶は、今も鮮明に残っている。話題はほぼ”女王“オンリー。イギリス人らしく、最初は天気や庭の花の話で始まるが、女王の話題になると一気にヒートアップ。「今日のニュースで見た女王は赤が似合っていたわ」「先日の黄色いスーツも素敵だったわよ」「でも、女王が一番似合うのはブルーよ。ロイヤルらしく上品だわ」。紅茶とビスケットだけで、女王のファッションについて延々とお茶の時間を楽しむ。このお茶会で、女王がいかに国民に愛されているかを知った。
そしてつい先日、英国は新国王チャールズ3世を擁し、新たな時代を迎えた。国王は彼の愛する母同様、国家と国民に尽くすことを宣言し、愛と尊厳を示した。皇太子時代、国王は公務に積極的に取り組んでいたが、中でも注力したのは自然農法へのアプローチだった。ナチュラルな素材を使用した食品ブランド「ダッチー・オリジナル」や「ハイグローヴ」などはチャールズ3世が立ち上げたブランドだ。
ここ30年の間に、英国の食は”モダン・ブリティッシュ”の流行も手伝って進化を遂げ、ようやく「英国はおいしい」と認知されるようになった。特に注目されているのが”ローカルマーケットのオーガニック食品や伝統食だ。これもチャールズ3世の地道な取り組みと無関係ではないだろう。
エリザベス女王とチャールズ新国王に敬愛を込めて、英国ゆかりの美味をセレクトしてみた。親愛なる英国へ、日本より愛を込めて。
“エリザベス女王の美しい庭”のハーブが薫る「バッキンガム・パレス・ジン」
バッキンガム宮殿の庭園で手摘みされたレモン、バーベナ、サンザシの実、桑の実などの植物をブレンドしたドライ・ジン。宮殿の花園をイメージさせるボトルも美しい。バッキンガム宮殿御用達スピリッツで、宮殿での公式行事でも供されている。深みのある味わいで、トニックウォーターで割ってレモンのスライスを添えれば、すっきりと楽しめる。エレガントなタンブラーに氷をたっぷりと入れて。キュウリやスモークサーモンなどの英国風サンドイッチと合わせたり、フィッシュ&チップスやキャビアとも好相性。英国では王室の公式ショップ「ロイヤルコレクション・トラスト・ショップ」で販売され、利益は王室所有の美術コレクション「ロイヤルコレクション」の維持に当てられる。
この上品なほろ苦さ、くせになる大人の味わい。チップトリー トゥニーオレンジマーマレード
コクのあるオレンジの甘さの中に、オレンジピールの苦みが上品に生きたマーマレード。カリッと焼いたトーストに、バターとこのトゥニーオレンジマーマレードをたっぷり塗り、上等な紅茶と合わせれば、英国風の幸福な朝食に。「チップトリ―」はイギリス・エセックス州チップトリ―村で農園を経営していたウィルキン家が1885年に自家製ジャムを作ったのが始まり。このトゥニーオレンジマーマレードはセビリアのオレンジと砂糖のみで作られ、着色料や保存料はいっさいなし。130年以上続く伝統レシピが今も守られている。その伝統を大切にしたナチュラルな味わいから、1911年、ジョージ5世の時代から王室御用達となる。2010年には、エリザベス女王がを工場を視察し、現地の話題となった。
“王室の酒庫番”のプライベートラベル「べリーズ・マルゴー/シャトー・デュ・テルトル」
英国最古のワイン&スピリッツ商として300年以上の歴史を持つ老舗が「ベリー・ブラザーズ&ラッド」。ジョージ3世の時代から宮殿にワインを届け、1903年、エドワード7世の時代に“王室御用達”となった。以来、“王室の酒庫番”と称され、現在もロイヤル・ウェディングや国賓を招いての晩餐会などの折には、ワインのアレンジを行っている。英国での信頼度は高く、映画『キングスマン:ゴールデン・サークル』にも登場するほど。その信頼度から、有名ワイナリーとタッグを組んだプライベートラベルも多く、その特別感からワイン愛好家に人気が高い。ベリーズ・マルゴー/シャトー・デュ・テルトルは、ボルドー第5級の“グラン・ヴァン”で果実味豊かで芳醇な味わい。マルゴー地区らしいエレガントさ。
英王室に愛される日本産キャビア「ハルキャビア 雪どけ」
静岡県天竜区春野町にある”春野キャビアヴァレー”で作られるフレッシュな味わいの日本産キャビア。2019年6月、エリザベス女王とエディンバラ公フィリップ王配が参列したポロの世界大会「ザ・ロイヤルウィンザー・カップ」の昼食会でハルキャビアが献上された。そのおいしさをチャールズ皇太子(当時)が気に入ったことから、2020年、2021年と毎年同大会のランチに採用されている。ハルキャビアは、静岡の清らかな水で育てたチョウザメの卵に、ほんの少量の塩をしただけのまろやかで優しい余韻が残る味わい。濃厚でクリーミー、リッチな味わいが後をひく。余韻は繊細で、キャビアのうまみが堪能できる。今年11月末には、東京・銀座GINZA SIXにキャビアが楽しめる実店舗がオープン予定。
懐かしい味わいの伝統家庭料理「スワン&ライオン」コテージパイ
イギリス人店主のイアン・ギビンスが作る英国料理が人気の店。英国家庭料理や焼き菓子、ジャムなど、その本格的な味が評判だ。世界中を旅した店主が日本に移住した時、「英国の美味は日本ではあまり知られていない」と一念発起、この店を開いた。英国大使館が近いこともあり、足繁く通うイギリス人も多い。注目したいのが牛ひき肉と野菜を煮込んだミートソースの上にマッシュポテトをのせてオーブンで焼いた家庭料理の「コテージパイ」。牛肉のうまみにトマトの酸味が効いて、コクのある味わいだ。なめらかなマッシュポテトは口の中でとろけ、やさしい塩気があとを引く。懐かしさを感じさせながらも洗練された味で、リピーターが多いというのも納得だ。現在はイートインはなく、販売は店頭とオンラインにて。
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