かつて「性格俳優」は、あくまで助演という扱いにすぎなかった。しかし、今注目されている新しい世代の脇役たちは、目まぐるしく変化するハリウッドの中で、欠くべからざる存在となっている

BY BILGE EBIR, PHOTOGRAPHS BY EMILIANO GRANADO, TRANSLATED BY G. KAZUO PEÑA(RENDEZVOUS)

画像: J・K・シモンズ 2014年の『セッション』でアカデミー賞助演男優賞を受賞。昨年12月から今年4月までアメリカのケーブルテレビのSTARZチャンネルで放送されていた『カウンターパート シーズン1』(※現在シーズン2を制作中)で主演を務めた GROOMING BY ELIZABETH HOEL-CHANG AT MCH GLOBAL

J・K・シモンズ
2014年の『セッション』でアカデミー賞助演男優賞を受賞。昨年12月から今年4月までアメリカのケーブルテレビのSTARZチャンネルで放送されていた『カウンターパート シーズン1』(※現在シーズン2を制作中)で主演を務めた
GROOMING BY ELIZABETH HOEL-CHANG AT MCH GLOBAL

 今まさに性格俳優への注目度が上昇しているのには、もうひとつの理由がある。ハリウッドが評価するに値する脚本を作らなくなったために、ベテランの映画製作者や脚本家がいわゆる「プレステージ・テレビ」を作り始めたことだ。 『マッド・メン』『ブレイキング・バッド』『ゲーム・オブ・スローンズ』『ハウス・オブ・カード 野望の階段』など、映画にひけをとらない、もっと言えば映画の先を行く、手の込んだテレビドラマだ。かつての演劇界がそうであったように、ここが性格俳優を生み出すための稽古場となっているのである。「私が思うに、テレビは登場人物のキャラクターが中心で、映画はストーリーが中心なのです」と言うのは、1980年代の性格俳優であり、現在は『HOMELAND』『ベター・コール・ソウル』などのテレビドラマの監督を務めるキース・ゴードンだ。「映画の場合、視聴者は『何が起きるか』を知りたがる。テレビの場合、視聴者は『自分が好きなこの登場人物に何が起きるか』を知りたがるんです」。一気にすべてのストーリーを観る、いわゆる「ビンジ・ウオッチング」欲をかき立てることだけが狙いのような役柄に奥深さを与えることができるのは、偉大な俳優だけだ。ネットフリックスで放送されている『BLOODLINE(ブラッドライン)』の演技で一昨年、エミー賞の主演男優賞に輝いたメンデルソーンがまさにそうだ。何時間、ひょっとすると何日間もともに過ごす登場人物(そしてそれを演じる俳優)は、視聴者の関心と感情移入を持続させるだけの魅力がなくてはならない。

 そういう意味では、評論家のギルバート・セルデスが100年近く前にエッセイでほめたたえた『The Itsy-Bitsy Actors(ちっぽけな俳優たち)』と、さほど変わっていないのかもしれない。彼らも同じくスクリーンという境界を突破し、はっきりとした人間的な感情を観衆に提示する力があった。だが初期の性格俳優たちは、ハリウッドが機械のように量産する個性のない夢の世界に、つかの間の休息を与えることしかできなかった。彼らの役目はあくまでもスターを支え、スターが物語を紡ぐ手助けをすることだけだった。今日では、作品の内容が記憶からフェイド・アウトしていっても、観客の記憶に長く残るのが性格俳優という存在だ。そして彼らサポート役の俳優たちが支えているのは、映画とテレビという業界そのものなのだ。

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.