BY MARI MATSUBARA, PORTRAITS BY SEIJI FUJIMORI, PHOTOGRAPHS BY SHO UEDA, HAIR & MAKEUP BY YOSUKE NAKAJIMA

アンソニー・ルドリュ(Anthony Ledru)
ティファニーの社長兼最高経営責任者(CEO)。カルティエ、ハリー・ウィンストンに在籍後、ルイ・ヴィトン・アメリカの社長兼CEOに就任。2021年1 月に現職に着任。過去にティファニー北米シニア・ヴァイス・プレジデントを務めたことも。
2025年7月、アジア最大の旗艦店「ティファニー 銀座」オープン
夏の青空を映して銀座の真ん中にそびえ立つ、完成したばかりのそのビルは、ティファニー ブルーの裳裾をひるがえすようなデザインのファサードでゲストを迎え入れようとしていた。前日に行われたセレモニーには大勢のセレブリティが出席し、その姿を見届けようとする人々でごった返した一角は祝祭ムードに包まれていた。そしてついに迎えたグランドオープンの日。「ティファニー 銀座」はその扉を開けた。

青木淳によるデザインが印象的なファサード。下のほうの波のようなゆらめきは「ウィステリア テーブルランプ」のデザインから着想した。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
アジア最大の旗艦店となるこのストアは、地上66mのビルディングの中に計5フロアの売り場で構成されている。ファサードは日本人建築家の青木淳がデザインし、内装に関してはニューヨーク本店のデザインコンセプトを踏襲して建築家のピーター・マリノが手がけた。4 階にはブレックファーストやアフタヌーンティーを楽しめる「Blue Box Café by Natsuko Shoji」が日本で初めて併設されたことも話題を呼んでいる。しかしティファニーは、百貨店内の出店や完全予約制の店舗も含めると、銀座エリアですでに4つのストアを展開している。そのうえなお、このとびきり大きく壮麗な旗艦店を銀座にオープンすることになったのはなぜなのか? そのあたりの疑問から、ティファニー社長兼CEOのアンソニー・ルドリュに投げかけてみた。

1階フロア。奥には英国の現代アーティスト、ダミアン・ハーストの作品《TiffanySuperb》。蝶の標本がティファニー ブルーのタブローの上を舞う。

1 階に展示されているのはイタリア人アーティスト、ミケランジェロ・ピストレットによる《Color and Light》。ティファニーのブランドカラーであるティファニー ブルーと、ピストレットの代表的な手法であるミラーを用いた作品だ。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
「銀座という街は、ニューヨークの五番街に匹敵するラグジュアリー界の中心だと考えています。日本国内の地方にお住まいの方が、東京にいらして目指すのはやはり銀座の街だと聞いています。ですから、旗艦店をオープンさせるのにふさわしい場所は銀座をおいてほかにないと考えました。4 年前に私が現在の役職に就任して以来、どうしてもやらなければならないと感じていたことは、日本とエモーショナルなつながりを持つことでした。インバウンドのツーリストのためというよりも、日本の顧客の方々のためにストアをつくりたいと考えたのです。この4 年間のうちにティファニー新宿伊勢丹店4 階やティファニー梅田阪急店をリノベーションし、表参道にも新しいストアをオープンさせました。昨年、虎ノ門ヒルズ ステーションタワー TOKYO NODEで開催した『ティファニー ワンダー』展には数多くの方にご来場いただき、大変好評を得ました。ティファニーの187年の歴史を振り返る展覧会は期間限定でしたが、このたびオープンした『ティファニー 銀座』にはアーカイブ ピースも多数展示していますので、ある意味、貴重なコレクションをご覧いただける常設展示の役割も果たす場であると捉えていただければと思います。他店にはないユニークなもの、通常のジュエリーストアでは誰も見たことがないようなものを『ティファニー 銀座』ではご覧いただけます。エクセプショナルな体験は必ずお客さまにご満足いただけるでしょうし、その結果マーケットシェアを獲得することができると確信しています」

日本人アーティスト藤村喜美子と協働した1階のショーウィンドウ。アートとジュエリーの境界を紛らす没入型ディスプレイ。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
ティファニーと日本の100年以上にわたる深い結びつき

「ティファニー 銀座」オープンに合わせて来日したアンソニー・ルドリュ社長兼CEO。
ルドリュCEOの言葉からは銀座という街、そして日本のマーケットを重視する姿勢がうかがえる。
「ティファニーは53年前に初めて日本に進出したというビジネス面でのつながりだけでなく、100年以上前から美学的な側面で日本と強い結びつきがありました。19世紀後半にティファニーのチーフ デザイナーであり、銀製品工房の責任者でもあったエドワード・C・ムーアは日本を訪れたことがあり、日本の工芸品からヒントを得たさまざまな銀製品を制作しました。このストアの地下1 階にも、ジャポニスムの影響がうかがえるトンボや蝶、蛸のモチーフをあしらったトレイが展示されています。ティファニー創業者の息子であるルイス・コンフォート・ティファニーが監修してティファニー スタジオが制作した『ウィステリア テーブルランプ』はまさにジャポニスムの象徴でしょう。1974年にティファニーに入社した女性デザイナー、エルサ・ペレッティは何度も日本を訪れ、優れた職人たちと協働して漆や絹や竹などの素材から着想を得たユニークなジュエリーやバッグを生み出しました。このようにティファニーには、数多くのデザイナーたちが日本からインスピレーションを得て制作してきた歴史があります。オーセンティックな、本物の日本文化をティファニーのジュエリーの中に見ることができます」

皇居とお堀にかかる橋をモチーフにした地下1階のウィンドウ。屋根の上には「バード オン ア ロック」のブローチ、手前には魚のモチーフのブローチが。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
1837年、創業者チャールズ・ルイス・ティファニーはニューヨークのブロードウェイ259番地に最初の店をオープンした。ティファニーはその当時から、日本をはじめ世界各国の貴重な輸入品を多く扱っていた。特に19世紀後半にヨーロッパを席巻したジャポニスムは、ティファニーのものづくりに大きな影響を与え、そのアーカイブ資料の中には日本風の壁紙も残されているほどだ。日本では愛と長寿の印とされる藤の花、その花房が垂れ下がる様子をステンドグラスで表現した1904年製の「ウィステリア テーブルランプ」はティファニーと日本の関係を最も深く象徴するものとして有名だが、「ティファニー 銀座」のオープンを記念して3 階フロアに展示されている。実は建物外観の下部にある波のように流れるデザインは、このランプのフォルムから着想されたものなのだ。

ルイス・コンフォート・ティファニーが監修した1904年製の「ウィステリア テーブルランプ」。

2階の天井には「金沢縁付金箔製造」による円形の装飾が。クラフトマンシップへの敬意が込められている。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
1972年には日本で最初の店舗となるティファニーサロンが日本橋三越本店にオープン。1996年には日本初の旗艦店「ティファニー 銀座本店」が銀座2 丁目に完成した。そして日本上陸から53年の時を経て今年、新たな拠点として誕生した「ティファニー 銀座」は、アジア最大のフロア面積を誇る。
「この特別なストアを文化的なディスティネーションにしたいと考えました。単にジュエリーを商品として提供するだけでなく、ティファニーのDNAと日本文化をリンクさせるような店舗づくりを心がけました。その最大の特徴は、半数以上が日本初公開となる約65点のアーカイブ ピースと、世界的なアーティストによる絵画や立体作品、写真などのアートピース約50点をご覧いただけることです。こうした展示を通してティファニーの世界観と、クラフトマンシップや美意識の点で共通性のある日本との関係を感じてもらえるはずです」
店内はまるで美術館――貴重なアーカイブと現代アートの宝庫

2 階のウォッチ ギャラリーの奥にはアンディ・ウォーホルの作品《Double Elvis》が展示されている。アメリカンポップカルチャーへのリスペクトを象徴する作品。周囲を鏡張りにして、来店者が鏡に映った自分と作品の一体化を楽しめるように配慮されている。
オープン当初から「ここはジュエリーストアを超えたミュージアムだ」という称賛の声がやまない。それもそのはず、足を踏み入れればそこかしこに貴重なアーカイブ ピースや、超一流の現代アーティストによる作品が目白押しなのだ。ティファニー ブルーを用いた作品や、日本との関わりを示唆するものなど、その一つひとつがブランドにまつわる何かしらのストーリー性を持っている。そのラインナップはアメリカのポップアートを代表するアンディ・ウォーホル、ミニマリズムの巨匠ドナルド・ジャッドといったレジェンドたち、また現代アートの最前線を走るダミアン・ハースト、リチャード・プリンス、ミケランジェロ・ピストレット、そして藤村喜美子やススム・カミジョウなど日本人アーティストも含め、枚挙にいとまがない。しかも、一部の作品はこの店舗のために特別制作されたコミッションワークであるという豪華さだ。

2階エレベーター前にはドナルド・ジャッドの作品《Untitled(無題)》。銅製の長方形の枠の上に重ねたアクリル板が照明を受けてティファニー ブルーの影を落とす。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
また、内部装飾にも日本の美術工芸の粋が生かされている。2 階の天井には「金沢縁付金箔製造」による円形の装飾が施され、3 階の天井には日本人アーティスト阿部幸子と佐々木玄によるアルミ箔のインスタレーションが輝いている。ブランドを象徴する「バード オン アロック」のブローチを飾る地下1 階のウィンドウは月夜の皇居の風景をモチーフとするなど、日本のエッセンスがちりばめられている。

1912年のタイタニック号沈没から生還した3人の女性が、救助してくれたカルパチア号の船長に感謝の気持ちを込めて贈った懐中時計。
また注目すべき歴史的ピースも店内のあちこちに飾られている。たとえば1912年のタイタニック号沈没の際、奇跡的に救助された3 人の女性から命の恩人であるアーサー・H・ロストロン船長に贈られたティファニー製のゴールドの懐中時計は2 階のウォッチ ギャラリーに。また、店舗のオープン時には、20世紀初頭に制作された、1 枚1 枚の花びらをフレッシュウォーターパールで丹念にかたどった「菊の花のブローチ」を3 階で見ることができた。それを飾るショーウィンドウは、「六月大歌舞伎」にてティファニーが贈呈した八代目尾上菊五郎襲名の祝幕からインスピレーションを得て制作されたものだった。

店舗のオープン時に展示されていた、20世紀初頭に制作された淡水パールの「菊の花のブローチ」。
「アートピースはピーター・マリノや本社のチームと相談しながら、ブランドのヒストリーとつながるものを数カ月かけて慎重に選びました。私自身が選んだ作品の一つにウォーホルの《Double Elvis》がありますが、これは2 階のシルバーの壁面と色が調和すると思ってセレクトしたものです」
ルドリュCEOは「ティファニー 銀座」ストアのことをたびたび"ライトハウス"と呼び、非常にシンボリックな場所であると強調する。
「これだけのアートピースやアーカイブ作品を揃えたのは、この場所を唯一無二のものにしたかったから。これほどアートに触れられるジュエリーストアは世界を探してもほかにないでしょう。このビルディングの中には5 つの売り場フロア以外に、いま私がインタビューを受けている特別フロアなども備えています。親密な雰囲気の邸宅のようなインテリアの中に一級品のアートをふんだんに展示して、大切なお客さまをおもてなしします。ここにお招きするのは一日1 組か、もしくはゼロかもしれません。それでも構わないのです。どれだけ多くの来店者数を獲得するかが重要なのではなく、たとえ少人数のお客さまであっても、究極のラグジュアリーを感じていただきたい。そのことに最も力点を置いています」
クラフトマンシップ、アート、ヘリテージが集結したラグジュアリー界を照らす"灯台"
かつて日本の若い女性たちのファースト ジュエリーとして圧倒的な人気を誇った「ビーン」や、女性の身体の美しさを革命的に表現した「ボーン カフ」など、時代ごとに日本人の憧れを刺激しつづけてきたティファニー。2021年にはLVMHグループに参入し、ブランドはさらに進化を続けている。今後、どのようなジュエラーを目指しているのだろうか?

VICルームにはススム・カミジョウによる絵画作品《The Chill》が。書道に着想を得た筆致とグラフィカルな構成が印象的。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
「ティファニーはかつてエンゲージメント リングで知られたブランドでした。1869年の新聞にも"ダイヤモンド キング" と称されるほど、婚約・結婚指輪のブランドとして認知されていました。しかしLVMHグループの仲間入りをする少し前、10年ほど前からジュエラーとしての認知のされ方は変化していったと思います。その頃、お客さまに受け入れられていたのが『ティファニー ハードウェア』『ティファニー T』『ティファニー ノット』など、数十年前のアイコニックなデザインを現代的に翻案したラインでした。日本をはじめとするアジアでは"鳥"は平和のシンボルとして親しまれていますので、『バード オン ア ロック』もとても評判がいいです。今後もこうした路線を踏襲していきます。つまり私たちは1950年代から70年代にかけての、デザインの力が強かった時代のティファニーへ回帰しながら、それをベースにより現代にフィットしたジュエリーを創造していきます」

特別フロアの1室には藤村喜美子のタブローが。
COURTESY OF TIFFANY & CO.
全般的に見ると日本経済は好調とは言い難い現状だが、ルドリュCEOは日本のマーケットについて心配はないと断言した。一般的な個人消費が縮小するなか、ラグジュアリーブランドの業績は軒並み堅調だという。商品の充実度はもちろんのこと、歴史との邂逅やハイクォリティなアート鑑賞などスペシャルな体験ができる唯一無二の場所だからこそ、その価値を理解する顧客を惹きつけることができる。そんな確信がインタビューの端々から伝わってきた。ティファニーの革新性と優美さ、クラフトマンシップ、アート、ヘリテージが集結した21世紀の殿堂。「ティファニー 銀座」はまさに銀座の中心からラグジュアリー界を照らす灯火であり、50年、100年先の未来へと続くブランドの航路を照らす"ライトハウス(灯台)"なのだ。
お問合せ先:ティファニー・アンド・カンパニー・ジャパン・インク
TEL. 0120-488-712







