イタリアの町、イヴレーア。かつて、タイプライター製造業のオリベッティの城下町として栄えた。同社は労働者の権利を尊ぶ模範的な企業として、また先進的なデザインでその名を轟かせた。今、この町はひとつの教訓であると同時に、忘れ去られたユートピアの幻影でもある。――そして、人道的な労働を実現しようとした壮大な実験の証しでもあるのだ

BY NIKIL SAVAL, PHOTOGRAPHS BY NICK BALLÓN, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 1960年にアドリアーノが死去すると、同社は――すでにアメリカのタイプライターメーカーのアンダーウッドとの不遇な合併に乗り出してしまっており――存続の危機を迎えた。アドリアーノの弟のロベルトが後を継いだが、彼にはアドリアーノが抱いたようなビジョンはなかった。28年後、非情な企業買収を得意とするカルロ・デ・ベネデッティが効率化に着手した。社会主義の発想をそぎ落とし、コンピュータ時代に他社と競えるように、というのが目標だった。だが、ベネデッティの努力は失敗に終わった。1980年代までには、オリベッティは製造業に携わる多くの企業同様、グローバル化の嵐にさらされ、衰退していった。そして同社は2000年代初頭に、巨大テレコム企業に吸収合併された。成長のピークだった1970年代には、オリベッティは世界中に7万3283人の社員を擁していた。今日、社員数は400人前後だ。だが、最も大きな打撃を受けたのは、オリベッティ社周辺に広がる町だった。イヴレーアの人口は現在2万4000人だ。1980年代から、全体の4分の1の数の住民を失った。住民の平均年齢は48歳だ。

 2018年には、ユネスコがイヴレーアを世界遺産に認定した。その効果は今のところ、いい意味でも悪い意味でも、特にない(「ユネスコの“世界遺産”のリストに載るなんて、死亡宣告だ」と気鋭のイタリア人批評家マルコ・デラーモは『ニュー・レフト・レビュー』誌<訳註:政治分野の記事や論文を掲載するアカデミック・ジャーナル>に2014年に掲載された記事で書いている。「一度そのラベルが貼られたら、その都市の命は消えてしまう。剝製になってしまうんだ」)。トリノから通勤電車に乗って到着する人は、ここがかつて産業デザインの首都だったことなど想像すらしないだろう。おどろおどろしく、かつ、うっとりするような虚無が町を支配している。

画像: エディフィチオ18と呼ばれる別の住居複合施設への入り口。1954年にマルチェロ・ニッツォーリによって建設された

エディフィチオ18と呼ばれる別の住居複合施設への入り口。1954年にマルチェロ・ニッツォーリによって建設された

町の主要な道路の脇に色あせた説明書きのプラカードがいくつか立っているほかには、重要な建物を指し示す標識はほとんどない。主な建築物の中には、「レッテラ22」タイプライターのデザイナーであるマルチェロ・ニッツォーリがデザインした住宅プロジェクトや、建築家のエドゥアルド・ヴィットーリアがデザインし、そこで「エレア」コンピュータのコンセプトが誕生したオリベッティ・リサーチ・センターなどがある。それらの建物は、デザインの秀逸さで有名になっただけでなく、私企業が手厚い福利厚生を実現させた例としても称賛された。数々の建物のうち、今でも使用されているオフィスビルはひとつしかなく、かつての工場はジムに改築されている。今でも残っている十数棟の建物の多くは空き屋状態で、朽ちたユートピアの物言わぬ記念碑と化している。

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