スノーデン事件が象徴するように、我々は監視社会を生きている。その実態を鋭く、大胆に描き出すのがアーティスト、トレヴァー・パグレンだ

BY MEGAN O’GRADY, PORTRAIT BY JANINA WICK, TRANSLATED BY MIHO NAGANO

 パグレンがベルリンに移住したのには、経済的理由もあった。「人も雇いたかったし、サンセットパークのスタジオに1カ月に1万ドルも払うのは嫌だったんだ」。結局、若い外国人のアーティストたちや、ウィキリークスに情報提供していそうなタイプの若者が集まる市街地に家を見つけることができたらしい。あるベトナム料理店で彼が鉢合わせしたのは、どう見ても17歳にしか見えないハクティビスト(政治的・社会的目的でハッキングを行う活動家)だった。「こいつらは肝がすわってるよ」と、パグレンは彼に挨拶したあとでつぶやいた。「彼はFBI(連邦捜査局)の情報が漏れる場所を完全に押さえている。たぶん、私もこんなこと言っちゃまずいんだろうな」

 パグレンは自身を反政府主義者だとは思っていない。「自分は良くも悪くもアメリカ人だ。いろんな矛盾の中で生まれ育った存在だよ」。だが、彼の作品のテーマは、子ども時代を軍の基地で過ごしたことと決して切り離せない。彼の父は米空軍の眼科医で、母は米国聖公会の最初の女性牧師のひとりだ。小学校3年生のとき、サンフランシスコのベイエリアに住んでいたパグレンは、学校をサボってカリフォルニア州立大学バークレー校の恐竜の講義に潜り込み、大目玉をくらった。それは彼がのちに博士号取得のために学んだのと同じ講堂だった。12歳のとき、家族がドイツのヴィースバーデンに移住し、彼はドイツ人が通う近くの村の学校で2年間を過ごしたが、外国人であることで仲間はずれにされた。「特権を享受できない立場になって初めて、人は特権とは何かに突然気づくんだよね」と彼は言う。

 パグレン作品の中でもぐっと風刺色が濃い現在のテーマは、軍カルチャーの象徴主義と専門用語に内包される子どもじみた男性優位主義だ。彼はそれを、「秘密と暴力に満ちたこの世界の統合された潜在意識だ」と表現する。ある午後、パグレンのスタジオの管理と、その外部プロジェクトの運営を手伝っているハンナ・マテスが、秋の展覧会のために制作している彫刻についてパグレンに相談していた。

 それはパグレンのスタジオにある小さなトロフィに着想を得た巨大なドラゴンだ。そのトロフィは、パグレンによれば、米空軍のサイバー防衛専門組織である「ネットワーク戦闘飛行中隊315ユニット」を引退したメンバーに与えられるものだという。パグレン版のドラゴンは約3.6メートルもの高さになる彫刻で、サイバー時代向けの中世の甲冑のようなものが、フェティッシュなまでに細かく彫り込まれている。パグレンとマテスは、細部を忠実に再現するには4つの部分に分けて3D印刷で模型を作り、その後軽く磨いて余計なものを取り除くべきだという結論に達した。さらに考慮しなければならないのは、その重量だ。銅で固められたドラゴンは、完成すれば2トンの重さになる。クレーン車が必要だなと言うパグレンを見つめて、マテスは言った。「展覧会用には、いっそハリボテに色を塗ったらどうでしょう」

 ドラゴンは、2018年のスミソニアン博物館の展覧会で展示する予定だ。今年行われるメトロピクチャーズの展覧会には、さまざまな人工知能技術を駆使したパグレンの現在制作中の作品が展示される。それは、見る人を『不思議の国のアリス』のうさぎ穴のようなイメージの迷宮に誘い込む。1990年代初頭、軍用の顔認識ソフトウェアを改良するために初めて人類が開発した「魅力的に見える」写真から、コンピューターが「目に見えないもの」をイメージしようとして描く幻覚といったものまで─言ってみれば、私たちが外界を理解しようとしてフェイスブックに画像をアップするのも、それと同じ幻覚なのだが。「これは、人工知能の脳にサメがどう見えているかを表現したものだ」。

スタジオに戻ったパグレンは、抽象表現主義の画家が描いたような、怪しく美しい青色と灰色の帯状の色彩を見つめながら言う。それは、コンピューターが水中にいるサメの何千枚もの画像を組み合わせたものだ。こうした展示を見ると、潜在的にバイアスが刷り込まれている可能性があるにせよ、人工知能のアルゴリズムはいったいどこまで私たちの現実を支配するようになるのかという重要な疑問が湧いてくる。彼の作品は視覚的にも美しく挑発的だ。著名人の画像からイメージを抽出した「男」というタイトルの作品は、どこかフランシス・ベーコンの肖像画を思わせる。「虹」という作品は、宇宙のように見える虹をいくつも組み合わせたもので、ダリ的な夢の情景のようだ。「まるで美術史を学び直しているような気がするよ」とパグレンは言う。

 人工知能から宇宙征服に至るまで、私たちの未来を形作るものを自分の目と身体で徹底的に検証してきたこのアーティストは、今という時代にどうやって意味のある答えを出すのだろうか? いずれ歴史が判断を下すにせよ、現在の政治論議を見るかぎり、この時代は迫り来る危機に晒されているようにしか見えないのだが。「それは私にとっても根源的な疑問だ」とパグレンは言う。「人間がこの世界でつくるものは、社会的、政治的、そして環境的な側面から独立して存在することはあり得ないからね」。芸術が想像力を刺激すること、私たちが見たくないものを直視させる力をもつことを、彼はまだあきらめていない。軌道上の反射体は、「美しく、また自己矛盾をはらんだものを創造するためにあえて手を汚し、常識を疑ってみる」機会を与えてくれた、と彼は言う。それはたとえるなら、天文学者のカール・セーガンが、きたるべき残酷な新世紀に備えるために、ダダイズム(第一次大戦中の1910年代に起こった虚無的な芸術思想)を学ぶようなものだ。

 私たちが話しているうちに、ベルリンの空が闇に包まれ、一番星がキラキラと明滅しながら現れた。「私にとって、外に出かけて星を眺め、スパイ衛星の撮影をしようとするのはすごくロマンティックなことなんだ」とパグレンは言う。「究極的には、空を見上げて、自分が歴史の中でどんな位置にあるのかを理解しようとしているということに尽きる。人間は何万年もそれを繰り返してきた。僕がやっていることもそのひとつにすぎないよ。もしわれわれがこれまでしてきた仕打ちに対して反撃してこない空があったらって、思わないかい?」

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