BY REIKO KUBO, PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA
『Wの悲劇』や『ヴァイブレーター』をはじめ、日本映画史に残る名脚本で知られる脚本家であり、キネマ旬報ベスト・テン1位に輝いた『火口のふたり』など話題の監督作を放ってきた荒井晴彦が、松浦寿輝の芥川賞小説「花腐し」を大胆に脚色して映画化した。古い木造アパートで出会う男二人は、綾野剛演じるピンク映画監督の栩谷(くたに)と、柄本佑扮する脚本家志望の伊関。そしてゲスの極み乙女のドラマーとしても活躍する、さとうほなみが二人を繋ぐヒロイン、祥子を演じる。卯の花を腐らせるモノクロームの五月雨の下、湿気を帯びた男たちの過去の記憶が色鮮やかに蘇り交錯する。『火口のふたり』に続き、荒井監督とのコンビ2作目となる柄本佑と、オーディションを受けて本作のキャストを獲得したさとうほなみが、新作映画『花腐し』の魅力を語ってくれた。
柄本 伊関という役で脚本を読んでみてくださいと脚本をいただいて、4~5日経たぬうちに荒井監督から「プロデューサーが『返事が来てない』って言ってるけど。それでどう?」って電話がかかってきて、「脚本もらったばかりですけど、でもめちゃめちゃ面白いです」と。その時、荒井監督が「今回、『雨月物語』をやりたいんだよね」とおっしゃって。今までずっと幽霊なんてやるわけないっておしゃっていた方が、遂に幽霊ものを撮るんだ!とわくわくした記憶がありますね。
さとう 荒井監督、そんなことおっしゃってたんですか。いったい何があったんだろう(笑)
柄本 いろいろな人がいなくなっていく中で、恐らく荒井監督も幽霊とか、あの世とかこの世とかに踏み込んでいきたいときなのかな。
──では田中絹代ならぬ祥子役を演じた、さとうさんも監督からの直接オファーだったのですか?
さとう 私はオーディションでした。『火口のふたり』も拝見していましたし、荒井監督の脚本で、さらに監督もされるらしいと聞いて、面白そう!と思ってオーディションを受けたんです。オーディションでは、栩谷さんとの出会いのシーンなどを演じました。でも監督からは「祥子という役はもっと暗いんだけど、あなたは明るいでしょう」と言われ、これは落ちたわ、終わったな……と思って。でもなぜかその次にも呼ばれて。最近、監督に聞いたら「最初っから、ほなみに決めてたよ」みたいなことをおっしゃるから「嘘だね!」って(笑)。
──着想が『雨月物語』ですから、監督は祥子役にどこか幽玄というか、はつらつとしていないイメージを期待されていたのでしょうか。
さとう でも暗い印象を与える人でも、あるときは明るい面を見せる時があったり、ある人にしか見せない一面があったりしますよね。だから敢えて暗い雰囲気に持っていかなくてもいいのかなと自分の中では解釈しました。
──祥子が運ぶ不思議な縁で結ばれる栩谷と伊関は、二人で一人というか、どちらも荒井監督が投影されているところがあるでしょうか。
柄本 荒井監督に聞いたら恐らく、原作がそうなっているからだとしかおっしゃらないでしょうけど、表裏というか、間違いなく2人には荒井監督ご自身を投影されているところがあると思います。
──栩谷と伊関について、荒井監督や綾野さんとどんなお話をされましたか。
柄本 他の仕事の時もそうですけど、基本的に役についてとか喋ることがないんです。こんなに一緒のシーンで、ずっと台詞を交わしながら演じるのは初めてだったんですが、綾野さんとだと何か初めてみたいな気がしなくて、意外にすんなり入っていけた気がします。伊関の着ているロングコートやジーパンは自前で、若い時に映画を志していた頃には映画Tシャツを着るのどうですか、と監督に提案したり。衣装や格好を自分で作って準備して、なにしろ脚本としての強度が強いので、あとは現場で無責任にやらせていただいた感じです(笑)。
──さとうさんが演じた祥子の場合、二人の男それぞれの記憶の中の女を演じるのは難しくありませんでしたか。
さとう 最初に脚本を読んだ時、悩んだのはそこでした。伊関さんの台詞で「いい女だったよな」というのがあって。別れて何年も経つ人にそんなことを言わせるって、どれだけいい女だったんだろうと。そこは、ちょっとどうしようと思いましたが、でもそういうことではないかもと気づいて。「いい女だった」という記憶よりも、「いい思い出だった」という記憶なんじゃないかと考えて、彼らと過ごした時間の中で、何でもないことだけれど、これが面白かったね、美味しかったねとか、そういうことの記憶でいいんじゃないかなと思ったんです。そうしたらもう祥子がどういう人物かみたいなことを意識するより、栩谷さん、伊関さんとの関係性を大事にした方がいいな、と考え直しました。
柄本 今気づいたことがあって、荒井監督はずっと過去について語っているんだけど、過去の辛さも、現在の辛さとしてまったくもって美化しない。痛いものを痛いものとして、そのまま乗っけてくるんだよね。
さとう そうなの。男ふたりが話している思い出話が、まず本当に辛いですよね。祥子に関して言えば、伊関さんと過ごした時は、苦しい出来事もありながらも、希望に満ち溢れていた時期ですが、栩谷さんと一緒の時は、自分の中でもどうしていいかわからないような日々が流れていく中で死を意識するという辛い、辛い時間で。単純に体が変化する年代だったり、自分に近しいところもあって、だんだん鬱屈していく祥子を演じるのが本当にしんどかったですね。
柄本 荒井脚本の『赫い髪の女』にしても、石橋蓮司さんが宮下順子さんに、阿藤快さんを慰めてやってくれと頼んでおいて、蓮司さんはバーでひとりもんどり打つでしょう。辛い過去を辛いまま、現代でも徹底して美化しない。これは凄いことだと思いますね。一方で今回、荒井監督が「観る人を泣かしにかかってる」っておっしゃっていました(笑)
──伊関の部屋で目覚めた栩谷が、パソコンに打ち込んである脚本を読み、栩谷と祥子との場面を書き直すシーン、そしてラストの「さよならの向こう側」の熱唱は泣けましたね。
柄本 自分が出ている映画だと、どうしても僕は自分の反省ばっかり目について駄目ですけど、最後のカラオケのシーンはそうですよね。あ、それと僕は、最後に「おはようございます」って言う、さとうさんの顔が抜群によくて、ぐっときました。観る方たちには、そんな場面も楽しんでいただければなと思います(笑)。
[For Tasuku Emoto]
Styled by Shinichi Sakagami at Shirayama Office, Hair & Makeup by AMANO
[For Honami Sato]
Styled by Saki Nakazawa, Hair & Makeup by Asuka Takei at a-pro.
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