1月、世界中に衝撃をもたらした突然の訃報のあとも、生前にもまして人々の心を揺り動かしつづける永遠のポップ・スター。デヴィッド・ボウイが私たちに遺していった最後のイリュージョンとは

BY HIROKO SHINTANI

画像: 約40年にわたってボウイを撮り続けた鋤田正義が、1980年の来日時に阪急電車内で撮影。日本文化に深い関心を抱いていた彼は、新婚旅行でも日本を訪れている PHOTOGRAPH BY MASAYOSHI SUKITA

約40年にわたってボウイを撮り続けた鋤田正義が、1980年の来日時に阪急電車内で撮影。日本文化に深い関心を抱いていた彼は、新婚旅行でも日本を訪れている
PHOTOGRAPH BY MASAYOSHI SUKITA

 だが一方で、自分の感性に響けば称賛を惜しまず、コラボレーションにも積極的だったのがボウイだ。たとえば、BBC放映のテレビドラマ『ピーキー・ブラインダーズ』の大ファンだったというのは死から数カ月がたってからわかったことだが、リリース前の『★』を制作陣に聴かせて「ぜひ次のシーズンで曲を使ってほしい」と持ち掛けていたという。今年 2月、英国最大の音楽賞であるBRITアウォードの授賞式で、彼の追悼パフォーマンスに起用されたロードも、ひそかな お気に入りだった。現在19歳、3年前にアルバム『ピュア・ヒロイン』で一躍、音楽界を席巻したニュージーランド人のシンガー・ソングライターだ。常に新しい音楽をサポートしていた彼が惚れ込み、〝音楽の未来〞と絶賛していたため、家族と関係者が推薦したのである。また、インターネットの可能性にいち早く着目して1998年に独自のウェブサイトを設立していたボウイは、ソーシャル・メディアにも面白い足跡を残した。亡くなる前に、彼のツイッターの公式アカウントが最後にフォローしたのは、 “神(God)”を名乗る人物。実際にはブロードウェイで上演中の演劇作品『アン・アクト・オブ・ゴッド』の宣伝用に設けられたものだが、この一件はボウイの遊び心を物語るとともに、彼の死生観やスピリチュアリティを巡ってさまざまな憶測を呼んだ。10代の頃に仏教に興味を抱き、神の存在を否定したニーチェに傾倒し、一時はオカルティズムに心酔して、キリスト教にも目を向け......と、持ち前の好奇心に任せてひととおりのオプションを掘り下げていたことは、よく知られている。

画像: 1973年に鋤田正義が撮影したボウイ。着用しているのは山本寛斎が『アラジン・セイン』ツアーのために用意した、刺しゅうを施したシルクのスーツだ。ボウイは1971年にロンドンでショーを行った山本のデザインに惚れ込み、同ツアーの衣装制作を依頼。このスーツも回顧展『DAVID BOWIE is』で見ることができる PHOTOGRAPH BY MASAYOSHI SUKITA

1973年に鋤田正義が撮影したボウイ。着用しているのは山本寛斎が『アラジン・セイン』ツアーのために用意した、刺しゅうを施したシルクのスーツだ。ボウイは1971年にロンドンでショーを行った山本のデザインに惚れ込み、同ツアーの衣装制作を依頼。このスーツも回顧展『DAVID BOWIE is』で見ることができる
PHOTOGRAPH BY MASAYOSHI SUKITA

 そんなボウイに2002年に私がインタビューした際、「生きるために何らかの形のスピリチュアルな信条は必要なのか?」と質問を投げたことがある。すると、次のような答えが返ってきた。「確かアインシュタインだったと思うけど、"ヒューマニストとして生きることをできる限り学んで、あとは忘れていい" というようなことを言った。僕はそれを信じたい。重要なのは、この世界とそこで暮らす人々に、ヒューマニストの視点に立って接することなのだと。もちろん、何らかの大いなる知性が存在する可能性も完全に否定しているわけじゃないよ。まだ答えにたどり着いていないんだ」

 つまり、人間主義の無神論者を理想としていたと察せられるが、それから間もない2004年に作成された遺言状の中では葬儀に言及し、バリ島での仏教式の火葬、あるいは散骨を望んでいたというから(バリの宗教はヒンドゥーだが仏教の影響を強く受けている)、仏教への関心はずっと抱き続けたのだろう。1990年代初めに発表した、バリ島に捧げた曲「アムラプーラ」を聴き直してみると、"竹の薪の上に身を横たえる君を焼き尽くす"と、バリ島での火葬の情景を描くくだりに出くわしてゾクリとしたが、果たして"神"をフォローしたとき、あとで起きる騒ぎを想像してボウイは笑みを漏らしたのだろうか? 同じ2002年のインタビューで、「僕について人々が知らないことがあるとしたら、ユーモアのセンスを持ち合わせていることだね」と話していたのが思い出される。『★』でさえ例外ではない。無性に不安をかき立てるアルバムでありながら、随所に粋なユーモアが垣間見えた。エンディングで繰り返される言葉“I can't give you everything”も、必死に遺作を分析するわれわれに、「すべてを明かすわけにはいかないんだよ」とウィンクしているようでもある。

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.