クリエイティブなエネルギーの中心地へと成長中のメキシコの都市グアダラハラでは、1世紀前にルイス・バラガンから始まった建築デザインの伝統が発展し、宗教にインスパイアされた瞑想的な居住空間の新風が吹いている

BY MICHAEL SNYDER, PHOTOGRAPHS BY ANTHONY COTSIFAS, TRANSLATED BY NHK G-MEDIA

 現在、タパティオ派の建築家の最も若い世代は、ほとんどが30歳代で、その多くはオルティスとアルドレテ、ゲレーロとグティエレス、マシアスとペレドの教え子だ。彼らは先駆者たちの頃より国際的になった都市で育った。グアダラハラのカルチャー・シーンは繁栄し、ギャラリーやレストラン、芸術家のスタジオやデザイン・ショップが、地味なファサードの後ろに隠れているか、カステヤノスやバラガンが初期の住宅を建てたような郊外の並木道に建っている。若い世代の設計者や制作者たちは、15年前なら、首都か海外に移り住んだかもしれない。しかし彼らは、周辺地域の職人や工芸家とのコラボレーションに取り組むために故郷に戻ってきた。この都市の頑固な保守主義はゆるみ始めているが、心地よくゆったりとした暮らし方は昔と変わらない。

 もちろん、ここでは今も伝統が大切にされているが、現代的な建築家たちのさりげなく挑戦的な姿勢も受け入れられている。その一例が、〈Casa RC1〉という邸宅だ。2018年に35歳の建築家サウル・フィゲロアが5人家族のために設計し、ランチョ・コンテントという緑の多い郊外の住宅地に建てられた。地域で定められた建設ガイドラインによれば、屋根を傾斜させ、テラコッタのタイルを用いなければならない。伝統的なスタイルを守るための決まりだが、フィゲロアはルールを尊重しつつ、それを逆手にとっている。屋根を内向きに傾斜させ、その表面が見えないようにして、通りから見た砂色のスタッコの外観が紙に描いた立方体のように平面的に見えるように設計したのだ。細長いパティオを通って正面エントランスから中に入ると、シダー材のパネル張りの玄関ホールには木材の香りが漂っている。その向こう側にあるガラスのドアを開けると、屋内パティオに出る。緑があふれる部屋は透明なパーゴラ(日陰棚)のようで、庭園が壁に囲まれているのではなく、庭園が屋内の空間を縁取っている。

 しかし、ランチョ・コンテントのような住宅街は、人口が急増中の都市の問題を表してもいる。グアダラハラは外に向かって広がり続け、ゲートとフェンスで囲った居住区域や要塞化された住宅地が次々と開発されている。これもまたバラガンの遺産であり、彼がメキシコシティ周辺で推進した住宅計画は、アメリカン・スタイルの郊外住宅地がこの国に紹介されるきっかけのひとつになった。このような宅地開発は、タパティオ建築の特徴である地域色を犠牲にして、代わりに暴力や不信の高まりに困惑する国で新たに理想として掲げられるようになったプライバシーとセキュリティを手に入れるものだ。以前の世代の建築家は、祖先が残した歴史的建造物に日常的に触れて育った。だが若手の建築家は「壁でできた都市で育った」と31歳のミゲル・バルベルデ・エルナンデスは言う。彼は33歳のダニエル・ビヤヌエバ・サンドバルとともに「V・Taller」という会社を経営している。

 2020年、郊外の袋小路になった樹木のない道に、〈エントレロマス・ハウス〉という約343m²の邸宅を若いカップルのために建てたバルベルデとビヤヌエバは、家に入るときに通る正面の通路が道路から見えないようにするため、独立したスタッコの壁を立てた。壁と家の間に植えられた香り高いチリマートルの木には、毎朝たくさんの小鳥が飛んできて、その歌声が2階の二つの寝室から聞こえる。テラリウム(植物をガラス容器などで栽培する園芸スタイル)のような庭園があちこちに配置され、何もなかったところに美しい景観を生み出し、移動や発見の楽しさがある。1階は、奥の壁の全体が庭に向かって開くようになっている。庭に植えられたフィロデンドロンやタロイモ、シダ植物などは、面白みのないコンクリートの擁壁を覆い、かき消している。「雰囲気がなければ、つくればいい」とバルベルデは考えている。

 ここでは、すべての表現が控えめでコンパクトだ。急成長する都市の中で、さまざまな可能性が限られた空間に押し込められている。今日のグアダラハラで新しいものを構築するためには、バラガンが提案したようにノスタルジアを再構築し、更新するだけでなく、ノスタルジックになる価値があるものを選び直す必要がある。「遺産を受け継ぐときに、いくつもの疑問が出てきました」とペレドは語った。「詩的なものや家庭生活のあるべき姿についてのアイデアを、さまざまなスケールに当てはめるにはどうすればいいのだろう、限られたもので限りなくパワフルなものを創造するにはどうすればいいのだろう、と考えさせられるのです」。つまりは、日常の中に魔法を取り戻すにはどうすればいいのか、ということだ。ノスタルジアは、ここでは指針ではなく、問いかけとなる。そして、境界線は、アイデアを生み出すための出発点となる――それは、いつか乗り越えるべき壁なのかもしれない。

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