誰もが一度は訪れたことのある京都・清水寺。途切れることのない観光客の波のはざまに、ふと静けさに抱かれたホテルと出会った。その隠れ家のような館の魅力を2回にわたって届ける。豊かな風土に彩られた日本に存在する独自の「地方カルチャー」= “ローカルトレジャー”を、クリエイティブ・ディレクターの樺澤貴子が探す連載。今回は少し趣向を変えた“番外編”として届けたい

BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA

画像: 学舎の面影を感じる踊り場。手すりから階段まで、当時の素材を残して活用している

学舎の面影を感じる踊り場。手すりから階段まで、当時の素材を残して活用している

《STAY》「ザ・ホテル青龍 京都清水」
学舎の記憶を宿したヘリテージホテル

画像: 階層の異なる3棟をコの字型に配した構造が重厚感を放つ

階層の異なる3棟をコの字型に配した構造が重厚感を放つ

 今夏、思わぬご褒美が舞い込んだ。京都の清水寺のお膝元に立つ、スモールラグジュアリーホテル「ザ・ホテル青龍 京都清水」を、この連載で訪ねるという好機である。これまで取材はもちろんプライベートな旅も含めると、心動かされる宿が数多あった。そんな経験もふまえ “大人にとってのラグジュアリーなホテルとは何か”――という物差しについて改めて思いを巡らせた。上質な空間美やディテールに至るまで洗練されたインテリア、隅々まで行き届いたサービスも大切。だが、さまざまな経験を重ねた大人にとっては、ほかのどこにもない価値ある物語こそが忘れ得ぬ記憶として刻まれるのではないだろうか。ここ、「ザ・ホテル青龍 京都清水」には、まさに唯一無二のヘリテージがある。今回は微に入り細に入り、その魅力をお届けしたい。

画像: 日暮れとともに90年以上の歴史を重ねた建造物が幻想的に浮かび上がる

日暮れとともに90年以上の歴史を重ねた建造物が幻想的に浮かび上がる

画像: 別棟で新築されたフレンチレストラン「ブノワ 京都」。屋根の高さが絶妙に計算され、市街の景色を遮ることで山と空に包まれた光景が広がる COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

別棟で新築されたフレンチレストラン「ブノワ 京都」。屋根の高さが絶妙に計算され、市街の景色を遮ることで山と空に包まれた光景が広がる

COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

 同ホテルが誇るヘリテージとは、その前身が明治2年(1869)に日本ではじめて開講した小学校だったこと。現在の建物は昭和8年(1933)に建造され、当時画期的だった鉄筋コンクリート造り。寺社仏閣に見られる木製の腕木とスパニッシュ瓦葺きの屋根、瀟洒な外壁タイルで彩られた建物の最上部にはアーチ状の窓が連なる。室内においても装飾的な柱やアールデコ調の照明など、和洋が絶妙に調和する擬洋風建築の真骨頂が凝縮している。戦前に幕開けた、とびきり瀟洒な学舎は街の誇りだった。そのため少子化の波にも抗いながら、なんと2011年まで清水小学校として時を重ね、その後は地域のコミュニティーの場として愛用されてきた。

画像: 時代を先駆けた、講堂や階段の踊り場。今、見てもディテールにモダンさが感じられる COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

時代を先駆けた、講堂や階段の踊り場。今、見てもディテールにモダンさが感じられる

COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

画像: 左は現在のホテル、右はかつての廊下。廊下のカーペットは“青龍”に因んで龍の鱗を意匠化 (写真右)COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

左は現在のホテル、右はかつての廊下。廊下のカーペットは“青龍”に因んで龍の鱗を意匠化

(写真右)COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

 この地で老若男女の時間を育んできた歴史的建造物を、“ホテル”という形で残す、新たな運命の扉が開いたのは2015年のこと。単にコンバージョンを施すのではなく、贅を尽くした素材をそのまま残す手段を模索する。たどり着いた答えは、外壁のタイル一枚、階段の枕木や手すりに至っても、解体後に洗いをかけ、再び利用するという膨大な時間を要する道。施工を任された大林組においても、ホテル事業推進部署ではなく“文化財保存”チームが参画。

 骨子となる部分は手間暇を惜しまずに残しながら、小学校という“日常”をホテルという“非日常”へと仕上げるために、余白の部分に格調高いなデザインを散りばめ、ラグジュアリーホテルへと昇華させた。ようやくお披露目となったのは2020年3月。学舎としての歴史と今様クラシックな要素が絶妙に響き合う、「ザ・ホテル青龍 京都清水」が誕生した。

画像: コンバージョン前の学舎としての佇まい COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

コンバージョン前の学舎としての佇まい

COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

画像: かつての講堂は、本棚が空間にアクセントを添えるライブラリーを兼ねたダイニングの空間へと生まれ変わった

かつての講堂は、本棚が空間にアクセントを添えるライブラリーを兼ねたダイニングの空間へと生まれ変わった

画像: 柱から梁へと続く装飾には、歴史のエスプリが残る

柱から梁へと続く装飾には、歴史のエスプリが残る

画像: 階段の踊り場には重厚なモダンファニチャーを配して

階段の踊り場には重厚なモダンファニチャーを配して

「ザ・ホテル青龍 京都清水」に滞在する醍醐味。
建物の片鱗に溶け込むアートを巡る

 普段の取材旅なら、日中はあちこちを駆け回り宿に滞在する時間は限られているが、今回は「ザ・ホテル青龍 京都清水」を隅々まで巡る1泊2日。パブリックスペースを幾度も往復する時に、飽きることなく目を楽しませてくれたのが、さりげなく飾られたアート作品であった。廊下に佇む大島奈王による優しい眼差しが注がれた小さなオブジェの数々。染織家・川人綾や吉岡更紗がつむぐ色彩美、彫刻家 樂雅臣のダイナミックな作品が、建物の記憶の片鱗に溶け込みながら、静かにその存在感を漂わせている。

画像: 幼き頃の記憶を呼び起こすようなオブジェが、廊下に点在

幼き頃の記憶を呼び起こすようなオブジェが、廊下に点在

画像: ダイニングの本棚を飾るのは、吉岡更紗による染織のブックアート

ダイニングの本棚を飾るのは、吉岡更紗による染織のブックアート

画像: ダストシュートや軒樋、腕木など、建物の歴史を物語るチップスがそこここに

ダストシュートや軒樋、腕木など、建物の歴史を物語るチップスがそこここに

画像: レセプションから繋がる廊下の先には、小学校時代の写真との邂逅をかなえるアーカイブスペースを設置 COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

レセプションから繋がる廊下の先には、小学校時代の写真との邂逅をかなえるアーカイブスペースを設置

COURTESY OF THE HOTEL SEIRYU KYOTO KIYOMIZU

 客室は全48室。かつて小学校時代の教室だったコンパクトなタイプから、増築によってゆったりとした空間が心地よい部屋までバリエーションに富む。インテリアも部屋によって微妙に異なるため、何度でも足を運びたくなる仕掛けに満ちている。増築部分の上階に設えた、広さ137㎡の「パノラミックスイート」は三方に窓が広がり、専用のテラスも設えた。

 撮影を終え、部屋を移動する直前、キッチンスペースにかけられた写真家ノーマン・カーヴァンの作品に心が引き寄せられた。1959-60年代の京都の暮らしを切り取ったモノクロームの情景が、戦前から続く建物の歴史と令和を迎えた“今”この瞬間を繋いでいるようにも見えた。ふと、地球の重力の約束を離れた異次元の世界に佇むような心地よさが訪れた。この極上の浮遊感こそが、大人の旅に欠かせない“ラグジュアリー”の要素なのかもしれない。

画像: キッチンやダイニングも設えた「パノラミックスイート」のリビング

キッチンやダイニングも設えた「パノラミックスイート」のリビング

画像: 優雅な寝室やバスルームからは清水の塔も眺められる

優雅な寝室やバスルームからは清水の塔も眺められる

画像: かつて講堂だったスペースの1/3を活かした天井の高い「プライベートバス」(全3室)

かつて講堂だったスペースの1/3を活かした天井の高い「プライベートバス」(全3室)

 Vol.2では「ザ・ホテル青龍 京都清水」のグルメ事情をお届けする。

ザ・ホテル青龍 京都清水
住所:京都市東山区清水二丁目204-2
TEL:075-532-1111
公式サイトはこちら

画像: 樺澤貴子(かばさわ・たかこ) クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。

日本のローカルトレジャーを探す旅 記事一覧へ

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.