BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
自分への贈り物
旅先では普段とは異なる、内なる扉が開くのだろうか。ギャラリーでいつもと趣向の異なる器に心が動いたり、ふと立ち寄ったブックストアで思いがけない名著を発見したり……。今回は、旅から戻った日常に、優しい刺激をもたらす自分への贈り物を探しに出かけた。
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「Galerie空水(くうすい)」氷菓子のような詩情に満ちたガラス器
旅の余韻を日々の暮らしで感じられる工芸品に出合いたい。そんな話をVol.3にてご紹介した「MANOCAMINO(マノカミーノ)」での取材中にささやいたら、近所に素敵なギャラリーがあると教えてくれた。まずは外から覗いてみようと出向くと、日本家屋をリノベーションしたシャビーシックな空間に静謐な佇まいのガラス器が端正に並んでいた。手描きの看板にも、店主のセンスが感じられる。俄然、個人的な買い物モードにスイッチが入り、足を踏み入れると奥からギャラリーを手がけるガラス作家の戸田かおりさんが現れる。普段は制作に集中するため店の奥の工房で仕事をしているが、訪ねた日は土曜日ということもあり、偶然ギャラリーがオープンしていた。突然の撮影依頼を詫びながらも、幸運にも取材を引き受けていただき、その美しい作品が生まれる物語を伺うことができた。
独特のニュアンスカラーを纏った半透明のガラス器は、パート・ド・ヴェールという技法が用いられている。ガラスの粉を鋳型に詰めて、型のまま窯の中で熔かす鋳造成形だ。細かく粉砕したガラスに色ガラスの粉を混ぜて生地をつくるため、豊富な色彩や美しいグラデーションが特徴。さらに、焼成中にできる空気の泡を調整することでガラスの透明度を変容させることができ、パート・ド・ヴェールならではの柔らかな光が生まれるという。
技術的な話を伺い、再び作品を眺めると、スモーキーな半透明のガラスに日本海に囲まれた佐渡島特有の雰囲気が感じられた。それを戸田さんは、「外側から水底を覗き込んだような色彩美」と表現する。パート・ド・ヴェールというと、ランプシェードやフラワーベースなど、装飾性の高いアイテムが多いが、「身近に感じられる素材の一つとして、日常使いのガラス器を紹介していきたい」と、創作の根底にある想いを語ってくれた。ヴェールに包まれたような浮遊感のある作品の数々は、佐渡で目にした花や空といった自然を映したようでもあり、見る者の記憶に眠っていた深層心理と重なるよう。すりガラス越しにこの世界を眺めたら、悲しみも憂いも柔らかな光に包まれるのではないだろうか、そうして人生を歩んでいくことで、穏やかな岸辺に辿り着くのではないだろうか。そんな事を考えながら、自分への贈り物として求めたガラスのオブジェを、日々眺めている。
住所:新潟県佐渡市真野新町425
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「nicala(ニカラ)」秘密基地のようなブックストア
地方は“インディーズ”が面白い――ローカルトレジャーを探す旅に出て喜びを感じる瞬間は、地元の人が密かに楽しんでいるスポットを探し当てた時にある。観光客に基準を置くのではなく、あくまでも土地に根ざした営みを続けている店には、その場所にしかない “何か”と出合える。「まさに、ピッタリの書店がある」と聞きつけて訪れたのは、マッチ箱のような可愛らしいブックストア「nicala(ニカラ)」だ。ジョージアの画家、ニコ・ピロスマニの愛称を冠した店名からして、かなりニッチな発見が期待される。
「旅先で訪れる本屋は、その土地の文化や関心を教えてくれるもの。佐渡の人たちが、どんな本に興味を抱いてくれるか手探りではじめました」と語るのは、愛媛県出身の米山幸乃さん。「サウダージ・ブックス」が小豆島で出版事業を行っていた頃に、店長を務めた経験を持つ。パートナーとの交際を機に佐渡に移住、近くに友人もなく孤独な時間を過ごした。そんな時に、心の支えとなったのが本の存在だったという。知り合いがいなかったことを逆手にとり、“誰かのため”ではなく、「自分たちが本当に欲しい本を揃えた」そうだ。そんな視点で選ばれた本は、一般書店では扱いが少ない詩集や写真集をはじめ、今では佐渡の自然や食文化への造詣を深める一冊まで、店主の個性と趣向に彩られている。ジャンルや作家別にレイアウトされた書棚は、好みの一冊が見つかると、数珠繋ぎに棚を制覇したくなるほど。心を注ぎセレクトされた本の数々が次々とスポットライトを浴びるように感じられた。
あちこち目移りしながら4冊の本を選び抜いてレジに向かうと、幸乃さんがもう一人のブックキュレーターの存在を明かしてくれた。それが夫の耕(たがやす)さんである。二人の出会いはローカル芸術祭の作品制作の場。幸乃さんは瀬戸内国際芸術祭、耕さんは新潟の大地の芸術祭、それぞれの運営ボランティアをしていた二人だけに好奇心の及ぶ領域は実に広く、しかも深い。書店から目と鼻の先の蕎麦屋の軒先で、耕さんが「おいしいドーナツ タガヤス堂」を営んでいるというので、購入した本を抱えながらドーナツと珈琲を求めた。日陰に置かれていた小さなベンチを陽だまりへと少しずらし、きび和糖をまぶしたドーナツを頬張りながら高原英理著『日々のきのこ』(河出書房新社)を味わう。ふと顔を上げると、近所のお婆さんが犬と猫を同時に散歩させていた。後ろ姿を見つめながら、この光景はきっと一生忘れられないだろうと思えた。
住所:新潟県佐渡市羽茂大崎1507-1
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地元でも手に入りにくい幻のバターから、底抜けに明るいショコラティエが手がけるこだわりを極めたチョコレートまで。自称食いしん坊な手仕事案内人が見つけた、ニッチな旅の手土産を紹介する
食いしん坊の手土産
地元でも手に入りにくい幻のバターから、底抜けに明るいショコラティエが手がけるこだわりを極めたチョコレートまで。自称食いしん坊な手仕事案内人が見つけた、ニッチな旅の手土産を紹介する。
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「佐渡乳業直売所 みるく・ぽっと」 幻のバターと芳醇なチーズを求めて
手に入りにくいと聞くと、どうしても味わいたくなるのが人の心理というもの。「佐渡バターが美味しい」という噂を聞きつけたのは、いつの頃だっただろうか。都内では、めったにお目にかかれないが厳選された食材店で時折出合うと必ず手にする存在であった。火付け役は、佐渡出身で、日本のチーズ文化に多大な貢献をされた「フェルミエ」の創業者・本間るみ子さん。有塩バターにはミネラル豊富な佐渡海洋深層水塩が使用され、塩分が控えめでありながらコクがある。いっぽう無塩バターはクセが無く、さっぱりと爽やかでありながら、ふくよかな風味が醸し出されている。このバターを、佐渡取材の買い物リストの筆頭に置き、意気込んで直販所を訪れると、「猛暑の影響で牛乳が確保できず、今は品切れ」だという。撮影の約束を印籠のように掲げてお願いすると、奥から賞味期限間近な一点を取り出してくれた。それほどまでに、地元でも手にいれるのが困難な、バターのこだわりとはいかに?
佐渡乳業では現在、島内の7軒の酪農家の約120頭の乳牛からもたらされる3tの生乳を、牛乳をはじめ、バターやチーズなどの乳製品に加工している。絞ってから48時間以内の新鮮な生乳にこだわり、佐渡の自然の恵みによって作られるバターは、甘さと香りのバランスが絶妙である。熟練の職人により一個ずつ木型で成形され、優しいミルクの風味に包まれるのだとか。佐渡バターをリピート買いする食通のなかにはパンには有塩バターを、そして熱々のご飯には無塩バターを閉じ込め、醤油を数滴まぜて食べるという方もいると聞く。
バターが購入できなかったため、ほかの商品へと目を向けるとバリエーション豊富なナチュラルチーズが目に入る。モッツァレラからゴーダ、カマンベールからクリームチーズまで。全国のチーズ工房がしのぎを削る「ALL JAPAN チーズコンテスト」での受賞経験もあるそうだ。目に留まったのは、チーズと味噌の職人が本気で作ったという「チーズ 雪の花みそ漬け」。カマンベールはたまり味噌、ゴーダは白味噌、モッツァレラは吟醸味噌で漬けるなど、それぞれのチーズの風味を引き出す適切な味噌を選び抜いたという。撮影後にカットした一欠片を食べた瞬間、口をついて出た言葉は「ワインなど、ありませんよね……」。残りの欠片をホテルへ持ち帰り、マリアージュを楽しんだことは語るに及ばず。素朴で優しい北国のチーズに心を満たされた宵どきとなった。
住所:佐渡市中興122-1
電話:0259-63-3151
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「莚 CACAO CLUB」 佐渡の東海岸へチョコレートの冒険に
右手に見えていた海がトンネルを抜けると左手へと移り、心細い小道をひたすら車を走らせる。この先に店があるはずがない……そう思いながらもナビゲーションに従って進むと、かつて「ふるさと会館」だったという建物が現れる。オープン前、中から姿を見せたのは佐渡形のモヒカンがトレードマークという勝田 誠さんである。佐渡に生まれ、ミュージシャンを目指して上京するも、人生の寄り道で沖縄を目指して自転車旅へ。その途中で出合った尾道のクラフトチョコレートの名店「USHIO CHOCOLATL 」に、すっかり魅了される。ちょっと立ち寄ったつもりが5年間修行を重ね、その後ショコラティエを目指して南米にカカオ豆の買い付けに向かう。やがて佐渡に根を下ろし、島内でも本人曰く“辺鄙なエリア”である莚場(むしろば)の地に工房を構えた。
使うカカオは、チャイルドレイバーフリー(児童労働をさせない)の農園や地域のものと決めている。仕入れたカカオは豆の状態に応じて焙煎を施し、その日の気温や湿度に合わせて粉砕。こうして板チョコへと仕上げるまで一貫して行う「ビーン・トゥ・バー」のスタイルを貫くことで、豆の個性を最大限に活かすチョコレートが生まれる。ワインのような豊潤な香りとバニラを思わせる優しい甘さが特徴の「コスタリカ」、ベリーやレーズンのようなフルーティで華やかな酸味が特徴の「ベトナム」、ココナッツやミルクの風味を思わせる「ガーナ」、ヨーグルトやアップルビネガーのような酸味が満ちる「タンザニア」、スモーキーでハーブのような香りに包まれる「トリニダード・トバゴ」、プラムのようなフレッシュさと安納芋のような甘さを併せ持つ「ホンジュラス」。シングルオリジンと呼ばれる単一原産国かつ単一品種の板チョコは、厳選の6種類が揃う。
廃墟同然だった公共施設は、土地の伝承をちりばめながら、ポップカルチャーと民芸の要素がミックスした不思議な空気を醸している。不揃いのテーブルと椅子からお気に入りの席を選び、ホットチョコレートと「タンザニア」をオーダーして味わう。ひとかけのチョコレートから広がる世界観は、はじめはほろ苦く、徐々に広がる酸味からワインのような奥深さへと変容。その味わいは、まるで「分子ガストロノミー」のようだ。勝田さんが壁にぶつかりながらも歩んできた人生の軌跡が、チョコレートの風味を一層豊かにしているのだろう。港や人里から離れた場所は、オープンの時間を迎えると同時に地元客と思しき数組の客で賑わった。昨年、期間限定で販売したチョコレートのパッケージには、禅をはじめとする東洋や日本の思想を海外へ伝えた人物として知られる鈴木大拙の言葉がデザインされていた。“偉大な仕事は、人が打算的になっておらず、思考しているときになされる”。その言葉は、勝田さんがチョコレートと向き合う姿勢のように感じられた。
住所:佐渡市莚場1100
電話:0259-58-9080
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伝統芸能と美酒
6回に渡ってお届けしてきた佐渡探訪のフィナーレを飾るのは、江戸期にこの地で花開いた市井の能楽と古式製法で仕込まれる佐渡で一番小さな蔵元だ。日本最大の離島で脈々と受け継がれた伝統の世界を逍遥する
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「天領佐渡両津薪能」 島民の情熱が受け継ぐ“舞い倒す”能楽
佐渡を訪れてみたかった一番の理由は、薪能を鑑賞することにあった。格調高く雅味溢れる都の能楽堂で見る能もさることながら、能の大成者である世阿弥が配流された史実が、佐渡で鑑能するイメージを一層ドラマティックに彩っていたからだ。松明の火の粉が響く静寂の中、鄙びた神社の境内で厳かに奉納される薪能には、さぞかし深い哀愁と格別な高揚感が共鳴することだろう。
実際に、この地で能が広まったのは江戸時代に入ってからとなる。金銀の資源に恵まれた佐渡は幕府の天領(直轄地)となり、初代佐渡奉行として大久保長安が江戸から派遣。能役者の息子であった大久保は、佐渡にシテ方や囃子方を同伴し、それを機に神社に奉納する「神事能」として独自の進化を遂げ、“庶民の能”として浸透した。驚くべきは、往時の島には200もの能舞台があったことだ。今も日本の能舞台の約3分の1が集中し、30以上の舞台が現存。その密度はほかの地域に例をみないほど。幾つもの能楽愛好会があることに加え、祝言の席や祭り、節句など、人が寄り集う宴席では“座敷謡”が嗜みのひとつとして日常に息づく。
薪能は、4月から10月の半年にわたり島内各所で開催される。なかでも椎崎諏訪神社で開かれる「天領佐渡両津薪能」は、重要無形文化財保持者で宝生流の金井雄資さんによる指導のもと、ひときわ完成度の高い能楽が披露される。さらに、一年を締めくくる10月の舞台では、金井さんご自身が主演を務める貴重な公演と聞く。松明の中で、厳かに能が演じられる幻想的なシーンを想像し、期待に胸が高鳴ったが、取材の当日は雨に包まれ、室内の能楽堂へと場所を移した。
この日の演目は平安時代の著名な盗賊を題材にした「熊坂」。前段では、都から来た旅僧と熊坂扮する僧の二人が、荒涼とした野原で対峙する独特の重々しさが漂い、後段では熊坂が舞台を縦横無尽に動き回り、姿なき義経との奮闘ぶりを舞台いっぱいに表現。シテ方と小鼓が重要無形文化財保持者であることに加え、後見の一人は金井さんの長男が務めるとあって、舞台は正統でありながら佐渡ならではの味わいが展開された。能は武士の式楽として愛好されてきた歴史があるが、ここ佐渡では「京都は着倒れ、大阪は食い倒れ。佐渡は舞い倒れ」という言葉があるほど。市井の人びとが舞い、謡い、観るものとして愛されてきた。晴れの衣裳で舞台に立つ島民の高揚した姿に、“生きた伝統芸能”のあり方を垣間見た。
電話:0259-27-5000(佐渡観光交流機構)
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「逸見酒造(へんみしゅぞう)」 佐渡最小の酒蔵で仕込まれる最上の日本酒
トリを飾るのは、島で一番小さな酒蔵。実をあかすと1日目に宿泊したHOTEL OOSADOのディナーで味わった「至(いたる)」があまりの美酒だったことから、無理を承知で直前に取材依頼をお願いしたという経緯がある。ワイングラスで出された件の純米吟醸は、優しいコクと旨みを感じながらも後味がキリッと引き締まるようで、一瞬にして魅了された。目指した味が、そのまま飲み手に届く“素顔の美酒”というセオリーを掲げ、明治5年から実直に酒造りを守り続けている5代目当主・逸見明正さんに、その言葉に込めた想いを伺った。
「素顔という表現は、絞られたままで余計な手を加えないということです。実は、私も父もあまりお酒が強いタイプではなく(笑)。飲めないからこそ、お酒の味にしっかりこだわることができたのだと思っています」と逸見さん。新潟の酒といえば、飲みやすさを追求し炭で濾過して個性を消した酒が主流だった時代もあるという。米から生まれた本来の酒の個性を大切にしてきた逸見酒造では、ブームが起きる前から純米酒に力を注ぐ酒蔵として、知る人ぞ知る存在でもあった。
かつて佐渡には200を超える酒蔵があったが、現在はわずか5箇所を残すのみ。その中でも、最小規模の酒蔵が逸見酒造である。酒造りに不可欠な仕込み水には、敷地内の井戸水を使用。適度にミネラルを含む中硬水は、発酵を促すと同時に酒の個性が際立つという。また、最近は設備を整えて1年中仕込みを行う蔵が増えるなか、逸見酒造では年に1度、冬の間しか仕込みを行わない。さらに、仕込みの量も一回に人の目が届く量のみ。米を蒸し、そこに麹を加えてからは、杜氏の五感を頼りに蔵人の手作業によって粛々と酒造りが行われる。
ラインナップは「真稜(しんりょう)」と、「至(いたる)」がメイン。5代目当主に話を聞くほどに、昨晩飲んだ「至」が、なぜ心に真っ直ぐに届いたのかが頷けた。酒造りへの想いを知った後に傾ける一献は、さらに美味しく感じられるに違いない。取材後に四合瓶を抱えて海を渡ったことは、言うまでもない。
住所:佐渡市長石84-甲
電話:0259-55-2046
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島の滋味を味わうフレンチ
《EAT》
「LA PAGODE(ラ パゴット)」 佐渡の森羅万象をフレンチスタイルで味わう
フランス語で仏塔を意味する「LA PAGODE」は、佐渡で唯一の五重塔が建つ妙宣寺の向かいに佇む。漆黒の焼き杉の外壁とビビッドなコントラストを放つ、アップルグリーンに彩られたブースにはフランス製の薪窯が据えられ、ひときわ誇り高きオーラを放っている。レストランの主はパリのガストロノミーの世界で、⾷と芸術を融合させる“デザイン・キュリネール”の礎を築いたフランス人シェフ、ジル・スタッサールさんだ。3年前に家族とともにこの島へ移住し、「森と火と食をつなげるラボ」というコンセプトを掲げて2022年にレストランをオープン。「太古から人間は火を焚き、自然からのギフトを変容させて食してきた。その原始的な視点を取り戻し、直火が宿るこの空間で、料理を通し佐渡に暮らす人々と心地よい関係性を積み重ねたい」というジルさんの思いを、妻の朋さんが代弁。森から薪を切り出し2年もの年月を費やして乾燥させ、その薪をくべた窯は600℃に達したのちに、2日かけて緩やかなカーブを描き200°Cまで下がる。「ピザを焼くときは350〜400℃、もう少し下がるとパン・ド・カンパーニュを」というように、ジルさんは熱の塩梅に合わせて最適な一皿を紡ぎ出す。ここでは現代人の歩幅とは異なる、深淵な時間の流れのなかで食を巡る風景が繰り広げられているのだ。
「パリの暮らしの大切なことはマルシェから学んだ」というジルさんは、ここ佐渡においても食の生産者との繋がりを大切にしている。地元の漁港で水揚げされるムール貝や蛸、豊富な種類の魚、関西から移住した女性が一人で手掛ける農園のスパイスから島の南東で除草剤を使わずに育まれた小麦、近所に住まう野菜作りの名人から届けられる畑の実りまで。“素材のクオリティこそが料理の鍵を司る”というパリ時代の哲学を貫きながら、半径10km以内の地産地消を目指して作り手と直接対話することを欠かさない。「海のもの、山のもの、畑のものに恵まれ、それぞれの生産者と地域の人が集う。このコミュニティこそが自分たちが理想とするレストランの在り方。佐渡の自然と人の恩恵に預かって、ジルの料理も一層の好奇心が漲ります」と妻の朋さん。この日、オーダーしたのはディナーのアラカルトから鴨のローストと舌平目のムニエル。もちろん、どちらも佐渡産だ。低温で3時間かけて火を入れた鴨は、ジビエ特有の香りの奥行きと甘みが噛むほどに満ちる。ナツハゼの実のソースの酸味と蔓紫の苦味が絶妙。舌平目にはホーリーバジルのペーストをあしらい、窯で焼いた茄子も心憎いアクセントに。
オープンから1年を迎えたこの秋、「LA PAGODE」では新たなプロジェクトが幕開けた。佐渡の素材を活かした5つのプロダクトが誕生したのだ。ラボが最も大切にしている「森」と「火」を冠した2種類のフレーバーオイル、「月」や「魔法」というドラマティックな味覚の旅を誘う2種類のマスタード、そして「食べることを作るという愛」という詩的なフレーズをネーミングした苺のマーマレード。苺は、地元の酒造会社「北雪酒造」がリキュールで使用した廃棄食材を、バジルと合わせて再加熱したもの。地域の循環や自然環境に貢献したいというラボの思いを、佐渡から地方へ、さらには世界へと届ける第一歩を踏み出した。帰り際、ジルさんがつまみ食いさせてくれたのは翌朝のために仕込みをしていた天然酵母の薪窯仕上げのクロワッサン。直火の余熱が染めたムラのある焦げ色や口いっぱいに広がるバターの香りが、霧雨に煙る午後の静けさの中で幸せの余韻となった。
住所:新潟県佐渡市阿仏坊18-1
電話:080-6551-5033
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「カルム農園」 “雑草”とともに夢を紡ぐ開拓者
羽を広げたようなフォルムの佐渡島は、左上を大佐渡、右下を小佐渡と呼ぶ。カルム農園は、小佐渡の西南に位置する羽茂(はもち)という海を見下ろす山間の地で2020年に開墾した。佐渡⽜の糞の堆肥や牡蠣殻、籾殻燻炭など、佐渡の資源を利用しながら地道に土づくりから取り組んでいる。農園の主は、神戸から移住した梶原由恵さんだ。北の孤島で、たった一人で自然と向き合いながら手の届く範囲、地に足のついた農業を目指している。そのきっかけは、30代で体調の変化から食を見直したこと。「食べるものが体を作っていますから。安心、安全で元気の出る農作物を一人でもたくさんの方へ届けたい」と語る。見学させていただいた畑は、作物よりも雑草の存在が際立っていた。そのことを伺うと「雑草は土を助けてくれる存在。干ばつから畑を守り、梅雨どきには水を吸い上げてくれ、海風の強いこの土地では風除けにもなる」と、もはや同志のように雑草を讃える。
「一人で手掛ける農業には収穫量に限界がある」ということから、次に梶原さんがトライしたのはオリジナルのスパイス作り。ニンニクや柚子、山椒から青じそ、蜜柑まで。佐渡の大地が育んだ香り高いスパイスは、先んじて紹介した「LA PAGODE」でも使われるほか、佐渡のショコラティエとのコラボレーションを果たすなど、この地で食の豊かさを求める人々の点と点とを結んでいる。そんな梶原さんの夢は、自らが経験してきた農業の喜びを体験してもらえる施設をつくること。その手始めとして、この冬にはスパイス作りのワークショップも行う直販所をオープンする予定だという。取材に訪れた頃、移動する先々の道すがらには、金色のセイタカアワダチソウが群生していた。ふと、この花は来年も再来年も、同じ時季に佐渡の晩秋を彩るのだと思った。自然とはその繰り返しなのだと。軽トラックを笑顔で逞しく乗りこなす梶原さんに見送られながら、この田畑に変わらぬ実りがもたらされることを願った。
住所:新潟県佐渡市羽茂小泊(地内)
電話:090-2280-5825
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《EAT》
「origine(オリジヌ)」 食の時間を慈しむ、港町の朝食
旅先では、時に格別な朝食を振る舞う店と出会える。小佐渡の最南端、小木の港町で朝7時からオープンしている「origine」も、そんな一軒だ。米麹で発酵させた仄かに甘い食パン、サラダには新潟ならではの菊の花弁の酢漬けがあしらわれ、江戸時代からこの地区で栽培されている伝統野菜「八幡いも」からは大地の優しさが漂う。丁寧に裏漉しされたカボチャのポタージュを一口含むと、途端に身体中に口福が巡る。慌ただしい日々の朝食では「今、何を口に運んでいるのか」さえ意識が及ばないことがあるが、この店ではそれぞれの食材の個性が語りかけてくるかのよう。「食べることは生きるために必然の行為だけど、“どう食べるか”を考えることはとても大切だと両親におそわった」と、オーナーシェフの伊藤 薫さん。
伊藤さんは新潟県の中越地区で、養鶏を営む自然卵を生業にする家に生まれた。幼少期は父親に伴われ、1日のほとんどを畑や森で過ごしたそう。まるで、レイチェル・カーソン著の『センス・オブ・ワンダー』に登場する少年を思わせる、森に育てられた伊藤さんが奏る料理は“唯ならぬはず!”と直感。朝食後、特別にディナーのおすすめを撮影させていただいた。全6品からなる夜のコースから伊藤さんが選んだ一皿は、主役となる佐渡牛の藁焼き。佐渡牛は年間で約30頭しか出荷できない幻の牛だ。潮風に包まれた佐渡稲藁を食べながら、5〜10月にはのびやかに育つため、その味わいは柔らかくジューシーな肉質とあっさりと円やかな甘みが特長。伊藤さんは、生産者である牧場を訪ね、島外にある加工の現場も見学し、牛の命が人間の食べ物に変容する過程をしっかりと受け止め、想いをのせて火を入れる。撮影のシャッターを切り終えるのを待ちかねて食したステーキは、言わずもがな。ひと噛みひと噛みを、記憶に刻むようにゆっくりと味わった。
丸の内の星つきフレンチで修行した経歴をもつ伊藤さんだが、「origine」の料理は、「あくまでもフレンチを礎にした佐渡の海や山、畑や酪農の恵みと季節の瞬間を合わせるイノヴェーティブな料理」だと語る。佐渡に移り住み無農薬の野菜作りにも挑戦、暮らすことによって日々感じる島の風土を体と心で受け止め、それを料理する。「自然の中は、ひらめきの時間です。山を歩き、土に触れながら“あるものを、どう生かすか”ということを常に考えています」。秋を見送り長く厳しい冬が訪れると、佐渡牛はぐっと身が引き締まり、魚の美味しい季節がやってくるという。取材が終わり駐車場から旋回する車に、いつまでも手を振ってくれた二人の姿が、帰り道の田んぼで睦まじく佇んでいた、つがいの朱鷺の姿に重なった。
住所:新潟県佐渡市小木町1940-3 1階
電話:080-2115-9996
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日本海の絶景を望む宿
《STAY》
「HOTEL OOSADO(おおさど)」 日本海の夕陽と溶け合う唯一無二のホテル
佐渡島の西南に位置する春日崎。夕陽の名勝地としても名高い春日崎は、江戸初期から能楽の文化が根付いた「佐渡における能の発祥の地」としても知られる。このアカデミックな歴史を秘めた海沿いで、断崖を見下ろし風格を放つのがご紹介の「HOTEL OOSADO」だ。2023年春、大幅なリニューアルが施され、約60年の歴史を持つ由緒あるホテルに新たな魅力が加わった。特筆すべき一つが、車寄せから最初の自動ドアが開いた先に現れる広大な「水のテラス」だ。水鏡に映る建物と空、その先へと続く日本海がすべて一体となる光景は、現世と異次元が交錯する能の世界のようにも感じられる。そんな幻想的な景色をエントランスから通り過ぎるだけでなく、心ゆくまで堪能できるようにと、エクステリアには足湯を新設。リクライニングチェアに身を委ねると、目線の高さにまで水辺の空間が迫る。能舞台をイメージした「サンセットラウンジ」でドリンクをオーダーし、足湯に浸りながら刻々と表情を変える情景を海風とともに五感で受けとめると、旅の疲れが静かにほどけ心地よい浮遊感に包まれる。
リニューアルのもう一つのトピックは、最上階に新設されたプレミアムスイートである。海に面して横長にデザインされた開放感のあるリビング、壁際に設えたモダンなベッドルーム、そして専用露天風呂を備えた広いテラス。その何処からも日本海の気配を感じられるように設計。お待ちかねの食事においても、夕食、朝食ともにプレミアムスイートに宿泊すると、特別に構築されたメニューをいただける。夕食は懐石仕立ての和食コースだ。彩り豊かな八寸からはじまり、佐渡で水揚げされた紅ズワイ蟹から鮑の肝ソース鍋、ノドグロのソテーから新潟のブランド牛である村上牛のローストビーフまで、地産地消の創作料理がテーブルを飾る。
朝食は和洋をチョイスでき、洋食では佐渡産のきのこや玉ねぎをゴロリと包んだオムレツをメインに。シャンパングラスで出されるフレッシュ野菜のスムージーや潮の香りに満ちたワカメスープを飲むと、胃袋がゆっくりと目覚める。一方、和朝食では地元の真鱈が滋味豊かな出汁となった湯豆腐が味わえる。佐渡産こしひかりでフィナーレを迎えると、1日のエネルギーが漲るようだ。佐渡名産の柿のデザートに頬を緩めながら、取材で訪れた日には望めなかった夕陽を妄想し、再びこのホテルで極上の時間を過ごしたいと願った。
住所:新潟県佐渡市相川鹿伏288-2
電話:0259-74-3300
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《STAY》
「Guest Villa On the 美一(ビイチ)」 海沿いのモダンヴィラで格別な“眠り”に浸る
大佐渡と小佐渡の繋ぎ目、大地がダイナミックに入り組んだ真野湾に沿って車を走らせる。牧歌的な海辺の景色が連なるなか、突如として現れるキューブ型のソリッドな建物が「Guest Villa On the 美一」である。ここは、1階にフレンチレストランとファンクションルームを据え、2階をゲストハウスに、離れをリトリートルームとして展開する。家主は横浜やハワイでホテル業界に身を置き、洗練されたおもてなしの最前線を経験した山内三信さん。
佐渡へ移住したのは23年前のこと。妻の実家が営む海産物の会社へ転身、4代目を継承する修行を積む傍ら、自らの生きがいとして2015年にヴィラを開業。父「美一(よしかず)」さんの名前を「beach」の響きに重ね、真野湾随一の美しい止まり木を築いた。ホテルや民宿が主流の離島において、あえてゲストハウスというスタイルを選択したのには、「島外の方だけでなく、佐渡に住まう人たちに非日常を感じてもらえる空間を作りたかった」という想いもあった。オープンからほどなく、佐渡では異質なモダン空間の存在が知れ渡ると、今では別荘感覚で滞在する地元の人も多いという。
遠く海外からもリピーターが絶えない訳を、2階のゲストハウスゾーンに上がってすぐに納得した。階段を上り切った視線の先には、北国らしい凜とした空気を纏った海岸線が広がり、思わず窓辺に歩み寄ってしまうほど清々しい。L字型にソファを配した共有スペースは、4人がけのテーブルセットを伴ったアイランドキッチンと一続きに隣り合い、天井の高さが一層の開放感をもたらす。ベッドルームは、ツインルームが2室、ダブルルームが3室。外出先から戻った旅人が最も大切にするのが“眠りにつく”ひとときだと考え、ヴィラを設計する段階から、眠ることに最も重きを置いた。
その最たる象徴は、ヘッドボードを天井までつなげ“巣篭もり”のような安心感を演出したベッドまわりのデザインだ。全てのベッドはウッドスプリングを特徴とするオーストリアの「リラックス社」製を導入。寝返りを打ちやすい左右アシンメトリーな枕から、オーガニックコットンのナイトウェアまで、微に入り細に入り快眠環境が整えられている。また、2023年3月にはヨモギ蒸しによるセルフスタイルのボタニカルサウナもスタート、眠りにつく前に1日の疲れをデトックスすることも叶う。実際に宿泊し、翌朝の目覚めが爽快だったことは言うまでもない。日の出とともに海辺の遊歩道をそぞろ歩き、寄せては返す波を見つめていると、人生とは絶えざる日常と非日常の闘いの一コマなのかもしれないと、心の奥底の声が聞こえてきた。
住所:新潟県佐渡市河原田諏訪町207-76
電話:0259-58-7077
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ちょい飲みこそ旅の醍醐味
《DRINK & BUY》
「t0ki brewery (トキブルワリー)」 一期一会のクラフトビール
両津港のほど近く、佐渡初のマイクロブロワリー(小規模ビール醸造所)を訪れた。元ITエンジニアだったというオーナーの藤原敬弘さんは、「海外のビアパブで、仕事終わりに個性豊かなビールを気軽に楽しむ」という自身の体験からクラフトビールに開眼。一念発起してアメリカンスタイルのビール作りに挑んだ。ビールの原料となるモルトはドイツから、香りの決め手となるホップはアメリカ輸入。15ℓの小型タンクで試作を繰り返しながら理想の味を追い求め、2022年4月に「t0ki brewery」のオープンを迎えた。
店名の「t0ki」は、大切な仲間と「時」を過ごす場所であって欲しいという願いと、佐渡が国内で唯一「朱鷺(トキ)」が生息する土地であることを重ねている。ビールは常時7~8種類の用意があるが、あえて定番をつくらない。「季節や気候によって微妙に味わいが変化することがクラフトビールの魅力ですから」と藤原さん。現地に訪れた「時」にしかない味わいを求めるなら、タップルームで至福の一杯を。モルトの5%を焙煎することでエスプレッソのような風味とドライな喉越しが楽しめる「Black IPA」や、佐渡の日本酒蔵の米麹を混ぜフルーティな味わいが際立つ「Hazy IPA」、トロピカルな風味が昼のみに最適な「West Coast IPA」など。佐渡のテロワールをビールで表現した気鋭のクラフトビールは、テイクアウト用ボトルで持ち帰ることもできる。巡る先々で手に入れた珍味とともに、佐渡時間の余韻を味わいたい。
住所:新潟県佐渡市加茂歌代458
電話:090-1305-7148
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《DRINK & STAY》
「HOSTEL perch (パーチ)」 蔵サウナで心身を整え、格別の一杯を
大正時代から続く旅館をリノベーションし、2018年にゲストハウスとして誕生した「HOSTEL Perch」。初夏から初秋にかけて観光のピークを迎える佐渡島において、“冬”に吸引力となるスポットを作りたいと考え抜いた末、辿り着いたのが敷地に隣接した明治期の蔵を利用したサウナだった。昔ながらの旅館の引き戸を開けると、パチパチと薪が燃えるストーブの温かさに迎えられ、ラウンジを兼ねたノスタルジックなバー空間が広がる。2階にコワーキングスペースを備えていることもあり、ここは様々な人と情報が交差するスポットでもあるという。サウナで一汗かく前に、まずは喉を潤したいとオーダーしたのは、生姜やシナモン、八角を佐渡名産の黒イチジクとともに漬け込んだ自家製シロップのソーダ割り。スパイシーなアクセントとイチジクの優しい風味が溶け合い、旅の疲れを優しく包み込むようだ。
一息ついたところで向かったのは、母屋に隣接した蔵サウナである。明治期の木造建築はまるで蔵そのものが呼吸しているかのよう。断熱性に優れた土壁はサウナにうってつけだとか。扉を開けると1階の中央奥に煉瓦でフレーミングされた薪ストーブ、その天面にはサウナストーンが置かれ、本格的なフィンランド式のサウナが鎮座する。薪のサウナは火力があり、110℃まで室温を高められ、ロウリュで室内に水蒸気を満たせば一層の発汗作用が促される。蔵の外には漁港で使われているダンベと呼ばれるプラスチック桶を利用した水風呂や、デッキチェア、さらに特製の蓬茶まで用意。自分のペースでゆっくりと「整う」うちに、冬の佐渡巡りで冷えた体が芯から温まる。
たっぷりと汗を搾り出したあとには、待ちかねた一献を傾けたい。リカーラックを眺めると、モダンなデザインのホワイトリカーが目に止まる。聞けば新潟県上越市で約50年に及び薬草を使った酵素ドリンクを開発してきた越後薬草が手がけるジン「THE HERBALIST YASO GIN」だという。蓬やドクダミ、スギナや海藻、果物など80種類の原材料を発酵、熟成させたものを、蒸留器を用いて清涼飲料水を作る過程で、副産物として生まれるアルコールにジュニパーを加えたものである。異次元のサウナでデトックスした体にジンの複雑な味わいと澄んだ香りがゆっくりと駆け巡る。日本には、まだ知らなかったことが沢山ある……心の扉を開き思い切ってローカルへ向かえば、こんなにも地味豊かな美酒に出会えるのだ。
住所:新潟県佐渡市河原田諏訪町4番地
問い合わせ:info@s-perch.com
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《EAT》
「MANOCAMINO(マノカミーノ)」 “佐渡巡礼”で立ち寄りたいスペインバル
“私は食いしん坊ではない。食べ物の冒険家だ──”とは、20世紀半ばにアメリカの家庭生活をユーモラスなタッチで綴り絶大な人気を博した作家、アーマ・ボンベックの名言。彼女の言葉を自らの言い訳に、旅先で膨らむ“食の冒険心”に身を委ねて訪れた先は「MANOCAMINO」である。夜が長く感じられる旅時間で、ホテルに帰る前に“ちょっと一杯”を求めて扉を開いた。店名とともにガラス戸に描かれたホタテは、スペインの聖地サンティアゴ巡礼の象徴。オーナーの瀬下要さんは、その魅力にはまりバックパッカーで3度巡礼を果たしたほど。旅先で出会ったタパスの味を表現したいと考え、2021年に同店をオープン。
早速、オーダーしたのはガリシアで味わうスペインバルの代名詞ともいえる「プルポ・ア・フェイラ」。柔らかくボイルした佐渡産のタコにジャガイモを添え、ミネラルをたっぷり含んだ佐渡の「おけさ花塩」とオリーブオイル、パプリカパウダーでシンプルに食すものである。「ただ、これを味わっていただきたくて店をはじめたようなものです」という瀬下さんの語りを聞いて、フォークを置き、スペイン風にピンチョスでいただく。ワインを注いだ茶碗のような器は、ガリシア地方伝統のクンカという酒器。それを佐渡の無名異(むみょうい)焼の工房にオーダーし、オリジナルに誂えたものだという。島外に持ち出すことができないという鉄分を多く含んだ佐渡の赤土は、水を滑らかにする作用もあるという。そんな説明を受けると心なしかワインが円やかに感じられ、近隣の漁港で水揚げされた新鮮なイナダの酢漬けに手を伸ばしては、またワインで流し込む。
お酒が少々進むと不思議と小腹がすいてくる。撮影を言い訳にランチメニューから巡礼食の定番といえる「ボカティージョ」を注文。今宵は、チョリソーとスペイン産のチーズ、玉ねぎとトマトをたっぷりとサンドしたものをセレクト。 “ちょい飲み”のつもりが、スペインの鮮烈な陽光を感じさせる地産地消のタパスにすっかり魅了されてしまった。冬の佐渡で、北国の身の引き締まった魚介を赤ワインで流し込むのも快味であった。お腹が満たされると、彼の地の巡礼者のマインドがじんわり押し寄せ、今日1日、無事に“佐渡巡礼”を終えたことへの感謝に包まれる。
住所:新潟県佐渡市真野新町487
電話:080-5722-7042
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