BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

風に揺らめく深淵な藍の布が「MAKI TEXTILE STUDIO」の異空間への標
《BUY》「MAKI TEXTILE STUDIO(真木テキスタイルスタジオ)」
糸が放つ“無限の美”との邂逅

シャガの群生さえ舞台装置のように美しい「竹林Shop」
秋川街道に沿って車を滑らせると、雑木林に溶け込むように藍染の布が目に飛び込む。鬱蒼とした竹林に阻まれて建物は見えないが、控えめな看板を見つける前にギャラリーの存在を確信。緩やかにカーブした小径を抜けると、澄明な朝の光のなか築200年の古民家が現れる。その向かいには、建築家・丹羽貴容子さんの設計によるモダンな「竹林Shop」が欅の大木に抱かれるように立ち、多様な樹々の緑が新旧の館のコントラストを優しく結んでいる。それはもう、舞台の演出としかいいようのない、時代を遡行したかのような光景だ。

“糸”を3つ連ねたロゴがトレードマーク

左:ganga工房にて、染めの原料となるインド藍(木藍)を採取する真木千秋さん。右:繭から糸をずり出す工房のスタッフ。揃いの藍の衣装が美しい
COURTESY OF MAKI TEXTILE STUDIO
「MAKI TEXTILE STUDIO」は、およそ半世紀にわたり“布”の美しさを探求している、テキスタイルデザイナー真木千秋さんのクリエーションと出合える場だ。創作のすべては、2009年に北インドはヒマラヤ山麓のデラドンに立ち上げたganga(ガンガ)工房で創作されている。絹は蚕から育てるから家蚕をはじめ、タッサーシルクに代表される太く光沢のある糸をもたらす野蚕の繭を、“ずり出し”と呼ばれる手引きによって糸を引く。さらに、麻や木綿、遊牧民の村で毛刈りされたウールなど天然繊維にこだわり、染織のための植物までも育てている。

蝉の羽のような透け感が美しいストールには、希少なムガシルクが織り込まれている
紡いだ糸は、自家農園で手がけた藍をはじめ、インド茜、ザクロやナイトジャスミンなどといった植物によって手染め。その糸を手織りし、ストールやインテリアファブリック、衣へと仕立てる……。途方もない時間をかけて織物の根源を貫くためか、「MAKI TEXTILE STUDIO」の作品には太古の生命力が宿るようだ。真骨頂ともいえる藍染めの作品は、素材や織り方によっても表情が変わる。その階調は、移りゆく空のごとく微妙なニュアンスが違い、しばらく眺めていると気持ちが引き寄せられる一枚が見つかる。

豊富な階調の藍染めのストール

タッサーシルクの美しい光沢が、藍の深みを引き立てる

プリーツ加工を施した巾着に、軽やかなモード感が漂う
ストールや衣は、ストイックにしておおらか。一見すると着る人を選ぶようで、年齢を問わず誰でも受け入れてくれるのが魅力。タペストリーやクッションカバーといったインテリアファブリックも、草木に懐かれるようなトーンの奥に、キリリとしたモダンさが漂う。自然の神秘を織り込んだような作品は、暮らしに取り込むことで、肩肘張らない幸福感に包まれるようだ。
この日の取材の語りべとなってくれたのは、真木千秋さんとともにスタジオを立ち上げた田中ぱるばさん。社交辞令を抜きに「ずっと憧れていたお店でした」と伝えると、「でも初めて来たんだね」という禅問答のような返答にドキリとした。日常の忙しさを言い訳に、自分の好きなことや大切なことを置き去りにしてはいないかと、思わず自問する。欅と竹林に守られたこの場所は、閉じていた自分が開く場所なのかもしれない。

何でもおよそ半世紀前にインド名を授かったという田中ぱるば氏。スタジオ全体のプロデュースにも携わり、染織にも精通

6月14日(土)~20日(金)には染織家・石垣昭子さん、真砂三千代さんとともに立ち上げたブランド「真南風(まーぱい)」展を開催。真木千秋さんもインドから帰国して全日在廊。普段は立ち入れない築200年の古民家でランチやお茶なども振る舞われる
住所:東京都あきる野市留原704
電話:042-595-1534
公式サイトはこちら
《EAT》「山のスパイス Spice Curry Stand」
共鳴するスパイスカレーと自家焙煎の珈琲

週替わりのカレー「和風キーマプレート」。トッピングした大蔵大根の花が爽やかな辛味をそえる
スパイスカレーの醍醐味は、風味や辛さを自在にアレンジできることにある。それだけに、作り手の匙加減が生み出す個性やセンスが光る。「カレーを食べた人に、心も体も元気になっていただきたい」と語る佐々木ひかりさんは、自他共に認めるカレー好き。美味しい一皿を求めて話題の店を食べ歩き、コロナ禍で外食が制限されたことを機にスパイスの研究に情熱を注ぐ。ちょうどその頃、自身の闘病生活が重なり“今”という瞬間の大切さを見つめるなかで、大好きだったカレーを仕事にしたいと一念発起。2022年9月、念願かなって「山のスパイス Spice Curry Stand」がオープンした。

愛おしそうに大蔵大根の花をカレーに盛り付ける佐々木ひかりさん

自然農で栽培された大蔵大根やミョウガタケなど、新鮮な地産の食材がスパイスカレーに“土地”の奥ゆかしさを添える
独自のスパイスは、季節や天候に応じて配合を日々調整。たとえば暑さが増すこれからは体温をクールダウンするコリアンダーをやや多めの分量に。酷暑を迎えると、汗をかきやすくして放熱作用を高めるためにチリの匙加減を増す。分量に限らず、スパイスを入れるタイミングも風味に作用するとか。
毎日微調整するスパイスに対して、変わらないこともあると佐々木さん。それが、タマネギやトマト、ニンニクで作るペーストのレシピだ。「7〜8時間かけて炒めるなかで、あえて焦がし蒸しすることで、凝縮した甘味に適度な苦味が加わり、風味を引き締めます」とのこと。

基本のスパイスを使いながらも、独自の味を追求

カレーのために考え抜かれた「siibo(シイボ)」の磁器をオリジナルでオーダー
カレーは週替わりで提供。この日のメニューは「和風キーマカレー」に、ほうれん草のラッサムやパパドを添えたプレートだ。カレーペーストに熟成味噌と醤油を加え、コリアンダーをやや多めに加えることで、爽やかなコクが鼻腔を抜ける。さらに、店のもう一つの魅力はご主人・佐々木光義さんによる自家焙煎の珈琲だ。ヴィンテージの直下式フジローヤルで焙煎した深煎りの一杯は、スパイスカレーと絶妙に共鳴。インドネシアのトラジャ、インドのガネーシャなど……主役のカレーに寄り添うシングルオリジンにこだわる。
カレーも珈琲も、軽やかな旨みであっという間に完食。その日の取材を終えた帰りの車で、ふとスパイスの余韻がじわりじわりと浮かんでは消えた。食べている瞬間もさることながら、寄せては返す味蕾の記憶が口福で満たされた一日であった。

ペルーのウルバンバ渓谷の珈琲をハンドドリップで振る舞う佐々木光義さん。すっきりとした後味に甘味さが追いかけてくるようだった

五日市街道沿いに小さな看板をかかげて
住所:東京都あきる野市引田552-3
公式インスタグラムはこちら

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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