長崎の旅の最終回。まずご案内するのは造船の街で育まれた船舶家具。続いて、現代の文化が行き交うギャラリーを紹介する。豊かな風土に彩られた日本に存在する独自の「地方カルチャー」= “ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す連載をお届けする

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: 安定した構造を前提としながらも、そのデザインにセンスが光る「AJIM」の椅子

安定した構造を前提としながらも、そのデザインにセンスが光る「AJIM」の椅子

《BUY》「AJIM(アジム)」
造船の街で生まれた美しくもタフな家具

画像: 素材違いの同じデザインも比較できるのもショールームならでは

素材違いの同じデザインも比較できるのもショールームならでは

 幾多の伝説の大型船舶を生み出した造船の街・長崎。その船舶に伴って、この街には船舶家具を製造する歴史も息づく。今回ご紹介するのは、“脚もの家具”と呼ばれる椅子やテーブル、ソファなどを得意とする「川端装飾」だ。1967年の創業から、船上に居住区を据えた大型のタンカー船やコンテナ船、豪華客船の家具を手がけてきた。
 船は、ひと度出航するとメンテナンスのタイミングは得にくい。「川端装飾」によれば次のタイミングまで10年以上だともいう。そのため、大海原の波の揺れや捻れにも負けない、強度こそが筆頭条件にあげられる。それでいて、長期にわたる海上生活を想定した、使い心地や寛ぎ感も欠かせない要素のひとつ。そんな海の上で培われた技術を活かし、デザイン面においても“用の美”を追求したのが、「川端装飾」から誕生した2005年に自社ブランド「AJIM(アジム)」である。

画像: 左:テーブルの脚は鉄橋から想起。右:スツールは、側面を港に欠かせない係留用ロープで装飾

左:テーブルの脚は鉄橋から想起。右:スツールは、側面を港に欠かせない係留用ロープで装飾

「AJIM(アジム)」のデザインは、創業のルーツを礎に、船の構造や港にまつわるモチーフからインスピレーションソースを得ている。船のスクリューや船体、鉄橋や係留用のロープをあしらったスツールなど……。研ぎ澄まされたデザインの背景に宿る物語を聞くだけで、船旅の途上にあるような高揚感がリビングにもたらされる。

 構造面においては、釘を使わず接合する部分の木材を凹凸に削り出して繋ぐ「ほぞ組み」を採用、非常に手間と技を要する技術を受け継ぎ、強度へのこだわりを徹底している。また、快適性へのこだわりとして、椅子やソファのフレームや座面、背もたれに至るまで、人の体に馴染む曲線を計算。部材に目を凝らすと角が削り落とされ、滑らかな触り心地と華奢に見える工夫も追求している。

画像: テーブルの天板にも無骨さを感じさせないように繊細なカーブを施して。椅子の背もたれのカーブも絶妙な座り心地をかなえる

テーブルの天板にも無骨さを感じさせないように繊細なカーブを施して。椅子の背もたれのカーブも絶妙な座り心地をかなえる

画像: 部材の角が削られた、ほぞ組みによる美しい繋ぎ目

部材の角が削られた、ほぞ組みによる美しい繋ぎ目

 機械の台数よりも職人の手の数のほうが多いことも、「AJIM(アジム)」の誇りだという。通常では削りづらいカーブには南京鉋を、ディテールを整えるのは豆鉋と呼ばれる極小の道具を用いるなど、きめ細やかで滑らかな木肌を引き出すのは、熟練の職人による鉋の仕事だとか。繊細な手仕事で、素材の持ち味を最大限に引き出すため、いつまでも触れていたくなる経年変化の美しい家具が生まれる。

 さらに、木材においても一家言を有する。国産のクリやアカガシを中心に、センダンと呼ばれる長崎県産の木材も積極的に用いている。赤みを感じるチェリー材のような木の味わいが職人の心と手を介して磨き抜かれ、ほかにはない家具へと変貌する。旅先で家具を誂える、そんな目的も大人の旅を心豊かにすることだろう。

画像: ふとした瞬間に指先で感じる滑らかさを目指し、無数の鉋を使い分ける

ふとした瞬間に指先で感じる滑らかさを目指し、無数の鉋を使い分ける

画像: 写真は工房の付近に構えていたショールーム。現在は市街地へ移転

写真は工房の付近に構えていたショールーム。現在は市街地へ移転

住所:長崎県長崎市小ケ倉町3丁目466-3 1F
電話:095-801-1001
公式サイトはこちら

《SEE&BUY》「063 FACTORY(マロミ・ファクトリー)」
長崎一の花街に咲いたカルチャー交差点

画像: レコードやカセットテープなど、アナログカルチャーの美点も息づく

レコードやカセットテープなど、アナログカルチャーの美点も息づく

 長崎の旅の最後に訪れたのは、この地で最古の花街といわれ、幕末には坂本龍馬をはじめとする志士達も足を運んだとされる「長崎丸山」に佇むギャラリーである。その前身は1957年から地域に根差し愛されてきた理容店。現オーナー久米 保さんの実家でもある「理容マロミ」だ。

 老朽化に伴い、64年続いた店を2021年に閉店するにあたり、建物を解体するまでの期間限定で、地域の人が交流する場として店を解放したいと発案。「理容マロミの最後の壁画展」と題し、店内や外壁にアート作品を制作、飲食店と協力してアートイベントを開催した。

画像: 両親の残した理容店で、同ギャラリーを経営するオーナーの久米 保さん。自身も福岡で美容室を営む

両親の残した理容店で、同ギャラリーを経営するオーナーの久米 保さん。自身も福岡で美容室を営む

画像: 丸山公園をのぞむ、抜け感のある2階のギャラリースペース

丸山公園をのぞむ、抜け感のある2階のギャラリースペース

 理容店の記憶を街に留める思いから発したアートプロジェクトだったが、想像以上の話題を呼んだ。これを機に「誰もが気軽にアートやクリエイティブなカルチャーに触れられる場を再構築したい」と着想。2023年6月、理容店の名称“マロミ”を数字で語呂合わせしたギャラリー&カフェ「063 FACTORY」として誕生した。

 1階は、フードメニューに隠れファンの多いカフェスペース。たとえば、小腹を満たすならレモンの爽やかさが香る「チキン&パクチーサンド」や、濃厚なチェダーチーズがとろける「ツナメルトサンド」を。コーヒーをパートナーに甘味を楽しむなら、フランスのヴァローナ社製のハイカカオチョコレートを使った「チョコレイトバー」が看板メニュー。

 螺旋階段で繋がる2階には、公園を見晴らすギャラリースペースが設られている。水墨画からインスタレーション、版画やクレイオブジェなど、“今”という時代の感性を抽出した幅広い作家や作品にフィーチャー。「今後は、目の前の公園も巻き込んで海外のアートマーケットのような展開も思案中です」とオーナーの久米さん。訪れるたびに異なる心の扉を開いてくれることだろう。

画像: ガラス張りのソリッドな3階建ての空間

ガラス張りのソリッドな3階建ての空間

画像: 1階のカフェ。撮影に訪れた日は、長崎出身の水墨画家の浦 正(うら ただし)さんの個展を開催

1階のカフェ。撮影に訪れた日は、長崎出身の水墨画家の浦 正(うら ただし)さんの個展を開催

画像: ビターなガートショコラに生クリームを添えた「チョコレイトバー」

ビターなガートショコラに生クリームを添えた「チョコレイトバー」

住所:長崎県長崎市船大工町3-7
電話:092-737-7570
公式サイトはこちら

 初めて訪れた長崎。今回はレンタカーで駆け足の移動となったが、市街を縦横無尽に走る路面電車で移動したら、また違った景色が見えただろう。初夏の風がわたる頃は、島原や五島などの島々も心地よさそうだ。離陸後、深淵な美しさに満ちた有明海を見下ろしながら、再びこの地を訪れることを願った。

画像: 夕暮れどき、どこか時間が止まったような懐かしさを誘う路面電車の光景

夕暮れどき、どこか時間が止まったような懐かしさを誘う路面電車の光景

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

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