アーティスト、ジュディ・シカゴの記念碑的な作品≪ディナー・パーティー≫が発表されて40年近くがすぎた今、カルチャーがやっと彼女に追いついてきた

BY SASHA WEISS, PORTRAIT BY COLLIER SCHORR, STYLED BY SUZANNE KOLLER, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 ザ・ベレン・ホテルの裏にある1,800平方フィート(約167平方メートル)の倉庫には、シカゴの未整理の作品が木箱に入れられて積まれていた。奥の部屋には彼女の個人的な資料が置かれている。彼女は6,000枚以上のインデックスカードに、1960年代初頭から制作してきたすべての作品について、くまなく書き記していた。彼女とアシスタントのふたりで、詳細な説明が書き込まれた作品カタログを作ろうという計画だ。同時に彼女が「私の大がかりな相続案」と呼ぶ計画も進行中だ。“the Judy Chicago portal”という名のウェブサイトには、3つの施設に所蔵されている作品がすべて記載される予定だ。ハーバード大学の、アメリカ女性史を扱うシュレシンジャー図書館に所蔵されている彼女の紙の資料、ペンシルベニア州立大学にある彼女の美術教育の資料、さらにワシントンDCにある国立女性美術館にある視聴覚アーカイブの3つだ。ポータルサイトの完成は、国立女性美術館で2019年6月に開催予定の、彼女の最新シリーズ作品≪終末:死と消滅を巡る瞑想(The End: A Meditation on Death and Extinction)≫の展覧会のオープニングが終わってからになる。

画像: シカゴの最新作であるオムニバス・プロジェクト≪終末:死と消滅を巡る瞑想(The End: A Meditation on Death and Extinction)≫(2012〜2018年)の中の≪限りある生(Mortality)≫というセクションを紹介するパネル。黒ガラスにペイントを施した。ワシントンDCにある国立女性美術館で、2019年の6 月に初公開される JUDY CHICAGO, “TITLE PANEL” FOR “MORTALITY” FROM “THE END: A MEDITATION ON DEATH AND EXTINCTION”,2015, KILN FIRED GLASS PAINT ON BLACK GLASS, © JUDY CHICAGO, PHOTO © DONALD WOODMAN

シカゴの最新作であるオムニバス・プロジェクト≪終末:死と消滅を巡る瞑想(The End: A Meditation on Death and Extinction)≫(2012〜2018年)の中の≪限りある生(Mortality)≫というセクションを紹介するパネル。黒ガラスにペイントを施した。ワシントンDCにある国立女性美術館で、2019年の6 月に初公開される
JUDY CHICAGO, “TITLE PANEL” FOR “MORTALITY” FROM “THE END: A MEDITATION ON DEATH AND EXTINCTION”,2015, KILN FIRED GLASS PAINT ON BLACK GLASS,
© JUDY CHICAGO, PHOTO © DONALD WOODMAN 

 批評家からの強い拒絶にあい、美術館やギャラリーからも無視され、あからさまに、または遠回しに女性憎悪の感情を向けられる。そのような困難に何度も遭い、奮闘しながらも、自分の作品の重要性を決して見失うことがなかった。そんな彼女に感動したと、私はシカゴに伝えた。すると、彼女はいつものドライな口調で、それは単に彼女が現実的だったからだと答えた。「私は女性アーティストの作品が歴史上どう扱われてきたかを知っているから」と彼女は言った。「多くの女性アーティストたちは、すべてが変わったと信じているようだけど、私はそんなことは信じない。私が以前パリにいたとき、エリザベート=ルイーズ・ヴィジェ=ルブランの展覧会があったんだけど、彼女のことは知っている?」。
私はその人を知らなかった。シカゴによれば、ヴィジェ=ルブランは18世紀フランスの宮廷画家で、磨き抜かれた技術の持ち主だった。マリー・アントワネットも彼女のパトロンだった。「彼女は、当時までに生きたどの女性芸術家よりも、多くの作品を生み出した。そして彼女の死後200年近くたった2015年に、パリのグラン・パレで回顧展が開催されるまで、彼女の作品のカタログすら存在しない状態だった」。彼女は私を真剣に見つめた。「私の目標のひとつは、私の作品が失われないように管理すること。誰かが全部面倒を見て残してくれるなんて、思ってもいないから」。自分の偉業は自分で責任をもって守る必要があるのだ。

 私たちは彼女の自宅の1階にある3つのスタジオのうちのひとつに足を踏み入れた。そこはガラスと陶器に描かれた絵画作品のための部屋だ。彼女は最新作のシリーズ≪終末(The End)≫の37枚の絵を見せてくれた。それは、黒ガラスと陶器に描かれた作品とふたつの銅のレリーフで構成され、彼女自身の死と、地球という惑星の死について掘り下げたものだ。パネルには、13枚のセルフポートレイトが描かれ、彼女がそれぞれ違った状況で死を迎えている。苦痛を伴うものもあれば、平和に死んでいく絵もあり、ウッドマンが彼女の脇で見守っている1枚もあった。黒いガラスに色をつけるのは、かなり難しい。非常に高い温度で、何度も火で吹きつけなければならない。その作業のかいあって、色の透明度は見事だ。この作品はまるでフォークソングのように心に残り、簡単に忘れることができない。

 私は、キュレーターでありギャラリーのオーナーでもあるジェフリー・ダイチと、シカゴが人々からよく誤解されがちな点について話したの思い出した。「1960年代から70年代にかけて、彼女が作った作品の素晴らしい歴史を見たことがない人々は、彼女を偉大なアーティストだとは認識しないんだ。≪ディナー・パーティー≫はとてつもなく知的な構造をもつ作品だが、何よりも見る人にわかりやすいことを狙って作られているから」と彼は私に言った。そしてそこが、彼女の人生と作品が集約していく焦点なのだ。彼女は扱うのが難しい素材を使いこなし、主要なテーマがもつ知的な歴史背景に浸り、力強い感情を引き出すために自らの内面を裸にする。その結果、出来上がった作品は、シンプルで、誰もが簡単に理解することができる。逆説的だが、このシンプルさが、彼女の驚異的な才能の最適な表現方法なのだろう。彼女は、すべての人に自分のアートを見てほしいし、理解してほしいのだ。そうすれば、彼らや世界を変えることができるかもしれないから。

 そして、その変化はもう現実に起きている。シカゴの印ともいえるものを見分ける訓練をすると、その印は世の中のあちこちにあるし、ほかのものと間違えようがない。ペトラ・コリンズのた“だいま生理中” Tシャツにもそれはあるし、間もなくロサンゼルスのサンセット大通りに展示されるゾーイ・バックマンのインスタレーションにも見られる。それは、ネオンチューブで作った巨大な子宮が、ふたつのボクシンググローブから生えたように吊り下がっている作品だ。さらに、トランプ大統領の当選に反対して人々が被った、ピンク色の「プッシーハット」にも。これらの作品のイメージは、明らかに象徴的で、政治的にも身体的にもあからさまに攻撃的だ。公衆の面前で、性差別への反発と異議申し立てを余儀なくさせる、という点で、どれもシカゴの想像力の派生形なのだ。

 ともに時間を過ごすうちに、私は彼女に何度か違った聞き方で、誰が彼女の意思を継ぐ人であり仲間なのかを聞いてみた。もし《ディナー・パーティー》の中に、彼女の名が書かれた席があったとしたら、誰がその隣に座るのか? だが彼女は質問に答えなかった。彼女は現状に満足できるタイプでは決してないのだ。「いい? 私がその誰かに興味をもつ前に、まず彼らに長いしっかりとしたキャリアがないとね。だって、本当の芸術は、そこから生まれ出てくるものだから」。「成功してやる」という夢や、ほとばしる若さにまかせた新規性や、批評家の絶賛などに関係なく、置かれた状況がどうであろうと、アートを作り続ける粘り強さ。彼女は言う。「それこそが、私が憧れてやまないものだから」

 

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