最も近代的な都市、ソウルの一角に新たに開発された地区で、続々と復活する韓国の伝統的家屋。そこでは韓国流スローライフが定着しつつある

BY SONJA SWANSON, PHOTOGRAPHS BY JEONGMEE YOON, TRANSLATED BY FUJIKO OKAMOTO

 IT企業に勤めていたイ・ビョンチョルは、2014年から建築家のチョ・ジョングとともに韓屋の建築に取り組み始めた。多くの韓屋同様、彼の韓屋にも名前がついている。「ナク・ナク・ホン(Nak Nak Heon)」は音楽、喜び、家を意味する文字を組み合わせた名前で、英語の「ノック、ノック(Knock,Knock)」との語呂合わせでもある。地下にあたるガレージの上に1階部分を載せたイ・ビョンチョルの韓屋は、伝統的な韓屋より約1.5m高い約4.6m。彼に言わせれば「背の高い平屋」だ。

恩平地区のほとんどの韓屋は一部あるいは全体が2階建てだが、それが国内の建築家のあいだで議論を呼んでいる。前出の建築家テンドラーは「韓屋の美しさのひとつは、そのバランスにある」と主張する。「風や雨から建物を守れるよう、骨組みと屋根を理想的な比率にするためには、2階建ての韓屋には巨大な屋根が必要になる。すると屋根が重すぎ、建物がその重みを支えきれなくなってしまうのです」

画像: ソウルの韓屋のほとんどがマダン(中庭)を囲むように配置されている ほかの写真を見る

ソウルの韓屋のほとんどがマダン(中庭)を囲むように配置されている
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 そのテンドラーが設計したイ・ウニョンの韓屋は、恩平韓屋村でも数少ない平屋のひとつだ。最小限の家具だけが置かれた拍子抜けするほど質素な家が、マダンを囲むようにU字型に配置されている。4人家族のイ一家が韓屋に越してきたのは美意識による選択というわけではなく、これまでのライフスタイルから、先祖のしてきたような暮らしに戻りたいと思ったからだ。「この家に来るときは、家族それぞれが月曜から金曜に着る洋服を5着、婚礼用の礼服と喪服を1着ずつ、スポーツウェアを1着、持ってきました」とイ・ウニョン。

37歳の母親である彼女は二人の幼い息子たちにオモチャを買い与えることはない。その代わり、紙とクレヨンを渡すか、マダンで遊ぶようにと表に出す。これも韓屋によってライフスタイルを見直したソウル市民の、ひとつの生き方といえるだろう。一家は韓屋に引っ越すにあたって、必要なものはどれだけあるのかを見極めなければならなかった。

その結果、家とそこに住む人との間の力学が逆転した。つまり、家が住む人に合わせるのではなく、住む人が家に合わせるようになったのだ。そうすることで、一家はこれまでとは違った、ゆったりとした生き方を見つけることができた。いつの日かイ・ウニョンの息子たちも大人になり、自分の家を見つけるだろう。それはガラスと鋼鉄でできた、超高層のモダンなペントハウスかもしれない。しかしイ・ウニョンは言う。「私はこの韓屋で、残りの人生を過ごしたい」と。

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