英国諜報員007が所属するMI6の拠点であった、ロンドンのThe Old War Office(旧陸軍省)。ウィンストン・チャーチル、007の生みの親イアン・フレミング、『アラビアのロレンス』のモデル、T・E・ロレンスが執務していたThe OWOに、ラッフルズホテルが新風を吹き込んだ

BY HARUMI KONO

ジェームズ・ボンドにまつわる場所に立つホテル

画像: バッキンガム宮殿のほど近く、近衛兵が詰めるホース・ガーズの正面にある「ラッフルズ ロンドン アット ザ OWO」。007の映画『007/オクトパシー』(1983)、『007 スカイフォール』(2012 )など、5つの作品がこの建物や周辺をロケ地としている

バッキンガム宮殿のほど近く、近衛兵が詰めるホース・ガーズの正面にある「ラッフルズ ロンドン アット ザ OWO」。007の映画『007/オクトパシー』(1983)、『007 スカイフォール』(2012 )など、5つの作品がこの建物や周辺をロケ地としている

 イギリス政治の中心地、ホワイトホールに立つエドワード様式の巨大な建物。39のスイートを含む120の客室、85のレジデンス、9つのレストランと3つのバー、さらに地下には総面積2,600㎡の「ゲラン スパ」と「ピラー ウェルビーイング」が入るウェルネス施設を擁する「ラッフルズ ロンドン アット ザ OWO」。ホテルの名前が示すとおり、1964年まではThe Old War Office(旧陸軍省、以下The OWO)として使用されていた歴史ある建物だ。1906年建設のイギリスのグレードⅡ*(グレードツースター)指定建造物で、建物の中心部にある吹き抜けの大理石の階段はThe OWOが紡いた歴史を象徴する場所。2階の踊り場ではチャーチルが演説を行い、保安局(MI5)、秘密情報部(MI6)、特殊作戦執行部(SOE)などの本部があった。当時、海軍の情報局に勤務していたイアン・フレミングは、この場所から007のインスピレーションを得てジェームズ・ボンドを生み出し、のちに5つの007映画の撮影がこの建物や周辺で行われた。

画像: 廊下のモザイクタイル。この模様はのちに英国軍の手榴弾のケースにも取り入れられた。鋳鉄製の格子がはめ込まれているのはイギリス初の電話回線が敷かれていた名残り

廊下のモザイクタイル。この模様はのちに英国軍の手榴弾のケースにも取り入れられた。鋳鉄製の格子がはめ込まれているのはイギリス初の電話回線が敷かれていた名残り

 英国政府の機密に関わる建物であるがゆえ、建設から100年以上建物内部は非公開だったが、2023年、「ラッフルズ ロンドン アット ザ OWO」として世界に扉を開いた。改装は8年にわたり、ニューヨークの自由の女神など歴史的建造物の再建で有名な建築家、故ティエリー・デスポンのもと、1,000人を超える職人たちが修復に携わった。特に廊下のモザイクタイルは一つ一つ手で埋め込む細かい作業によるもの。建物内の廊下は全長約4㎞、幅3mという広さで、緊急の伝達のために建物内を自転車で移動するためだった、という緊張感あるエピソードが残されている。

画像: チャーチル・スイートのリビングルーム 陸軍大臣、海軍大臣、首相として英国で最も有名な政治家チャーチルはOWOで執務していた。チャーチル・スイートはかつての陸軍評議会室。ここで英国軍の重要な決定が下された

チャーチル・スイートのリビングルーム
陸軍大臣、海軍大臣、首相として英国で最も有名な政治家チャーチルはOWOで執務していた。チャーチル・スイートはかつての陸軍評議会室。ここで英国軍の重要な決定が下された

「このホテルの開業は、グレードII*に指定された歴史的建築物の遺産を保存すると同時に、新たな生命を吹き込み、未来の世代への特別な存在へと発展させる機会をもたらしました」と語るのはマネージングディレクターのオリヴィエ・トーマス氏。建物の歴史を尊重する5つのヘリテージスイートは、The OWOで執務していた人物たちの名がつけられている。「チャーチル・スイート」は当時「陸軍評議会室」として使われ、MI5およびMI6の発足や第二次世界大戦のノルマンディー上陸作戦会議が行われた部屋。
 ほかにも「サンソン・スイート」、「ホール・スイート」などのスイートがあるが、これらの名前の主は命を懸けて活躍した女性諜報員たち。中でも注目したいのは、ナチス占領下のポーランドとフランスで極秘任務に就いていたクリスティーヌ・グランヴィルの名を冠した「グランヴィル・スイート」。彼女はチャーチルが最も信頼したエージェントと言われ、映画『007/カジノ・ロワイヤル』(2016)でジェームズ・ボンドが愛したヴェスパー・リンドのモデルと言われている。

画像: グランヴィル・スイートのリビングルーム 名前の由来はヴェスパー・リンドのモデルと言われるクリスティーヌ・グランヴィル。本名はマリア・クリスティーナ・ヤニナ・スカルベク。彼女のほかにも、三人の娘の母であった情報部員オデット・サンソンや、イギリス初の女性政治家ナンシー・アスターなど、当時活躍した女性たちにトリビュートを捧げたスイートがある

グランヴィル・スイートのリビングルーム
名前の由来はヴェスパー・リンドのモデルと言われるクリスティーヌ・グランヴィル。本名はマリア・クリスティーナ・ヤニナ・スカルベク。彼女のほかにも、三人の娘の母であった情報部員オデット・サンソンや、イギリス初の女性政治家ナンシー・アスターなど、当時活躍した女性たちにトリビュートを捧げたスイートがある

画像: 当時の陸軍評議会室(Army Council Room)。建設時から使われていた暖炉は今も変わらない

当時の陸軍評議会室(Army Council Room)。建設時から使われていた暖炉は今も変わらない

画像: 安らぎを感じさせるチャーチル・スイートのベッドルーム

安らぎを感じさせるチャーチル・スイートのベッドルーム

 また、ラッフルズ ロンドン アット ザ OWOはガストロノミーデスティネーションホテルだ。トーマス氏は「建物の輝かしい歴史とレガシーに敬意を払ったダイニング体験もホテルの特徴です。『ザ ドローイング ルーム』では、終日利用可能なダイニングやアフタヌーンティーを提供し、『ザ ガーズ バー&ラウンジ』とともに、バッキンガム宮殿の正門を警護するホース・ガーズを望む特等席となっています」と語る。メインダイニングには、ミシュランスターシェフ、マウロ・コラグレコが手がける3つのレストランをはじめ、ロンドンで1つ星の「Endo at the Rotunda」の遠藤和年シェフによる「Kioku by Endo」、健康志向のゲストには「ピラー キッチン」など、合計9つのレストランと3つのバーがあり、多様性溢れるロンドンであらゆるゲストの食の嗜好に応えている。

画像: The OWOからホテル、レジデンス、スパ、レストラン&バーを擁した建物へと生まれ変わる際、地下部分は新たに採掘された。地下1階から地下4階にあるウェルビーイング施設には、20mのスイミングプール、スタジオ、英国初の「ゲラン スパ」が入る。「ピラー ウェルネス」のプログラムと身体の内側にフォーカスする「ピラー キッチン」と連動して旅の疲れを癒したい

The OWOからホテル、レジデンス、スパ、レストラン&バーを擁した建物へと生まれ変わる際、地下部分は新たに採掘された。地下1階から地下4階にあるウェルビーイング施設には、20mのスイミングプール、スタジオ、英国初の「ゲラン スパ」が入る。「ピラー ウェルネス」のプログラムと身体の内側にフォーカスする「ピラー キッチン」と連動して旅の疲れを癒したい

画像: 当時の図書館は現在、「セゾン バイ マウロ コラグレコ」になっている

当時の図書館は現在、「セゾン バイ マウロ コラグレコ」になっている

画像: 地中海料理のオールディダイニング「セゾン バイ マウロ コラグレコ」。The OWO時代の天井が残されている

地中海料理のオールディダイニング「セゾン バイ マウロ コラグレコ」。The OWO時代の天井が残されている

 そしてThe OWOでは、やはり007の世界を体現した「ザ スパイ バー」を訪れたい。地下にあるその場所に行くには、小さなサインを見逃さないように注意深く廊下を歩かなければならない(筆者は一度でその扉を見つけることができなかった)。内部は撮影禁止なので訪れた人だけが知るシークレットな場所だ。

画像: ザ スパイ バー MI5、MI6のブリーフィングルームや情報部員たちの機密文書が保管されていた地下に作られた「ザ スパイ バー」。ホテルを訪れたら、ぜひこの場所を見つけて、カクテルのグラスを傾けながら007について語り合いたい

ザ スパイ バー
MI5、MI6のブリーフィングルームや情報部員たちの機密文書が保管されていた地下に作られた「ザ スパイ バー」。ホテルを訪れたら、ぜひこの場所を見つけて、カクテルのグラスを傾けながら007について語り合いたい

画像: 「ザ ガーズ バー&ラウンジ」。ホテルの正面はホース・ガーズ。観光名所となっているその場所を見ながらお茶を楽しむことができる。ラッフルズホテルならではの、本家シンガポール・スリング、ロンドン版のロンドン・スリング、そして季節をテーマにしたオリジナル・スリングの3種が楽しめる

「ザ ガーズ バー&ラウンジ」。ホテルの正面はホース・ガーズ。観光名所となっているその場所を見ながらお茶を楽しむことができる。ラッフルズホテルならではの、本家シンガポール・スリング、ロンドン版のロンドン・スリング、そして季節をテーマにしたオリジナル・スリングの3種が楽しめる

ラッフルズのホスピタリティとThe OWOの滞在

画像: 建物の中心にある吹き抜けの大理石の階段。歴史に残るチャーチルの演説のいくつかは、シャンデリアの後ろにある二階のバルコニーで行われた

建物の中心にある吹き抜けの大理石の階段。歴史に残るチャーチルの演説のいくつかは、シャンデリアの後ろにある二階のバルコニーで行われた

 1887年にシンガポールで開業したラッフルズホテルは、きめ細やかなホスピタリティとバトラーサービスに定評がある。ラッフルズ ロンドン アット ザ OWOでは、歴史と新たな息吹、壮麗さと安らぎ、プライバシーと社交性、といったさまざまな要素が混ざり合うことでホスピタリティに特別な何かを感じることができる。「立地、歴史、そしてホスピタリティが融合することで生まれるこの特別な調和は、訪れるすべての人に一種の魔法をかけているのではないでしょうか。お客様にはデスティネーションについての発見を通して、滞在を楽しむ時間を大切にしていただきたいと思います。それはホテルに泊まるという旅の記憶が、特に子供たちにとって、その後の人生に大きな影響を与えると考えているからです。ラッフルズでの滞在がお客様にとって、楽しい旅の思い出となるお手伝いができることを、私たちはとても大切にしています」とトーマス氏。英国のレガシーに加わったラッフルズのホスピタリティ。ここでの滞在はゲストの心に刻まれる歴史となるだろう。

画像: ラッフルズ ロンドン アット ザOWO マネージングディレクター オリヴィエ・トーマス氏 (Olivier Thomas) フランス生まれ。スイスの大学にてツーリズム&マネジメントのMBA取得後、イタリア、イギリス、アメリカなど各国の五つ星ホテルに勤務。ラグジュアリーホテル業界で30年のキャリアを持つ。フォーシーズンズ ホテル&リゾーツ アブダビとカサブランカで総支配人を務める。ヨーロッパに戻り、世界の超VIPが滞在するモナコの名門オテル ド パリ モンテカルロの総支配人を経て、2025年11月より現職。

ラッフルズ ロンドン アット ザOWO マネージングディレクター
オリヴィエ・トーマス氏 (Olivier Thomas)
フランス生まれ。スイスの大学にてツーリズム&マネジメントのMBA取得後、イタリア、イギリス、アメリカなど各国の五つ星ホテルに勤務。ラグジュアリーホテル業界で30年のキャリアを持つ。フォーシーズンズ ホテル&リゾーツ アブダビとカサブランカで総支配人を務める。ヨーロッパに戻り、世界の超VIPが滞在するモナコの名門オテル ド パリ モンテカルロの総支配人を経て、2025年11月より現職。

PHOTOGRAPHS: COURTESY OF RAFFLES LONDON AT THE OWO

Raffles London at The OWO
住所:Whitehall London SW1A 2BX
United Kingdom
公式サイトはこちら

髙野はるみ(こうの・はるみ)
株式会社クリル・プリヴェ代表
外資系航空会社、オークション会社、現代アートギャラリー勤務を経て現職。国内外のVIPに特化したプライベートコンシェルジュ業務を中心にホスピタリティコンサルティング業務も行う。世界のラグジュアリー・トラベル・コンソーシアム「Virtuoso (ヴァーチュオソ)」に加盟。得意分野はラグジュアリーホテル、現代アート、ワイン。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。
公式サイトはこちら

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