BY MICHAEL PAULSON, TRANSLATED BY JUNKO HIGASHINO
ハリウッドのビッグスター、ロバート・ダウニー・Jrは今月初めにブロードウェイ・デビューを飾った。新作劇『マクニール』で、彼が演じるのは人工知能(AI)に取り憑かれた小説家だ。 来春にはジョージ・クルーニーが『グッドナイト&グッドラック』でブロードウェイの舞台劇に初挑戦する。デンゼル・ワシントンはシェイクスピアの『オセロ』で7年ぶりに舞台に戻り、ジェイク・ギレンホールと共演する。
さらに特筆すべきは、来秋、キアヌ・リーブスがブロードウェイのセリフ劇に初出演すること。彼と共演するのは、映画『ビルとテッド』シリーズでキアヌと長年タッグを組み、怠け者の友人役を演じてきたアレックス・ウィンター。彼らは劇作家サミュエル・ベケットによる悲喜劇『ゴドーを待ちながら』で再び、冴えないふたり組を演じる。パンデミック後、制作費の高騰や観客数の巻き返しといった課題を解決しきれていないこの業界では「スターパワー」に大きく賭けている。スター俳優の出演によって演劇界にいち早く活気が戻るようにと願っているのだ。
これまでも映画界やポップ界のスターたちが単発的に舞台を踏んできたが、これほど多くのハリウッドスターが顔を揃えたことはなかった。今や多くのプロデューサーたちが、ブロードウェイの主な収入源だった華々しいミュージカルより、短期間だけ公演するスター主演の演劇作品のほうが費用効果は高いと考えているのだ。
俳優たちがブロードウェイの舞台に立つ理由はほかにある。テレビや動画配信会社のスクリプテッドコンテンツ(註:映画やドラマなど脚本があるもの)が減り、ハリウッドが人気映画の続編やスピンオフ製作に主眼を置く中で、彼らは舞台で、もっと挑戦しがいのあるストーリーを演じてみたいと思っている。
「ラバースーツを着るような映画に出れば巨額のギャラが手に入る。でも舞台に立ったときに得られる精神的な見返りのほうがずっと豊かで貴重なんだ」とクリスチャン・スレーター。彼はこの冬、オフ・ブロードウェイでサム・シェパードの戯曲『飢えた階級の呪い(Curse of the Starving Class)』に出演する。共演者はキャリスタ・フロックハート だ。
10年ほど前、ブロードウェイの演劇界にこんな変化が起きるとは誰も想像していなかっただろう。当時の演劇関係者たちは、ブロードウェイのチケット購入者の大半が歌とダンスにしか興味がないツーリストだという状況に頭を抱えていた。ブロードウェイからセリフ劇がなくなるのではないかと危ぶまれた時さえあったが、今は逆にセリフ劇の演目数のほうが増えている。
映画や演劇の制作を行う「シービュー・プロダクションズ」のプロデューサー、グレッグ・ノビーレ が言う。「僕らの演劇作品の大半は、スター主演の期間限定公演です」。先シーズン、ノビーレが手がけ、ジェレミー・ストロングが主役を務めた『民衆の敵(An Enemy of the People)』は大ヒットし、17週間にわたって上演された。今シーズンはさらに多くの演目を披露する。今月からはNetflixのティーン向け人気番組『ハートストッパー』のスター、キット・コナーと、2021年公開の映画『ウエスト・サイド・ストーリー』のマリア役を務めたレイチェル・セグラー を起用した現代版『ロミオとジュリエット』を開幕。ジョージ・クルーニーの舞台も予定している。「今や、どんな分野であれ人々の注目を集めるには、物事を“イベント化”すべきだと思うんです」
パンデミック以降、テレビ界や映画界のスターが登場したブロードウェイの舞台劇は話題を呼び、集客力もアップした。サラ・ジェシカ・パーカーと夫のマシュー・ブロデリックが共演した『プラザ・スイート』、サミュエル・L・ジャクソン主演の『ピアノ・レッスン』、ジェシカ・チャステインの『人形の家』、ジョディ・カマーの『プライマ・フェイシィ』がその一例だ。この追い風に乗ったプロデューサーたちの指揮下で、今後数か月間にわたり、ニューヨークで映画スターが呼び物の舞台劇が複数披露される。ケネス・ブラナー、キーラン・カルキン、アダム・ドライバー、ミア・ファロー、ダニエル・デイ・キム、ジュリアナ・マルグリーズ、ボブ・オデンカーク、ジム・パーソンズ、マリサ・トメイといったスクリーンスターたちが、ブロードウェイやオフ・ブロードウェイの舞台に挑戦する。
ブロードウェイのすべてにおいて「資金」は重要な役を務める。作品は投資家から資金を集めて創られるが、 セリフ劇に必要な費用はミュージカルよりずっと少なくて済む。ミュージカルは、一般的にキャスト数が多く、セットが凝っているだけでなく、ミュージシャンも必要なこともあり製作コストは莫大だ。ここ最近そのコストはさらに高騰し、ブロードウェイで新作ミュージカルを1本立ち上げるには、初期投資として2000万ドル以上必要だ。来春上演するベティ・ブープを題材にした新作ミュージカル『ブープ!』には、約2600万ドルの資金が投入された。だがセリフ劇ならその半分以下で済む。証券取引委員会に届け出された書類によると、現代版『ロミオとジュリエット』の舞台のために調達された資金は700万ドル程度だという。
だが投資家の出資額が少なければ、当然リターンも少なくなる。演劇作品が成功した場合、投資家へのリターンは30%だが、ミュージカルの超大作で(滅多にないが)大きな劇場でロングランを続け、スピンオフ作品の巡回公演などがあると、その何倍ものリターンがもたらされる(だがここ2シーズンに披露された新作ミュージカル24作品のうち、今のところ黒字化したのは『& ジュリエット 』のみ。『ヘルズ・キッチン』と『アウトサイダーズ』の2作品も黒字が見込めそうだが、現時点ではまだ確実とは言えない)。
ブロードウェイでの報酬は、ハリウッド並みとは言えないまでも決して悪くはない。商業演劇(註:営利を目的とする演劇)の場合、スターは契約交渉で定めた基本の出演料に、興行収入または利益の何%かを上乗せして支払われることが多い。一般的に舞台演劇で利益を出すには、ハリウッドスターは少なくとも4カ月間出演する必要がある。最近のプロデューサーは資金面の詳細をスターと共有するそうだが、その理由をプロデューサー兼ゼネラルマネージャーのスー・ワグナーが教えてくれた。「スターたちはみんな、ブロードウェイの舞台に6週間だけ立ちたいと言うんです。でもそれではうまくいかないので、損益分岐点チャートを見せて理解を得るようにしています」
スターが主演する舞台劇の数は増加の一途をたどっている。今シーズンは、ジョン・ムレイニー、サラ・スヌーク、アンドリュー・スコットもブロードウェイの舞台に立つ可能性がある。「多くの俳優たちはこれだと言う脚本に出合えるのを待ち構えている状況です」と、プロデューサー兼ゼネラルマネージャーのジョン・ジョンソンが言う。ハリウッドの映画づくりへの姿勢が変わってしまったことも、この流れを後押ししている。演劇プロダクション「ニュー・グループ」の創立者で、アーティスティック・ディレクターも務めるスコット・エリオットはこう分析する。「インディーズ映画の市場はとても小さく、大スターでもほとんど出番がない。だからスターたちは、斬新なストーリーを演じられるほかの場所を求めているんです」。今シーズンの「ニュー・グループ」は、トメイ、フロックハート、スレイターなどが出演する彼らのオフ・ブロードウェイ作品を「絶対見逃せないスターと舞台」というキャッチコピーで宣伝している。
才能を披歴したいと考える映画やテレビのスターにとって、ブロードウェイは魅力の多い場所だ。舞台を踏むこと自体がまずステータスであり、賞を授賞できる可能性もある(今シーズン出演するスターの中には、すでにエミー賞、グラミー賞、オスカー賞の3つを獲得している人がいる。トニー賞がもらえればEGOT⦅註:4つの賞すべてを手に入れること⦆を制覇できることになる)。そして何より舞台のライブ感がたまらないそうだ。スクリーンスターには舞台出身者も多いが、彼らは舞台上だと映画より、演技や役作りに自由な裁量が許され、キャスト同士のつながりが感じられると言う。
女優ジュリアナ・マルグリーズは、今月下旬からベストセラー作家デリア・エフロンの自伝的小説『Left on Tenth』を脚色した舞台演劇に出演し、ピーター・ギャラガーの相手役を務める。マルグリーズは「舞台演劇ほど素晴らしいものはない」と言い切るが、ここ18年間は舞台とは無縁だった。「もともと舞台出身というのもあって、ずっと舞台に戻ってみたいと思っていました。映画やテレビとは違って、観客と瞬間を共有し、一体感を得られるのが舞台の醍醐味なのです」
マルグリーズは、ジョージ・クルーニーと共演した医療ドラマ『ER 緊急救命室』で一躍有名になった女優だ。「何年も前のことですが、あの医療ドラマが終わったあと、ジョージに『舞台に挑戦してみたら』って勧めたことがあるんです。でも彼は『とんでもない。舞台なんて絶対やらないよ、絶対に』と首を横に振っていました」。だがマルグリーズは、今シーズン、自分と同じようにクルーニーも舞台に立つことを知って彼にメールを送った 。
「『ジョージ、舞台に出ると決めたあなたを誇りに思っている。でもこんなふうに言っている私も、生の舞台ではやはり緊張してしまって』と書いたら、ジョージからこう返ってきました。『僕だって緊張しているよ。でもようやく、舞台に挑戦するその時が来たんだ 』」
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