BY KANAE HASEGAWA, PHOTOGRAPHS BY FRANCOIS LACOUR
マシンや人工知能に任せれば、手を煩わせることがなくて便利。人の手を借りることに委縮気味な現代だ。それでもエルメスは人の手を借りたがる。その理由を、ミラノデザインウィークで探った。
エルメスはミラノデザインウィーク中、ミラノ近郊や古代ローマ時代の遺跡が残るアオスタ渓谷から石材を運び、石垣を張り巡らせた空間の中、新作のホームコレクションを発表した。

考古学の発掘現場のような展示空間。タイムレスなエルメスのオブジェたちはあたかもそこから掘り起こされたよう
エルメスで家具およびホームアクセサリーを担うホームコレクション部門のアーティスティック・ディレクターを務めるシャルロット・マコー・ペレルマンが伝えようとしたのは、“エルメスが大切にするバランス”のようだ。モノを作る上でエルメスは、上質な素材をできるだけ手を加えずに生かすことと、素材を知り尽くした職人が手を加えることのバランスを大切にしてきた。そのバランスを探っていくのが職人、そしてデザイナーだ。もちろん、革、羊毛、シルク、磁器など、使用する素材によってバランスの取り方は異なる。
たとえば木材ならば、加工した後でも呼吸をし、空気に触れることで時間とともに収縮する。その度合いは木の種類によって異なる。レザーも置かれた環境によって変化していく。こうした自然のふるまいを人はどこまでありのままに受け入れ、どこまでコントロールするのか。素材そのものから立ち現れる形と、文明を発展させてきたデザインが折り合いを付けることで生まれるのがエルメスのオブジェなのかもしれない。

もとからそこにあったかのように積み重ねられた様々な大きさの石灰岩やスレート石。不均一な大きさの石を積み上げるためには、それぞれの形の違いを見極める人の目と人の手が必要なことは容易にわかる
自社内にシルク、レザー、クリスタル、磁器など多くの工房を抱えるエルメスだけれど、フランス製に固執しているわけではない。長いあいだ継承されてきた手仕事があれば、地球の裏側まで探し求めて作り手に会いに行く。

マホガニー材の箱の蓋に革象嵌を施した「ウォッチボックス」、「シガーボックス」。時間とともに変化する度合いが一様ではない、木と革という素材の組み合わせは高度な技を要する。カラフルなレザーは、ホースレースで細かく決められている騎手のジャケットの色とパターンを取り入れた
たとえば、ミラノで発表されたアフリカのジンバブエ北東部、ムトコ地方産のグラナイト(花崗岩)から削り出した漆黒のランプは、現地の石職人の手によるもの。極めて硬質な石のため、25cmの高さのランプシェードの形を削り出すのに12時間要したという。ランプをデザインした英国のデザインスタジオ「BARBER & OSGERBY(バーバー&オズガビー)」のジェイ・オズガビーは、「消えていく手仕事をつなぎとめるかのように世界各地を探し求めるエルメスは、驚くほど多くの職人とつながっているのです」と話してくれた。

テーブルランプ 漆黒のグラナイトの「エカテ(Hacate)」と真っ白なポーセリンの「アロ(Halo)」。似たデザインのランプであるものの、光をまったく通さないグラナイトと光を通す磁器とでは素材の活かし方に違いが出る。それぞれの素材の持つ特性とデザインとのバランスを取りながら職人は素材に形を与えていく
エルメスが世界中で手仕事の“継承”に心を尽くす理由。それは、創業180年を超えたエルメス自身が手仕事を継承することで育ってきたからかもしれない。そしてその手仕事は、形がないゆえに”保存“することが難しく、次の時代に人から人へ伝えていくしかないものなのだ。