BY MIKA KITAMURA, PHOTOGRAPHS BY YUKO UEHARA
※記事内で紹介しているメニューや価格は、記事公開時点のものです
松㐂
【2017年11月公開記事】
釣瓶のように落ちて行く夕暮れ、家への道をたどる途中に温かいスープをいただけるお店があったなら……。そんな妄想をかなえてくれるビストロに、最近、出合うことができた。
大きな一枚板のカウンターに、広々としたオープンキッチン。オーナーの藤澤進大郎さん、侑子さん夫妻がふたりで料理を作っている。進太郎さんは神楽坂「ビコック」で、侑子さんは代々木上原「ル・キャバレ」でそれぞれシェフを務め、今年1月に夫妻で独立、ここ「松㐂」をオープンした。

左が藤澤進太郎さん。右が侑子さん。メニューの内容や仕込みはふたりで。このお店は進太郎さんの実家である旅館「松㐂」のあった場所に作った。旅館へのオマージュを込めて、お店の名前に
メニューはコース一本。いまどき珍しいプリフィクススタイルだ。「お好きなものをしっかり味わってほしいから、コースであっても料理を選んでほしい」という思いが込められている。それぞれ4種類の中から、前菜とメインを選ぶ。前菜より先には、「アミューズ」と呼ばれる突き出しが2皿運ばれてくる。
アミューズのふた皿目として必ず登場するのが、「スープ・オ・ピストゥ」。これが夫妻の気持ちを伝えてくれる「ひと皿」だ。
2009年から2010年にかけての1年間、進太郎さんと侑子さんは、南仏はニース近くの二ツ星レストラン「オステルリー ジェローム」で働いた。
「このスープをまかないで食べて、しみじみ美味しかったんです。お母さんたちが作り続けてきた南仏の郷土料理ですね。自分たちがお店を始めたら、必ずこのスープを出そうと決めていました」

「スープ・オ・ピストゥ」
21時以降はアラカルトのオーダーが可能。いんげん豆は必ず入るが、野菜は季節ごとに変わる
季節野菜といんげん豆、ベーコンをコトコト煮たスープ。仕上げにピストゥ(バジルペースト)を加えるのが特徴だ。「松㐂」のそれは、数種類の野菜が一緒に煮込まれているのに、野菜ひとつひとつの味が際立ち、スープそのものがとてもクリア。雑味のない優しい味わい。料理人さんたちに信頼の厚い岩手・石黒農場から取り寄せたホロホロ鳥のスープがベースになっている。ひと匙いただくごとに、身体に染み渡っていくのが実感できる。
もともとは家庭の味だが、夫妻は食材にこだわり、プロの技を加味して、「洗練」を加えた。藤澤さんたちの、ゲストに対するもてなしの心が、このひと皿にこもっている。
「このスープでまず、ひと息ついてほしいんです」
はい、ひと息もふた息もつけます。その日の疲れが溶けていく。さあ、これから美味しいもの、いっぱい食べるぞ! とテンションの上がる瞬間だ。

季節のタルト。フランス仕込みのデザートも人気。冬は「タルトタタン」、初夏には「ベリーのミルフィーユ」が登場
その後に続くのは、季節感をしっかり取り入れた前菜。初夏ならとれたてのアスパラガスやアーティチョーク、秋ならきのこ、冬なら……。杏、桃、ぶどう、いちじく、柿、いちごなどの季節のフルーツをブッラータチーズと合わせたカプレーゼも見逃せない。メインディッシュのメニューには、クスクスや仔牛のカツレツ、赤ワイン煮込みなどのビストロ定番料理が並んでいる。進太郎さんがセレクトしてくれる自然派ワイン(ヴァン・ド・ナチュール)に、どれもがとても合う。
近所にあったらいいなと心から思えるお店。そういうお店に多々出合ってはきたのだが、かなり遠いこともしばしば。でも、このお店は、私のほんとにご近所なのです。申し訳ありませんが、バンザイ!
夜9時以降はアラカルトでも頼めるので、このスープとワインだけでも幸せになれる。心もお腹も満たしてくれるスープ、「松㐂」にあります。

広々としたカウンターに座れば、侑子さんが料理している姿がよく見える。営業中は進太郎さんがサービス担当。手があけば料理もする。お店の雰囲気を決めているのが、目黒のインテリアショップ「COMPLEX」のオリジナルライト。温かみのある光に包み込まれるような安心感が
松㐂(まつき)
住所:東京都中野区中野2-33-3
営業時間:18:30〜24:00(閉店) 不定休
電話: 070-3274-3730
公式サイト
ラミティエ
【2018年6月公開記事】
東京のビストロ好きなら誰でも知っている名店「ラミティエ」。2000年のオープン以来、フレンチラバーはもちろん、ご近所からも広く愛されてきた。キッシュロレーヌ、パテ・ド・カンパーニュ、鴨のコンフィ、ステーキフリット(ステーキとフライドポテト)、アッシパルマンティエ(牛ひき肉とマッシュポテトとチーズの重ねオーブン焼き)……と、どれもビストロ料理の定番。
ラミティエを再訪するお客さまたちの多くはお店へ向かう道すがら、好きな料理を思い浮かべ、「あれもこれも食べたい」と、頭の中はいっぱいに違いない。そのつよーい気持ちが満たされたときの満足感! 定番料理のなせるワザだ。

店内は、フランスのビストロそのもの。ボルドー色のベンチシート、白いカフェカーテン、背の低いワイングラス……。本場そのものの雰囲気を醸し出す。お客様に外国人ファミリーもよく見かける
このお店には、ご紹介したい料理が多すぎて本当に迷う。料理はその日の気分で選ぶことの多い私だが、必ず注文するのは「イルフロッタント」。クレームブリュレと並ぶデザートの定番で、自慢じゃないが、何度訪れてもほかのデザートに浮気したことがない。しっかり甘くて優しい味に加え、東京でこのデザートを定番でいただけるお店をほかに知らないというのも、ここで食べたくなるの理由のひとつ。
優雅な響きをもつその名は、「浮き島」という意味だそうだ。卵白を泡立てたメレンゲをゆで、アングレーズソース(カスタードソース)に浮かべてキャラメルソースをかけ、スライスアーモンドをたっぷり。メレンゲはふわっふわだが、やわではなく、口の中で溶けるまでしっかりと存在感を放つ。卵とミルクで作られたソースのまろやかな味わいに、苦みのきいたキャラメルソースと、カリリと香ばしいアーモンドが味に重層感を与えている。フランスのカフェやビストロでよく見かけるデザートだが、日本ではなかなかお目にかかれない。

「イル フロッタント」ボリューム感もあるが、見た目のわりにはすっとお腹におさまる。バニラの香りも魅力的
宮下清志シェフは「オープンからずっと、これだけは切らさないよう作り続けています。昔は、ポール・ボキューズの三ツ星レストランでもこのデザートを出していたんですよ。ほっとする味だから、誰にでも愛されるのでしょう。メレンゲをつくった残りの卵黄とミルクでカスタードソースを作る。そんな無駄のないレシピも大好きなんです」と楽しそうに語ってくれた。
18年間、配合を少しずつ変えながら作り続けている。でも、「甘さを減らしたことはないんです。お腹がいっぱいのときに、ぼやけた味は美味しくない。だから、きっちり甘くしてます」。
日本人的にあっさり、さっぱりしたものも大好きだが、この手のデザートは「しっかり甘い派」。そんな私に、救世主のようなお言葉!

宮下清志シェフ。「続けることの難しさを感じています。少し違うな…もっとこうしたいと、やり続けてここまできました。うちみたいなお店が少なくなっているいま、定番にこだわるのもいいかなと」
デザートにここまでパンチがあるということは、料理は推して知るべし。お昼は、前菜にキッシュやお肉のテリーヌ、リエット、サラダ、スープから1品、メインを鴨のコンフィやステーキフリット、アッシパルマンティエ、肉の赤ワイン煮などから1品選んで¥1300。デザートセットは、イルフロッタントを含め5品ほどから選び、コーヒーや紅茶とのセットで¥600。夜はさらに幅広いメニューから前菜とメイン1品ずつをチョイスできて¥2800。
このクオリティーとボリュームでこの値段は、いまの東京で奇跡と言っていいだろう。テーブルの狭い隙間を縫って見事なサービスをしてくれるマダムやスタッフの笑顔も居心地がいい。私はこのお店を「高田馬場の聖地」と呼んでいる。

早稲田通りから入った小さい路地に、店内同様、ボルドー色のたたずまい
L'amitie(ラミティエ)
住所:東京都新宿区高田馬場2-9-12柴原ビル1F
営業時間:12:00〜13:30(LO) 18:00〜21:00(LO)
定休日:日曜夜、月曜
電話: ︎03-5272-5010
※掲載している料金は2018年6月現在のものです
ル・ゴロワ フラノ
【2019年11月公開記事】
フランス料理の名店「ル ゴロワ」の大塚健一・敬子夫妻が、大勢の常連客に惜しまれながら東京・青山のお店を閉め、北海道へ移住したのは2016年6月だった。
紆余曲折を経て今夏、大塚夫妻の新しいお店が富良野の丘にオープンした。名前は「ル・ゴロワ フラノ」。食材を大切にしてきた大塚シェフの料理と同様、お店自体が自然と共存しているような造り。土や木材、石、煉瓦などの自然素材をふんだんに使い、エントランス脇では、左官アーティスト・挟土秀平氏の作品が迎えてくれる。


(写真上)自然素材で建てられた一軒家レストラン。店内は無垢材のテーブルと椅子で揃えられ、土壁には挟土秀平さんの作品が飾られている
(写真下)馬たちも幸せそうに暮らしている
テーブルにつくと、ゆったり草を食んでいる大塚家の4頭の馬が、大きなガラスの向こうに見える。遠くに富良野の街と大雪山が。日が落ちれば、森の闇の間に街の灯りがキラキラと煌めく。この空間を味わうためでも、遠方から訪れる価値がある。
北海道に魅せられた大塚夫妻は、20年ほど前からこの地の食材を取り寄せてきた。いま、その食材たちが育つ土地に暮らすことで、シェフの料理は確実にパワーアップした。
メニューは青山時代とそれほど変わっていないものの、この新しいお店を初めて訪れるなら、ぜひ召し上がってほしいのが「旬菜 ル・ゴロワ風サラダ」。訪れるたび、私が決まって注文する一品だ。約18年前からシェフが作り続けてきた定番の味。旬の食材を、その食材がいちばん引き立つように調理し、たっぷりの野菜とともにサラダに仕立てている。

「旬菜 ル・ゴロワ風サラダ」
ランチコース「旬菜 ル・ゴロワ風 サラダランチ」¥2,970、もしくはディナーコース¥7,800で
たとえば、牛肉はローストビーフに、鹿や鴨ならテリーヌに。小魚をフリットに、帆立貝柱やイカであればポワレして、鮭の場合はスモークに。ほかに生ハムやモッツァレラチーズも。アスパラガスやブロッコリー、にんじんは、ゆでたりグリルしたり。葉野菜は数種類とり合せ、特製わさびドレッシングで和えておく。
「『盛り過ぎ!』とマダムに注意されたこともあるんです」とシェフが笑うほど、盛りだくさん。丁寧に調理されたひとつひとつの味は、どんな順番でいただいても見事に調和し、食べても食べても飽きることがない。青山でも大好きな一品だったけれど、今回富良野でいただいたサラダは、お皿の上で食材がピカピカ輝き、さらにバージョンアップしていた。

大塚健一シェフ、敬子マダム。「食材が新鮮なので、毎日わくわくしながら料理してます!」とシェフ
メインディッシュには、蝦夷鹿や北海道の新しいブランド牛「星空の黒牛」のステーキを。蝦夷鹿は、名人ハンターが「鹿自身が撃たれたことに気付かないように撃っている」ため、野生鹿によくある臭みなどは一切なし。清らかで脂分が少なく、するりと胃に収まる。「星空の黒牛」はシェフが最近好んで使う、旨味のある牛肉。どちらも薪窯で焼いてくれる。
食後のお楽しみとして、春ならいちご、初夏ならブルーベリーなど、北海道のフルーツが楽しめる魅惑的なデザートも登場する。だが、ここのデザートの定番「グレープフルーツのプリン」ははずせない。マダムの敬子さん(もともとパティシエです)のオリジナルで、20年以上作り続けている。いつも迷うのだが、やはりどうしても浮気できない。この完成された美味しさは、ほかでは味わえないから。

「グレープフルーツのプリン」
ほんのり苦みの効いた味わいと、なめらかな口当たり。「ル・ゴロワ 人気メニューコース」ほかで
北海道といえば夏、と思いがちだが、秋の幻想的な風景も、冬の銀世界も素晴らしい。北海道民となった大塚夫妻の、北の大地に根ざした味。お皿には北海道が山盛りだ。

ル・ゴロワ フラノ
住所:北海道富良野市中御料 新富良野プリンスホテル敷地内
営業時間:12:00〜13:30(LO)、17:30〜20:30(LO)
定休日:月・火曜
電話: ︎0167-22-1123(予約専用)
※ランチ、ディナーともにコースのみ。要予約
公式サイト
ラフィナージュ
【2019年1月公開記事】
目の醒めるようなおいしいひと皿に先日、出合った。銀座『ラフィナージュ』の「フォアグラのテリーヌ」。目の前に置かれたそれは、端正な美しさを湛えていた。
『ラフィナージュ』は、『銀座レカン』の総料理長を10年務めた高良康之シェフが2018年の秋、オーナーシェフとしてオープンした。高良シェフはフランスでの修業はもちろん、国内でホテルやブラッスリー、グラン・メゾンを経験してきたが、自分の目指す道はやはりガストロノミーにあると、満を持してこの店を開いた。

カウンターは奥行きを広くし、シェフが直接料理を出せないような造りに。「サービス人がきちんとお皿をお持ちするのがガストロノミーです。うちにいらしていただくからには、プロのサービスも味わっていただきたい」。ただし、シェフとの会話はカウンター越しで。知識豊富な高良シェフの話はおもしろい

カウンターやテーブル席のほかに、個室も。4名用の個室は、ランチ限定で小学生OK。「子ども心にフランス料理はおいしくて楽しいと感じてほしいので、お昼だけではありますが、お子さま歓迎です」。堅苦しい知識より体験で、フランス料理の楽しさを伝えていくのが高良スタイル
「50歳になっての独立は遅過ぎると思うのですが」と笑うが、豊富な経験を積んできた料理人の“本気”はすごかった。名店『レカン』での蓄積を生かし、さらにモダンな味わいに。目指すは、メイン素材とソース、付け合わせの、皿の上での均等なバランスだという。どれかが突出した存在感を示すのではなく、食べ進むうちに素材とソース、付け合わせが渾然一体となり、完成された見事な味わいになる。
「焼いて塩をするだけといった、素材に頼り過ぎる調理は避けています。一方ではソースを過度に作り込まず、全体のバランスを最も大切にするよう心がけています。じつはこれまでと皿の上の構成は変わっていないのですが、構築の仕方を変えているのです」

「フォアグラの冷製仕立て」
フォアグラのテリーヌに青い野菜を添えて。濃厚なテリーヌを、軽い塩味だけの爽やかな野菜が引き立てる。ナイフとフォークを入れやすいよう、フォアグラは左、野菜を右に盛り付ける。左利きの客には反対に盛る。最後まで緻密に計算されたひと皿。
この店でぜひ食べてもらいたいのが、季節ごとに様相を変える「フォアグラのテリーヌ」。冬バージョンは、スパイス風味のケーキであるパン・デ・ピスを敷き、赤ワインとポルト酒を煮詰めたソースを乗せている。スパイスと甘酸っぱいソースがフォアグラの濃密な風味に寄り添い、圧倒的な凝縮感に満ちた奥行きのある味と、ビロードのようななめらかな口当たり。しかも、風雅な佇まい。
従来、フォアグラのテリーヌといえば、フランスの二ツ星以上のレストランでは料理人の腕の見せどころと言わんばかりにメニューに載っていたものだが、最近はあまり見かけなくなった。「近年のフレンチは身近な土地の素材を使う傾向があり、フォアグラを使うことが少なくなりました。しかしフランス料理においてフォアグラは特別な素材ですから、これからもメニューに必ず載せていこうと思っています。僕にとっては、背筋が伸びる、特別な食材なのです」

高良康之シェフ。1967年生まれ。2007年から2018年春まで『銀座レカン』料理長。「レカンで教えてもらったことのひとつ、ホスピタリティを特に大切に受け継いでいきたいです」。シェフの人柄を反映してか、スマートで心地のよいサービスもここの魅力だ
フォアグラは鮮度勝負の素材だ。「ラフィナージュ」では、日本に輸入された翌日には店に到着するように手配。包丁を使わず、フォークの柄で血管を1本1本取り除くという。想像するだけでもクラクラする細かい作業だが、鴨の繊細な肝臓を傷つけないように血管を取り除くには、この方法しかないのだとか。
塩とこしょう、香辛料、コニャックなどで1日マリネしてから火入れをする。脂肪分60〜70%のフォアグラの火入れは、1℃でも間違うと脂が溶けてしまう。温度を厳密に管理し、火入れ時間を見極める。これを冷やし、1週間寝かせて味をなじませる。寝かせることで、味にきれいな丸みが出てフォアグラのよさが醸し出されるのだという。丁寧に丁寧に作られたテリーヌは、ゲストが食べる時間を見計らって室温に戻し、料理として完成させる。

「ずわいがにと紅玉のラペ」
ほぐしたずわいがにに、紅玉りんごのすりおろしのコンビネーション。ラディッシュと赤と黄色のパプリカ、ねぎを乗せ、甘みと酸味のコンビネーションで、ずわいがにの新しい味を展開。かにみそを乾燥させたものを散らして、アクセントに。奥の皿は焼きずわいの脚。山口・萩に、たった1本残る柚子の原木「じゃがたら」の実を添えて。「この時期に旨味が増してくるずわいがにを、2種類の食べ方で楽しんでください」
こんなに濃やかな気配りをされた料理が、おいしくないわけがない。完成度の高さは、ここまでの道のり、すなわちひと皿にかけられた手間に比例している。力強さと繊細さ。高良シェフが作る料理には、美味を司る神様が宿っている。
「ラフィナージュ」とは、「熟成」の意味。すでに円熟期を迎えたシェフのさらなる「ラフィナージュ」を味わいに、フレンチ好きも、これから食べ歩いてみようと思っている若い人たちも、この店を訪れてほしい。きっと記憶に残る食事になるにちがいないから。
ラフィナージュ
住所:東京都中央区銀座5-9-16 GINZA-A5 2F
営業時間:12:00〜14:00(LO)、18:00〜20:00(LO)
定休日:月曜・第3火曜
電話: 03-6274-6541
公式サイト
レラン
【2023年3月公開記事】

「トリュフ ねぎ ジロール茸 ヴァンジョンヌ」。こちらは2人分。切り分ける前に客席でお披露目してくれる
サクサクと崩れるパイの中に、甘くとろけるようにやわらかなねぎと、たっぷりのトリュフ。トリュフの濃密な香りに包まれたパイとソースを口に入れると、複雑で奥行きのある味わいに圧倒された。
コースのどのお料理も素晴らしいのだが、特に印象に残ったひと皿はこの、ねぎとトリュフのパイ包み。古典料理を紐解いて自分なりに解釈していくのも、シェフの料理へのアプローチのひとつだ。古くは肉や魚をメインに包んだが、この店のシェフ、信太竜馬さんは野菜を主体に。

切り分けられて、各々のお皿に盛られて運ばれてきたパイ包み。素晴らしい香りとさまざまな食感が織りなすめくるめくハーモニーに陶然となる。※「Menu élan」の内容は日ごとに季節ごとに変わるが、このパイ包みは春先まで登場予定
主役のねぎは一夜干しにして味を凝縮させ、細かく刻んだトリュフを合わせる。さらに薄切りにしたトリュフをのせ、パイで包んで焼き上げている。焼きたてのパイを切ると、トリュフの芳醇な香りが立ち昇る。付け合わせは、モリーユ茸のソテーに、細切りにしたトリュフをたっぷりのせて。このトリュフは食感を楽しむため、生のまま。ひと皿の上に、トリュフの食感と香りを余すところなく楽しめる工夫が凝らされている。ソースは2種類。皮付き玉ねぎをオーブンで30〜40分焼いて焦がし、さらに2時間ほど煮詰めた、香ばしい焦がし玉ねぎのソース。もうひとつは、古典的なソース・ヴァンジョンヌ。フランス・ジュラ地方の白ワイン、ヴァンジョンヌとクリームに、バターを使わず、2〜3日かけて煮詰めた野菜のブイヨンをプラスすることで、重くなりがちなソースを軽快に仕上げた。

大きな扉には店名「élan」の文字だけが控えめに輝いているだけだが、その奥には、東京の夜景が窓一面にに広がるダイニングが続く。暮れなずむ東京スカイスクレイパーを眺めながら、特別な時間が始まる。個室もあるので、ビジネスの会食、家族のハレの日の集まりにも
PHOTOGRAH BY ATSUSHI KONDO
表参道「GYRE」の4階。ここにミシュラン1ツ星のフレンチレストランがあるのをご存知だろうか。オーナーシェフは信太竜馬さん。筆者は、2020年、最初の緊急事態宣言の少し前、開店直後の「エラン」(現・レラン)に伺い、こんなにも見事に完成された料理を作る若い料理人さんがいるのかと驚いた。約3年後に再会した信太シェフの料理は、さらに進化を遂げていた。「オープン時はそれまでに学んだことを表現していましたが、いまは、自分のスタイルを見つけられたと思います」。
メニューはシェフおまかせのコース(2種)のみ。こちらの「Menu élan」は12皿。8皿が提供された後、20種類ほどを揃えたチーズプレートが登場。その後はお口直しのカクテル、2皿のデザート、小菓子と続く。“この店の、ひと皿” というタイトルには反するが、どのひと皿も甲乙つけがたく、せっかくのコースでもあり、もう少しご紹介しよう。

スープ「アンチガスピヤージュ」
最初に必ず出されるスープ、その名も「アンチガスピヤージュ」。ガスピヤージュとは“無駄”という意味で、食品ロスをなくす運動の名称にも使われている。野菜の皮や根など、料理には使いづらい部分を2〜3日かけて煮詰めてスープに。その日その日で、使う野菜の味や香り、色合いも違うので、同じ味には2度と出会えない。このスープには、信太シェフの料理に対する姿勢が体現されている。

「甘鯛 そら豆 スープドポワソン」
「スープドポワソン」、これも信太シェフのスペシャリテだと筆者は思う。中国料理にヒントを得て、フレンチでも度々登場する料理だが、信太シェフのそれは他と一線を画す。ウロコがビシッと立ち上がり、ザクザクとした食感が見事。しかも、身はふわふわ。

初めは身の部分を焼き、脂が1〜2滴落ちてきたところでひっくり返し、皮目をじっくり炙る。ウロコに落ちた自らの油で、ウロコを揚げていく。通常は、油をウロコにかけながら揚げ焼きするのだが、この方法だと身に火が入り過ぎてしまうからとか
「煮詰めて水分を飛ばし、味を凝縮させるのがフレンチの手法です。炭の力で魚の余分な脂を落として味を詰めていくこの手法は、フレンチそのものだと思います」
鯛の身を器に盛り、お客様の目の前で、熱々のスープドポワソン(魚のスープ)をかける。
信太シェフの料理は楽しさにあふれていて、食べると心まで満たされるが、不思議とお腹は苦しくならない。「コース全体で味を完成させるように料理を組み立てています。最初のお皿で足りない味を、次のお皿で補います。例えば、酸味を入れないお皿の後に酸味を加えたお皿を、という具合です。チーズプレートまで楽しんでいただけるように、全体の味のバランスを考えています。エランのロゴマークは『円』です。コース全てを召し上がって円として完結するように料理を作っています」

圧巻のチーズプレート。白かび、青かび、ウォッシュ、シェーヴル、ハードタイプと種類も豊富。写真の料理はすべて「Menu élan」¥19,360(税・サービス込み)より
「今は、料理を作れることがうれしくてしかたない」と言う信太シェフ。コロナ禍の苦しい時期もさまざまな研究や挑戦を続けてきたが、養蜂もはじめたそうだ。都会の自然循環の一助になればと、GYREの屋上で都市型養蜂にも取り組んでいる。昨年は1箱を採取してお客さまへの手土産にした。今年はビルの屋上数カ所に置いて10倍量の蜂蜜を、と意気込む。子どもたちの料理教室も開催し、次世代の食育にも力を注ぎたいと言う。
食に真摯に向き合い、テーブルの上ばかりでなく、地球環境にも目を向けつつ、日々進化し続ける信太シェフ。幸福な高揚感に満たされるその料理から、目が離せそうにない。

信太竜馬(しだ りょうま)シェフ。銀座「ロオジエ」、パリ「オテル・ド・クリヨン」で修業し、2012年に銀座「エスキス」入店、2017年からスーシェフとして活躍した後、2020年1月に「エラン」を開店
レラン
住所:東京都渋谷区神宮前5-10-1 GYRE4F
営業時間 : 18:00〜24:00(20:30 最終入店)
定休日:日・月
TEL.03-6803-8670
公式サイトはこちら
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