BY KURIKO SATO
36歳の既婚女性と13歳の少年の不倫という、実際の事件を題材に脚色した『メイ・ディセンバー ゆれる真実』の脚本を読んで惚れ込み、『エデンより彼方に』(2002年)や『キャロル』(2015年)で知られるトッド・ヘインズ監督にラブコールを送ったのが、本作で女優エリザベス役を演じ、プロデューサーも務めたナタリー・ポートマンだ。彼女の思惑は的中し、人間の深層心理に迫る奥深い映画は各国で大きな反響を得ることになった。
本作の核を担ったポートマンに、その情熱の所以を訊いた。
ナタリー・ポートマン(以下、ポートマン) 脚本を読んだとき、その素晴らしさに圧倒されました。キャラクターの特異性とともに、人間のアイデンティティと<繕う><フリをする>といったテーマを探求していることがとても興味深かった。それで以前からずっと一緒に仕事をしたいと思っていたトッド・ヘインズ監督に脚本を送ったのです。彼はアメリカの郊外について、独特の鋭い視点を持っている。そして、毅然としているように見える女性の内面の悩みを描くことに長けている。彼は本作のようなテーマについて、ぜったい面白い映画を作ってくれるに違いないと思ったのです。以前、別の作品の脚本を送ったときは実現しなかったのですが、今回彼が引き受けてくれてとても嬉しいです。
サミー・バーチの手による脚本は、1996年に起きた事件そのものを描くのではなく、23年後にその話が映画化されることになり、ヒロインに扮する女優エリザベスが、現在もカップルとして生活を送るグレイシー(ジュリアン・ムーア)とかつての少年であるジョー(チャールズ・メルトン)の元を訪れることで、幸福であるかに見えたふたりの間に亀裂が入っていくというストーリーだ。
ポートマン この映画が描いているのは、人間のインモラルな面であり、複雑さです。彼らは本当に幸せなのか。それは装いにすぎないのではないか。さらに芸術は道徳的であり得るのか、といったテーマもあります。というのも、センセーショナルな事柄をスキャンダラスに、あるいはグラマラスに描くことなしに映画にするのは本当に難しいからです。でもサミーの脚本には、テーマと距離を置いたユーモアも含まれている。セレブリティやショービジネスに関する辛辣な皮肉があり、そこが面白いと思いました。エリザベスとグレイシーが対話するときは、ふたりとも上辺を取り繕っています。わたしはエリザベスが演技ではなく、素に戻るときはいつなのかと考えながら演じていました。彼女は自分のことしか考えていないタイプ。そして個人的にはグレイシーとジョーにシンパシーなど感じていない(笑)。ラストシーンの彼女とグレイシーの対峙は、辛辣すぎて滑稽さがあります。トッドの素晴らしい演出によって本作は、悲劇性とコメディ、不条理と滑稽さが混じり、感動的でありながら深く不穏でもあるという、重層的な魅力を持った作品になっているのです。
ジュリアン・ムーアと共演することも夢だった、というポートマンにとって、ムーア扮するグレイシーを、「フィクションとして演じるために研究するエリザベス」を演じることはメタ的であり、チャレンジだった。
ポートマン 撮影前はとてもナーバスになりました。というのも本作ではリハーサルがなかったからです。ジュリアンがどんなふうにグレイシーを演じるのか、トッドに根掘り葉掘り訊きました(笑)。でも幸運だったのは、トッドが物語の時系列に沿って撮影をしてくれたこと。そのおかげで、徐々にジュリアン/グレイシーのことを研究することができたんです。さらにジュリアンは、わたしが真似しやすいような特徴的な喋り方や、身のこなしなどを考え抜いて作りだしてくれました。撮影中はずっと彼女を観察し続けていたので、むしろ撮影が始まったら気が楽になりました。さらにこの映画のテーマ曲になっているミシェル・ルグランの曲を掛けながら撮影したことも、雰囲気に溶け込むのに役立ちました。音楽を掛けながら撮影したのは初めてだったのですが、とても演じやすかったです。
本作でポートマンは、ゴールデン・グローブ賞の最優秀主演女優賞(ミュージカル/コメディ部門)にノミネートされるなど、女優として再び高い評価を受けた。12歳のときにリュック・ベッソン監督に見出され、『レオン』(1994年)で映画デビューを飾り、『ブラック・スワン』(2010年)ではアカデミー賞主演女優賞を受賞。一方、『スター・ウォーズ』エピソード1〜3(1999年~2005年)のアミダラ役や、『マイティ・ソー』(2011年)のジェーン・フォスター役など、ハリウッドのフランチャイズ映画でも活躍し、俳優としてエンパワーメントをもたらす存在であり続ける。今年はデビュー30周年を迎えるとともに、12年間連れ添った振付師バンジャマン・ミルピエと離縁し、公私にわたる節目を迎えた。
ポートマン 振り返るとクレイジーな年月だったけれど、これからは今まで以上にチャレンジしたいし、学び続けたいと思っています。この業界はフィールドが広がれば広がるほど、いろいろな人に出会えてエキサイティング。たとえば国際映画祭のような場所は世界中から作品が集まって、言語もその表現方法も異なる。多くの異なるカルチャーを学べるし、ワールドシネマに興味が湧く。そういう機会に出合えることはとても恵まれたことで、インスパイアされます」
『メイ・ディセンバー ゆれる真実』
7月12日(金)TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
公式サイトはこちら
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