イタリアの町、イヴレーア。かつて、タイプライター製造業のオリベッティの城下町として栄えた。同社は労働者の権利を尊ぶ模範的な企業として、また先進的なデザインでその名を轟かせた。今、この町はひとつの教訓であると同時に、忘れ去られたユートピアの幻影でもある。――そして、人道的な労働を実現しようとした壮大な実験の証しでもあるのだ

BY NIKIL SAVAL, PHOTOGRAPHS BY NICK BALLÓN, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 カンパニータウンは、企業が町から去ったあと、一体どうやって復活するのか? ある意味では、イヴレーアは同地特有の状況よりも、この国の大きな時代の流れをより明確に映し出す鏡だ。テクノロジーの転換が、オリベッティを過去の遺物にしてしまったのかもしれないが、1950年代のイタリア経済の奇跡と60年代から70年代にかけての絶頂期は、近郊のトリノに本社があるフィアットの製造拠点が、ヨーロッパで最も大きな自動車工場のひとつになった時代だった(その頃、オリベッティは世界で最も成功したタイプライターとビジネス機器の製造メーカーのひとつだった)。経済の発展を助けたのが、国内の貧しい南部から、高度に工業化された北西部に大量移住した労働者たちだった。

だが、70年代から80年代にかけて、第二次世界大戦後に急速な発展を遂げたトリノやイヴレーアやほかの都市は、アメリカのラストベルト地帯と呼ばれる製造業の拠点の都市と同じように、経済のトレンドから取り残されていった。繰り返し起こる経済恐慌により、あらゆる産業でコストカットが断行され、労働力の安価な国に仕事が外注され、フィアットやオリベッティのような企業は、何千人もの社員をレイオフし始め、カンパニータウンという概念自体が存在消滅の危機に陥った。2016年のイタリア環境協会の報告書によれば、2500余りのイタリアの田舎町がほぼ放置され、人口が激減し、なかばがらんどうの、廃れた産業の記念碑になり果ててしまっているという。その他のイヴレーアのような町は、どちらかといえば、郷愁あふれるタイムカプセルのような存在で、廃虚というよりは、かつての栄光を取り戻そうとしている過去のかけらに近い。

 主要な企業が規模を縮小したり、より大きな企業に吸収合併されたりする中で(フィアットは今クライスラーを所有している)企業の家父長主義は影を潜め、より火急な経済不安がそれに取って代わるようになった。それにより、オリベッティの人道的な労働を求める真摯な実験は終わった。今現在、イタリアや世界中の数多くの小さな自治体と同じように、イヴレーアは、政治の面でも大きな転換期を迎えている。何十年もの間、中道左派の支配が続いたが――アドリアーノ自身が町長を務めた時期もあった――去年、町の新政府は反移民のスローガンを掲げた政党ラ・レガの支配下に置かれ、町のリーダーシップが右派に転じた。

私は、ユネスコの世界遺産認定を得ようと奔走したメンバーのひとりである新町長のセルトリと話した。彼は町に「栄光を取り戻す」ことの必要性について漠然と語ったが、オリベッティの建物がさまざまな企業に所有されていることが問題だと言った。現在、煉瓦造りの工場の建物は、かつてオリベッティが所有していたビルを再利用して産業とイノベーションをこの地に呼び込もうとする、連合グループのイコナが所有している。イコナのスローガンは「未来は地元にあり」だ。煉瓦造りの工場とその他のビルをつなぐ広場には、モザイクのタイルで作られたカミロ・オリベッティの像が今もまだ立っている。

 そのほかに、オリベッティとはまったく関係なくイヴレーアを再生しようとする人物もいる。ジャンマリオ・ピロはトリノで書籍営業の仕事に携わっており、彼の父はオリベッティで35年間働いていた。ピロはラ・グランデ・インヴァジオーネという文学フェスティバルを開催し、町のカルチャーライフを刺激し、若者たちに町に残ることを勧めている。彼は、両親がいかにいつも熱心に本を読んでいたか、そしてそれは、オリベッティが労働者の生活に文化を積極的に取り入れようと継続的に努力した結果でもあると語った。

画像: かつてのセルテック(訳註:エンジニアリング・コンサルティング会社)のビル。エツィオ・サグレッリがデザインし、1968年に建設。この建物の中にオリベッティのエンジニアたちのオフィスがあった

かつてのセルテック(訳註:エンジニアリング・コンサルティング会社)のビル。エツィオ・サグレッリがデザインし、1968年に建設。この建物の中にオリベッティのエンジニアたちのオフィスがあった

 オリベッティの輝かしい業績は、同社が去ったあと、町の生活を圧迫し、効率をそぐ一因にもなっている。イヴレーアに今も漂っている栄光の残滓は、『ある家族の会話』に出てきた若きアドリアーノの描写のようだ。夢見がちで、一度にみんなに話しかけたかと思うと黙り込み、寡黙ながらも“ミステリアスなこと”をしゃべっているような。それは、あるひとつの町が、ひとつの企業とそのビジョンを中心に形成され、その利益が社員とその周辺のコミュニティに還元されていった歴史を語るのに最適な例かもしれない。再投資の精神は見返りを生むかもしれないが、もう二度とピーク時と同じレベルを達成することはできないだろう。なぜイヴレーアにこだわるのかとピロに尋ねると、彼は単刀直入に「自分に幸福な子ども時代と思春期を与えてくれた町に恩返しをするためだ」と答えた。オリベッティの子どもたちは、かつて世界に名を轟かせたこの町の、今は静まり返った通りを口笛を吹きながら闊歩する姿を、再び心に描いているのかもしれない。

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