1月、世界中に衝撃をもたらした突然の訃報のあとも、生前にもまして人々の心を揺り動かしつづける永遠のポップ・スター。デヴィッド・ボウイが私たちに遺していった最後のイリュージョンとは

BY HIROKO SHINTANI

画像: 『DAVID BOWIE is』の展示風景より。ボウイが1977年に描いた三島由紀夫の肖像画「Head of Mishima」。当時生活していたベルリンのアパートの寝室に飾られていたという ©EIKON/ G.PERTICONI

『DAVID BOWIE is』の展示風景より。ボウイが1977年に描いた三島由紀夫の肖像画「Head of Mishima」。当時生活していたベルリンのアパートの寝室に飾られていたという
©EIKON/ G.PERTICONI

 ああ、ボウイらしいなーと、説明を聞きながら思わずにいられなかった。生涯を通じてアウトサイダーたちを代弁し、主流にくみせず、異質な世界を交錯させることで独自のリアリティを作り出してきた人物のアート・コレクションであれば、もっともなことだ。それに今回のオークションに限らず、死後発覚した興味深い事実、いかにも彼らしい逸話は少なくない。そもそもボウイが1年半にわたってがんと闘っていたことからして秘密にされていたわけだが、1月8日に発売された最新アルバム『★(ブラックスター)』の意味合いは、訃報を受けて一変。総じてミステリアスな歌詞の一語一語から不穏な含みが浮かび上がり、別れのメッセージだったことが明らかになった。

画像: 展覧会『DAVID BOWIE is』に出展される自画像。鋤田正義が撮影した、アルバム『ヒーローズ』のアイコニックなジャケットと同じポーズをとっている PRINT AFTER A SELF-PORTRAIT BY DAVID BOWIE,1978/ COURTESY OF THE DAVID BOWIE ARCHIVE/ IMAGE ⓒ VICTORIA AND ALBERT MUSEUM

展覧会『DAVID BOWIE is』に出展される自画像。鋤田正義が撮影した、アルバム『ヒーローズ』のアイコニックなジャケットと同じポーズをとっている
PRINT AFTER A SELF-PORTRAIT BY DAVID BOWIE,1978/ COURTESY OF THE DAVID BOWIE ARCHIVE/ IMAGE ⓒ VICTORIA AND ALBERT MUSEUM

「実はボウイにノーと言われた」という暴露話が続々聞かれるようになったのも、彼が亡くなってからのこと。もはやみんな、恥じるどころか自慢げだ。コラボレーションを切望していたコールドプレイは、曲を送って打診してみたものの「出来がよくない」と突き離され、レッド・ホット・チリ・ペッパーズはアルバムのプロデュースを幾度も依頼し、毎回断られたという。〝前科〞も枚挙にいとまがなく、2012年のロンドンオリンピック開会式への出演依頼も、度重なる英国王室からの叙勲のオファーも辞退した彼は、相手が誰だろうと躊躇なくノーを言えた人。だからこそ、キャリアに汚点は少ない。

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