最も近代的な都市、ソウルの一角に新たに開発された地区で、続々と復活する韓国の伝統的家屋。そこでは韓国流スローライフが定着しつつある

BY SONJA SWANSON, PHOTOGRAPHS BY JEONGMEE YOON, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 実際に、あまりに急速な自国の経済成長を目のあたりにして人々に戸惑いや不満が広がり、そのためにいっそう、昔ながらのシンプルな生活様式への郷愁がかきたてられたのだろう。今や韓国はほかのどの国よりも高度なデジタル文化が普及している。サムスンやLG電子といった巨大テクノロジー企業を擁し、インターネットの速度は世界最速、スマートフォンの普及率も世界一だ。

しかし、1980年代までの30年間で軍事国家から「ハイテク超大国」へと飛躍的な変貌を遂げるなか、国民のあいだには「いつの間にか韓国独自の文化の多くが失われてしまった」という感傷も広がっていった。そんななか、自分を見つめ直し、韓国人としてのアイデンティティを再確認できる安心感のある場所として韓屋が注目されるようになったのである。それはロマンにあふれた伝統的建築への回帰、すなわちテクノロジーによって堕落する前の汚れなき神話の時代への回帰を意味していた。韓屋の再建は、グローバルによる画一さとは無縁の古き良き時代を訪ねるだけでなく、もしもハイテクノロジーとは別の選択肢をとっていたらーーという、もうひとつのソウルの未来を構築することでもあるのだ。

画像: 軒を連ねて密集する韓屋は、15世紀の建築様式を松材の梁と波型の粘土瓦を使って現代風に改装したもの ほかの写真を見る

軒を連ねて密集する韓屋は、15世紀の建築様式を松材の梁と波型の粘土瓦を使って現代風に改装したもの
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 ソウル市政府は2000年に、韓屋の建設を「自国の伝統文化の保全と推進」という「公共の利益」に資する事業とみなし、補助金の支給を開始した。現在、恩平区に新築される韓屋の建築費20万〜30万ドル(土地代および設計料を除く)のうち、約半額が無利子融資あるいは現金による補助という形で市から支給されている。とはいえ、この補助金にはいくつかの制約が伴う。市当局に提出された設計案は、韓屋開発課から指名された大学教授や研究者、建築家などで構成される審査委員会の承認を得なければならない。新たに建設される韓屋は、具体的な建築上のガイドライン(鉄筋を露出させない。露出した木の柱には礎石を据えること)を遵守(じゅんしゅ)する必要がある。また一方、「自然の地形や歴史的資源との調和を反映した」配置で、「保全的価値をもつ既存の都市の建造物や資源」に配慮した設計であれば、創造的なアレンジは許容される。

 北村韓屋村のような、ソウル中心部にある歴史的地区には、より厳しい規制が課されている。たとえば、「日本的すぎる窓ガラス」(おそらく花柄のエッチングがいけないのだろう)や、赤レンガを組み込んだ外壁は却下される。審査委員会による裁定は、20世紀以前に建てられた広い軒と木の壁が特徴の伝統的韓屋に有利なものだが、恩平の150戸の韓屋に対してはもっと規制がゆるい。

というのも、市当局は恩平韓屋村を、新しいタイプの韓屋建設の実験場と位置づけているからだ。この再開発事業を具体化するため、当局が恩平区のグリーンベルト(開発制限区域)を解除し、周辺の市場や商店街、かつての貧民街の土地がかき集められた。ハニャン質素なコンクリートの住居が建ち並ぶ漢陽住宅団地を取り壊したときには、住民から批判を浴びた。皮肉なことに、この団地は恩平を訪れた北朝鮮の代表団に韓国の近代化を見せつけるため、1970年代に建設されたものだった。

 この住宅団地が取り壊されると、恩平はソウル市内でも数少ない、周囲の山々の景色をさえぎることのない低層階の住宅が並ぶ地区となった。しかも、例外的なことにソウル市は、この周囲の景観や近くの仏教寺院を最もよく引き立てる建物として韓屋を指定したのである。風水の原則では、山を背に、小川を前方に配置する家には良い気が流れるとされている。

今の韓国では風水にこだわる建築家はほとんどいないが、韓屋と自然との関係には風水の考え方が深く浸透している。高層マンションが地上と空の境界を超えることへの人類の挑戦であるなら、韓屋は自然をありのまま謙虚に受け入れようとするものだ。韓屋の屋根が、小高い丘の尾根の一部のような一体感をなしているのもその例だ。「私にとって、韓屋の真価はマダン(中庭)にある」と言うのは、高い評価を得る韓屋建築家の趙鼎九(チョ・ジョング)だ。「マダンは、暮らしの中で土と空と自然に出会える場所だ。アパートではこうはいかない」

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