急速に存在感を増すメタバースは、社会を変革するのか? 一般には、いまだゲームに代表される表層的なイメージが先行するメタバース。次なるグローバルプラットフォームとしての、本来の可能性を探る。

BY TOMONARI COTANI, ILLUSTRATION BY NATSUJIKEI MIYAZAKI, EDITED BY JUN ISHIDA

「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」。これは、SF(サイエンス・フィクション)の父と称され、『海底二万里』や『八十日間世界一周』の著者として知られる小説家ジュール・ヴェルヌの言葉だ。その至言にのっとるなら、メタバースもまた、いつの日か必ず実現するはずだ。今から30年前の1992年、SF(正確を期すなら、サイエンス・フィクションではなくスペキュレイティブ・フィクション)作家のニール・スティーヴンスンによって、すでに想像されているからだ。

画像1: もう存在する?それともまだ?
夢のバーチャル世界
メタバースを待ちわびて

 スティーヴンスンが小説『スノウ・クラッシュ』の中で描いたメタバースは、まるでフランスの哲学者ジャン・ボードリヤールが『シミュラークルとシミュレーション』で論じたハイパーリアル、つまりは「現実とシミュレーションが、およそ区別がつかないほどシームレスに統合された状態」をサイバー空間上に構築したかのような世界だった(ちなみに『シミュラークルとシミュレーション』は、映画『マトリックス』のインスピレーション源だったことをご存じの方もいるだろう)。

『スノウ・クラッシュ』に登場したメタバースをなぞるかのように、昨今語られているメタバースもまた、「大規模で相互運用可能なネットワーク内において、実質無制限のユーザーが同時かつ持続的に体験できる、リアルタイムレンダリングされた3Dバーチャル世界」の構築に向かっていると、大枠では言うことができる。その実装がいつになるのかは、まだわからない。「すでに存在する」というテックジャイアントのCEOもいれば、「まだ当分来ないだろう」と予測する投資家もいる。確かなのは、「メタバースが、WebやSNSに続く、次なるグローバルプラットフォームになることは間違いない」と、多くの企業やスタートアップ、投資家たちが信じていることだ。

 いったいメタバースは、どのようなものとして社会に立ち現れるのだろうか。あるいは、どのような状態になったことで「メタバースが到来した」と判断できるのだろうか。この点においてひとつの指標になるのが、メタバースにつながる技術領域に積極的な投資を行なっている投資家、マシュー・ボールの視点だ。メタバースについての論考をまとめた著書『The Metaverse: What It Is, Where to Find it, and Who Will Build It』のなかで彼は、「インターネットはひとつであり、Facebookのインターネット、Googleのインターネットといった表現や概念はない。同様に、メタバースもひとつであるべきで、『ある特定のメタバース』や『複数のメタバース』といったことにはなりえないだろう」と論じている。

 確かに現在のインターネットは、ほぼすべての国、数百万のアプリケーション、1億以上のサーバー、20億近いWebサイト、そして数百億のデバイスにまたがっている。これらのテクノロジーは、一貫した状態で情報をやりとりし、ネット上でお互いを見つけ、オンラインアカウントシステムやファイル(たとえばJPEGやMP4)を共有し、相互接続している。今や世界経済の50%がデジタル化しているとされ、その大部分をインターネットが担っている。

 インターネットがニュートラルなインフラとして社会に普及できた背景には、その成り立ちが関係しているのかもしれない。今日のインターネットのベースは、政府の研究機関や大学、あるいは独立系エンジニア等からなるさまざまなコンソーシアムや非公式なワーキンググループの活動を通じて、数十年かけて構築された。つまりほとんどが非営利団体だったのだ。開発された技術がオープンスタンダードを基本理念としたのは、まさにこの点に起因している。

 その結果、企業や個人は簡単かつ安価にインターネットのアセットを活用でき、独自に開発した技術を使ってインターネット上で利益を上げる行為を、誰に妨げられることなく行えた。そして、おそらく最も重要だったのが、インターネット以前の巨大企業による経済的支配を防ぐことができたことだった。その一方で、ほとんどの業界や個人は、モバイルやクラウドの重要性について予見できなかった。その結果が、一部の天才たち(つまりはGAFAの創業者たち)に覇権を握られた今日の経済的分断だ。

 インターネットのように、メタバースもオープンスタンダードなインフラになりえるのかはまだわからない。ただし、多くの人々がモバイルやクラウドの価値に気づけなかったWeb2.0のタイミングとは異なり、ブロックチェーン技術を活用し、Web3がもたらす非中央集権的な価値をいかに構築していくかについては、多様なプレイヤーたちが野心的かつスピーディに活動しているように思える。それはつまり、この先の未来において、現在プラットフォーマーとユーザーとの間に生じている経済的・情報的な格差を是正、あるいはリセットする可能性がある、ということにほかならない。

 そんなメタバース界隈において、日本ではどのような動きが起きているのか。Vol.2とVol.3では、先鞭的ケースを2例紹介する。

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