BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

1000本以上のワインが揃う「Trattoria UGO」
《EAT》「Trattoria UGO(トラットリア ウーゴ)」
食材と人への“想い”をスパイスに秘めて

シチリアの「デシモーネ陶板」が看板のアクセントに。作品は室内にも飾られ、陽気な光を降り注ぐ
長崎の旅を終え、もう一度訪れるなら真っ先に胃袋を満たしたいと思えたのが、こちら「Trattoria UGO(以下、ウーゴ)」だ。長崎市の浜町アーケードからほど近いビルの1階、控えめな看板に、実のところ一度は通り過ぎてしまったほど。ドアを開けると、入り口には経年を重ねたヨーロッパのクロークを設え、客席に据えた椅子はすべてデンマーク製のビンテージ。一見すると飾り気のないようで、店の主人の思い入れが、多くを語らずちりばめられていた。
「ウーゴ」のオーナーシェフは、フィレンツェやリボルノにほど近い田舎町で修行をした吉田 太さん。「その日、その季(とき)に一番美味しいものを食べていただきたい」という理由から、夜のおまかせコースのみを振る舞う。

壁には吉田さんが切り取ったイタリアの情景が飾られて。カウンターやテーブル席に加え、個室もある
待ちかねていたコースは、デザートを含め全8品。1皿目は、ピエモンテ州の伝統料理をアレンジした「自家製フレッシュチーズとパプリカソース」。提供時間に合わせて仕上げられた、ほんのり温かい自家製フレッシュチーズに、煮詰めることで風味が凝縮したパプリカのピューレが伴走。香り高いオリーブオイル「ノヴェッロ」と塩のみで食したとは思えないほど、高揚感に包まれた。
続くアワビのフリットは、柔らかく蒸されたアワビとカリっと揚げられた衣のコントラストが絶妙。添えらえたアワビの肝ソースが2口目のアクセントに。五島産の天然のカンパチを主役にした一皿には、イタリアの古代小麦で食感を足し算に、コリアンダーシードのペーストが個性を放つサラダ仕立てに。雲仙の生産者が開発した「グラウンドペチカ」というジャガイモも、コクのある奥行きの一役を担っていた。

塩で〆たカンパチは、ねっとりとした甘みがたまらない。皮目を炙ることで香りと食感も増す

この一皿のために長崎を訪れたい、しいたけのタリアテッレ
メイン料理を前に言葉を失ったのは、同店のスペシャリテともいえる5品目、「永尾さんの原木しいたけの手打ちタリアテッレ」だ。メニューにまで冠した生産者の存在は、対馬の穴子漁師との縁を繋いだ地元の方からの紹介と聞く。情熱を携えた料理人には、“健やかな食の本質”を貫く生産者と繋がる扉が開かれるのだろう。期待を秘めて永尾さんのもとへ出向いた吉田さんだが、会ってすぐにはやんわり断られる。それでも根気強く思いを伝え続けた、ようやく譲ってもらう約束を結ぶ。なんでも、永尾さんのしいたけを長崎で扱うのは、この10年でUGOだけというから、その希少性が窺い知れる。
人の目にふれぬ密やかな森の営みを、誰にも言わず隠し持ったような原木のしいたけ。旨み、香り、食感のなかに、森の沈黙が厚みを増し、言葉に尽くし難いふくよかさを抱いたような味わい。その戻し汁にバターを加えたスープを、自家製の手打ちタリアテッレがたっぷりと吸い込んだ一皿は言わずもがな。

ソムリエを務める妻の綾子さん。ナチュールワインも早くから注目し、生産者のストーリーに満ちたセレクトが楽しめる
タリアテッレに合わせる赤ワイン「ロアーニャ」を綾子さんが選び抜くと、その一杯に秘められたストーリーをご主人が語る。「ワインの作り手は、樹齢を重ねた葡萄にこだわるルカさん。しっかりと根を張り、大地の贈り物を受け止めた葡萄こそが美味しいワインになると、ルカさんから教わりました」と。
おまかせコースは、生産者からバトンを受け継いだ地球の恵みを、演出にとらわれず、手間暇と工夫の極めみが織りなすものだった。食べ終わってふと浮かんだのは「最後は“愛”なのではないか?」ということ。何を大切に生きるべきかを、味わえた時間だった。

シェフとソムリエ、店の夫婦の塩梅も心地よさを醸している
住所:長崎県長崎市油屋町1-10
電話:095-829-2648
《EAT&STAY》「レストランHAJIME/陶々亭」
個性と洗練が隣り合うオーベルジュ

蔦に覆われた塀越しに、歴史ある建物の趣が顔を覗かせて
長崎の唐人屋敷が軒を連ねる界隈から、ほど近くに佇む「陶々亭(とうとうてい)」。店を訪ねようと坂道をのぼると、目を染めるのは常緑の樹木の蔦を纏った石塀だ。まるでゴブラン織の衣装のようだと、横目で眺めるうちに塀が途切れ、威風堂々たる和風建築が現れる。明治41年に建てられた、貿易商・青田家の邸宅だ。気品ある建物の姿はそのままに、高級中華料理店「陶々亭」として店を構えたのは戦後まもない昭和24年のこと、その暖簾は5年前まで静かに受け継がれていた。
ハレの日に訪れる中華店として、一目置かれる中華の名店が生まれ変わったのは、2023年のこと。「陶々亭」の名前を引き継ぎながら、「レストランHAJIME」を内包する、客室わずか3室のオーベルジュとして誕生した。

床の間の設えにもモダンな感性が光る、池を望む掘り炬燵タイプの個室。ルイスポールセンの照明「アーティチョーク」がエッジィなアクセントに
「長崎の地形はどことなくアマルフィやパレルモに似て、食材の宝庫。長崎弁で“地元”を意味する“じげもん”の食材を巡る、テーブルの旅にお連れします」。そう語るのは、ナポリで修行した高阪二木シェフ。春先の“じげもん”は、そら豆や春キャベツ、ホタルイカやヤイトガツオなど。対馬産の天然の黄金穴子や五島のシマサザナミ鶏、佐世保のさとむら牧場のチーズをはじめ、ジビエの季節には島原産の羊肉や対馬の鹿肉もメニューを彩る。
こうした一家言ある食材に、“本気の遊び心”を加えることも高阪シェフが大切にしていること。たとえばアミューズで出される「フォアグラのチョコレートガナッシュサンド」は、出雲で偶然見つけた「隠岐野上ブルーカカオ」が発想源。「苦いけれども、どこか面白みを感じた」というカカオ100%の第一印象を、しっとりとしたガナッシュのクッキーに仕立て、フォアグラをサンドした。「料理は面白いか、面白くないか。前者はリアルな美味しさに、心の旨みも加えてくれる」。

アニューズが、お皿に敷き詰められた石に紛れるように佇む

メイン料理「壱岐牛のロースト 筍添え」。料理に合わせて選び抜いた波佐見焼の器も見所。メイン料理に添えた自家製ブリオッシュも絶品だった
発見に満ちたコース料理を終えた夢心地のまま、瞬時にベッドへ向かえるのは、オーベルジュに泊まる特権だ。「陶々亭」では、レストランの2階に設えた「母屋」、吹き抜け空間が開放的な「離れ」、建物の裏手に佇む隠れ家のような「蔵」の3室がある。卓越した日本の建築美を礎に、どこか異国の風を感じるのは、長崎らしい伝統の形といえる。
撮影の途中、庭を眺めるとハンサムな野良猫が通りすがりに足をとめ、こちらと目が合うと素っ気なく去っていった。その後ろ姿に、どこか愛嬌を感じたのは長崎特有の尻尾がクルンと曲がった「尾曲がり猫」だったのだろうか。尻尾の記憶は定かではないが、メインに添えられていたブリオッシュの味は、今もはっきりと記憶に刻まれている。

一番広さをほこる「母屋」のベッドルーム。続きの間には庭を見下ろす広縁つきの居間がある

和風建築の佇まいに、どこか異国の風がわたる
住所:長崎県長崎市十人町9-4
電話:095-801-1626
公式サイトはこちら

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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