トム・ハンクスが短編小説集『Uncommon Type』を上梓。私小説のような作品の逸話から、ハリウッド、ひいてはアメリカでいま起こっている諸問題まで胸の内を語った

BY MAUREEN DOWD, PHOTOGRAPHS BY JAKE MICHAELS, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

 権力があって政治界でも名が広く知られ、女性に対して不品行を犯しながらも不可解なことに長いあいだ罪を問われずにいたワインスタインについて話したついでに、私はトランプ大統領の話題も持ち出してみた。

 つい先日、ハンクスは、トランプがかつてホストを務めていたリアリティ番組『The Apprentice』の元プロデューサーが認めたある事実について、NPRのラジオ番組で聞いたという。番組の舞台のひとつだったアトランティックシティのカジノ「トランプ・タージマハル」を、トランプが大成功したビジネスマンであるというイメージを世間に売り込むため、きらびやかに見せかけていたという内容だった。本当はその施設はガタガタで、ハンクスいわく「悪臭を放っていた」のに。

「当時は誰も気にかけていなかった」と彼は言う。「ある男をテーマにした、ちょっとした番組でしかなかったからね。だけど、振り返ってみると、ああした“公式記録”が人々のもつ公的なイメージに影響をもたらすわけだ。イメージをでっち上げるというのは危険なことだと思う。それはまったくの、完全なる嘘なんだから」

 トランプが大統領に選ばれたのは、世間が30年におよぶ「ブッシュ、クリントンとそれに続いた政権」と、政治的な二枚舌に飽き飽きしたからだと、ハンクスは言う。2016年の選挙戦以前でさえ、オバマ大統領が議会で演説を行った際に共和党のジョー・ウィルソン下院議員が「嘘つき!」とヤジを飛ばしたとき、ハンクスは礼節というものが死に絶えたと実感したという。

 ハンクスは、トランプが選挙戦に勝利したあと、便利だろうと思ってホワイト・ハウスの記者団にエスプレッソ・マシンを送った(ちなみに、彼は2004年にブッシュ政権時のホワイト・ハウスの記者団にも同じものをプレゼントしている)。そんなハリウッドでいちばんの歴史マニアに聞いてみた。今は嵐の前の静けさなのか?

画像3: ハリウッドNo.1のナイスガイ
トム・ハンクスが語る
エンタメ、政治、歴史<後編>

「ある一節を引用させてくれないか」と言って彼は立ち上がり、別の部屋に行った。そして、南北戦争の最後の数週間を題材にした、ジェイ・ウィニックの著書『April 1865: The Month That Saved America』を手にして戻ってきた。「北部の奴隷廃止論者は、奴隷制度をある高次の法(神の教え)に違反していると説いていた。一方、南部地方の人々はその同じ神の独自の解釈に基づいて、怒りをもって対抗していた。つまり、奴隷制度は憲法によって認められていると訴えたわけだ。こうした論争の末に戦線がはっきり引かれると、いかなる中庸な立場の人も双方の激情に飲み込まれてしまった。道理そのものが疑われ、寛容は裏切りと見なされるようになった。軋轢が調和に打ち勝ったんだ。そして、奴隷問題はその後も消えさることはなかった」

 彼は顔を上げる。「どういうわけか、われわれの時代に、この20年間のどこかの時点でこうした状況が再び起こり始めた。そう、いまは嵐の前の静けさなのかもしれない」
 ハンクスという人物は、フィリップ・カーの小説の主人公、ベルニー・グンターを思いおこさせる。グンターは1930年代のベルリンに生きたひねくれ者の探偵で、ナチスの野獣のような正体を見抜いていた。いまやそのナチスが地獄から這い出てバージニア州シャーロッツビルで公然と行進していることに、グンターも驚くのではなかろうか。
「ドイツの小さな郡のいくつかでは、ナチスが選挙に出馬しているらしい」とハンクスは言う。「で、参ったことに、ヴァージニア州チャーロッツビルでも、ナチスを讃えるたいまつパレードがあったりするんだ。こういう運動は一種の“終末論フェチ”でしかないと願いたいよ」。そろそろこうした運動が廃れるといいのだが。

 2016年11月、ニューヨーク近代美術館で、トム・ハンクスのキャリアを讃えるイベントが催された。ハンクスは大統領選挙戦について、映画『ハドソン川の奇跡』(’16年)の主人公サリー・サレンバーガーがするような落ち着いたスピーチを行った。テーマは「われわれはきっと大丈夫」。本当にそう思っているかと、私は尋ねた。

「禁酒法のような間抜けな憲法改正をのぞいて、アメリカという国は必ず軌道修正をしてきた。禁酒法はバカげたしろものだったよ。人間の行動に反していたからね」とハンクスは言う。
「愚か者のアメリカ大統領は、これが初めてじゃない。ひどいことがあっても、われわれは必ずそれを修正してきたんだ。第二次世界大戦を戦ったのは、いくつかの部隊を除けば、人種差別されていたアメリカ合衆国の人々だった。終戦後すぐに、そうした状況は改善されたよ。しかし、社会意識を変化させるには、さまざまな試練を経験しなくてはいけないんだ。“正常”という概念はたえず再定義されているけど、とにかく信じ続け、あるていどは忍耐するしかない。そしてときどきは、1920年代に建てられた南軍の指導者の像にまつわる実体のない問題を理由に行われるナチスのたいまつパレードも我慢するしかないんだ」

 南部連合の像の撤去に関してどう思うか、筆者は聞いてみた。
「仮に僕が黒人だとして、ある町に住んでいて、祖父母や曽祖父母を読み書きのできない奴隷のままにしておくことを目的とした戦いで命を落とした人を偲んで建てられた像の横を毎日通らなきゃいけなかったとしたら、その像の存在は受け入れられないと思う」と彼は言う。「起こりうる問題を回避したいなら、すべて撤去するべきだと思う。人々がそれを見られるほかの場所、どこかの博物館とかに移すべきだろうね」

 アメリカをより完全な連邦国家へと進めるための苦難の道について、ハンクスはこう結論づけた。「醜い時代は定期的に訪れるけれど、美しい時代もまた定期的に訪れる」と。そして、ユーモアのセンスを持ち続けることを勧めた。
「暴君を打ち倒せる攻撃手段は、もはやそれしかないかもしれない」と彼は言う。「マーク・トウェインが言うように、『笑いという攻撃に対抗できるものはない』んだから」

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