BY JUN ISHIDA
京都の街中で行われる国際写真祭、KYOTOGRAPHIE。今年10周年を迎える写真祭が、記念のプログラムの一つとして開催するのが「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」展だ。これはグローバル・ラグジュアリー・グループ、ケリングが行う映画界や写真界を始めとする文化・芸術の世界における女性クリエイターの支援プログラム「ウーマン・イン・モーション」の一環でもある。ケリングは昨年のKYOTOGRAPHIEで、ヨーロッパ写真美術館とコラボレーションし5人のフランス人女性写真家を紹介する展示を行ったが、今回は、KYOTOGRAPHIEの創設者であるルシール・レイボーズと仲西祐介が10周年を記念して企画した、日本の新進女性写真家に着目した同展覧会をサポートした。
「10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭」には3人のキュレーターがいる。レイボーズと仲西、そしてインディペンデント・キュレーターであり写真史家であるポリーヌ・ベルマールだ。「このプログラムを海外に巡回させたいと強く思っているので、海外から日本人女性写真家を見た視点を入れたいと思い、日本の女性写真史に詳しいポリーヌに共同キュレーションをお願いしました」と仲西は言う。
10名の作家は、作風も展示方法も様々だ。そもそもこの展覧会はグループ展ではない。しかし、各作家が女性ならではの困難や、ジェンダー、ダイバーシティ、自然や環境など、社会への強い問題意識を表明しているという点は共通している。仲西とレイボーズは、「昨今、日本人女性写真家たちがそれぞれの社会課題にしっかりと向き合って、写真を通して自分の言葉でメッセージを発していることに注目していた」と述べ、彼女たちのそれぞれの“言葉”に耳を傾け、展示を作り上げることを心がけたと振り返る。
「日本の女性たちは『女性』という言葉で括られて軽視されることに辟易していて、このプロジェクトのミッションはそういう社会的偏見から女性たちを守ることにあったので、その点に最大の注意を払いました。決してグループ展にならないように、あくまでも一人ひとりが独立した10の個展になるように。展示の仕方にも細心の注意を払わなければならず、各アーティストと何度も何度も話し合いを重ね、それぞれの個性が生かされ、できる限り各アーティストが納得いく形をセノグラファー(展示空間デザイナー)の小西啓睦氏と共に模索しました。その結果、10の多様なアーティストの個展がそれぞれの音を奏でながら交わり、より力強いパワーを発する壮大なシンフォニーが生まれました。この色とりどりの才能あふれるソリストたちを心から祝福したいと思います」(仲西、レイボーズ)
作家の選定に参加したポリーヌ・ベルマールは、ニューヨークの国際写真センターやMoMAなどでキュレーターを歴任してきた人物だ。日本の写真界にも造詣が深く、現在日本の女性写真家に関する書籍のプロジェクトにも取り組んでいる。”外”の視点から見ると、日本の女性写真家の特徴、そして状況はどのように映るのか? ベルマールは、海外で活躍する日本の女性写真家の数は少ないとし、
「19世紀から現代に至るまで、写真を通じて、自分の世界観や体験を記録に残してきた女性写真家は数多く存在するはずです。しかし、私たちはそのほとんどを知りません」と述べる。
「日本の女性写真家たちの作品は、自分自身と他者の人生見つめながら、欲望、痛み、肉体、環境、社会進出における葛藤を抱え、日本、そして世界で『女性であること』を表現したものです。一つひとつのストーリーと語り方は、パーソナルかつ親密で、対象の息遣いが聞こえそうなほど近くに私たちを引き寄せるのです。こうした距離感は、私にとって衝撃的でした。そして、日本の写真界に色彩を加えたのは、女性写真家だと思います。白黒の作品も多いのですが、さまざまな作品を集めて見ると、その色彩の豊かさに魅了されます。私たちは、圧倒されるほど素晴らしいストーリーと様式を見ているのです。日本だけでなく、世界中の多くの人々の目に触れ、評価されるべきだと思います」
日本に限らず、世界的に見ても活躍する女性写真家は多いとは言えない。近年、様々な表現の場で、性的格差を是正しようとする試みが起きているが、ベルマールは写真界においてもそうした動きがあることを指摘する。
「この数年、写真界では、表現の場を制限していた格差や盲点を是正しようという動きが見られます。写真史家やキュレーターは、女性写真家たちが写真史において『見えない』存在とされてきたことを認め、その是正に積極的に取り組んできました。実際は、女性写真家は『不在』だったわけではなく、『消去』されてきたのであり、向き合い、是正するべき問題です」
KYOTOGRAPHIEの展示では、新進の作家を中心に構成したベルマール。十人十色、それぞれの作風は異なれど、ベルマールはその中に、脈々と受け継がれる日本の女性写真家の系譜も見出した。
「作品の中で語られるストーリーはすべて、女性写真家の先人たちが表現したテーマを引き継ぎ、オマージュとなるもので、非常に重要です。個々の作品、そして集合体として作品を見ると、ストーリーを伝える力強い声の合唱が響くようで、力がわいてきます。私にとってこのプロジェクトは、社会における写真の重要性、そして写真という分野における表現の重要性を証明するものです」
細倉真弓(MAYUMI HOSOKURA)
デジタルコラージュ作品〈NEW SKIN〉を展示した細倉真弓。細倉が過去に撮影した男性のヌードや雑誌で見つけた男性の身体表現の写真、美術館の男性彫刻の写真、そしてネット上に拡散する男性のセルフィーなどを組み合わせたもので、160cm大の巨大な画面に映し出されたコラージュが機械的な操作で寄ったり引いたりする様子が展示される。ピクセル状に変換された身体は、性別はおろかそれが何を示すものなのかわからなくなり、さまざまな境界線が消失してゆく。
細倉真弓(MAYUMI HOSOKURA)
東京/京都在住。立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業。触覚的な視覚を軸に、身体や性、人と人工物、有機物と無機物など、移り変わっていく境界線を写真と映像で扱う。主な写真集に『NEW SKIN』(MACK、 2020年)。主な個展に「Sen to Me」(Takuro Someya Contemporary Art、 2021年)など。
地蔵ゆかり(YUKARI CHIKURA)
音楽家から写真家に転身した地蔵ゆかり。きっかけとなったのが、東北地方で受け継がれる祭礼をとらえた〈ZAIDO〉シリーズだ。父の死、自身の事故、そして東日本大震災を相次いで経験した地蔵は、夢枕に立った父に導かれるかのように、父が以前訪れた東北の地に向かう。そこで出会ったのが、約1300年の歴史をもつ祭礼「祭堂」だった。厳しい精進潔斎を経て「祭堂」にのぞむ村人たちの姿を通して、様々な困難に出会っても乗り越えようとする人間の力が静かに表現される。
地蔵ゆかり(YUKARI CHIKURA)
東京都生まれ。⾳楽⼤学を卒業後、作曲家、編曲家、プログラマーとして活動。 STEIDL BOOK AWARDを受賞し、2020年に『ZAIDO』がSTEIDL社より出版。主な受賞歴に「IPA International Photography Awards 2020: Book/Other (1位)」など。ヒューストン美術館、グリフィン美術館、フランス国⽴図書館に作品が収蔵。
鈴木麻弓(MAYUMI SUZUKI)
東日本大震災で両親を亡くした鈴木麻弓。父親の遺品となったカメラレンズで地域の人々の姿を写したシリーズが、彼女が写真家として歩み出すきっかけとなった。今回は新作〈HOJO(豊穣)〉シリーズを展示。不妊治療を受けていた自身の身体を撮影した写真や検査でのソノグラムを、市場で見つけた変わった形の野菜の写真と対比しながら展示した。モノクロームで写し出された身体や野菜の姿は美しく、差し込まれる赤の色が静の世界に生命のエネルギーを注ぎ込む。
鈴木麻弓(MAYUMI SUZUKI)
1977年宮城県生まれ。写真館を営む家庭で育ち、日本大学芸術学部写真学科で写真を学ぶ。東日本大震災で両親が行方不明となり、それ以降、地域の人々の前に進む姿を記録し続けた『The Restoration Will』(2017年)で、Photobooxグランプリ受賞(イタリア)。主な展示に「あしたのひかり 日本の新進作家 vol.17」(東京都写真美術館、2020年)など。
岩根愛(AI IWANE)
コロナ禍でライトアップが中止になり、人影が少ない東北の桜の名所を訪れているうちに、「自然と獣、人間の境界が曖昧になった」という岩根愛。〈A NEW RIVER〉は、桜の時期に行われる祭りに参加を予定していた地域の伝統芸能の人々と協力し制作。岩根が撮影した、夜、人気のない桜の木の下で鬼が舞い踊る姿は、「自然の災害を司るものである鬼」と共存し生きてきた日本人の自然観も表す。
岩根愛(AI IWANE)
東京都出身。1991年単身渡米し、オフグリッド、自給自足の暮らしの中で学ぶ。帰国後、写真家として活動を始める。ハワイ移民を通じた福島とハワイの関わりをテーマに、『KIPUKA』(青幻舎、2018年)を刊行。第44回木村伊兵衛写真賞、第44回伊奈信男賞受賞。最新作品集に『A NEW RIVER』(bookshop M、2020年)。
殿村任香(HIDEKA TONOMURA)
写真を通じて、親密な人間関係やセクシュアリティを表現する殿村任香。〈焦がれ死に die of love〉は、命を捧げるかのような写真に対する激しい愛が表現される。KYOTOGRAPHIEでは、癌と闘う女性たちを賛美したポートレイトプロジェクト〈SHINGING WOMAN PROJECT〉も別会場(Sfera) で展示。このシリーズの撮影以降、殿村の写真への向き合い方は「生きるために作品を撮る」から「撮るために生きる」へと変化した。
殿村任香(HIDEKA TONOMURA)
1979年生まれ。大阪ビジュアルアーツ放送・映像学科卒業。2008年、自身の家族の日常を赤裸々に撮った『母恋 ハハ・ラブ』(赤々舎)を発表。2020年に「SHINING WOMAN #cancerbeauty」(Zen Foto Gallery)をより刊行。2022年3月、パリのヨーロッパ写真美術館で開催するグループ展「Love Songs」に参加。
吉田多麻希(TAMAKI YOSHIDA)
都市の街並みと、排出される生活排水を写した写真を対比し展示した吉田多麻希。両方ともプリントは、洗剤など生活排水に流れ込む薬品を混ぜて現像されている。この現像方法に取り組むきっかけとなったのは、吉田が北海道を訪れ、現地の自然や動物を撮影した時のこと。現像作業でのミスが化学反応によって侵食されるイメージを生み出し、人間と自然の関係性をテーマとした作品を制作することとなった。
吉田多麻希(TAMAKI YOSHIDA)
2018年より作品制作をスタート。サーモグラフィーカメラを使用して生物の息吹を可視化させる作品の制作に着手し、同作品で2019年「キヤノン写真新世紀」優秀賞受賞。2021年、〈Negative Ecology〉 で「KG+ SELECT」グランプリ受賞。※吉田の吉は旧字体が正式
稲岡亜里子(ARIKO INAOKA)
2002年から8年間にわたり、アイスランドで出会った双子の姉妹を撮影した稲岡亜里子。〈Eagle and Raven〉の名は、姉妹の名前の英語の意味でもある。同じ夢を見るなど、不思議なほど共有しあう姉妹の姿に、日本のタオイズムやアニミズムに通じるものを見出した稲岡は、自身のルーツである京都の文化ヘと立ち返る。神話的なアイスランドの自然の風景が、神々が宿る京都の景色へとつながってゆく。
稲岡亜里子(ARIKO INAOKA)
京都府生まれ。写真家、本家尾張屋十六代当主。17歳で渡米、高校で写真と出合い、ニューヨークのパーソンズ美術大学の写真科へ進学。最新の写真集はアイスランドで出会った双子の姉妹を撮影した2冊目の写真集『Eagle and Raven』(赤々舎、2020年)を発表。11月にはアイスランドで2ヵ月に及ぶ大きな個展を予定している。
林典子(NORIKO HAYASHI)
フォトジャーナリストの林典子は、約10年ほど追い続けている北朝鮮に暮らす日本人妻をテーマにした展示〈sawasawato〉を発表。1959年から84年にかけて行われた北朝鮮の「帰国事業」の際に、在日朝鮮人と結婚した約1,800人の日本人妻も北朝鮮に渡った。林は、現地で出会った日本人妻のポートレイトや風景を撮影し、彼女たちの思い出の地である日本の風景や若かりし日の写真とともに展示した。
林典子(NORIKO HAYASHI)
神奈川県生まれ。大学時代に西アフリカのガンビア共和国を訪れ、地元新聞社で写真を撮り始める。イギリスのフォトエージェンシーPanos Picture所属。2019年に出版し韓国でも翻訳版を刊行した『フォト・ドキュメンタリー 朝鮮に渡った「日本人妻」─60年の記憶』(岩波書店)でNPPA全米報道写真家協会賞1位などを受賞。
岡部桃(MOMO OKABE)
「私の写真のベースにあるのは日本の私小説」という岡部桃は、人工授精を経て出産した自身のポートレイトや友人たちの姿を6年にわたり撮影した写真を〈イルマタル〉として発表。シリーズの名前は、フィンランドの神話に登場する大気の娘で処女受胎する女神の名から取られている。ネオンのような色彩で映し出される写真の多くは、マイノリティとされる人々が愛する人とともにいる姿。「今を生きる全ての人々の叙事詩を編集したい」という思いから制作したという。
岡部桃(MOMO OKABE)
日本大学芸術学部卒業。主な受賞歴に「写真新世紀優秀賞受賞(荒木経惟選)」(東京、1999年)、FOAM's Paul Huf award(オランダ 、2015年)KASSEL PHOTOBOOK AWARD入選(ドイツ、 2014年)などがある。最新の写真集に『イルマタル』(まんだらけ 、2020年)。メトロポリタン美術館、ニューヨーク公立図書館、ピア24に作品が所蔵。
清水はるみ(HARUMI SHIMIZU)
植物図鑑の写真のように、一定の規則のもとに撮影された清水はるみの〈mutation/creation〉。人工的に生み出されたり、突然変異によって生まれた動植物が、カラフルな背景のもと、人間の身体の一部とともに撮影されている。奇妙なものに対する人間の好奇心やそこに見出される美に興味を抱く清水は、人間の介入なくしては失われてしまうものの姿を「記録として残すこと」を目的に撮影し続けている。
清水はるみ(HARUMI SHIMIZU)
1989年生まれ。東京都在住。スタジオアシスタントと書店での写真集担当を経てフリーランスに。主な個展に「The Plants in the Voynich Manuscript」(IMAgallery、2019年)、グループ展に「LUMIXMEETS BEYOND 2020 by Japanese Photographers #4」(アムステルダム、パリ、東京、2016年)など。