BY KIMIKO ANZAI
〝シャンパーニュの最高峰〟と謳われ、マリア・カラスやココ・シャネルなど〝美をつかさどる〟人々に愛されてきた「クリュッグ」。その複雑かつ美しい味わいは、オーケストラが奏でるシンフォニーにもたとえられてきた。メゾン代々のファミリーは心から音楽を愛し、6代目のオリヴィエ・クリュッグが当主となってからは、シャンパーニュの新たな魅力の発見へと誘う音楽とのペアリングプログラム「KRUG ECHOES(クリュッグ エコー)」を通して、音楽とともにあるシャンパーニュの歓びを伝えている。
その新たなシーンを彩るのが、世界的音楽家・坂本龍一による組曲「Suite for Krug in 2008」だ。これは、シャンパーニュ地方で〝偉大なヴィンテージ〟と称される2008年収穫のブドウで造られた「クリュッグ クロ・デュ・メニル 2008」「クリュッグ 2008」「クリュッグ グランド・キュヴェ 164エディション」の3種のシャンパーニュを表現した組曲で、坂本がシャンパーニュから得たインスピレーションを音楽に〝翻訳〟したもの。それぞれのシャンパーニュを一つの楽章として表現し、3楽章からなる組曲を完成させた。
この組曲をめぐる坂本と「クリュッグ」の旅は、2019年のニューヨークで始まった。「クリュッグ グランド・キュヴェ」と音楽とのペアリング体験に招待されたとき、坂本は、老舗のシャンパーニュメゾンが新しいテクノロジーを活用しながら音楽とのペアリング体験を創造していることに驚いたという。
「音楽の角度からその創造の物語を発見するのは興味深かった。音楽がクリュッグにとってどれほど大切であるかを知りました」と語る。そしてその後、坂本はメゾンからオファーを受け、シャンパーニュの物語を伝える組曲を作曲することを快諾したという。坂本は、信頼できるチームをメゾンのあるランスに送り、シャンパーニュ造りの工程から熟成庫の静けさまでも、〝クリュッグの音〟をすべて録音した。そして、最高醸造責任者のジュリー・カヴィルとオンラインで対話を重ねるうち、レシピを持たず自由に、ブドウを〝音〟として捉えるかのようにシャンパーニュを造る彼女に共感を覚えたという。
「僕も特定の作曲方法はありません。メロディと精密さがキーであり、それぞれの創造は新しい挑戦です」と坂本は語る。
目を閉じて組曲を聴いていると、驚くのは〝テロワールが見えてくる〟ことだ。2008年は、直近の10年間で最も冷涼な年で、春は雨の日が多く、夏は酷暑が続いたが、秋には乾いた風が吹いて、ブドウがゆっくり完熟した。音の向こうに、季節が移り変わる様子が思い浮かぶのだ。「Suite for Krug in 2008」とクリュッグのシャンパーニュのペアリングが語るのは、〝ブドウの物語〟だ。この大地から生まれた音楽とシャンパーニュを傍らにグラスを傾ける時間は、このうえなく豊かで幸福なものに違いない。
坂本龍一
作曲家、アーティスト、プロデューサーとして多方面で活躍。アカデミーオリジナル音楽作曲賞を受賞した『ラストエンペラー』(1987年)や『レヴェナント:蘇えりし者』(2015年)など、映画のサウンドトラックを数多く世に送り出す。革新的なサウンドを追求する姿勢は世界的にも評価が高い。自然環境や平和問題への言及も多く、森林保全団体「more trees」を創設、近年では「東北ユースオーケストラ」を設立し、被災地の子どもたちの音楽活動を支援している。1990年よりニューヨーク在住。「クリュッグラヴァー」のひとりでもある。
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