画家・横尾忠則の創作の秘密をひもとくべく、対話に臨んだのはプライベートでも親交のある小説家・平野啓一郎。「平野さんは聞き上手なんですよ」との言葉どおり、横尾自身も意識していなかったその思考過程が、平野によって明らかにされてゆく

PHOTOGRAPHS BY SAKIKO NOMURA, EDITED BY NAOKO AONO

画像: 画集『カルティエ そこに集いし者』 (国書刊行会)に収録された、 映画監督デヴィッド・ リンチの肖像。先に 制作したリンチの肖像の上に重ねて描いた。 「プロセスを見せるようなもの」と横尾は言う David Lynch Artist and Filmmaker United States of America 2018, Acrylic on canvas

画集『カルティエ そこに集いし者』 (国書刊行会)に収録された、 映画監督デヴィッド・ リンチの肖像。先に 制作したリンチの肖像の上に重ねて描いた。 「プロセスを見せるようなもの」と横尾は言う
David Lynch Artist and Filmmaker United States of America 2018, Acrylic on canvas

―― 横尾さんの画集『カルティエ そこに集いし者』には100人以上の肖像画が収録されています。

横尾 この中で最初に描いたのはデヴィッド・リンチなんです。腱鞘炎(けんしょうえん)を患って右手が使えなかったから、左手で描きました。これから100枚以上、左手で描かないといけないのか、困ったなあと思った。でも左手のほうが、技術を必要としないから速く描けるんです。次の絵のときには右手が治ってしまったけど、左手でも10枚も描くと慣れて、右手とそんなに変わらなくなってくるんじゃないかな。

平野 左手で描いたとは、全然わかりませんでした。この中には横尾さんがよく知っている人と、個人的には知らない人とがいると思うんですが、描くときに違いはありますか。

横尾 知っている人は描きにくい。その人が見たときに気に入ってもらいたいという妙な自意識が出てきて、それが邪魔になる。このシリーズは、描くときの情報がカルティエから送られてくる写真1枚だけなんですよ。その写真をずっと眺めているうちに描き方が決まってくる。

画像: 荒木経惟の肖像。「この絵は描いたり消したりしている」と横尾 Nobuyoshi Araki Photographer, Japan February 10th, 2014 Acrylic on canvas

荒木経惟の肖像。「この絵は描いたり消したりしている」と横尾
Nobuyoshi Araki Photographer, Japan February 10th, 2014 Acrylic on canvas

画像: ミュージシャンで詩人のパティ・スミス。この赤い髪に象徴されるように、横尾は人物像を直観で感じ取り表現する Patti Smith Artist and Musician United States of America 2014, Acrylic on canvas

ミュージシャンで詩人のパティ・スミス。この赤い髪に象徴されるように、横尾は人物像を直観で感じ取り表現する
Patti Smith Artist and Musician United States of America 2014, Acrylic on canvas

平野 デヴィッド・リンチを3枚描いているのはなぜですか。

横尾 1枚目は左手で描いて、2枚目は写真を見て描いたんです。その最中にリンチのドキュメンタリーを見に行ったら、2枚とも違うな、と思った。それで2枚目の上に重ねて3枚目の絵を描いたんです。だからこの本に載ってる2枚目のリンチの絵は、実際はもう存在しない。

平野 対象の人物のことはいろいろ調べるんですか。

横尾 きりがないのでしません。写真から得られる直観だけで描いています。

―― 平野さんがショパンなど実在の人物を書く場合と、フィクショナルな登場人物の場合とでは人物造形は違いますか。

平野 フィクションなら自分が思ったとおりに人が動くけれど、実在の人物では伝記や手紙が残っていて、僕だったらこうすると思っても実際は違うことがある。それはなぜだろう、と考えるのが面白いんです。肖像画でもレンブラントが描く老女などは、そのときの気分が表情として顔に現れたものなのか、その人の人生そのものが現れているのかを考えさせられる。うまい肖像画にはその両方が感じ取れます。小説で人物を表現するときも、同じようなことを考えますね。

横尾 レンブラントはほかの人物に変装した自画像を描くことがありますね。自画像を通じて自分を普遍化させていく。最初は自我意識を自分に植えつけていい。そこからどんどん離れて個人から個になっていく。これはひとつの修行だと思うんですが、僕はレンブラントの自画像を見るといつもそんなことを考えます。

絵画と文学をめぐる考察はどこまでも広がってゆき、取材終了後もふたりの対話は尽きることがなかった。

画像: 作品が所狭しと並ぶアトリエ。アンディ・ウォーホルのポートレートや、横尾が子どもの頃に観た映画や戦争の記憶をもとにした新作が見える。これらは7月6日まで開催中の個展『B29と原郷─幼年期から ウォーホールまで』に出品されている

作品が所狭しと並ぶアトリエ。アンディ・ウォーホルのポートレートや、横尾が子どもの頃に観た映画や戦争の記憶をもとにした新作が見える。これらは7月6日まで開催中の個展『B29と原郷─幼年期から ウォーホールまで』に出品されている

横尾忠則(TADANORI YOKOO)
1936年兵庫県生まれ。世界各国の美術館で個展を開催し、2011年度朝日賞、2015年第27回高松宮殿下記念世界文化賞受賞。台東区谷中のスカイザバスハウスにて個展「B29と原郷 -幼年期からウォーホールまで」(7月6日まで)、神戸市灘区の横尾忠則現代美術館にて「人食いザメと金髪美女─笑う横尾忠則展」(8月25日まで)を開催中

平野啓一郎(KEIICHIRO HIRANO)
1975年愛知県生まれ。1999年『日蝕』で第120回芥川賞受賞。美術、音楽にも造詣が深く、展覧会の企画も行なう。最新小説『ある男』(文藝春秋)で第70回読売文学賞受賞。ベストセラーとなった『マチネの終わりに』は2019年11月映画公開予定

『B29と原郷 ― 幼年期からウォーホールまで』
会期:〜7月6日(土)
会場:スカイザバスハウス
住所:東京都台東区谷中6-1-23
開廊時間:12:00〜18:00
休廊日:日曜、月曜、祝日
電話:03(3821)1144
公式サイト

『人食いザメと金髪美女 ― 笑う横尾忠則展』
会期:〜8月25日(日)
会場:横尾忠則現代美術館
住所:兵庫県神戸市灘区原田通3-8-30
開館時間:12:00〜18:00(金、土曜は〜20:00)※入場は閉館の30分前まで
休館日:月曜(祝日の場合は翌日)
入館料:一般 ¥700、大学生 ¥500、70歳以上 ¥300、高校生以下無料
電話:078(855)5607
公式サイト

 

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