BY TAKAKO KABASAWA, PHOTOGRAPHS BY KIKUKO USUYAMA
“クスッ”と笑えるエッセンスをまとう
約3年前、林さんはミラノから東京へ拠点を移した。ワードローブを満たしていた洋服も厳選し、100足あったシューズは10分の1に。「好きなものしか買わない。だから持っているもものは全てが一軍なの」と言う林さんだが、その多くを潔く手放し、わずか6個のスーツケースにミラノでの30年間を詰め込んで、帰国した。
「洋服のほとんどは、黒、白、ベージュ、グレー。色がベーシックなだけに、素材に魅力を感じることが選ぶ基準。その中にクスッと笑える要素を感じられたらベストね」。よく見ると、ヨウジヤマモトのパンツはアシンメトリー、左右で幅も長さもさりげなく異なる。林さんのユーモアを求めるセンサーが、すかさず引き寄せたという。
「たとえば、同じデザインのシューズを黒と白の色違いで2足買って、その日の気分で左右異なる色を履くのよ。散歩をしながら“黒、白、黒、白”と呟くだけで楽しいじゃない」。既存のジャケットのボタンを、ひとつひとつバラバラのデザインのものに付け替えることもお手のもの。左右のレンズでフォルムが異なる、ユニークな眼鏡も愛用品のひとつだ。
お気に入りのアクセサリーを撮影用にお持ちいただきたいというリクエストには、「作る人もさることながら、買った私も見事でしょ」と陶製の蛸のネックレスをご披露。
ある時は、友人と待ち合わせたレストランへ、縁日で見つけた黒猫の風船を連れて、何食わぬ顔で林さんが登場したと聞く。隙のないモノトーンの出で立ちと、ヒョウキンな猫の表情とのギャップに、一同は相好を崩したそうだ。またある時には、自宅で真っ赤な口紅つけて鏡の前にひとり向かい、マスクをずらしながら“こんにちは”と挨拶をしてみたとも。モードでクールなたたずまいと、独創的な遊び心が溶け合い、なんともチャーミングな空気が林さんから放たれる。
「自分で自分を楽しくするんです。自分が凹むことが一番よくないから」と柔らかな声で語る。「身にまとうものにユーモアを加えて、自分の気分を上げる。くすっと笑えるものは、とっても大事。ファッションも、自分を助ける“味方”なのだと思います」。
これまでで最も記憶に残る買い物は何かと伺うと、「ピンクの毛皮!」と、またも意表をつく答え。「スカラ座に行くのに一度着たきりよ」。そんなコートを羽織った林さんは、満開の桜のごとく美しいだろう。
林ヒロ子(デザイナー)
18歳から20年間トップモデルとして活躍。モデル時代からモノ作りに強い関心をもち、デザイナーを志す。1984年にデザイナーとして独立し、'93年から単身ミラノにわたり、『HIROKO HAYASHI』を設立。「モノを作ることは、自分と向かい合うこと、自分を探求すること」と、情熱をもってモノ作りに取り組んでいる