BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY YUKO CHIBA
*記事内で紹介している内容や価格は、記事公開時点のものです。
洗練のホテル
《STAY》「GLAMDAY STYLE HOTEL & RESORT
KYU-KARUIZAWA(グランディスタイル旧軽井沢 ホテル&リゾート)」
長期で滞在したい、ひとつ上の寛ぎ
【2025年9月配信記事】

「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」のパブリックスペースに設えられたヴィンテージの家具。目に触れるものものすべてが“本物”の上質さに彩られて

各部屋には、リゾート感を誘うクロッシェのランプシェードをあしらって
上質なものを知り尽くした大人が集う軽井沢では、ホテル選びに対する美的価値観も自然と鋭くなる。まず紹介するのは、そんな都会的なセンスを携えた大人を満たす空間。2025年8月末に旧軽井沢でグランドオープンを迎えた「GLAMDAY STYLE HOTEL & RESORT KYU-KARUIZAWA(以下、グランディスタイル旧軽井沢 ホテル&リゾート)」だ。老舗のベーカリーや木造建ての洋館に教会、ノスタルジックな喫茶店が建ち並ぶ旧軽井沢銀座沿いでありながら、森の気配も間近に感じる……絶好のロケーションにて堂々の幕開けとなった。

エントランスの壁や柱周りなど、所々に旅時間を豊かに彩るメッセージが秘められている

夕方には中央のガス暖炉に火が灯り、高原の風情がいっそう際立つ「GSラウンジ」。ソムリエのセレクトによるスパークリングワインや信州ならではのソフトドリンクも堪能できる
客室は全65室。ホテルコンドミニアムとして設計されているため、3〜5名で長期滞在できることを想定。ゆったりとした設計が魅力だ。一番の特徴はいずれの部屋にも、インナーバルコニーを設えていること。テラスへと繋がる窓辺にカウチやガス暖炉を備え、ベッドルームとはガラスのパーテーションで仕切られるため、思い思いの時間を過ごすことができる。今回の旅では「ラグジュアリーツインルーム」に滞在。約12畳もあるインナーバルコーニーでは、思いついたようにヨガをしたり、パソコンを取り出しワーケーションタイムを過ごしたり、午後のひとときを読書に耽るなど、贅沢な“部屋時間”を堪能できる。
夕食前にしっかりとデトックスをしようと、向かった先は大浴場。浴槽は北軽井沢の応桑温泉からの運び湯「かくれの湯」で満たされ、硫酸塩泉を含む泉質が肌を優しく包みこむ。さらに、サウナで汗を搾り出し、森の息吹を感じる外気浴で心身を整えると、お腹の時計が頃合いを告げる。

約20畳のリビング&ベッドルームが心地よい開放感へと誘う「ラグジュアリーツインルーム」

リビング、インナーバルコニー、ベッドルームが独立した空間をなす、隠れ家のような「グランディラグジュアリースイート」
1階に佇むレストラン「TRATTORIA CREATTA (トラットリア クレアッタ)」は、東京・大手町の人気イタリアンレストラン。2号店として、ここ「グランディスタイル旧軽井沢 ホテル&リゾート」に新たな看板を掲げた。店内には石窯も据え、今宵のメインは信州吟醸豚の石窯ローストが振る舞われる。続く高原ブロッコリーと海老のリングイネやデザートもテーブルを鮮やかに彩り、林檎のシブーストとコンポートのデザートで締めくくられた。
翌朝は早くに目覚め、テラスで森の鼓動を感じる。ふと視線が引き寄せられたのは、楓の古木だ。光が注ぐ一カ所だけが、ふわりと赤く染まっていた。こうした微細な季節の便りを感じられたことも、滞在の心温まる思い出のひとつである。

レストラン専用の入り口もあり、食事だけの利用も可能

香り高いソースが添えられた「高原野菜のヴァリエとハモンセラーノ」。連泊する人のために、コースは約3種類ほど用意されている

全ての部屋にテラスを備えた、プライベートヴィラのような設計
GLAMDAY STYLE HOTEL & RESORT KYU-KARUIZAWA
長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢691-1
電話:0267-41-6021
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《EAT》「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」
“美食”の先にある“優しさ”を味わう
【2025年9月配信記事】

ドレッサージュをイメージしたルームプレート。食のおもてなしに秀でた「ひらまつ」らしさを象徴
車窓を満たす雄大な浅間山の借景に目を潤しながら、軽井沢から車を走らせること約20分。近年、クリエイターやアーティストの移住者も多く、密かなニューウェーブに沸く御代田(みよた)へ到着する。街道から道標を辿り、蛇行する長いスロープを進むと、小高い森の中腹に2021年3月に誕生した「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」が姿を現す。冠した名称からピンときた人もいるだろう。ここは多彩なレストランシーンを牽引してきた「ひらまつ」が手掛ける、最高峰の美食と出合う“森のグラン・オーベルジュ”である。

約60,000㎡もの広大な敷地には、28室の客室を据えた端正な低層の本館と、独立したヴィラスイート9棟が樹々に抱かれるように建つ
COURTESY OF THE HIRAMATSU KARUIZAWA MIYOTA
ホテルのエントランスで視線を捉えたのは、建設時に出土したという本物の縄文土器だ。ロビーへ足を踏み入れると、高い天井を活かしたドローイングや煉瓦を組んだモダンな暖炉、ヴィンテージのチェストが溶け合い、どこを切り取っても物語に溢れている。魅力を連ねると数知れないが、まずは同ホテルの誇る美食時間へと誘いたい。
「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」には2つのレストランがある。1階にて森の鼓動を間近に感じるのは、信州の食材を極上のコースへと昇華させたフランス料理の「Le Grand Lys(ル・グラン・リス)」。そして、5階から八ヶ岳連峰を望むのは、シェフ特製の生パスタも人気が高くアラカルトでも楽しめるイタリア料理の「La Lumiére Claire(ラ・ルミエール・クレール)」だ。この旅では、「ひらまつ」のシグネチャーともいえる、フランス料理に、胃袋の高揚感を託すことにした。

レストラン名に御代田町のシンボルフラワーである「やまゆり」を冠した「Le Grand Lys(ル グラン リス)」

信州打刃物や木工、木曽漆器など地元の手工芸を駆使したオリジナルカトラリー。毎日、椿油で磨きあげているとか
アミューズは長野県産のリンゴと杏ムースがビジューのようにちりばめられたムース。ウエルカムの一皿から口福に包まれる。炭火焼きにした長野県天龍村のナスは、キャビアを伴ったマグロとともに。土佐酢のジュレやニンニクを効かせたトラパネーゼソースの泡がアクセントを添える。料理に伴走するブリオッシュは、神津牧場のジャージー牛のバターを贅沢に練り込み、長野県産小麦粉で焼き上げたパティシエの特製だ。オリジナルの信楽焼の器で運ばれたのは、リンゴのチップで薫りをくゆらせたブレザオーラだ。フィンガースタイルで洒脱に楽しむ遊び心のある演出も心にくい。素材名だけを連ねたメニューを前に、思い描いた印象を遥かに超える料理が次々に展開される。
これらの渾身の一皿と共にいただくドリンクとして、この日はノンアルコールのペアリングをお願いした。料理との相性を熟考し、生姜や紫蘇といった香り高い素材から甘酒を用いたものまで──個性が光るモクテルと、シェフのクリエイティビティが響き合う。

片面のみをローストし、半レアに仕上げたホタテには自家製の味噌をベースにしたソースがコクを増して。合わせたモクテルはソービニヨンブランと洋梨を和紅茶で整え、キャラメリゼしたリキュールを効かせた。清涼感がありながらも、ソースに負けない奥行きを秘めている

信州飯綱産の鴨肉には、甘長唐辛子の葉からなるピューレと、青柚子が香るソースを添えて。御代田のヤングコーンは一度蒸した後に、髭をつけたままロースト。合わせたモクテルは、メルローや赤ワインビネガーをベースに、黒胡椒や黒文字が仄かに薫る一杯

ダージリンやクローブ、カルダモンが香るミルクチョコガナッシュと、フェンネルソルベや地元の白きくらげが異次元の調和を奏でる、エキゾチックなデザート
レストランと異なり、ホテルでのディナーは翌朝の朝食も美味しく感じられることが大切。そのため「必要な個性は残しながらも、どれほど軽く仕上げるか。手を尽くした引き算を目指している」とシェフの柳原章央氏は語る。また、“ここ”でしか味わえない磨き抜かれた一皿は、シェフ自身が足を運び、生産者のハートを受け止めて得られる食材の賜物でもあるという。また、生産者との交流を通して今では地元の小学校の食育にも参画。大地の実りを得た恩恵を、地域の子どもに還元することで共に食の未来を見つめているそうだ。厨房から離れた実直なまでの“日常”こそが、“非日常”の特別な料理の根底となっているのだろう。満たされた口福に柳原氏の言葉を重ね、“美味しさ”のひとつ先にある“優しさ”が味覚の記憶に刻まれた。

東京やパリの「レストランひらまつ」で経験を重ねた総料理長を務める柳原章央氏

ウッドデッキの先には南アフリカ製のラグジュアリーなテントを設えるなど、グランピング気分で優雅なトワイライトタイムを過ごせる「TAKIBIラウンジ」
美食に注がれる格別なこだわりは、ホテル時間にも存分に貫かれている。今回宿泊したのはスカイビューの「デラックスツイン」。その名のとおり、窓の外には空と森の境目がパノラマで広がり、朝目覚めたときに真っ先に空が視界に入るようにベッドが配されている。石造りの風呂からも遠く八ヶ岳の山並みが眺められ、広いテラスでは森を見下ろしながらヨガも楽しめそうだ。視線を室内に移すと、壁に飾られているモノクロームの写真は、幾何学的な旋律をなすル・コルビジェの建築をとらえた、写真家・石塚元太良の作品。家具やインテリア小物、バスローブからアメニティに至るまで、微に入り細に入りセンスが行き届いている。時系列が前後するが、ディナー前の夕暮れ時には、どうしても訪れたかった「TAKIBIラウンジ」も訪れた。縄文土器が出土したこの地で、プリミティブな炎を見つめる時間は、美食時間のための格別な前奏となったことは言うまでもない。
一夜明け、満ち足りた感覚の正体に思いを巡らせた。料理の美味しさはもちろんのことだが、それを作る人の想い、サービスをする人の寄り添い方、屋内外のラウンジで交わされる笑顔……「ひらまつ」に継承されているプロ意識こそが、エモーショナルな滞在を叶える「THE HIRAMATSU」のレシピの奥義なのではないだろうか。

ヘッドボードをパーテーションがわりに、ベッドの背面にはコンパクトな書斎スペースも設けている

全室の風呂を大塩温泉の湯が満たす。朝に夕にと、時間帯をかえて幾度も絶景を堪能したくなる
THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田
住所:長野県北佐久郡御代田町大字塩野375番地723
電話:0267-31-5680
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アートな手仕事
《BUY》「lagom(ラーゴム)」
暮らしとアート、“幸せ”のフュージョンが巡る場所
【2025年10月配信記事】

店名はスウェーデン語で「ほどほど」を意味する
私たちは、何をもってして“幸せ”を感じるのだろう。バーチャルの精度が増す時代で、“この目で見たモノだけを信じたい”という思いを伴って訪れたのが、ここ御代田の「lagom(ラーゴム)」だ。店を営むのは、家具デザイナーの須長 檀(だん)氏と妻の理世(みちよ)さん。オリジナルの家具をはじめ、ヴィンテージの北欧家具、ふたりの琴線に触れた用の美から、手仕事を秘めた洋服、さらにはアウトサイダーアートまで。目が合った瞬間から密かなラブレターが交わされるような、ヒトとモノとの心地よい時間が生まれる。時代も国の由来もテイストも異なるチャーミングな品々が、暮らすようにディスプレイされたライフスタイルショップなのだ。

建物は美術館の跡地を利用。家具のコーディネートやディスプレイも暮らしのヒントに

ご覧のミッドナイトブルーをはじめ、ペパーミント、オフホワイト、グレーなど。四方で異なる壁の色は、家具デザイナーのヨーナス・ボーリンや柳宗理、倉俣史朗など、須長氏の尊敬するクリエイターのイメージを色で表現しているという
「lagom」が看板を掲げたのは2021年。御代田のほかにも、2009年から軽井沢のハルニレテラスで北欧家具と雑貨の「NATUR TERRACE(ナチュール テラス)」を営む。どちらの店もルーツを北欧へ辿るのは、須長氏がスウェーデンで生まれたことにほかならない。「父も家具のデザイナーで、母の実家も家具メーカーの創業者。スウェーデンで生まれ、3歳までを過ごしました。再び誕生の地に根を張ったのは、ヨーテボリ大学で家具のデザインを学ぶためでした」。その後、ストックホテルムの王立美術大学へ進み、在学中からデザイナーとして一歩を踏み出す。
一方で、妻の理世さんは美大で日本画を専攻し、交換留学でスウェーデンを訪れた。これまでにない“芸術が芽吹く過程”に心動かされ、在籍していた大学を退め、テキスタイルアートを学ぶためにヨーテンボリ大学へ再出発する。日本でテキスタイルアートというと、ファブリックデザインをイメージするが、スウェーデンではマテリアルのダメージ加工やオブジェの制作などを学ぶ。その延長で興味の矛先は舞台美術へも向けられたという。
そんなふたりが家族となり、スウェーデンから帰国したのは、前述のハルニレテラスでの出店のオファーが機縁となった。

「美しいものを作ることに幸せが宿ります」と語る須長 檀氏と理世さん

理世さんとアイディアを模索しながら須長氏がデザインした2脚一体式の椅子

雲に腰掛けたような座り心地をイメージしたオリジナルの椅子「clouds」
店内には多彩なスタイルの家具が、買い手を待ち焦がれながら仮初めの居場所で輝きを放っている。とりわけ目を奪ったのは、舞台装置かなにかのように入り口に据えられたスチール製の椅子だ。なんでもヒッチコックの作品『めまい』から想起した舞台演出のために依頼された椅子だという。スライドさせることで2脚が完全に一体となり、少しずらすと一期一会のスリットがうまれ、2脚を個々に楽しむこともできる。まさしく『めまい』に登場する多重人格者の主人公の化身ともいえる椅子だ。
続いてミッドナイトブルーの壁のエリアに視線を投げると、プリミティブな木枠にクッションを浮かべたような椅子を発見。「子どもの頃、ダイニングテーブルと自分の背丈のバランスをとるために、大人の椅子にクッションを置いて座っていました。その心地よさがずっと忘れられなくて」(須長氏)。幼少期に誰もが憧れた、雲に座る感触を記憶から引き出し、フレームを長野県安曇野市の木工作家・金澤知之氏に依頼。羽毛のクッションを優しく受け止める、ペーパーコードの土台を作家とともに考案した。

障がい者就労支援施設との繋がりから生まれた「konst」の作品が、壁に静かな情熱を灯す

「konst」のミラーフレーム。写真中央の作品は、ゲルハルト・リヒターの絵画の続きを表現したもの
須長氏が、この地で力を注いでいるもう一つの取り組みがアウトサイダーアートである。軽井沢の障がい者就労支援施設内のデザインブランドでクリエイティブディレクターを務めた経験を活かし、現在は一般社団法人konst(コンスト)を立ち上げ、月2回のワークショップを開催。クリエイター(障がい者)が紡ぐ創造の世界を、プロダクトへと再解釈して社会に発信。「lagom」でも販売を行う。
壁を彩る絵画は、消費期限の過ぎたペンキをメーカーに提供してもらい制作したもの。エモーショナルな色をどこまでも重ね、クリエイターの感性でドラマティックな変容を遂げた。チェストに置かれたビビッドなミラーフレームは、有名アーティストの絵画の続きを描くことがテーマ。制作過程では鏡の部分に絵画の複写をあてがって、イマジネーションを掻き立てるのだとか。内包された可能性は、それを導く人の存在で一層の輝きを増す。それを須長氏は「クリエイターの皆さんが寄り道で見つけた森や湖のような作品を受け取り、手紙のようにデザインしてお返しする」と表現。なんて温かで幸せなモノづくりの巡りなのだろう。
1時間半の高揚した滞在を終え次の目的地へ向かう道すがら、青空に浮かぶ雲を見つめながら思った。旅とは浮遊することで自分の立ち位置を確認する時間なのではないか。そんな旅先と日常のはざまに、探し求めている幸せがこぼれ落ちているのではないだろうか。

雄大な浅間山と夏の名残に染まる青空、「浅間国際フォトフェスティバル2025 PHOTO MIYOTA」の作品がビビッドに溶け合って
「lagom(ラーゴム)」
住所:長野県北佐久郡御代田町大字馬瀬口1794-1MMoP
電話:090-4642-3930
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《BUY》「SWIMAYA(スウィマヤ)」
精緻に煌めくリュネビル刺繍の世界
【2025年10月配信記事】

フランスのヴィンテージビーズから日本製まで、緻密なカラーパレットが揃う
リュネビル刺繍をご存知だろうか。クロッシュというかぎ針を用い、オーガンジーに下からビーズを縫いとめていく、密度の高いビーズによる絵画的表現の手法である。その技をパリのオートクチュールの現場で磨いた片岡 彩さんが手がけるブランドが、こちらの「SWIMAYA(スウィマヤ)」だ。実は、片岡さんの作品に初めて出合ったのは約7年前に遡る。個性が光るモチーフや配色の妙に惹かれ、いつかは工房を訪ねたいと思っていた機会が、この旅で叶った。
ブランド名「SWIMAYA」はスイマーとファーストネームを組み合わせた造語。高校時代にシンクロナイズドスイミングのジュニアの日本代表だったことに由来する。水中でひと際輝きを放つ衣装を手がけたいと、高校卒業後はパリのファッション専門学校へ留学しディプロムを取得。「オランピア・ル・タン」や「アレクシ・マビーユ」での研修を経て就職し、オートクチュールならではの高度なビーズ刺繍の存在を知る。さらに高度な刺繍の技に挑むため、働きながら「エコール・ド・ルサージュ」へ通い、現役の職人に師事する。プロフェッショナル刺繍コースを学ぶなか、リュネビル刺繍という至極の煌めきの表現法を手にした。

発色の美しいビーズやスパンコールを用い、裏面から刺繍するのがリュネビルの特徴

すべての技術が凝縮した「エコール・ド・ルサージュ」時代の作品
パリで技術を磨いた片岡さんが次に向かった先は、カタールだ。王妃が経営するファッションブランドにて、オートクチュールの刺繍部門責任者を務め、2017年に帰国と同時に「SWIMAYA」を立ち上げた。水と植物の幻想的な世界を、アールヌーヴォー調のデザインで表現したポーチやファッション小物が話題を呼び、独自のバッグやアクセサリーを展開してきた。
現在は一輪挿しやジュエリーボックス、ナプキンリングからフルーツのオブジェや箱庭まで、ファッションの領域を超え、インテリアを彩るアートピースなど、より立体的な表現にも迫っている。その心は、「モザイクアートのように、引いた表現からぐっとフォーカスした際の緻密な煌めきに価値を感じていただきたい」のだとか。

一輪挿しやフルーツオブジェ、スクエアポーチなど幅広いアイテムを手掛けている

左は今冬のパーティシーズンに向けて手掛けている巾着バッグ。写真右はエジプトの壁画から想起した文様
さらに展開するモチーフにおいても、新たなインスピレーションの扉が開いたという。そのきっかけは今年の1月に訪れたメキシコやグアテマラへの旅。「今、研究しているのはマヤやエジプトなど古代文明のモチーフです。エジプトのピラミッドに眠る王妃の衣装にもビーズが用いられており、格調高いオリエンタルな意匠を紐解いてみたいと興味をそそられています」。そう語りながら漆黒の髪を耳にかけた瞬間に、毎日お守りのように身につけているという月のピアスが、優雅に揺らめいた。古代文明に宿るロマンが片岡さんの指から紡がれる日もそう遠くはなさそうだ。

作品は展示会を中心に発表。この秋冬の予定は公式インスタグラムにて公開
「SWIMAYA(スウィマヤ)」
公式インスタグラムはこちら
美食と旅のおやつ
《EAT》「軽井沢Ha-Na-Re(はなれ)」
一皿一皿で物語る、食と人の幸せな関係
【2025年10月配信記事】

「軽井沢Ha-Na-Re」にて、取材を終えたタイミングで、手早く仕上げられた番外編のランチ。メニューにはないご褒美のような一皿のワンショットをお裾分け

ゆったりとテーブルを設えた完全予約制の空間
人生とは、傍からは“何でもない”ように見えて、その人にとっては掛け替えのない大切な物事の連鎖で成り立っている。旅先では、時折この他人の“何でもない”ことが、眩しく見えことがある。今回の旅では、レストラン「軽井沢Ha-Na-Re」のオーナーシェフ、近谷雄一氏が食材と生産者に注ぐ姿勢に心を動かされた。料理人が食材や生産者に思いを馳せることは当たり前かもしれない。だが、一歩踏み込んで生産者とのコミュニケーションを重ね、真にリスペクトした自然の恵みだけを振る舞うには、嘘のないひたむきな情熱が不可欠だ。その実直な縁からもたらされた、忘れ得ぬ記憶に刻まれた一皿こそが、ご覧の「酒井さんの羊のロースト」である。

生命力に満ちた食材が、近谷氏の采配で一期一会の一皿に昇華されて。料理はすべてコースメニュー

メイン料理に添える天然きのこと小布施の茄子
「羊は酒井さんのものしか使いません」と近谷氏が最上の信頼を寄せるのは、北海道の道東、白糠町で「羊まるごと研究所」を営む酒井伸吾氏である。「ハッピーな羊からは、ハッピーな肉しか生まれない」という考えのもと、牧場では羊の幸せに何よりも心を寄せ、健康な母羊を育てることに重きを置いている。自然交配の羊だけを扱い、その出頭数は年間わずか100頭前後という。取材の折には幸運にも今年2月に生まれた羊が手に入り、モモ肉をメイン料理の一皿として仕立てていただく。
表面をローストした後に、じっくりとオーブンで保温した肉は歯切れがよく、上質な脂肪と香り高い風味が際立つ。付け合わせの天然きのこは、地元のきのこ採り名人からもたらされた和製ポルチーニと呼ばれる「やまどり茸」。小布施産の茄子と一緒に肉の油で焼き、エゴマとブラックオリーブのソースを添える。健やかな肉が口の中で穏やかに溶けたことは語るも野暮だ。

自家菜園のハーブを摘むオーナーシェフの近谷雄一氏
20代でフランス料理を学び、その後16年に及び東京のイタリア料理レストランでシェフを務めた近谷氏。自分が本当に信じられる食材を用いて、自由な感性で、家族をもてなすような手塩にかけた料理だけを創作したいという思いで独立。食材や生産者との距離が近く、自宅の離れで客人を迎える感覚の空間を求め、思い切って軽井沢へ移り住む。中軽井沢に土地を見つけ、1階をレストランに、2階を居住スペースとした理想の家が2024年に完成した。
レストランの設計で印象的だったのは、厨房から見える窓が絵画のように絶妙な距離で配置されていることだ。四季折々の表情に富む自然が映し出される意図に加え、家族の気配が厨房にいても感じられる設計になっているとか。その話を聞いてふと気がついた。この建物で紡がれている家族の“何でもない”一瞬一瞬さえも、美味しい一皿の糧になっているのだと。

店の目の前の自家菜園には、トマトやハーブ、ツルムラサキが植えられて。パスタのオーダーが入ると、摘みたてのハーブで仕上げることも

時間のあいたときには愛娘と過ごすという庭のベンチ
「軽井沢Ha-Na-Re(はなれ))」
住所:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢長倉3116-9
電話:0267-41-0987
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《BUY&EAT》「森香るお菓子 くろもじ庵」
“抜け感”を味わう黒文字づくしの和カフェ
【2025年10月配信記事】

草花の合間から、優しく囁くような看板がのぞく
別荘地の林道にぽつんと佇む「森香るお菓子 くろもじ庵」。店を営むのは、和ハーブとして知られる黒文字の可能性に魅せられた山崎 哲氏。その爽やかな香りを主役に据えた和洋菓子をメインに、地産の実りを用いた和菓子や黒文字茶を販売している。抗菌作用が高く、日本では古くから漢方薬として知られる黒文字は、クスノキ科の木に属する。爽やかなウッドフレーバーで仄かな甘さもあり、煮出すとやや赤みをおびているため、和製ローズウッドとも呼ばれている。未体験の黒文字スイーツに心躍らせ、まずは己の胃袋で体感することに。

手前左からプルーンの道明寺と、秋の鹿の子、奥は黒文字ようかん。ルビー色に艶めく黒文字茶とともに

和菓子のほかに黒文字のショコラテリーヌやプリンも揃う
ショーウィンドウに並ぶ鮮やかな和洋菓子を前に、ひとつに絞りきれない。同行するフォトグラファーとシェアすることを言い訳に、3つの和菓子と黒文字茶をリクエストする。まず目に留まったのは、地元産アーリーリバー品種のプルーンをジャムに仕立て、道明寺粉とあわせた色鮮やかな和菓子だ。プルーンのフレッシュな酸味が黒文字茶の爽やかさとよく合う。季節限定の和菓子で諦めきれずもうひとつセレクトしたのは、薩摩芋やリンゴ、胡桃を粒餡にデコレーションした秋の鹿の子だ。ここでもほっこりとした和菓子と、黒文字茶の静かな風味が好相性。
そして、店の看板商品である黒文字ようかんも忘れずにオーダーする。北海道産の粒餡を用いて丁寧に練り上げる最後の工程で、黒文字の葉を乾燥させて細かく刻んだものを加えるという。一切れ口に含むと、そのハーバルな甘みが優しく広がり、最後にすぅーっと鼻に抜ける爽やかさを感じる。山崎氏にそれを告げると、「気づかれましたか、この“抜け感”こそが黒文字の一番の魅力なんです」と嬉しそうに答える。

黒文字に魅せられたという店主の山崎 哲氏

手土産に求めた黒文字茶。寒さへ向かうこれからの季節は、ゆっくり煮出して楽しみたい
山崎氏の前職は、軽井沢のホテルにある日本料理店の料理人だ。きのこや山菜など地元の食材を提供してくれる名人が、あるとき黒文字を持ち込んでくれたのを機に、黒文字のお菓子を創作。目から鱗の美味しさを知る。また、茶の湯の世界では、茶室のまわりに黒文字の垣根を設え、客人を迎える間際に湯をかけ、立ち込める黒文字の甘い薫りでもてなすこともあるという。そんな情緒ある逸話も、山崎氏が黒文字に心惹かれた一雫となった。その後、都内のフルーツパーラーで働きながら和菓子作りの腕を磨き、2019年に再び軽井沢の地に戻り、「くろもじ庵」の看板を掲げた。森の中で淡々と、黒文字の優しさを届けてくれる小さな菓子店は、美味しいものを熟知した近隣の別荘に暮らす人や地元の老若男女にも、じわりじわりその名が知られ今では6年の月日を重ねた。
取材を終え、東京でいつもの日常をおくるなか、小さな変化がおきた。それは起きがけに飲むお茶が黒文字茶へと変わったことだ。秋の乾いた朝の空気に、ルビーレッドのお茶が深い森の健やかさを運んでくれるようだ。

テラスや庭も心地よく、ペット連れでも尋ねられる
「森香るお菓子 くろもじ庵」
住所:長野県北佐久郡軽井沢町追分1472-7
電話:0267-46-8707
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《BUY&EAT》「Pâtisserie TAK. (パティスリータク)」
日常を照らす“ご褒美”のフランス菓子
【2025年10月配信記事】

手土産としても人気の高いパウンドケーキは、常時8種類ほどが揃う
商業施設の1階奥、扉を開けるとマリーゴールド色の壁に包まれ、まるでカスタードクリームの部屋にいるような高揚感に駆られる。窓の外はキャベツ畑の鮮やかな緑色と真っ青な空に染まり、壁の色やショーケースに並ぶケーキとともに、ビビッドなカラーパレットを奏でている。ここに佇むと、雄大な浅間山さえケーキ型のように見えてきた。平日の昼間だというのに客足が絶えず、なかなか店主と挨拶さえ交わせないほどの賑わいである。黄金桃のパフェに笑顔する女性同士もいれば、おつかいものにパウンドケーキを求める人、妻のバースデーケーキを買いにきた男性から、シュークリームをカンバセーションピースにテラスで過ごす近隣に住まう夫妻まで。お菓子を媒介とした幸せの光景に、しばし見惚れてしまった。

店はフランスの田舎町のレストランをイメージ。鮮やかなマリーゴールド色とパールグレーの配色にセンスが光る

窓からの眺めはご覧のとおり、キャベツ畑と浅間山のコントラストが圧巻である
店のコンセプトをたずねると「お菓子でささやかな幸せを届けること」とオーナーシェフの岡部拓真氏。「目指しているのは、日常的な“おやつ”の延長。エレガントだけれど気取りがないお菓子です」と言葉を継ぐ。季節のフルーツを用いた華のあるケーキと肩を並べ、シュークリームやロールケーキ、プリンといったアイテムが目を引くのは、“ちょっと特別ないつものお菓子”を大切にしたいという思いからだと知る。
岡部氏は、東京・中目黒にある人気の洋菓子店「クリオロ」で働いたのち、フランス・リヨンへ渡り1年間の修業をする。帰国後は代々木上原の「アステリスク」でさらに腕を磨くなか、妻・春希さんと出会う。子どもを授かったことを機に北軽井沢へ移住し、地元のホテルでパティシエを務めたのち、満を持して御代田に自分の店を持つ。自身の名前を冠した「Pâtisserie TAK.」が誕生したのは2022年9月のことだ。

一心にお菓子を作り続けるオーナーシェフの岡部拓真氏

「御代田の人々の暮らしに寄り添う、町のお菓子屋さんでありたい」と語る妻の春希さん
“おやつ”の延長と語るのはプロの謙遜で、経験と秀逸な技に裏付けられたが味わいは格別である。たとえば店の看板商品「ケイク オ フリュイユ」もそのひとつ。スレンダーな形状のパウンドケーキには、プルーンやアプリコット、イチジクなどを自家製シロップに漬け込んだドライフルーツのコクと、クルミやアーモンドの香ばしさが凝縮。しっとりとした食感と鼻に抜ける濃密な香りは、全体にコニャックを染み込ませたためだとか。繊細な仕掛けを何層にも奥行きをもたせた逸品に、リピーターの多さも頷けた。
次の取材先へ向かう車中の“おやつ”として、シュークリームを求めて店を後にする。車が走り出すやいなや早々に箱を開け、ビスキーな皮にかぶりつく。中から溢れた色鮮やかなカスタードクリームと、太陽のようなマリーゴールド色の壁の余韻が重なり、心の奥まで優しい光が降り注いだような気持ちになる。口のまわりに粉砂糖をつけながら、とめどもなく幸福感が湧き上がってきた。

訪れた時季は信州のジューシーな黄金桃が食べ頃を迎えていた。写真は、アーモンドのタルト生地にスポンジとカスタードクリームを重ね、黄金桃を贅沢にトッピングしたタルト
「Pâtisserie TAK. (パティスリータク)」
住所:長野県北佐久郡御代田町馬瀬口451-6アンベリール御代田1-2
電話:0267-46-8856
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現代アートと家具
《SEE》ゲルハルト・リヒターの鼓動を感じる時空
「Richiter Raum(リヒター・ラウム)」
【2025年10月配信記事】

中庭に多彩な色の世界を宿す《ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ》

展示室「Raum 2」にて。反射ガラスを絶妙な傾斜で並べた作品《8枚のガラス》越しに、リヒターが撮影したモノクロームの写真作品が幻想的な空間を作り出す
人生には突然、何の脈略もなく“さぁ、存分に理解してください”と言わんばかりの作品との出合いがある。ドイツの現代アートの巨匠、ゲルハルト・リヒターが90歳を迎えた2022年。日本で16年ぶりとなった個展で、そんなふうにリヒターの作品と向き合ったのは、私だけではないはずだ。油彩画や写真、デジタルプリントからガラスや鏡まで、多岐にわたる技法を用いて具象と抽象を行き交う表現に、確かな輪郭を掴みきれない感動を味わった。
そんな記憶の引き出しを再び開けてみたいと訪れたのが、軽井沢に誕生したアートスペース「Richiter Raum(リヒター・ラウム)」だ。ドイツ語で“リヒターの空間”という名称を冠したこの場所は、部屋の構成や窓のデザイン、書斎のインテリアに至るまで、リヒターのアトリエの一部をほぼ忠実に再現。ケルンの森・ハーンヴァルトを彷彿とさせる樹々に包まれ、静謐な空間に佇むことができる。

街道沿いからエントランスへと伸びる小径は、リヒターのアトリエと自宅を繋ぐ情景を再現

展示室「Raum 2」の奥に垣間見える「Raum 3」は、リヒターの書斎空間を再現
リヒターへの並々ならぬリスペクトに裏付けられたスペースを手がけるのは、「Wako Works of Art(ワコウ・ワークス・オブ・アート)」である。代表の和光 清氏がリヒターの作品と出会ったのは1991年11月のこと。ロンドンの「TATE GALLERY」(現・テート美術館)で開催された回顧展にて、一堂に介したリヒターの作品群に息を呑み、日本でも作品を紹介したいと心に刻む。
帰国後すぐに、それまで仕事をしていた画廊を辞め自らのギャラリーを立ち上げる。その上で現代美術評論家の市原研太郎氏にリヒターの評論集を依頼、1993年1月にリヒターの展覧会を開催し、アトリエにコンタクトを取り始めた。
初めてリヒター本人と会うことができたのは、その8カ月後のニューヨークでの個展会場だった。パリから始まり、ボンやマドリードの美術館を巡る1993年の大回顧展のオープンの少し前のことだ。この巡回展を機にリヒターの名は世界のアートシーンを席巻するため、他国のギャラリーに一歩先んじて、和光氏は特別な存在感を示すことができたのかもしれないという。

1991年にロンドンの「TATE GALLERY」で開催された回顧展のポスター。額装され「Raum 1」から「Raum 4」へ続く廊下に飾られている

リヒターが自宅のダイニングに飾っていた作品を特別に展示
そうした運命の出合いから30余年。幾度となくケルンのアトリエへ足を運び、巨匠との信頼関係を築いてきた。あるときから、和光氏は訪れる度に歩数で距離を測り、自らの体感で設計図を構築。リヒターの協力を得ながら、2023年7月に「Richiter Raum」はお披露目の日を迎えた。ドイツの空間の気配を可能な限り感じられるように、エクステリアのシンボルツリーをはじめ、窓枠のパーツや色に至るまで忠実に再現。非公開ではあるが、書斎スペースとなる「Raum 3」では壁を彩る作品や置かれている書籍、家具から、デスクに置かれた蛍光ペンまで、同じアイテムを探し求めて構成。人目に触れないディテールにも、微に入り細に入り思いを寄せている。

「Richiter Raum」の建築に合わせて、リヒターに依頼した作品《ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ》

中庭に設えた特等席。時間帯によって表情が移ろう《ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ》を心ゆくまで鑑賞できる
「Richiter Raum」は、空間の魅力もさることながら、展示される作品のキュレーションも格別だ。約半年おきの企画展では「Wako Works of Art」所有のコレクションをはじめ、日本初公開となる作品、かつてはリヒターの自宅のダイニングに飾られていた作品なども公開。さらに、ここ軽井沢のために制作され、中庭をヴィヴィッドに彩る《ストリップ・スカルプチャー・カルイザワ》も見応えがある。上から見ると十字型をなす高さ5mの立体の壁は、リヒターの代表作のひとつであるシリーズ《ストリップ》をアルミニウム板に直接プリント。その上からガラスを重ねているため、8パターンの重層的な色の世界に森の樹々が映り込み、時間帯や四季折々によって豊かな表情が立ち現れる。リヒターがかつてインタビューで語った“イメージが環境となり、それ自体が建築となること”という情景が、この場に充溢しているようだった。近寄ったり遠のいたり、さまざまな角度から作品を見つめていると、ただ、この時間を共有して生きていることへの、静かな共感と感謝が胸に宿った。

オーナーの和光 清氏と共に企画・運営を行う妻の環さん。六本木にも現代アートを扱うギャラリーをもつ
「Richiter Raum(リヒター・ラウム)」
住所:長野県北佐久郡軽井沢町軽井沢1323-1475
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《BUY》五感を開く、暮らしのカタチ
「SAMNICON (サムニコン)」
【2025年10月配信記事】

人間の目線の高さではなく、あえて足もとに配した店名
座辺師友(ざへんしゆう)──自分をとりまく環境は皆が先生である友となるという意味を表す言葉である。2023年の新緑の季節にオープンを迎えた「SAMNICON」を訪れ、デザイナーの宇南山加子さんと話をしながらジワジワと実感した言葉である。宇南山さんにとって“先生”とは、この森そのもの。パートナーで家具デザイナーの松岡智之氏とともに、自然エネルギーを循環させる暮らしをここ御代田で実践。地球の未来を見つめながら、日々の暮らしの一瞬一瞬を慈しむ、オリジナルのインテリア小物を手掛けている。

緩やかな斜面を利用した丘の上に立つギャラリーショップと、奥は住まいの空間

東京の蔵前にて、ライフスタイル・プロダクトのブランド「SyuRo(シュロ)」を営む、デザイナーの宇南山加子さん
訪れた季節は、夏の名残に色濃く染まる9月の初旬。天井の高い吹き抜けの空間では、冷房を使用せず風の抜け道を作るように窓が開け放たれている。けっして涼しいとは言えないが、それほど暑さも感じない。キンキンに冷えた空間になれきった身体が、正常な呼吸へと導かれるようである。美しい家具もさることながら、まずは空間の心地よさが気になって仕方がない。ギャラリーと住まいをつなぐエクステリアで、宇南山さん手製のコーラで喉を潤しながら、この森に根を宿すまでのストーリーに耳を傾けた。
「きっかけは息子と毎年訪れていた北海道でのこと。家中に銅管を張り巡らせ、日々の食事から出るゴミを燃やした熱を暖房へと利用している仕組みを知り、エネルギーを生み出す心地よい家づくりを考えるようになりました」。森の中に佇む理想の家を思い描き、ここ御代田に土地を求めたのは2019年のこと。大型の重機で一気に森を開墾するのではなく、苗木が無理なく自然と枝葉を広げるように、可能な限り自分たちの手を使い、必要以上には木を切らず森を開いていった。また、屋根に溜めた雨水を循環させるために敷地内に川を造作し、敷き詰めた火山岩を通して水を濾過。さらにバイオジオフィルターを通して、栄養のある水を貯めて生活に再利用している。電力はもちろん太陽光エネルギー。「次の世代の暮らし方を考えた先に、自然のエネルギーを恵として用いる設計へと辿り着きました」と語る。

敷地の勾配を利用して手掛けた小川には、クレソンやワサビが育つ。食材になるだけでなく、水をきれいにする役割も担うとか

宇南山さんのデザインをはじめ、その審美眼でセレクトした器とともに。さりげなくも、暮らしの止まり木になるような形に惹かれる
そんな暮らしの中から生まれるものは、デザインと日常の豊かな関係の延長線上にある。その根底には「手を使って人を和ませたい」という、宇南山さんのフィロソフィーが息づく。たとえば一見すると奇を衒ったように見えるアボカドのような形の器は彫刻家・大村大悟氏の作で、両手で持つとすっぽりと掌に収まる。自らデザインするものはもちろん、セレクトするアイテムにおいても、使うことで慈しみが増すデザインに心を寄せる。都市の暮らしで鈍った感性をこじ開け、底に沈んだものを拾い上げるためには、森から享受される自然の輝きが必要なのかもしれない──研ぎ澄まされたプロダクトを見つめながら、そう感じた。この場に渡る風や光を一片の記憶として、一緒に持ち帰ってほしい。

ギャラリーショップには、松岡氏の家具を中心に配置。キャビネットやサイドボードの引き出しを開けると、宇南山さんのプロダクトがそっと収められている
「SAMNICON (サムニコン)」
住所:長野県北佐久郡御代田町塩野482-10
電話:050-1288-9340
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ウイスキーとワイン
《SEE&BAR》ここでしか味わえない熟成過程のウイスキー
「小諸蒸留所」
【2025年11月配信記事】

山間で熟成を待つウイスキーの宝庫(「小諸蒸留所」)

館内ツアーでは迫力のポットスチルを間近に感じられる
旅の余韻を美酒に重ねて味わいたいと訪れたのが、ウイスキーの蒸留所である。というのも、軽井沢にはかつてジャパニーズウイスキーの金字塔として世界から称賛された蒸留所が存在し、海外からも高い評価を得ていたと聞く。伝説の蒸留所は2000年に惜しまれながらも幕を閉じたが、このエリアのウイスキー文化に想いを馳せた気鋭の蒸留所が小諸にあると知り、車を走らせた。軽井沢から向かうこと約30分、浅間山の裾野に位置する標高910mの高原に立つ「小諸蒸留所」に到着する。

バーを併設したビジターセンター。奥にはポットスチルが異彩を放つ
ウイスキーの製造においては、水と気候といった環境という“テロワール”が味わいを左右するが、高原の冷涼な空気、昼夜の温度差、湿度、そして森からの清流など――ここ小諸は理想の条件が整っていたという。「理想の土地を軽井沢周辺に探し続けて5年、ようやく小諸の地に辿り着いたのが2019年でした。山を切り開き、ビジターセンターを備えた蒸留所と2棟の熟成庫が完成するのに、さらなる月日を重ね施設がグランドオープンしたのは2023年の7月です」と語るのは、専務取締役の島岡良衣氏。開業のタイミングをジャパニーズウィスキーの生誕100周年の年に重ねたというから、並々ならぬウイスキー愛が感じられる。

アーチ型の庫内は意外にも土の床。熟成を促すのに土から酸素を取り入れる重要な役割を担うという (一日一回の見学ツアーあり)
オープンから2年を経た「小諸蒸留所」では、まだ、ボトリングされたウイスキーが存在しない。というのも、ジャパニーズウイスキーは3年以上熟成したものと定義づけられているため、満を持しての販売は2026年以降に待たれる。そう聞くと御預けを食らうようだが、ここでは樽に入れる直前の“ニューメイク”や、樽に入れて一日後〜三年未満の “ニューボーン”と呼ばれるウイスキーを味わうことができる。流通にはのらない、蒸留所でしか味わうことのできない、日々更新されるフレッシュな一杯なのだ。

無色透明なもの(右)が“ニューメイク”。左は木樽の色を纏った“ニューボーン”。オリジナルのスイーツとともに
さらに、同社のウイスキー造りを手がけるのは、世界最高峰のマスターブレンダーの一人とされる台湾出身のイアン・チャン氏だ。季節によってブレンドが微調整されるため、訪れるたびに一期一会の“ニューボーン”と出合えることも、ウイスキー通が何度も足を運びたくなる理由として十分だ。取材で訪れた日は平日にもかかわらず、人の流れが途切れなかった。バーテンダーの含蓄に耳を傾けながら、ガラス越しに映るポットスチルを眺めていたら、ウイスキーへの造形を深めてみたくなり、60分ほどのウイスキーアカデミーに参加。ほろ酔い気分で座学に浸りながら、2026年に産声を上げるであろう3年熟成のウイスキーに想いを馳せる。この美しい森の気配を宿った琥珀色の美酒は、次の100年を歩み出したジャパニーズウイスキーの歴史において、新たなマイルストーンとなるに違いないと。

「TASTING 101」では特徴が異なる3杯のテイスティングとともに、多角的な視点からウイスキーの基礎が学べる

テイスティンググラスやハイボールグラスなど、蒸留所オリジナルのプロダクトも販売されている
「小諸蒸留所」
住所:長野県小諸市甲4630-1
電話:0267-48-6086
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《EAT&BUY》実直なテロワールから生まれる洒脱なワイン
「Rue de Vin(リュードヴァン)」
【2025年11月配信記事】

山の傾斜を利用したブドウ畑。カフェ・レストランから見えるのはカベルネ・ソーヴィニヨンの実り
“アラウンド浅間山”と銘打って軽井沢を中心に、御代田や小諸にも足を伸ばした旅の最後を締めくくるのは東御市。牧歌的な丘陵地に住宅が点在する細い道を進むと、ふわりと優しい風が抜け視界が開けた。敷地の角にはマロニエを宿木にブルーの車が佇み、目線の先にはノスタルジーを纏ったような平屋のカフェ・レストランが建ち、その先には葡萄の樹々が端正な列をなす。フランス語で“ワイン通り”という名を冠した、ここ「Rue de Vin(リュードヴァン)」は醸造家の小山英明氏が“土地の記憶を映すワイン”を理想に掲げ、2010年に幕開けた。

役目を終えた水色のルノー車は、この店のシンボル
小山氏が一杯の赤ワインと運命の出合いを果たしたのは、20代初めに遡る。その味わいは酸味と渋みが心地よく調和し、花畑のような香りにスパイシーな余韻が溶け込み、一瞬にして心を奪われたという。「当時は学生でしたのでエチケットを確認するような教養もなく、なで肩のボトルのシルエットと味の記憶だけを頼りに、仮初めの一杯を求めてワインバーを訪ね続けました。3年をかけてようやく見つけたのが、南フランスはローヌのグルナッシュ品種を主体とする赤ワインでした」と語る。卒業後は大手電気メーカーに勤めながらもワインへの情熱は深まるばかり。知識を蓄積しながら思い描いたのは、“大きなテーブルを家族が賑やかに囲む情景を彩るワイン”だった。ソムリエを介さず、料理や気分に合わせて迷わず手にできる、土地に根ざした“ちょっと特別な日常のワイン”の姿である。その理想に向かうために、葡萄栽培から手がけようと一念発起。会社を辞め、まずは醸造を学ぶためにワイナリーへ転職したのが約27年前のことだ。

醸造家の小山英明氏。カフェ・レストランがあるブドウ畑とは別に、10年ほど前からは大規模農園にも着手
千曲川に沿うように開けた斜面に、自分のブドウ畑を持つ好機が訪れたのは2005年のこと。目を留めたのは、農業従事者の減少によって荒廃の一途をたどっていたリンゴ農園だ。健全なブドウを育てるために、過度な農薬や肥料を使用することなく、土壌に多くの微生物が暮す豊かな生態系を作り出すことを地道に重ね、2006年に初めてシャルドネを植えた。その後、段々畑を少しずつ開墾しながら作付面積を広げ、今では12種類もの品種を栽培。さらに、10年ほど前には、カフェ・レストランのある十二平からほど近い御堂エリアに、5haの土地を求め大規模農場を展開。現在はソーヴィニヨン・ブランを中心に、セミヨンやカベルネ・フラン、ピノ・グリを栽培し、ブドウ栽培とワイン醸造を一貫して行う産業を、この土地に定着させるために尽力している。

収穫前のソーヴィニヨン・ブラン。地面には草花が茂り、樹上に昆虫が集う環境を目指した結果、健やかなブドウに育ったという

左から「ピノ・ノワール」、「ソーヴィニヨン・ブラン」、ピノ・ノワールとシャルドネを使用した辛口のスパークリングワイン「リュードヴァン・スペシャル」
撮影するワインのセレクトをお願いすると、小山氏は迷わず次の3本を選んだ。真っ先に手に取ったのは、大規模農場でも力を注ぎ安定感のある「ソーヴィニヨン・ブラン」だ。ワインのスタイルはフランス・ロワール川上流の産地を連想させ、青リンゴやパッションフルーツ、余韻に蜂蜜のような甘い香りを宿している。上質で豊富な酸味と非常にしっかりとした骨格はリュードヴァンならではだという。続いては、しっかりとした骨格と可憐な香りを纏った「ピノ・ノワール」を持ち出した。ヴィンテージごとの味わいの進化が劇的で、その過程を体験できる醍醐味があるそう。
最後に、「とっておきの一本です」という言葉を添えてピックアップしたのは、シャンパーニュ製法によるスパークリングワイン「リュードヴァン・スペシャル」である。あえて100%ピノ・ノワールにはせず、少量のシャルドネを加えることで、味わいにしなやかさが生まれた「リュードヴァン」の頂点となるエレガントな一本だ。取材を終え、その珠玉のスパークリングワインを求めたことは言うに及ばず。都内に戻った週末の夕刻に、特別なワインが手に入ったら食べようと冷凍庫に寝かせておいた牛ほほ肉の赤ワイン煮に火を入れた。抜栓してシャンパーニュグラスに注いだ「リュードヴァン・スペシャル」の儚げな珊瑚色に、気持ちはボルテージアップ。樽による醗酵と長期の熟成によって、豊富な酸味が滑らかでエレガントなものへと変化し、濃厚なソースともしっかりと寄り添ってくれた。繊細な泡の奥から、「リュードヴァン」が奏でる土地の声が聞こえてくるようだった。

「ソーヴィニヨン・ブラン」に合わせたのは、オードブルの盛り合わせ

カフェ・レストランでは、小山氏が最初に描いた“大きなテーブルを家族が賑やかに囲む情景を彩るワイン”の光景が、まさに広がっていた
「Rue de Vin(リュードヴァン)」
住所:長野県東御市祢津405
電話:0268-71-5973
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軽井沢の旅に向かったのは、まだ暑さのみぎり。季節が巡り、こうして原稿を書いていると、冬の面影をまとった浅間山から“美味しい”風の便りが届きそうだ。都心からは車で約3時間。ジビエとワインを味わいに、小雪の舞う“アラウンド浅間山”へ出掛けてはいかがだろう。

樺澤貴子(かばさわ・たかこ)
クリエイティブディレクター。女性誌や書籍の執筆・編集を中心に、企業のコンセプトワークや、日本の手仕事を礎とした商品企画なども手掛ける。5年前にミラノの朝市で見つけた白シャツを今も愛用(写真)。旅先で美しいデザインや、美味しいモノを発見することに情熱を注ぐ。
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