おかしくて明るくてせつない、一篇の詩のように美しい小説がフランスで50万部のヒット作に。35歳にして華々しいデビューを果たした著者にインタビューした

BY ANNE AKEBONO, PHOTOGRAPHS BY KIKUKO USUYAMA

「僕の人生はこれまで挫折ばかり。この本が初めての成功です」
 というブルドー氏。これだけの成功を収めたあとでは冗談か社交辞令のように聞こえるけれど、話を聞いてみるとそうでもない。

「人生の最初の段階からうまくいかなかった。学校でも、家にテレビがなくて友達の話に入っていけなかったし、障がい(ディスレクシア)もあった。父親ともうまくいかなかった。仕事もうまくいかなかった」
 長らく務めていた不動産会社もクビになり、階段掃除をしたり、塩田で働いたりしたが、どれも続かなかった。

画像: オリヴィエ・ブルドー(Olivier Bourdeaut) 1980年、フランス・ナント生まれ。詩的な言葉を紡いで、もろく繊細な世界を描いたデビュー作によって一躍ベストセラー作家に

オリヴィエ・ブルドー(Olivier Bourdeaut)
1980年、フランス・ナント生まれ。詩的な言葉を紡いで、もろく繊細な世界を描いたデビュー作によって一躍ベストセラー作家に

「そんなとき、選ぶべき方法はふたつしかありません。自分が崩れてしまうか、上を向いて進んでいくか。私は上を向いて立ち向かっていく方法を選びました。悲劇を冗談に変えるというやり方でね。そうすることによって、他人に何かをもたらすことができる、人々に上機嫌を分け与えていくという役割ができる。問題を利点にすることもできる。あまりにも失敗が続いたので(笑)、自分でそういう能力を耕したのです」

 そんな中でも、やめなかったことがひとつある。それは、18歳の頃から続けていた「書く」ということだ。
「奇妙なことかもしれませんが、そんな挫折だらけの人生にもかかわらず、私は常に人生に対して楽観的でした。自分の中に何か自信があったし、野心もあった。沈めば沈むほど、より強い希望、夢を描くようになった。有名になりたいということではなく、ただ、自分の書く小説を読んでほしかった。読者が欲しかったのです。そんなみっともない馬鹿なことはやめろという人もいたけれど、ある日、出版社と契約を結んだことで、私のやってきた“みっともない馬鹿なこと”が、何か知的で意味のあることに変わったのです。まるでマジックのようにね」

 いつか絶対出版されるという、確信のようなものがあったのだろうか?
「子どもの頃から、夢想家だったのです(笑)。家にある膨大な本を読んで育ったし、18歳の頃は部屋に閉じ込められていたので、天井を見つめ、月に50冊もの本を読み、想像力を働かせて夢について考えた。もし友達と出かけていたら、そんなことはできなかったでしょう。つらい体験も、裏返しに見ると、今ではとても役にたっているというわけです」

 聞けばブルドー氏、厳しい両親のもと、20歳まで週末は外出禁止で部屋に監禁されていたのだという。「成績が悪くて、外出する権利を得られなかった」と彼は言うけれど……何かとても悪いことをしなかった?
「しました、たくさん。殴り合いの喧嘩もしたし、愚かなことを何度も繰り返した。今はとてもお利口になりましたが(笑)」

 その頃の自分に今、言葉をかけてあげるとしたら?
「自分にしがみつけ、自信を失うな、続けろ。それから、乱暴なことをするのはやめなさい(笑)」

画像: 10月、フランス大使館の招きで来日した際には芥川賞作家の川上未映子氏との対談も実現 © INSTITUT FRANÇAIS DU JAPON

10月、フランス大使館の招きで来日した際には芥川賞作家の川上未映子氏との対談も実現
© INSTITUT FRANÇAIS DU JAPON

 最後に、彼は鏡文字を目の前で書いてくれた。それは、「普通」の裏返しにある、不思議な世界そのもののように輝いて見えた。物語の中でママがしたように、その小さな紙を宝石箱にしまいたくなる。(「こういう文字は財宝みたいなもの。金銀と同じだけの価値があるの!」)
「ほらね、小さい頃にこういう文字を書いていると、人生も逆向きになってしまうんだ」 

 逆向きのベクトルを力に変えたブルドー氏の内面は、深く、豊かで強靭だ。次回作は『ボージャングルを待ちながら』とはまったく異なる「ごつごつした文体」で、ふたりの男の出会いを描いたもの。来年1月、フランスで発売になる。

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