ベルベットで装飾された、いかにもパリらしいアパルトマンに住むミュージシャンのニコラス・ゴダン。彼は少年時代に慣れ親しみ、今やパリから消えつつあるブルジョワ的空間をここに再現した

BY LAUREN COLLINS, PHOTOGRAPHS BY MARION BERRIN, TRANSLATED BY MAKIKO HARAGA

 住まいをリフォームする同世代のパリっ子たちの多くは、生活しづらいからと伝統的な意匠を打ち捨ててきた。しかし、ゴダンはそれを守り抜こうと決めていた。もったいないくらい贅沢に空間を使った広いエントランスに足を踏み入れ、彼の父が製図の勉強をしているときに描いた水墨画の数々が掛けられた壁を見た瞬間、その決意をはっきりと読み取ることができる。秘密の廊下を通じて直接ダイニングルームに入れる小さなドアもあり、今ではまれな、大人の遊び心を楽しめるしかけになっている(キッチンはもちろん、小ぶりで独立している)。

 ゴダンは、もともとこの建物ではどんなドアハンドルが使われていたのか、年配の隣人に聞いて回った。そしてついに、パリのクリニャンクール蚤の市の中にあるポールベール・セルペット地区で、その古いハンドルを探し出した。ダイニングルームの天井には、各地で修業を積んでいた時代に伝統的な工芸技術を身につけたキスが、銀箔を貼った。雨の晩にパリのカフェから眺める舗道をイメージしたのだという。

画像: 曲作りをする1920年代のスタンウェイ。テーブルはウィリー・リッゾ、ラグはインテリア・デザイナーのマドレーヌ・カスタンのもの ほかの写真をみる

曲作りをする1920年代のスタンウェイ。テーブルはウィリー・リッゾ、ラグはインテリア・デザイナーのマドレーヌ・カスタンのもの
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 しかし、世の主流に逆らったゴダンの伝統主義的なスタンスがもっとも顕著に表れているのは、空間をファブリックで包み込んだところだろう。寝室の壁には紺青のベルベット。その横の小部屋には、リネンのカーテンがかかったフレンチドア。贅沢にこれでもかと使われている遮光カーテンは、光沢のある黒のベルベット。「初めは彼が選んだものを見て驚いたわ」と、妻のトレヴィサンは言う。「私がこだわるのは色と植物だから。でも、このすごく居心地がいいから」。

 彼女がくつろいでいるリビングルームは温かく包むような空間で、母親のおなかの中にいるように心地いい。コーヒーテーブルの上の銀のカップには、タバコがぎっしり詰まっている。バスが通りすぎる音のかわりに、鳥のさえずりが聞こえてくるような気がした。まるで今、自分は1969年の世界にいるんじゃないかと思えるくらいに。

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