TEXT & PHOTOGRAPHS BY YUMIKO TAKAYAMA

収穫したばかりの野草の三色すみれ。のどの痛みに効果があるのだとか
生命力を感じさせる食後のハーブティー
3年ほど前、東京・青山のフランス料理店「NéMo/ネモ」でランチをしたときのこと。食後の飲物を聞かれて、いつもはコーヒー一択なのだけど、珍しくハーブティーを頼んだ。運ばれてきたハーブティーはフレッシュなカモミールの香りが力強く、食後の幸福感をさらに包み込んでくれるような温かさを感じて、「この店はハーブティーまでこだわっているのだな」と感激したことを覚えている。

乾燥させたハーブが仕分けされた木箱。鮮度の良さ、状態の良さも一目瞭然
そして昨年の夏、北海道・余市で催されたイベントで、そのハーブティーのハーブを育てている農園「リアンファーム」に偶然出会うことができた。ブースの上には木箱に仕切りされたさまざまな種類のドライハーブがあり、その鮮やかな色彩が自然の色だと聞いて、自分のなかのドライハーブの認識が激変した。とにかくうっとりするほど美しいのだ。そのブースでは、スタッフが対面でひとりひとりの体調や取り巻く環境などを聞き、その人に合ったブレンドを目の前でカスタマイズしていく。代表の石田佳奈子さんはフランスで植物療法を学んだ方と聞いて、一度、旭川にあるという農園を訪ねてみたいと思った。

野草である三色すみれを収穫する石田さん。よく見ると冬眠から覚めたハーブ類の芽も出始めていた
訪れたのは5月のGWを過ぎた、エゾヤマザクラが満開の時期。「畑のハーブが育つのはこれからですね。今はエゾヤマザクラの花や、自然に生えてきた野草などを摘み取っています」と、石田さんが農園を案内してくれた。高台にあるため、旭川の町や大雪山が見渡せる風光明媚な場所だ。本来はローマンカモミールの畑に小さな三色すみれが咲いており、石田さんは指を使ってやさしく摘み取っていく。「植えたわけじゃなくて、自然発生しているものですね。すみれはのどの痛みに効果があるといわれていて、フランスではキャンディなども一般的なんですよ」

石田さんが収穫した三色すみれ。めちゃくちゃかわいい
有機栽培と植物のもつ力に魅了される
石田さんは札幌の大学を卒業後にオーストラリアに留学。「大学を卒業してそのまま企業に就職、というのが想像できなかったんですよね。世界では深刻な環境破壊や健康被害が起こっていて、それを変えていかなければならないって考えたときに、自分では何ができるだろうと考えていました」と石田さん。ホームステイ先で驚いたのは、地球環境に負荷をかけない栽培法で育てられたオーガニックの野菜やハーブが、日常的にある生活だ。加えて、帰国前に訪れたフランス・アルプスで、登山家が山で野草を摘んでお茶にしていたのを見て、植物のもつ力に興味が湧いた。植物のことをより深く知りたくて、帰国してアロマテラピーの学校に通った。しかし、ハーブの効能の知識はついても、実際にハーブを栽培したり、野草を収集したり、加工方法までは教えてくれない。ヨーロッパでは植物の成分や香りを活用した植物療法が生活に根付いている。やはり学ぶのなら本場でなければと、2005年に渡仏した。

乾燥機でハーブの状態を見る石田さん。乾燥機はお手製で、低温でハーブや野草を乾かす
フランスでは語学学校に通った後、ハーブを育て、ハーブから蒸留水や精油を作る農家を中心に滞在。ジュラ地方にある農業省認定の有機栽培に特化した農業学校のハーブ科にも通ったという。精油蒸留職人のルソー夫妻とボイヤー夫妻に師事し、植物を仕事にするということは、植物と互いを支え合い、共存していくことだと学んだ。「植物から精油製造を行っている生産者は、ハーブ栽培だけじゃなく、山に生えている在来種の野草を採取することも重要な仕事のひとつ。1週間ほど標高の高い山に入ってキャンプをしながら野草を探すんですが、過酷すぎて体重がガクッと落ちるぐらいでしたね」と笑いながら話す石田さんだが、「知りたい」ことのために突き進むエネルギーは並大抵のものではなかったはずだ。そしてブルターニュ地方に自らの畑を持ち、2015年から「リアンファーム」のブランド名でオリジナルのハーブティーや精油の販売をスタートさせた。
日本で必要としている人に届ける
「そのままフランスで生活を続けるんだろうなと思っていたんですけど、フランスではハーブや野草を使った植物療法は一般的でも日本ではあまり知られていないですし、精油蒸留職人もいない。日本でそれを必要としている人たちに伝えることが私の役割かなと思ったんですよね。同じタイミングで、北海道を拠点にするエネルギーワークの専門家との出会いや、妊娠などが重なって、生まれ故郷の旭川に戻ることにしたんです」

右がエゾヤマザクラ、左がレモンバーム、中央がプリムローズ
COURTESY OF LIEN FARM
2017年に帰国。北海道・旭川の山間に貸し出し中の家を見つけ、農薬や化学肥料の影響を受けていないその場所の周辺で小規模で畑を始めた。ほどなくして、目の前のそば畑だった場所を借りることができ、2ヘクタールの畑を当初は一人で手入れしていたというからすごすぎる。
「リアンファーム」では農薬や肥料を使わず、バイオダイナミック農法とEM(有用微生物)農法を組み合わせて栽培。バイオダイナミック農法は、ルドルフ・シュタイナーが提唱した、月の満ち欠けや太陽の動きなどの天体の運行を考慮した農法だが(ナチュラルワインの生産者でこの農法を取り入れている人も多い)、実際にこの農法で育てたハーブが一番元気だったため起用したとか。また、水は山間の湧き水を使用している。

コンテナを改造して作った「リアンファーム」内にある小さなカフェ兼ショップ
日本で再スタートを切って大きく変えたのは、対面でカスタマイズするハーブティーのブレンドの方法だ。今まではハーブの効能と香り、味わいを重視していたが、さらに呼吸メジャー法を使って、個々の体のエネルギーの流れを確認する。それにより、精度がより上がり、その人の体が欲しているブレンドを実現できるのだそう。

上二段は三色すみれ、下はたんぽぽを乾燥させているところ。収穫したハーブを布に広げ、35℃以下の温度で低温乾燥させる
COURTESY OF LIEN FARM
植物との二人三脚でプロダクトを生み出す

野草の三色すみれをスタッフとともに摘む
「この仕事をしていると、植物と対話しているという感覚に陥ることがよくあります。例えばコロナ禍のときに、免疫力を強めるといわれるエキナセアというハーブが満開になったんです。まるで植物たちに、“私たち植物が必要なものを作るから補助してね”と言われているかのような気がして、“Immune(免疫)”という名のハーブティーをブレンドしました。ほかにも山に野草を探しに行って、振り返ったらそこに求めていた野草があった、ということはよくあります。“リアン(lien)”とはフランス語で“つなぐ”という意味なのですが、植物と人を私がつないでいくという思いも込めています」と石田さん。

ブレンドハーブティー。クラリセージやローマンカモミールなどが使用された「月」は女性ホルモンバランスのサポートに、ホーリーバジルやレモンバーベナなどが香る「しずか」はストレスケアに、ペパーミントやラベンダーなどが入った「深呼吸」は風邪予防などに効果が見込めるそう。旭川の農場のもののほか、ブルターニュで育ったハーブを使用。全12種各¥1,500(ハーブティーのほか、精油やハーブ蒸留水などもオンラインでも購入可)
「リアンファーム」では、ハーブ収穫とハーブティーのブレンド体験のワークショップを行ったり、畑仕事と植物療法を学ぶ農泊も行っている。ハーブの育て方や、お茶のブレンド方法が学べるなんて最高すぎる。次回はぜひ参加したい。
「今後、新たに手掛けたいことはありますか?」との問いに、「たくさんあります(笑)」と石田さん。「詳しいことはまだ話せないんですが、今夏にはここで収穫したハーブや野草を使用した新たなコスメブランドをローンチ予定です。自信作なので楽しみにしていてください。それと、ずっと先にはなると思いますが、ゆくゆくはここでホスピス事業もできたら、と思っていますね」

収穫したハーブや野草を乾燥させ、ハーブティーをブレンド
COURTESY OF LIEN FARM
「リアンファーム」
住所:北海道旭川市西神楽南16号356
TEL. 090-6800-7649
公式サイトはこちら
高山裕美子(たかやま・ゆみこ)
エディター、ライター。ファッション誌やカルチャー映画誌、インテリアや食の専門誌の編集者を経て、現在フリーランスに。国内外のローカルな食文化を探求することがライフワーク。2024年8月に、東京から北海道・十勝エリアに引っ越してきたばかり
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