BY KANAE HASEGAWA
ガブリエル・シャネルの時代から、シャネルをはじめとするメゾンのものづくりを支えてきたメゾンダール(芸術的工房)の職人たちが、約30名の日本の職人たちやフランスのアーティストとの共作に取り組んだ。その取り組みを紹介する展覧会「la Galerie du 19M Tokyo」が東京・六本木の東京シティビュー&森アーツセンターで開催されている。その見どころをシャネルSASプレジデントおよび le19Mプレジデントであるブルーノ・パブロフスキー氏の談話とともにお届けする。

BRUNO PAVLOVSKY(ブルーノ・パブロフスキー)
シャネル SASプレジデントおよび le19Mプレジデント、。フランス生まれ。2004年よりファッション部門プレジデントを務める。18年よりシャネルSASプレジデント、21年より le19Mプレジデント、を兼任
COURTESY OF CHANEL
ファッションビジネスにおいて、生産を外注する傾向が強まる中、シャネルは1985年から生地や刺繍、帽子、靴、ボタン、アクセサリーなどを制作するメゾンダール(工房)を傘下に入れはじめ、生産を自社内で行ってきた。中には1853年創立の工房もある。こうした取り組みについてブルーノ・パブロフスキー氏は次のように話す。
「手仕事を取り巻く環境が厳しい中、それぞれのメゾンダールが代々伝承されてきた技を守りつつ、進化を続けることで、その時々の時代にあったものづくりができる仕事環境を作るためです」
そうしたメゾンダールは、シャネルの傘下にありつつも、シャネル以外のクライアントとの仕事に積極的に取り組むことを勧められている。
「様々なクライアントの仕事をすることで、職人たちが絶えず挑戦し、新たな発想を生むことを期待しているのです」。
今では、そうしてシャネルが傘下に入れてきた工房やファクトリーの数は約60に上る。その中で、ツイードや刺繍、羽根細工など、11の工房が、シャネルが2021年にパリ北東部に設立した複合文化施設 le19Mという一つの屋根の下に集まり、工房間での対話やコラボレーションが進められてきた。le19Mの名称は所在地であるパリの19区とガブリエル・シャネルの誕生日の19、そしてMode, Mains, Maison, Manufactures, Métiers d’art の頭文字Mに由来する。

展覧会の最初のセクション、le Festival。職人の仕事場を垣間見るような斬新な展示は、来場者の心を躍らせるに違いない
Copyright CHANEL
その le19M に入る工房の豊かさと技術の多様さに存分に触れることのできる展覧会が「la Galerie du 19M Tokyo」。展覧会は3部構成。最初のセクション le Festival では、le19Mの11の工房のそれぞれの専門技術を紹介し、クラフトの豊かさと、その幅の広さを、没入感ある空間を通して伝えている。帽子の木型や道具、プリーツの型紙、刺繍のパーツなど、各工房を象徴するオブジェが天から降ってきたように天井から吊るされ、その下にそれぞれ工房の職人の仕事場で日々使われている道具や作りかけのサンプルが置かれたセッティングだ。天から下りてきたマテリアルや道具が工房の仕事場に着地し、職人たちのアイデアや手仕事で芸術的な完成品へと変容していくようだ。工房のひとつ、現代的で斬新なデザインの刺繍を手がけるアトリエ モンテックスの作業台には刺繍でできた日本の達磨やこけしなど、刺繍の概念を広げるオブジェも展示されている。
展覧会の見どころは、2部のBeyond Our Horizonsのセクションだろう。ここではシャネルとle19Mとともに、日本とフランスのクラフツマンシップ、そしてその背景にある文化や思想への深い理解を持つ5人のエディトリアル コミッティと呼ばれるスペシャリストたちがキュレーションを手がけた、le19Mの工房と日本とフランスのアーティスト、職人たちとの共作による唯一無二の作品を紹介している。会場は、多くの職人たちがともに仕事をするクリエイティブヴィレッジ “集落” をイメージして構成された。
ここにシャネルのファッションは出てこない。le19Mとアーティスト、職人たちとのコラボレーションはファッションの枠を超え、新たな地平線を切り開くものということを意識させる。来場者が最初に通る通路(le Passage)では、le19Mの帽子のメゾン ミッシェルと、京提灯の小嶋商店がコラボレーション。温かなぬくもりを感じる提灯が来場者を迎える。日仏の職人やクリエイターの名前を掲げた提灯は、一部メゾン ミッシェルの帽子の型を用いて制作した。
沖縄の西表島で40年以上にわたって芭蕉布を織る染色家の石垣昭子と、刺繍とツイードを手がけるルサージュは暖簾を共作した。芭蕉の生育から始まり、芭蕉の皮を剥ぎ、繊維を取り出し、糸をつむぐ芭蕉糸を石垣がルサージュの工房に送ったり、ルサージュから糸や素材を石垣に送るなどの工程を経て、ルサージュによって仕立てられた暖簾が来場者を迎える。沖縄の環境で育ってきた芭蕉糸は乾燥に弱い。石垣も糸づくりの際には水をかけながら撚っていくという。日本と違う乾燥したフランスの環境では糸がすぐに切れてしまい、織りあげるには多くの工夫が必要だったという。できあがった暖簾をぜひ間近で見てほしい。

38畳の畳の間 “le Rendez-vous” 。弧を描く障子にはオーガンジーの布が張られ、畳の縁にはツイードが張られている
Copyright CHANEL
日仏のコラボレーションは数寄屋建築ともなって現れた。会場では職人たちの仕事場をイメージした町屋の “les Ateliers”、そして来場者の出合いの場、38畳の畳の間 “le Rendez-vous” が、伝統的な数寄屋建築の技法で建てられた。38畳の縁にはルサージュによるツイードが張られている。「日本の伝統的建築の中で布が使われている場所を考えたとき、畳の縁を思いました。畳の縁は家の格式を示すシンボリックな意味があります。そこでシャネルを象徴する要素のツイードを畳の縁に用いたいと考えました」と、会場構成を担当した建築家の橋詰隼弥は言う。また、障子は直線ではなく、弧を描き、その障子には、和紙に代わって、le19Mの刺繍工房のアトリエ モンテックスとルサージュ アンテリユールが刺繍したオーガンジーの布が張られている。装飾のデリュが板戸の引手を手がけ、彫刻家の益田芳樹と金細工のゴッサンスが沓脱台を手がけている。こうしたラディカルな取り組みが、伝統を刷新させ、伝統的な手仕事を未来につなぐきっかけとなる。職人同志、技を磨くというよりも、他者を受け入れ、普段と異なる技法を考え出さなければならない困難を伴ったことなったことだろう。

刺繍のアトリエ モンテックスと焼き物師の18代目永樂善五郎の共作による茶碗は、穴をあけて刺繍を施したもの
Copyright CHANEL
「アトリエ モンテックスと京焼の歴史ある18代目永樂善五郎は、茶碗に穴をあけて、そこに刺繍を施した茶碗の共作をしています。アトリエ モンテックスのアーティスティック ディレクターで本展覧会のエディトリアル コミッティの一員であるアスカ ヤマシタからコラボレーションの話をもらったとき、はじめは消極的だった善五郎さんですが、ヤマシタが思い描いている刺繍した京焼のプレゼンテーション画像を見せると、その熱意と完成度の高さを受け入れ、共作が実現しました」とパブロフスキー氏は言う。茶器に穴をあけると茶器としての本質的な用途が奪われるにも関わらず…。「物質的な価値ではなく、職人同志が思いを分かち合い、対話をすること。その姿勢が感動的なのです」と続けた。

3つめのセクションでは、刺繍とツイードのルサージュの集大成を目の前で確かめることができる貴重な空間となっている
Copyright CHANEL
展覧会3つ目のセクションは、le 19Mの工房のひとつ、刺繍とツイードのルサージュの世界に浸る展示となっている。1924年に始まり、刺繍と織物の世界において、刺繍を、装飾や後付けではなく、ファッションに組み込まれた存在にしたルサージュ。シャネルのものづくりに欠かせないパートナーになる以前から、イヴ・サンローランをはじめとしたクチュールに欠かせない要素となり、ファッションの歴史にルサージュありと言っても過言ではない。展示では100年に及ぶルサージュの歴史を、工房の再現を通して伝えている。さらに、ファッションだけでなく、インテリアデザイン、そして舞台衣装や歴史的建造物のための刺繍やテキスタイルにも取り込まれたルサージュの仕事の多様さに触れることができる。
東京はシャネルが1978年、国外で最初にファッションショーを開いた土地。そんな絆が生んだ日本とフランスの手仕事の共演をぜひ見てほしい。
CHANEL presents the Galerie du 19M Tokyo, an immersive journey into the heart of the Métiers d’art
www.youtube.com「la Galerie du 19M Tokyo」
会期:2025年9月30日(火)〜10月20日(月)会期中無休
開館時間:10:00〜18:30(最終入館17:30)
※毎週金曜日・土曜日・祝前日は10:00〜19:30(最終入館18:30)
※事前の来場予約が必要。予約は下記の公式サイトから
公式サイトはこちら