ベルベットで装飾された、いかにもパリらしいアパルトマンに住むミュージシャンのニコラス・ゴダン。彼は少年時代に慣れ親しみ、今やパリから消えつつあるブルジョワ的空間をここに再現した

BY LAUREN COLLINS, PHOTOGRAPHS BY MARION BERRIN, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 セルジュ・ゲンスブールが暮らした家が、今もヴェルヌイユ通りに残っている。ゴダンは、どことなく暗く趣のあるこのアパルトマンを参考に、自宅の改造に取りかかった。アーティストでデコレーターのマティアス・キスの力を借りて、自分のアパルトマンを「もっとエネルギーを感じる場所」へと作り替えたのだ。ふたりが目指したのは、『失われた時を求めて』のマルセル・プルーストの世界を意識した、ゴダンの少年時代の部屋の再現だ。

画像: リビングルーム。19世紀の中国の屛風、ゴダンが蚤の市で買った大きなテーブル、70年代のイヴ・サンローランの書斎にあったものを彷彿させるソファが置いてある。床一面に敷かれたカーペットは老舗「Codimat」に頼んだもの ほかの写真をみる

リビングルーム。19世紀の中国の屛風、ゴダンが蚤の市で買った大きなテーブル、70年代のイヴ・サンローランの書斎にあったものを彷彿させるソファが置いてある。床一面に敷かれたカーペットは老舗「Codimat」に頼んだもの
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 ただし、ゴダンがインテリアに求めたイメージはみんなに愛されるマドレーヌではなく(『失われた時を求めて』では冒頭、マドレーヌの味わいによって主人公の少年時代の思い出が蘇る)、クレープ・シュゼット─マドレーヌに比べてブルジョワっぽく、作るのに手間のかかるお菓子のほうに近いものだった。重すぎて、モダンなものとは合いにくいテイストだ。ふたりは、褐色の無垢材を使ったフローリングや白い壁、シーリングスポットライトといったような、街じゅうにあふれるインテリアの定番は断固として使いたくなかった。こうしたアイテムがパリのアパルトマンを、自分たちの記憶とは異なる空間へと変貌させてしまったからだ。「ここは思い出の家、僕の思い出を集めた家なんだ」とゴダンは言う。「かつて自分の身近にあったあれこれを、ここに再現しているのさ」

画像: マティアス・キスは寝室の壁を青いベルベットで覆い、天蓋にも同じ布を使った。ベッドの両脇の台はデービッド・ヒックス、ランプはゴダンの好きな蚤の市にある「Sabrina Edigi」で見つけた掘り出しものだ ほかの写真をみる

マティアス・キスは寝室の壁を青いベルベットで覆い、天蓋にも同じ布を使った。ベッドの両脇の台はデービッド・ヒックス、ランプはゴダンの好きな蚤の市にある「Sabrina Edigi」で見つけた掘り出しものだ
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 このリノベーションはやがて、親密なジョークで綴られた、仲間同士の心だけに響く哀歌のようになっていった。ゴダンとキスは、あの肖像画(今はダイニングルームに飾られている)のミステリアスな背景色からイメージを膨らませていく中で、ある結論にたどりついた。このアパルトマンに使う色はどんな色であれ、それが何色かを決めなくたっていいじゃないか、と。「色に名前をつけてみても、いまひとつしっくりこないんだよ」とゴダンは言う。パリの老舗業者「Codimat」に施工を頼んだ床一面のカーペットは、からし色。広間にいくつもある作りつけのクロゼットにはくすんだ色調の漆が塗られ、その色はベトナムのアヘン窟を映した写真によく似合う。

 ゴダンは、パリ近郊の町、ブローニュ=ビヤンクールのアルベール・カーン美術館で、この写真と出合った。自分はコレクターではないというが、ゴダンが集めたものは趣味がいい。ブナ材を漆で仕上げたデービッド・ヒックスのサイドテーブル、ウィリー・リッゾのランプ、彼が大好きな黒地に金のポルトロ(イタリア産の最高級大理石)で作られたデスク。「単に70年代の家具を集めて当時を再現するような部屋づくりだけは、したくなかった。僕はただ、このアパルトマンを本来あるべき姿に戻したかったんだ」とゴダンは話す。

 

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