イタリアの町、イヴレーア。かつて、タイプライター製造業のオリベッティの城下町として栄えた。同社は労働者の権利を尊ぶ模範的な企業として、また先進的なデザインでその名を轟かせた。今、この町はひとつの教訓であると同時に、忘れ去られたユートピアの幻影でもある。――そして、人道的な労働を実現しようとした壮大な実験の証しでもあるのだ

BY NIKIL SAVAL, PHOTOGRAPHS BY NICK BALLÓN, TRANSLATED BY HARU HODAKA

 煉瓦造りの本社ビルに加えて、1939年から1949年の間に増築された二つの主要な建物は、当時の建築思想の完璧な代表例だった。最初のビルは、横に長くて低いブロックのような建物にリボン状に窓が取りつけられており、2番目はイコ・チェントラーレという名で知られる建物で、全体がガラスで覆われ、ル・コルビュジエ風デザインの遮光用のブラインドがついたカーテンのような外壁になっている。3つめの建物も前面部分がなめらかなガラスで覆われており、現在は看護学校として使われている。その他の建物は空き屋で、昔の荷物やがらくたが詰まっている。それらのビルは最近になってやっとディベロッパーが購入し、現状のまま保存するかたわら、買い手の企業を探しているところだ。

それらのビルは輝かしく、陽の光がたっぷりと注ぎ込む空間だ。それは1920年代から1940年代のイタリアを席捲したラショナリズム建築特有の、合理性を追求した先進的な思考に基づく設計で、誰にも知られずひっそり佇む記念碑的な作品だ。イコ・チェントラーレの建物の南側部分は、ふたつの構造が直角に相対する位置にあるため、それぞれのガラスの壁が反射しあう。建物のそれぞれの側にいる社員が日常的にお互いの働く姿を見られるように、という趣向が込められているのだ。さらに、オリベッティという企業が、社内に対しても、世界に対してもオープンで透明性が高かったことが、この構造から読み説ける。

 オリベッティは住宅とホテルも建設しており、そのふたつはほかの都市ではまずお目にかかれないような、最も不思議で素晴らしい形をした建物だ。タルポニアと呼ばれ親しまれている西側の居住センターは、丘の斜面に三日月型のブロック構造が埋め込まれた形だ。建物の屋根部分は舗装され、その上は人が歩ける歩道になっている。側面は全面がガラス製で、ガラスは落ち着いた色の長方形のフレームにはめ込まれている。この建物はもともとは短期出張者が滞在するための施設で、組み立て式のユニット家具を備え付け、寝室はカーテンのみで仕切られている効率重視の設計だ。町の中心から少しはずれたところにあるホテル・ラ・セッラは1970年代に建てられ、ポスト・モダニズムの影響を逆手にとったような形をしている。ブロック状の構造が、違った高さに変則的に積み上げられ、タイプライターのように配置されている。だが建物の中に入ってみると、室内はこぢんまりと造られた船室のようで、船についているような楕円形の窓や、小さなメイク用の鏡がついたクロゼットがあり、丸みを帯びた扉は、曲線でデザインされた周囲のスペースにぴったりと合うように造られている。

画像: 西側にある居住センターはタルポニアという名前で親しまれている

西側にある居住センターはタルポニアという名前で親しまれている

 これらを見ると、オリベッティが歴史的な誇りの象徴だということが、よくわかる。イタリアがファシズム支配と第二次大戦の奈落の底から這い上がり、世界で8番目の経済大国にまでなった20世紀の“奇跡”。その奇跡の立役者でもあった同社は、イタリアのアイデンティティに欠かせない存在だ。イヴレーアでは当時への郷愁は強烈だ。最近この町の町長に選ばれたステファノ・セルトリは、彼が町で出会う多くの人々が、同社の歴史の中で、いつどんなことがあったかを実に正確に覚えていると語った。この町の住民のうち1900人余りが、勤続25周年記念の「金色のピン」を同社から受け取っている。町長いわく、オリベッティが残したものは「とてつもなく豊かな遺産」だという。

画像: かつてのラ・セッラ複合施設の内部

かつてのラ・セッラ複合施設の内部

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