ベルベットで装飾された、いかにもパリらしいアパルトマンに住むミュージシャンのニコラス・ゴダン。彼は少年時代に慣れ親しみ、今やパリから消えつつあるブルジョワ的空間をここに再現した

BY LAUREN COLLINS, PHOTOGRAPHS BY MARION BERRIN, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 ゴダンは、ヴェルサイユ国立高等建築学校で学位を取得。その後、音楽活動を始め、固有の世界観をもつインディーズ・エレクトロバンド「Air(エール)」を1995年に結成した。2年後、同じくヴェルサイユで育ち、数学の教師をしていたジャン=ブノワ・デュンケルとデュオを組んでAirのファーストアルバムをリリース。シングル曲「セクシーボーイ」を収録したこのアルバムは、世界で200万枚以上を売り上げた。セカンドアルバムの『ヴァージン・スーサイズ』は、ソフィア・コッポラの同名映画のサウンドトラックでもある。Airの幻想的でレトロフューチャー(過去の映画や文学で描かれた未来像への懐古趣味)なサウンドには、彼ら独特のやり方で、子ども時代に通った遊び場を愛おしく思う気持ちが込められている。

画像: ダイニング。この肖像画(1837年)から、アパルトマンの色使いが決まった。近隣に配慮して音を出さないようにするとき、ゴダンはこのウーリッツァー(電気ピアノ)を使う ほかの写真をみる

ダイニング。この肖像画(1837年)から、アパルトマンの色使いが決まった。近隣に配慮して音を出さないようにするとき、ゴダンはこのウーリッツァー(電気ピアノ)を使う
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「ヴェルサイユ宮殿の庭へ行っては、そこで一日じゅう遊んでいたよ」とゴダン。「すごく静かだし、とにかく広いんだ。あんな広大な空間なのに、ほとんど何も建っていないんだよ」。つまり、ヴェルサイユ宮殿の庭を設計した造園家、アンドレ・ル・ノートルの世界観が現代のポップミュージックに姿を変え、Airの音楽が生まれたのだ。

 30代の頃はずっと、ゴダンはツアーで世界中を飛び回っていた。パリで不動産を持とうと決めたとき、彼は物件探しのプロを雇って希望の条件をひとつだけ伝えた──窓を開けっぱなしにできる部屋に住みたい、と。彼女が持ってきた物件は、どれも納得のいくものではなかった。そのうちのひとつが、オスマン様式の建物(「パリ改造」時代に高さやファサードのデザインなど細かな制約のもとにつくられた石造りの建築)の5階だった。7つ部屋があり、リフォームが必要な古いアパルトマンだ。「あまり魅力的じゃない物件だったね」とゴダンは言う。彼の説明によると、以前の持ち主がマントルピースやラジエーター(暖房放熱器)にいたるまで、元から備わっていた部品をすべて取りはずしてしまったらしい。

画像: 18世紀の彫刻と1940年代のアラバスターのランプ。大理石のマントルピースはパリの骨董店「Yveline Antiques」で購入 ほかの写真をみる

18世紀の彫刻と1940年代のアラバスターのランプ。大理石のマントルピースはパリの骨董店「Yveline Antiques」で購入
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 ブラジル人の妻、イラチェマ・トレヴィサン(35歳)は、「『あまり魅力的じゃない』は言いすぎよ」と言う。「でも、なにもかもキャラメルみたいな茶色をしていたけどね」。トレヴィサンは、ベーシストであり、スカーフのデザイナーでもある。ふたりがメルボルンの音楽祭で出会ったのは、ゴダンがアパルトマンの契約を結んでから1年後のことだった(彼女は、あの肖像画の女性に不気味なほどそっくりだ)。

 とはいえ、公園のそばなので愛犬(ホイペット犬のマヤ)の散歩はしやすいし、上階にあるから雨戸を開け放すこともできる。「僕が生まれた場所は、ここから500メートルくらいのところなんだ」とゴダンは言う。つまりこのアパルトマンには、彼を懐かしい気持ちにさせる力があるのだ。「あと20年もすれば、元の姿を残した本物の、パリらしいアパルトマンを見つけるのは不可能になってしまうだろうね」

 

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