BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
暮らすように旅をしたい──。景勝地巡りや土地のグルメ探訪をしたい気持ちはもちろんだが、彼方此方まわる大人の旅はやや気忙しい。そこで、旅先の“退屈な時間”を満たす、心地よいカフェを訪れた。
《CAFE》「SUZUNARI COFFEE(スズナリ・コーヒー)」
優しい個性を放つ、確かな一杯
旅先で口にしたものは、いつだって非日常の情緒を運んでくれる。一杯のコーヒーでさえ、特別な存在となりうる。パーソナリティのある自家焙煎コーヒーが飲めると聞いて訪れたのは2015年にオープンした「SUZUNARI COFFEE」だ。白いボックスのような建物の入口を入ると、大きな焙煎機が2台、誇らしげに出迎えてくれる。店で扱うコーヒーは、ニカラグアやエルサルバトル産の豆がメインで、作り手の情熱が感じられる農園を厳選。少量生産の豆だけがもつ繊細な風味を、経験に基づいた細心の匙加減で焙煎するという。
店内で味わえるラインナップは、常時6〜8種類。ロースターの匹田貴明さんがレコメンドするスペシャルな一杯は、ニカラグアのエル・ポルベニール農園から届いた豆だ。「ぶどうやアップル、アプリコットなど生き生きとしたジューシーな酸味は別格です。余韻にドライハーブのような風味も感じられ、目を閉じると肥沃な大地が瞼に広がりますよ」と、その味わいを言語化してくれた。コーヒー豆の原産国を巡る旅から帰国したばかりで、匹田さんの解説にも熱が入る。90度に温度を保ちながら、1杯のコーヒーを入れるのに2分以上をかける。カップに注がれるまでの、ちょっと長い待ち時間も慌ただしい日常から切り離されるようで心地よい。インダストリアルな雰囲気の空間で、中米から運ばれてきた陽気な幸福感に浸ってはいかがだろう。
住所:大分県臼杵市野田持田120
電話:0972-86-9005
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《CAFE》「quotidien(コティディアン)」
大人の心を癒す、“普段着のおやつ”
ここ臼杵市は移住者が多いという。海辺の賑わい、歴史の風情が残る街並み、日本の原風景のような里山など……。変化に富んだ景観の魅力もさることながら、何より背伸びをしない“普段着の美味しいもの”が、ひょいと訪れた者たちの胃袋を掴んで離さないのだろう。海の幸はもちろんのこと、行政が土壌づくりから取り組んだ滋味豊かな有機野菜もハイレベルな美味しさだ。2022年、住宅街のはずれにカフェ「コティディアン」を開いた青木涼太朗さん・貴絵さん夫妻も、臼杵の安心な食に惹かれ、大分市から移住を決めたという。
カフェの目玉は涼太朗さんが作る、“普段着のおやつ”。サラリーマンとして働く涼太朗さんが週に3日、手間を惜しまずにコツコツと手がける真面目な焼き菓子である。涼太朗さんが菓子作りを始めたのは、息子のおやつ作りがきっかけ。子供に食べさせたいと思う“美味しくて安全なもの”に
なかなか出会えず、創意工夫の末に完成したのが“おからドーナツ”だという。その後、次第にお菓子のレパートリーも増え、家族への深い愛情から誕生した焼き菓子は、周囲へと広がりカフェを開くまでに至った。今では素朴な焼き菓子を礎にしながら、季節のレモンカードタルトやかぼちゃとアーモンドのタルト、マーラーカオなど、大人の味覚に響くおやつもメニューに並ぶ。
また、「コティディアン」の魅力は心地よい空間設計やインテリアにも宿る。茶室を訪れたかのような銅板の扉を引くと、真っ先に目に飛び込むのは時代を経た木彫のカウンターだ。1920年代のフランス製で長さが4mにも及ぶため、当初の設計図を変更してまで、カフェ空間の主役となるカウンターにこだわったという。視線を巡らせると湯を沸かすヴィンテージのケトルや、壁に取り付けたスイッチ一つに至るまで、吟味された古い道具がモダンな室内に溶け込む。居心地のよさそうな窓辺の席に座り外を眺めると、この土地の何気ない長閑な日常が流れている。自分がこの土地にとっては何者でもないという、緩やかな解放感が旅の気分を一層高揚させるのだろう。
住所:大分県臼杵市海添191
電話:080-5249-3480
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