BY KURIKO SATO
欧米に続き日本でもヒットを記録した『ハンナ・アーレント』(2012年)や、ヴェネチア映画祭金獅子賞を受賞した『鉛の時代』(1981年)など、硬派な社会派映画で知られるマルガレーテ・フォン・トロッタ監督。ニュー・ジャーマン・シネマの旗手であり、さまざまな時代に生きる女性たちの姿を真摯に見つめ続ける彼女の新作は、初のコメディだ。
「どうして今になってコメディを作りたくなったのか? それはまさに、これまで作ったことがなかったからです。社会派というレッテルにもそろそろ飽きてきたので(笑)、何か新しいことをやってみたくなったの。きっかけは、『ハンナ・アーレント』で一緒に仕事をしたバルバラ・スコバから、次はコメディを一緒に作らないか、と誘われたことです。結局彼女の仕事のスケジュールで実現はしませんでしたが、私はそのままストーリーを少し変更して、新しいキャスティングで撮ることにしました」

ニュー・ジャーマン・シネマを代表するひとり、マルガレーテ・フォン・トロッタ監督。キャリア44年で初めてのコメディに挑戦した
PHOTOGRAPH BY KURIKO SATO
こう語るトロッタ監督は、77歳とは思えないほど快活だ。20年来居を構えるパリの、とあるカフェで待ち合わせると、会うなり「こんにちは」「いかがですか」と、たどたどしいながらも日本語で話しかけてくれた。こちらが抱いていた「社会派の巨匠」という重々しいイメージとは裏腹に、ウィットに富み、朗らかによく笑う。
「ニューヨークの街も、一度はカメラに収めてみたいと思っていました。『ハンナ・アーレント』にはニューヨークのシーンがありましたが、実際に撮影をすることは叶わなかったので、なおさら未練が残りました」と語る最新作『ニューヨーク 最高の訳あり物件』は、ひとりの男をめぐる、年齢も立場も異なるふたりの女性のドラマを描く。
モデルのジェイドは、夫ニックの資金的サポートでファッション・デザイナーとしてのデビューを計画中。だがある日突然、彼から離婚を告げられる。追い打ちをかけるように、前妻のマリアがドイツから訪れ、ジェイドが暮らす高級アパートメントの権利の半分は自分にあると主張。決着が着くまでふたりは同じ屋根の下に住むことに――。40歳のキャリアウーマン、ジェイドと、子どものためにキャリアを手放した50歳のマリア。それぞれが困難を抱えながらも、自分なりのやり方で人生を前向きに生きようとするさまに感化され、勇気をもらえる。

モデル兼ファッション・デザイナーとしてのデビューを計画中のジェイド。仕事は順調だったが、ある日突然、スポンサーである夫から離婚を突きつけられる
「三角関係で女性同士がいがみ合う、というのはよくある話なので、それは避けようと思いました。物語の始まりはそんな風でも、そこから異なる展開にして、女性たちにより威厳や自尊心を与えたかったのです」
一方、マリアからジェイドに乗り換え、今はさらに若い女性に心を奪われるニック像は、いささか辛辣な視点を感じさせる。そうトロッタ監督に伝えると、笑ってこう答えた。「確かにその通り。でも実際に、ニックのような男性は世の中に少なくないでしょう。自分はどんどん老いているのに付き合う女性は若返っていくという(笑)。私は男性のことを憎んでいるわけではありませんが、フェミニストです。女性も男性と同様の権利を持つべきだし、もっと自由に、自尊心を持って生きて欲しいと思うのです」