スノーデン事件が象徴するように、我々は監視社会を生きている。その実態を鋭く、大胆に描き出すのがアーティスト、トレヴァー・パグレンだ

BY MEGAN O’GRADY, PORTRAIT BY JANINA WICK, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 パグレンは今、かつて経験したことがないほど過激なプロジェクトに取り組んでいる。彼は人工衛星を宇宙に飛ばす計画をしているのだ。光を反射するなめらかなポリエステル製で、中に空気を注入するタイプの衛星を低い軌道に乗せると、8週間ほどのあいだ、夜間に地球から観測することができる。大気圏に突入する際には、文字どおりダイヤモンドのようにキラキラと光り輝くはずだ。もしすべてが計画どおりにいけば、これは世界初の宇宙に浮かぶ彫刻であり、現代アートの世界でも前例のない快挙となる。

「軌道上の反射体」とパグレンが呼ぶこのプロジェクトは、一見するとおよそロマンティックで、わざとらしいほど無謀だ。衛星に科学的目的はなく、カメラすら装備されていない。だが厳しい目で検証してみると、この衛星は、このアーティストがこれまで追究してきた芸術と科学技術、そしてそのふたつを時代から切り離すことはできないという命題の集大成であり、そのすべてを注意深く形にしたものだということがわかる。「そもそもこのプロジェクトは、われわれがイメージする宇宙飛行というのは、実際に行われているのとは正反対なものではないのか、という仮説から始まったんだ」と、パグレンは芸術家向けの会員制クラブ「ソーホーハウス」でランチを食べながら説明した。テーブルからは、ベルリンのテレビ塔が見える。この塔にはアイコンともいえる丸いドームがくっついていて、それは地球から最初に打ち上げられた人工衛星スプートニクを連想させた。

アメリカ人の考えでは、宇宙は新天地だ。「われわれは、月に行って月面に星条旗を立てることを空想し、小惑星を探査することを想像する。火星に行ったら植民地をつくることを夢想するんだ。そんな領土拡大の思考は、自己破滅につながると私は思う。とくに今、われわれと地球上の生態系の結びつきがかなりもろくなっていることを考えるとね。領土拡大の思考では、地球を消費しきったらほかの惑星に移住すればいいと思えてしまうから」。億万長者の起業家たちは火星を植民地化することを夢見ているかもしれないが、実際には宇宙は私たちを救ってはくれないし、宇宙人たちも、私たちが今までしてきたことに目をつぶってはくれない。「われわれは、宇宙はなぜか大いなる利他主義的な存在だと期待している。まるで宗教を信じるみたいにね。宇宙を考えるとき、人はこんな奇妙な思考に取り憑かれてしまう。だからこそ宇宙は面白い場所なわけだけど」

画像: カザフスタンから発射される ロケット、ソユーズの写真。2012年、パグレンはこのロケットによって宇宙に打ち上げられた通信人工衛星に、「最後の写真」と題した一連の作品を搭載した TREVOR PAGLEN, ‘‘THE LAST PICTURES’’ 2012, SOYUZ FG ROCKET LAUNCH, BAIKONUR COSMODROME, KAZAKHSTAN. COURTESY THE ARTIST AND METRO PICTURES, NEW YORK

カザフスタンから発射される ロケット、ソユーズの写真。2012年、パグレンはこのロケットによって宇宙に打ち上げられた通信人工衛星に、「最後の写真」と題した一連の作品を搭載した

TREVOR PAGLEN, ‘‘THE LAST PICTURES’’
2012, SOYUZ FG ROCKET LAUNCH, BAIKONUR COSMODROME, KAZAKHSTAN.
COURTESY THE ARTIST AND METRO PICTURES, NEW YORK

 軌道上の反射体は、現代アートと宇宙探索のあいだに類似点があることを明確に浮き彫りにする。どちらも、こうであったらいいのにという純粋な理想形であり、具体的な現実味は薄い。人工衛星はキューブサットと呼ばれる5kgの重さの小さな箱で、この箱から、空気が注入できる長さ約30メートルのエアバッグのようなものが飛び出すようになっている。商業上や軍事上の目的はいっさいないが、打ち上げが成功するかどうかは、パグレンが過去10年以上にわたって批評してきた権力組織の力にかかっている。

航空宇宙事業を請け負うグローバル・ウェスタンという企業が製造したこの衛星は、おそらくは政府の軍事監視用衛星とともに、カリフォルニア州のヴァンデンバーグ米空軍基地から低軌道上に向けて発射されるスペースX社(アメリカの宇宙ロケット製造・打ち上げ事業サービス企業)のロケットに搭載される予定なのだ。このプロジェクトは、ほかのいかなる方法でも実現できないということを自ら体現している。つまり、民間人が宇宙飛行できるようになったと話題にはなっても、その実現は完全に軍事施設頼みなのだ。

 プロジェクトを運営するのはジア・オブーディヤットという元エンジニアで、彼は以前、サンフランシスコにあるスペースシステムズ/ロラール社で通信衛星事業の責任者を務めていた。彼がパグレンに最初に出会ったのは2011年、パグレンがタイムカプセルの作品を作っていたときだ。オブーディヤットはディスクが搭載される衛星の製造を監督し、プロジェクトを公に支援した。パグレンが彼に軌道上の反射体の話をもちかけると、オブーディヤットはすぐにこの計画に秘められた叙情性を理解した。「金持ちじゃなくても、背が高くなくても、この衛星を見ることはできる」と彼は言う。「アメリカ人でなくてもいいんだ。地球上のどこの誰でも平等に、人類に希望を与えてくれるものを見る機会があるってわけさ」

 パグレンのプロジェクト・パートナーは、リノにあるネバダ美術館のアート+環境センターで、130万ドル以上もの費用をまかなうための募金を受け付けている。このセンターのコレクションには、砂漠や平原に作品を構築するランドアートの巨匠、ウォルター・デ・マリアやマイケル・ハイザーらによる作品も多数含まれている。軌道上の反射体によって、パグレンは、自己の存在をはるかに超えた作品を創造するために、自然の法則や実用性に公然と逆らったこれらの芸術家の系譜に連なるひとりとなった(ともかく今のところは)。

「これは危険な計画だ。ロケットは爆発することもあるし、キューブサットが開かずに失敗することもある」とネバダ美術館のエグゼクティブ・ディレクター、デイビッド・ウォーカーは言う。「しかしワクワクするよ。宇宙空間が、何かをなし遂げようという人類の強い願望を映す究極の鏡になるんだから」。軌道上の反射体は、ランドアートの流れにおいては避けがたい終止符のようなものだ。パグレンの作品は、ハイザーの作品のように最初は砂漠でつくられたが、やがて地球から完全に出ていくだろう。

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