豊かな風土に彩られた日本には、独自の「地方カルチャー」が存在する。郷土で愛されるソウルフードから、地元に溶け込んだ温かくもハイセンスなスポットまで……その場所を訪れなければ出逢えないニッポンの「ローカルトレジャー」を探す旅へ出かけたい。暦の上で秋を迎えた頃に向かったのは、滋賀県。琵琶湖の恵みを礎とした豊かな風土で出合ったのは、肩肘張らないセンスの良さ。静かに受け継がれてきた伝統の技やアートの素養、滋味溢れる食文化から居心地のよいカフェまで。“急がない生き方”が成せる洗練を感じてほしい

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY MASATOMO MORIYAMA

 香り高い珈琲や焼き菓子、地産の食材を腕によりをかけて仕上げたランチなど……深呼吸したくなるようなブレイクタイムは、旅時間を一層豊かなものへと誘う。自分の内側に眠っていた優しい気持ちが目覚めるような、とっておきのカフェを紹介したい

《EAT&BUY》「TORASARU(トラサル)」
陶都の里山で“MEETS THE チーズケーキ”

画像: 季節ごとに常時10種類以上のチーズケーキが楽しめる

季節ごとに常時10種類以上のチーズケーキが楽しめる

 とびきり美味しいチーズケーキと珈琲が味わえると聞きつけ、里山の長閑な風景を目の端に映しながら「TORASARU」を尋ねた。黒を基調としたシャープな外観、インダストリアル調のモダンな店内、ハニカムタイルのカウンターがモード感を漂わせ、京都の「葡萄ハウス家具工房」で誂えたヴィンテージ調のテーブルには1脚ずつを選び抜かれた椅子が添えられている。山居のカフェとは思えない空間で、さっそくお目当てのチーズケーキをいただくことに。ショーケースを覗くと、濃厚なチーズの風味を楽しむ「ベイクド」、ヨーグルトを混ぜた爽やかさが魅力の「レア」、表面の香ばしさと内側のしっとり感のコントラストが人気の「バスク」の3タイプごとに数種類のテイストが揃い、色とりどりのチーズケーキが並ぶ。

画像: 2002年にオープンして以来、少しずつ動線や家具をアップデート

2002年にオープンして以来、少しずつ動線や家具をアップデート

画像: のどかな里山の景色の中で異彩を放つシックな佇まい

のどかな里山の景色の中で異彩を放つシックな佇まい

 チーズケーキを担当するのは、店主の副島 龍さん。それまでお菓子作りの経験はなく、試行錯誤で素材や配合を微調整しながら約20年。今では、チーズケーキの美味しい店として知られるほどに。「自分の中に壁を作らずに、気になるものは試してみる。何種類も試すなかで、一つのきっかけが見つかればいい」と語る。信楽の銘茶“おくみどり”を使った「朝宮抹茶レア」は一番茶ならではの風味とクリーミーな口溶けが絶妙。「ゴルゴンゾーラレア」は熟成した青カビの香りにヨーグルトのほどよい酸味が調和して思わずワインが欲しくなる。ホロホロのビスケット地もこだわりの一つ。ほんのり効かせたスパイスや洋酒、ナッツやドライフルーツの歯応え、シナモンや黒砂糖の風味をいかしたものなど……違う性質のものたちを、案配をみながら、分離しないように調和のうちに溶け込ませていく。細心の注意をはらって、少しずつ、少しずつ。それは、人間も社会も一緒だと、旅先から日常に思いを巡らせた。

画像: 京都のレジェンド「オオヤコーヒー」から取り寄せた深煎りの珈琲を、1杯ずつ丁寧にハンドドリップで淹れる

京都のレジェンド「オオヤコーヒー」から取り寄せた深煎りの珈琲を、1杯ずつ丁寧にハンドドリップで淹れる

画像: 信楽の作家にこだわらず、どこか“とんがった”感性が宿る器を集めたギャラリー

信楽の作家にこだわらず、どこか“とんがった”感性が宿る器を集めたギャラリー

 カフェの隣に併設されたギャラリーには、“美しい表現物”として暮らしを彩る器が並ぶ。カフェでも使用している建造物のようなフォルムをしたカップ&ソーサーは、陶芸家・濱中史朗さんにオーダー。アラビカの「ルスカ」をベースに飲み口や重さにこだわった。人体をモチーフにデザインされ、独創的な持ち手は関節から想起したという。「1㎜でも前に進まないと」と語る副島さんは、ケーキ作りも珈琲も、カフェに溶け込む道具でも、細部への美意識を積み重ねて日々アップデートしている。きっと次に訪れたら、何かが異なるはずだ。そのマイナーチェンジを見つけに、何度でも訪れたくなる。

画像: 山口の陶芸家・濱中史朗さんに依頼した「TORASARU」オリジナルのカップ&ソーサー

山口の陶芸家・濱中史朗さんに依頼した「TORASARU」オリジナルのカップ&ソーサー

画像: 気取らないナチュラルな空気感が心地よいオーナーの副島 龍さんと、妻の佳子さん

気取らないナチュラルな空気感が心地よいオーナーの副島 龍さんと、妻の佳子さん

住所:滋賀県甲賀市信楽町勅旨1970-4
電話:0748-83-1186
公式サイトはこちら

《EAT&BUY》「やまなみ工房 CAFÉ DE BESSO(カフェ デ ベッソ)」
真っ直ぐなアートが息づく場所

画像: “はっ”とするほど感性がしびれる、アウトサイダーアートに囲まれた空間

“はっ”とするほど感性がしびれる、アウトサイダーアートに囲まれた空間

「やまなみ工房」は、甲賀で必ず訪れたかった場所のひとつ。37年続く滋賀のアウトサイダーアートのパイオニア的存在として知られ、敷地内にはギャラリーやアトリエに加え、カフェや菓子工房が点在。「個の存在に光を当てたい」という想いから、クリエイティブ集団「PR-y(プライ)」がプロデュースしたファッションやインスタレーションは世界的にも注目を集めている。また、前回紹介したプロダクト工房「NOTA&design」でも、やまなみ工房の作家とコラボレーションしたカップやプレートを制作。奇を衒わずに生み出されるストレートな表現力は純粋な強い輝きを放っている。

画像: ギャラリーには、様々な表現のアート作品が並ぶ

ギャラリーには、様々な表現のアート作品が並ぶ

画像: カフェの入口には⼭際正⼰さんによる無数の“正⼰地蔵”が飾られている

カフェの入口には⼭際正⼰さんによる無数の“正⼰地蔵”が飾られている

画像: 人気メニューのキーマカレーと近江牛のバーガー

人気メニューのキーマカレーと近江牛のバーガー

 圧倒な表現力に興奮し、未知の要素を受け入れるとエネルギーを消費するのか、ギャラリーを一巡したところでお腹から時分どきの知らせがあり、敷地内の「CAFÉ DE BESSO」へ。足を踏み入れると、利用者の山際正己さんが30年で10万体も生み出したという「正己地蔵」がディスプレイされている。陶土で作られた愛嬌たっぷりのお地蔵様は、海外からも制作オファーがあるほど。そのほか、カウンターの壁面タイルやバリエーションに富んだ絵画など、既成概念にとらわれないアートに目を奪われランチを待つ間もじっと座っていられない。

 お待ちかねのカレーは、近江牛の特製キーマとほうれん草の2種類あいがけ。ライスは甲賀産の黒影米と玄米をブレンド、ターメリックを絡めたスパイスオイルに漬けた半熟卵や紫キャベツのマリネも絶妙なアクセントだ。ハンバーガーは近江牛のすき焼きをイメージして割下に絡めた牛バラや玉ねぎ、干瓢を茄子のグリルとともにサンド。一旦、冷凍させることで弾力を増した卵黄が具材をマイルドに調和している。玉ねぎと馬鈴薯のポタージュも優しい味わいである。

画像: 2021年にオープンしたパティスリー「IROTUYA」

2021年にオープンしたパティスリー「IROTUYA」

画像: 左は、黒い生地に自家栽培によるエディブルフラワーの花弁を散りばめたクッキー「黒丸」。右は、竹炭と天日塩を混ぜ、マーブル模様のアイシングで仕上げたクッキー「黒角」

左は、黒い生地に自家栽培によるエディブルフラワーの花弁を散りばめたクッキー「黒丸」。右は、竹炭と天日塩を混ぜ、マーブル模様のアイシングで仕上げたクッキー「黒角」

 菓子工房「IROTUYA(いろつや)」で手土産も購入し、いよいよ工房見学へ。「やまなみ工房」では、現在97人もの作家が所属する。18歳〜80歳という幅広い年齢層が、それぞれに好きな作品を好きなタイミングで手がけている。50代から「やまなみ工房」に通いはじめたという鉛筆画の井上 優さんは、何事にもまじめに取り組む性。身丈を越えるほどの大きな作品も、1日3時間、約3週間の期間をかけ丁寧に塗り込み完成させる。彼に会いに多くの人々が訪れる人生を、きっと彼自身が一番想像すらしなかった事だろう。

 墨汁と割り箸1本のみで次々に作品を生み出してゆく岡元俊雄さんは、寝転がり肩肘付いた独特のスタイルで描く。モチーフ全体を見ながら素早く筆を走らせ、飛び散った墨汁の滴や擦れ合わさった線が絵に躍動感をあたえていく。細かい米粒状の陶土を丹念に埋め込んだ作品を手がける鎌江一美さんは、思いを人に伝えるのが苦手。コミュニケーションのツールとして、振り向いて欲しい男性をモデルに立体像を作り続けている。わずか1時間ほどの滞在で、十人十色の作家たちに圧倒される。無心に自分の表現を貫くその光景は、まったく生きる底力に溢れる迫力があり感動的だった(工房見学は要予約)。

画像: 70代から鉛筆画に挑み、現在は最高齢の80歳を迎える井上 優さん。生き様を残していくかのように次々に作品を作り上げていく

70代から鉛筆画に挑み、現在は最高齢の80歳を迎える井上 優さん。生き様を残していくかのように次々に作品を作り上げていく

画像: 割り箸と墨汁だけでダイナミックな世界を作り出す岡元俊雄さん

割り箸と墨汁だけでダイナミックな世界を作り出す岡元俊雄さん

画像: 鎌江一美さんの全ての作品には想いを寄せる「まさとさん」と「私」が登場。そのタイトルさえも微笑ましい

鎌江一美さんの全ての作品には想いを寄せる「まさとさん」と「私」が登場。そのタイトルさえも微笑ましい

住所:滋賀県甲賀市甲南町葛木872
電話:0748-86-0334
公式サイトはこちら

《EAT&BUY》「pâtisserie MiA (パティスリー・ミア)」
どこまでも優しい、温もりの焼き菓子

画像: 旅の途中で喉を潤した自家製シロップのソーダ割り。暮れゆく季節にはホットで楽しみたい

旅の途中で喉を潤した自家製シロップのソーダ割り。暮れゆく季節にはホットで楽しみたい

 小高い丘に建つ、木造平屋の建物。扉を開き、迎えてくれたのはコックコートにトレードマークのベレー帽をかぶった“美味しそうな笑顔”をした川端美愛さんだ。彼女の名前とイタリア語で驚きを表現する“マンマ・ミーア”を掛けて誕生した「mamma-mia project」は、木工作家である夫の川端健夫さんの工房、ミアの手がけるパティスリー、健夫さんの作品をはじめ手仕事を紹介するギャラリーという3つの要素が溶け合う。「ここを文化の発電所」にしたいという思いで、2004年に二人が灯した小さな明かりは、今では近隣の県からも多くの人が集う場所へ。この場所を訪れる人や、ひたむきな手仕事の作家たちに光を注ぐ、まさに“発電所”のような存在として知られる。

画像: 蚕の飼育場、農業学校、ニット工場、地域の集会所などを経て、現在は川端夫妻の「文化の発電所」に

蚕の飼育場、農業学校、ニット工場、地域の集会所などを経て、現在は川端夫妻の「文化の発電所」に

画像: パティスリーのテーブルや椅子、ランプシェードは健夫さんの作品

パティスリーのテーブルや椅子、ランプシェードは健夫さんの作品

 春は苺やルバーブ、夏は桃や無花果、秋は和栗や林檎、冬は洋梨やマルメロ……往く季節を刻印するかのような季節のコンフィチュールは、ミアさんの十八番。里山の自然の恵を、皮を剥き、刻み、フランス製の大きな鍋でコトコト煮込む。ペクチンなどの食品添加物をいっさい加えず、煮詰めすぎないがゆえにフレッシュ感が残るため、スコーンやヨーグルトとの相性はもちろん、サラダのドレッシングや肉料理のソースとしても活躍する。甘夏×ローズマリー、苺×桜、洋梨×黒胡椒など、オリジナリティあふれる素材のマリアージュやハーブ&スパイスを絶妙に加えたアレンジも人気の秘密。

 焼き菓子に使われる素材は、伊賀の永井口農園で健康に育った卵をはじめ、成田牧場のノンホモ低温殺菌牛乳、国産の圧搾製法によるこめ油に加え、可能な限りオーガニックの地元の新鮮な果物や野菜だ。情熱と愛情をたっぷりに、窓から眺める樹々の緑や空の青さといった自然が織り成す空気も一緒に閉じ込めながら、日々淡々と菓子作りに向かう。

画像: シュークリームやブルーベリーのタルト、レモンのバターケーキ、フランボワーズジャムを添えたダックワーズが、健夫さんの作った木のプレートの上で輝くよう

シュークリームやブルーベリーのタルト、レモンのバターケーキ、フランボワーズジャムを添えたダックワーズが、健夫さんの作った木のプレートの上で輝くよう

画像: オープンキッチンに立つミアさん、プレートに注がれる優しい眼差しは彼女の作り出すお菓子を物語るよう

オープンキッチンに立つミアさん、プレートに注がれる優しい眼差しは彼女の作り出すお菓子を物語るよう

 穏やかに時間が流れるような、心地のよい空間。その理由を見つけようとカフェやギャラリーを見渡すと、健夫さんが手がけた家具や器の温かさに満ちていることに気づく。「自分の形」を求めて家具を制作していた時代を経て、現在はテーブルウエアを中心に手がけている。そのきっかけは、2006年のミアさんの出産へと遡る。助産婦さんから子供にシロップを飲ませるスプーンを作ることを提案され、赤ちゃんのニギニギのように手に馴染み、彫刻刀で削り出して口当たりを整えたベビースプーンが完成した。やがて大人用のスプーンも手がけるようになると、そのヒントは自然が教えてくれた。樹々に囲まれた工房兼自宅で、眼にした葉っぱの無駄のない必然の形からインスピレーションを得たという。スプーンに用いる材は、粘りがあり繊細な加工に向いたチェリー材が中心。木目が際立つように手元だけを照らした薄暗い工房で、ひたむきに彫刻刀を握る健夫さんの動きは、その作品のように澱みなく滑らかだった。「とにかく作り続ける」そんな静かな気迫さえ感じられる。

 生き方と仕事が密着した健夫さんとミアさんの心の所作に触れたひととき。帰り際、作業の手をとめて見送りに出てくれた二人の姿がミラー越しに見えると、この場所から離れがたいような気持ちが胸に込み上げてきた。

画像: 安定したリズムを刻むように彫刻刀でスプーンを仕上げる健夫さん

安定したリズムを刻むように彫刻刀でスプーンを仕上げる健夫さん

画像: 大小さまざまなカトラリー。進学のため家を離れて暮らす子供にも、手製のスプーンとフォークを持たせたという

大小さまざまなカトラリー。進学のため家を離れて暮らす子供にも、手製のスプーンとフォークを持たせたという

画像: 使うほどに味わいを増すテーブルウェア。ウォールナットの9寸プレート(上)¥14,520、チェリーの10寸プレート(下)¥18,920、クルミの取り分け匙¥5,280

使うほどに味わいを増すテーブルウェア。ウォールナットの9寸プレート(上)¥14,520、チェリーの10寸プレート(下)¥18,920、クルミの取り分け匙¥5,280

住所:滋賀県甲賀市甲南町野川835
電話:0748-86-1552
公式インスタグラムはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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