ドラマ、映画、ミュージカル。歌舞伎の伝統を新たなジャンルへと拡張し、自在に活躍する片岡愛之助、中村獅童、尾上松也。充実のインタビューをプレイバック。

BY MARI SHIMIZU, SHION YAMASHITA, JUNKO HORIE

中村獅童

いつか歌舞伎座の大舞台でーー
中村獅童が追い続けた夢

(2020年11月公開記事)

 和服姿で取材会場に現れた中村獅童さんは穏やかな表情で、ゆっくりとした口調ながら極めて冗舌だった。取材の主旨は歌舞伎座の「吉例顔見世大歌舞伎」第四部で上演され、獅童さんが主演する『義経千本桜 川連法眼館』について。話のなかで何度か繰り返されたのが「夢」という言葉で、とりわけ印象的だったのは「夢は見続ければ必ずかなう」という実体験に基づくフレーズだった。

 この作品の舞台となるのは吉野山中のとある館。実の兄である源頼朝から追われる身となった源義経が匿われている場所である。そこへ義経の家臣である佐藤忠信を名のる人物が、相前後してふたり訪ねてくる。結論を明かしてしまうと、物語の主軸となるのは後から来る“偽”忠信、実は狐の化身である。『義経千本桜』という物語全体のキー・アイテムである“初音の鼓”の皮にされた雌雄の狐の子供で、親である鼓の音を慕って現れるという設定だ。

画像: 中村獅童(NAKAMURA SHIDOU) 歌舞伎俳優。1972年9月14日生まれ。初代中村獅童の長男。祖父は三代目中村時蔵。1981年6月歌舞伎座『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』御殿の豆腐買の娘おひろで二代目中村獅童を名のり初舞台。1998年名題適任証取得。2003年映画『ピンポン』のドラゴン役で第二十六回日本アカデミー賞新人俳優賞、第四十五回ブルーリボン賞新人賞などを受賞して脚光を浴び、映画、舞台、テレビドラマなど多方面で活躍。2009年重要無形文化財(総合認定)に認定され、伝統歌舞伎保存会会員となる © SHOCHIKU

中村獅童(NAKAMURA SHIDOU)
歌舞伎俳優。1972年9月14日生まれ。初代中村獅童の長男。祖父は三代目中村時蔵。1981年6月歌舞伎座『妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)』御殿の豆腐買の娘おひろで二代目中村獅童を名のり初舞台。1998年名題適任証取得。2003年映画『ピンポン』のドラゴン役で第二十六回日本アカデミー賞新人俳優賞、第四十五回ブルーリボン賞新人賞などを受賞して脚光を浴び、映画、舞台、テレビドラマなど多方面で活躍。2009年重要無形文化財(総合認定)に認定され、伝統歌舞伎保存会会員となる
© SHOCHIKU

  獅童さんがこの大役に初めて取り組んだのは2001年11月、一回限りの試演会でのことだった。抜擢したのは2012年に他界した中村勘三郎さん。当時のことを振り返る。
「うまくできなくて勘三郎のお兄さんに何度も何度も怒られました。それこそお兄さんを嫌いになりそうなくらい。公演当日も行くのが嫌で嫌でなかなか楽屋入りしないものだからみんなから心配される始末でした」

 初めての主役に委縮し「震えながら」その時を迎えた獅童さんだったが、意を決して花道を出ていくとそこにはそれまで目にしたことのない光景が広がっていた。「お客様がものすごく温かく迎えてくださったんです。わーっというこれまで耳にしたことのない拍手に包まれたら『俺、できる!』と思えたんです。そうしたら緊張が吹っ飛んであとは無我夢中でした」
 気がつけば、観客も出演者も一座していた先輩も場内一体となっての涙のカーテンコール。「舞台に出る喜びや楽しみを、苦しみと共に肌で味わった経験でした」

画像: 『義経千本桜 川連法眼館』源九郎狐=中村獅童(平成15年1月浅草公会堂) © SHOCHIKU

『義経千本桜 川連法眼館』源九郎狐=中村獅童(平成15年1月浅草公会堂)
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 動物ながら、親への思慕の情を見せる仔狐。その姿に、武士として戦に明け暮れ肉親相食む修羅の世界に生きる義経は心を動かされる。満開の桜に彩られた詩情豊かな内容である一方、舞踊的で軽やかな演技やアクロバティックな動きなど派手な見せ場の多い作品でもある。それだけに技術や歌舞伎特有の様式的演技が要求される役なのだが、勘三郎さんが最も重要視したのは「役の気持ち」だった。獅童さん演じる狐忠信は義経だけでなく、そこにいた人々の心をわしづかみにしたのだった。オーディションで獲得したドラゴン役で出演した映画『ピンポン』がヒットする前年の出来事である。

 本公演での初めてのチャレンジは2003年1月の「新春浅草歌舞伎」。
「またお兄さんにめちゃくちゃ怒られて『どうしてダメなのかわかる?』と聞かれました。そして前回より少しでもうまくやろうという思いから、気持ちが疎かになっていたことに気づかされました」

 それ以来となる11月の舞台、勘三郎さんの教えを胸に、当時の書き込みのある台本を手にして臨む。獅童さんにとっては、「歌舞伎座で初めて勤めさせていただく古典の主役」。歌舞伎座で主役を演じた経験はあるが、それらはいずれも新作や明治以降に誕生した新歌舞伎でのことだった。
「父が役者を廃業していた自分は『歌舞伎座で主役は無理だろう』と言われたことがあるんです。19歳の時でした。そんなことを言われたら心折れますよね。でもあきらめなかった。あきらめたくなかったんです」

画像: © SHOCHIKU

© SHOCHIKU

 だから「古典中の古典である『義経千本桜』を歌舞伎座でさせていただけるのは自分にとって特別なこと」なのだという。夢はかなった。けれどこれはゴールではない。
「ひとつの役を一生かけて演じていけるのが歌舞伎。その時だからこそ表現できることというのがあるんです。そこで試されるのは技術だけでなく人間として何を感じ考えて来たかという日々の生き様。前回、浅草で勤めてから17年。その間には自分もいろいろなことを経験しました。これまで生きて来た中村獅童のすべてをぶつけてこの役を勤めたいと思います。そして一生かけて歌舞伎というものを追求していきます」

 獅童さんにはもう一つ、この公演にかける思いがあった。それは、「ニコニコネット超会議」のイベントとして2016年に誕生した「超歌舞伎」で、新たなチャレンジをともに続けてきた澤村國矢さんに出演してもらうこと。「超歌舞伎」とは、最新のデジタル技術によって初音ミクを始めとするボーカロイドと生身の俳優の演技を融合させた新たな歌舞伎のことである。
「澤村藤十郎さん門下のお弟子さんである國矢さんはとても勉強熱心で実力のある役者さん。『超歌舞伎』で敵役を演じてもらったところ、それまで歌舞伎なんて見たこともなかった若い世代の心にヒットしたんです」

画像: ニコニコネット超歌舞伎 2020夏 超歌舞伎『夏祭版 今昔饗宴千本桜』 © SHOCHIKU

ニコニコネット超歌舞伎 2020夏 超歌舞伎『夏祭版 今昔饗宴千本桜』
© SHOCHIKU

 会場となる幕張メッセのイベントホールはいつもライブ会場さながらの盛り上がり。コロナ禍にある今年は無観客上演で『夏祭版 今昔饗宴千本桜』を無料生配信したところ、23万5,000人が視聴したという。その舞台は國矢さんと、獅童さん門下の中村獅一さんをこれまでになくフィーチャーした内容だった。
「どんな状況であっても夢や希望を持てるということが大切。あきらめずに一所懸命やっていれば、いつかそれは叶うと信じられること。それを示すことができたらと思うんです」

 上演中の『義経千本桜』で國矢さんが演じているのは義経の家臣である亀井六郎だ。歌舞伎の作法に則った確かな技術と溌溂とした演技で、様式美あふれる舞台を力強く支えている。
 かつて勘三郎さんがそうであったように、真摯に芸と向き合う者に目を配り歌舞伎の活性化と発展を願う獅童さん。歌舞伎という芸能にはこうしたところにも先人の魂が息づいているのだ。

BY MARI SHIMIZU

歌舞伎座『吉例顔見世大歌舞伎』(本公演は終了しました)
第一部『蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)』
第二部『新古演劇十種の内 身替座禅(みがわりざぜん)』
第三部『一條大蔵譚(いちじょうおおくらものがたり) 奥殿』
第四部『義経千本桜(よしつねせんぼんざくら) 川連法眼館』

会期:2020年11月1日(日)~26日(木)
休演日:11月6日(金)、18日(水)
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
料金:1等席¥8,000、2等席¥5,000、3階席¥3,000、1階 桟敷席¥8,000
※4階幕見席の販売はなし
公式サイト
<チケットの購入は下記から>
電話: 0570-000-489(チケットホン松竹)
チケットWEB松竹

尾上松也

「新春浅草歌舞伎」将来を見据えて大役に臨む尾上松也の覚悟

(2019年12月公開記事)

 東京・浅草の地で初春に歌舞伎公演を行うようになってから2020年で40周年となる。その「新春浅草歌舞伎」は、いつしか若手歌舞伎俳優の登竜門といわれるようになり、不定期に世代交代を繰り返しながら出演者と年齢の近い若い歌舞伎ファンを獲得してきた。

 出演する若手俳優たちの中で、いまリーダー的立場にあるのが尾上松也さんだ。テレビやミュージカルなどでも活躍し、話題の新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』ではユパ役を好演。そんな松也さんが、新年の浅草で挑むのは古典の大役だ。どんな思いで役に取り組むのだろうか。

画像: 尾上松也(ONOE MATSUYA) 歌舞伎俳優。1985年生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月、「伽羅先代萩」の鶴千代役にて二代目尾上松也を名のり初舞台。「連獅子」、「寿曽我対面」曽我五郎、「熊谷陣屋」藤の方、「仮名手本忠臣蔵」 顔世御前等、幅広い役を演じる。近年は立役として注目され、「鳴神」の鳴神上人、「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助、『御所五郎蔵』の五郎蔵などの大役を任されている。新作歌舞伎、ミュージカル、テレビドラマやバラエティなどでも活躍 © SHOCHIKU

尾上松也(ONOE MATSUYA)
歌舞伎俳優。1985年生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月、「伽羅先代萩」の鶴千代役にて二代目尾上松也を名のり初舞台。「連獅子」、「寿曽我対面」曽我五郎、「熊谷陣屋」藤の方、「仮名手本忠臣蔵」 顔世御前等、幅広い役を演じる。近年は立役として注目され、「鳴神」の鳴神上人、「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助、『御所五郎蔵』の五郎蔵などの大役を任されている。新作歌舞伎、ミュージカル、テレビドラマやバラエティなどでも活躍
© SHOCHIKU

 まず、古典歌舞伎でも屈指の人気を誇る『寺子屋(てらこや)』。出演者同士で意見交換をするなかで、上演したい演目として毎年のように候補に上がっていたものだという。松也さんは今回、その主役である松王丸を演じる。
「先輩方の素晴らしい舞台が、みんなそれぞれに強く印象にありますので。松王丸と源蔵は立役(男役)なら誰もがぜひ演じてみたいと思うお役だと思います」

 古典の三大名作のひとつ『菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)』。『寺子屋』はその中でも最も有名な場面だ。物語の舞台となるのは、武部源蔵という人物が営む寺子屋。天下を狙う悪人、藤原時平の陰謀で失脚した菅丞相(菅原道真)の息子・菅秀才を、源蔵は秘かに匿っている。それが時平方に知れ、菅秀才の首を差し出すように命じられた源蔵が、思案にくれるところから芝居は始まる。
「以前に二度、源蔵のお役を経験したことで松王丸への興味が増し、松王丸も演じてみたいという気持ちがより強くなりました」

画像: 「新春浅草歌舞伎」より。『菅原伝授手習鑑 寺子屋』松王丸=尾上松也 © SHOCHIKU

「新春浅草歌舞伎」より。『菅原伝授手習鑑 寺子屋』松王丸=尾上松也
© SHOCHIKU

 時平の使者として寺子屋へやって来るのが松王丸だ。筋を明かしてしまうと、松王丸は本心では菅丞相に心を寄せ、何とか菅秀才を助けたいと思っている。また菅丞相に一方ならぬ恩義を感じている源蔵が菅秀才を手にかけられないこともわかっている。そこで松王丸が下した結論は、我が子の小太郎を、素性を隠して寺子屋へ送り込むこと。新しく寺入りした小太郎の姿を見た源蔵は、菅秀才の身替りにすることを思いつく。実は松王丸の決断は、源蔵の行動を見越してのことだったのだ。

「とはいえ松王丸には、源蔵が実際にどうするかはわかりません。源蔵にとっては、身替り首が見破られるかもしれないという一か八かの作戦。互いに本心を隠し、様子を探り合いながらの心理戦で、緊張感のある芝居が続きます。そこに非常に歌舞伎らしい魅力を感じます」

『寺子屋』という物語を源蔵として二度生きてみて、「他人の子を手にかけてしまう源蔵のほうが、その心理はより複雑なのでは」というのが現時点での思い。
「すべてが突発的な出来事で瞬時に判断していかなければならない源蔵と違って、松王丸は我が子の命を差し出す覚悟を決めて乗り込んできているわけですから。ですが、実際に松王丸の立場に立ってみなければ本当のところはわかりません。直面するひとつひとつの場面で、何を感じそして何を思うのか……。表面上はあくまでも時平側の立場で、言葉と心情が一致しないなかでそれを見せていくのは非常に難しいことだと思います。だからこそ、やりがいのあるお役なのだと思います」

 もうひとつの大役、同じく古典三大名作のひとつ『仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)』七段目の大星由良之助もまた、言動と本音とが一致しない人物だ。赤穂浪士の大石内蔵助(役名は大星由良之助)が、主君の仇討ちのため吉良邸に討入る大望を心に秘めながら、それを悟られないよう廓で遊興に耽っているエピソードを描いた物語だ。

画像: 「新春浅草歌舞伎」より。『仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場』大星由良之助=尾上松也 © SHOCHIKU

「新春浅草歌舞伎」より。『仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場』大星由良之助=尾上松也
© SHOCHIKU

 艱難辛苦に耐える浪士を束ね、やがて偉業を成し遂げる赤穂藩の家老。松王丸や源蔵とは年齢も置かれた立場も異なる。
「大将としての風格を備えながら、脱力感のようなものも必要。ちょっとくだけた部分もありそれらをナチュラルに、貫禄と雰囲気で見せなければならない。若くして容易に勤められるお役ではありません。ですのでお話をいただいた時はたいへんに驚きました。
 一生のうちに誰もが経験できるお役ではありません。貴重なチャンスをいただいたので、ここで何かひとつでもつかめたら自分にとっても強みになる。大きなお役を一か月勤め続けることで、自分に返ってくるものは必ずありますから」

画像: 「新春浅草歌舞伎」の初日、出演者たちによる鏡開きの様子 © SHOCHIKU

「新春浅草歌舞伎」の初日、出演者たちによる鏡開きの様子
© SHOCHIKU

 2019年、松也さんは歌舞伎座で大きな経験をした。「團菊祭五月大歌舞伎」の夜の部で『御所五郎蔵』の主人公である五郎蔵を初役で勤めたのである。
「五郎蔵はいつか浅草で経験できたらと思っていたお役でした。それが歌舞伎座の、しかも自分にとって特別な公演である團菊祭で勤めさせていただけるなんて夢のようなお話です。足が震えて歩けないくらいの緊張感がありました。ですが気持ちはそうであっても実際にそうならなかったのは、浅草を始めいろいろな公演で大役を経験させていただいたおかげです」

「團菊祭」とは九代目團十郎と五代目菊五郎を顕彰する公演のことだ。2005年に他界した松也さんの父・六代目尾上松助が師事したのは、六代目菊五郎の芸を継いだ二代目尾上松緑。松也さんは代々続いた”歌舞伎の家”の生まれではないのだ。
「あの時は久々に父のことを思いました。『五郎蔵』は父が大好きな芝居で松助襲名の演目でもありました。襲名のお祝いというわけでもなく、團菊祭で自分が五郎蔵をさせていただくことを父はどう思うだろうと」

 道標である父を若くして失った松也さんは、志を共にする仲間と歌舞伎自主公演「挑む」を2009年に立ち上げ、ほぼ毎年のペースで公演を行ってきた。公演の運営も含めそこで磨かれたリーダーシップは「新春浅草歌舞伎」でも余すところなく発揮されている。

「由良之助に関しては近年感じたことないほどの不安があります。だからこそ、自分が試される時。このタイミングで経験させていただけることをポジティブにとらえ、先の将来も見据えてこの大役に臨みたいと思います」

BY MARI SHIMIZU

新春浅草歌舞伎(本公演は終了しました)
演目:第一部『花の蘭平』『菅原伝授手習鑑 寺子屋』『茶壺』
   第二部『絵本太功記 尼ヶ崎閑居の場』『仮名手本忠臣蔵 祇園一力茶屋の場』
会期: 2020年1月2日(木)~1月26日(日)第一部11:00~、第二部15:00~
会場:浅草公会堂
住所:東京都台東区浅草1‐38‐6
料金:1等席(1階席・2階席ぬ列まで)¥9,500、 2等席(2階席ね、の列)¥6,000、3等席(3階席)¥3,000
公式サイト
<チケットの購入は下記から>
電話: 0570-000-489(チケットホン松竹)
チケットWEB松竹

撮り下ろし舞台写真で愛でる令和を駆ける“かぶき者”たちーー尾上松也

(2024年5月公開記事)

画像: 「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也

「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也

 歌舞伎はもちろんのこと、ミュージカルやストレートプレイ、テレビドラマなどでも活躍している尾上松也さん。2021年8月には自身が主宰する歌舞伎自主公演シリーズ「挑む」のファイナル公演で新作歌舞伎『赤胴鈴之助』を上演し、Netflixで配信されたことでも話題になった。さらに2023年7月に新橋演舞場で上演された新作歌舞伎『刀剣乱舞 月刀剣縁桐(つきのつるぎえにしのきりのは)』では主演の三日月宗近を演じるだけでなく、舞踊家の尾上菊之丞さんとともに初めて演出も手がけ、2024年4月には同作がシネマ歌舞伎として公開された。演出という経験を通して、どんなことを実感したのだろうか?

──『刀剣乱舞』を創り上げる過程で印象に残っていることについて教えてください。

松也:企画に取り組み始めてから2年ほどかけて実現しましたが、今回初めて演出をさせていただいたことで、たくさんの新しい発見がありました。演出は、観る側に立って役者さんたちをリードしていく存在だと思うのですが、僕にはこれまでそうした経験がありませんでした。本来であれば自分がやりたいことがしっかりとあり、それを出演者の皆さんにお伝えしなければならないのですが、今回は作品を作り上げていく過程で役者さんたちの動きを見ていることで見出せたこともありましたし、いくつかの方向性がある中でどれがベストなのかを探っていくという過程も楽しかったです。一方で出演者側に立ってみると見える世界が180度変わり、演出担当として全体を把握しているはずなのに、舞台への出方一つとっても、どちらから出るのかが分からなくなってしまったこともありました。どれも僕にとってすごく不思議な体験でした。
 脚本もオリジナルでしたので、それを読んで感じた事からやりたいことを定めていくという、本当にすべてがゼロからのスタートでした。菊之丞先生と一緒に、お互いの感性を信じて創っていかなければなりませんでしたので、そうして迎えた初日は期待と不安の入り交じったような気持ちでした。いつもですと自分が演じるお役がお客様にどう届くのかということが気になるのですが、今回は幕が開くまでの時間に取り入れた演出も含め、お客様が劇場に入られてから出られるまでを一つのパッケージとしてどう受け止めてくださるのかがとても気になり、これもまた今までに経験したことのない感覚でした。

──2024年1月の「新春浅草歌舞伎」では初役で『魚屋宗五郎』の宗五郎を演じるにあたり、尾上菊五郎さんから指導を受けたそうですが、どんな学びを得ることができましたか?

松也:「新春浅草歌舞伎」では僕が“時代物(江戸時代よりも古い時代設定で主に武家社会を描いたもの)”好きということもありまして積極的に時代物に取り組んできましたが、今年は僕にとって一つの区切りの公演でもありましたので、菊五郎劇団が大切にしている“世話物(江戸時代の庶民の世相や風俗を映して描かれたもの)”を演らせていだきたいと思いました。中でも『魚屋宗五郎』は自分も何度も出演させていただいて七代目のお兄さん(尾上菊五郎)の宗五郎を間近で見てきた憧れの演目でした。実際に演じてみて痛感したのは、見ておくことがいかに大事かということ。初役で勤めさせていただいたのですが、自然と体が動き、まるですでに自分の中に『魚屋宗五郎』というお芝居がインストールされているような感覚でした。僕にとって特別な意味を持つ大切な演目の一つです。
 菊五郎のお兄さんは、「最初からすべてを求めるのではなく、今できることを一生懸命にやることが大事で、その経験を積み重ねなければならない」と常におっしゃっています。『魚屋宗五郎』に関しては「チームプレイで創り上げる演目」だともいつもおっしゃっていて、自分が宗五郎を演じたことで、そのお言葉の意味を理解することができました。世話物の“間”やテンポ、少しコミカルに感じられる世界観を創り出すのは主役の宗五郎一人ではなく、周りで演じている皆さんとのチームワークがあってこそ成立する演目なのだと思いました。また、宗五郎が殿様の屋敷の玄関先でご家老様と語る場面は、酔っ払っている中で喜怒哀楽のすべてを表現することがとても難しいということも教わりました。

──2024年は松也さんにとって30代最後の年ですが、これから歌舞伎俳優として目標にしていることはありますか?

松也:今はまだ正解みたいなものを必死に探している最中ですので、明確に“こうなりたい”という目標を言葉にするのは難しいのですが、あえて言うならば、若い頃から抱いてきた演劇や歌舞伎に対する情熱やモチベーションが常に向上しているということが、これからの僕の目標なのかもしれません。この気持ちを失ってしまったら、俳優を辞めるべきではないかという問いが自分の中のどこかに必ずあり続けてきました。大役を勤めさせていただく際にご指導いただく諸先輩方を拝見していると、どの方も熱い情熱を持ち続けていらっしゃることがひしひしと伝わってきます。ですので、その精神を僕も受け継いで、後輩たちにも繋げていきたいと思います。

──次世代に歌舞伎を観てもらうために、何をすることが大切だとお考えですか?

松也: 能や落語などと同じカテゴリーとして、歌舞伎が伝統芸能や古典という言葉で表現されることがありますので、歌舞伎に対してそういう印象を持たれている方は多いと思います。ですが僕自身は、歌舞伎は扱っている題材は古いかもしれませんが、現在進行形の“現代演劇”だと思って取り組んでいます。江戸時代とは違って、映画や劇場で上演される歌舞伎以外の演劇、ミュージカルなど、今はさまざまなエンターテインメントのコンテンツがライバルとして存在しています。さらにそうしたコンテンツを携帯電話などのデバイスで気軽に視聴することができる時代ですので、歌舞伎に限らず劇場に足を運んで観に来ていただくというハードルが、とても高くなったと思っています。その競争を勝ち抜くためには積極的にメディアに出演するなどといった、歌舞伎をご覧になったことがない若い世代の方たちの目を引く努力が必要だと思います。演劇は“お客様ファースト”、お客様に劇場に観劇に来ていただかないと成立しません。ですので、先輩、後輩などは超越して、歌舞伎を演じる者が全員で立ち向かっていかなければいけないと思っています。

──プライベートについて伺います。松也さんはキャンドルに火を灯したり、スニーカーを集めたりと多趣味であることでも知られていますが、何か新しい趣味が増えましたか?

松也:最近はいろいろなジャンルの音楽をレコードで聴いています。もちろん、キャンドルにも火を灯した空間でですよ(笑)。今年の誕生日に友人からジャズ系のレコードをプレゼントしていただいて、当初は飾っておくことしかできなかったのですが、以前からレコードに興味はあったので、これを機にプレーヤーも購入しました。ほぼ毎日、家に帰ると音楽を聴きながらゆっくり過ごすのですが、この時間に一番癒されています。デジタルの音源とは違って、レコードの音質は柔らかい感じがして、音に包み込まれるような感じが心地良いんです。しかもある程度聴いたら裏面にひっくり返さないと聴けないという多少手間がかかることもアナログな感じで気に入っています。
 レコードの数もかなり増えていて、ジャズ以外にも映画のサウンドトラックなど、ジャンルの幅は広いのですが、先日は『勧進帳』のレコードをネットで見つけて購入しました! 弁慶を七世松本幸四郎、富樫を十五世市村羽左衛門が演じているもので、後輩たちが家に遊びに来たときに一緒に聴いたこともあります。やはりレコードはすごく良いですね。
 中でも一番気に入っているのはトランペット奏者のマイルス・デイビスが1964年に来日した際のライブを収録したレコード。この演奏が、本当に素晴らしいんです!

画像: 「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也、遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精=尾上右近、股野五郎=中村萬太郎

「鴛鴦襖恋睦」河津三郎/雄鴛鴦の精=尾上松也、遊女喜瀬川/雌鴛鴦の精=尾上右近、股野五郎=中村萬太郎

画像1: 撮り下ろし舞台写真で愛でる令和を駆ける“かぶき者”たちーー尾上松也
画像2: 撮り下ろし舞台写真で愛でる令和を駆ける“かぶき者”たちーー尾上松也

 松也さんは、これまでの「團菊祭」で、2019年の『曽我綉侠御所染(そがもようたてしのごしょぞめ)』で御所五郎蔵に抜擢され、2023年は『寿曽我対面』の曽我五郎も勤めた。そして今年2024年の「團菊祭五月大歌舞伎」の昼の部では『鴛鴦襖恋睦(おしのふすまこいのむつごと)』の河津三郎、雄鴛鴦の精を勤める。
『鴛鴦襖恋睦』は「相撲」と呼ばれる上の巻と「鴛鴦(おしどり)」と呼ばれる下の巻で構成された人気のある歌舞伎舞踊の一つ。上の巻では遊女喜瀬川(尾上右近)が行司となって、河津三郎(尾上松也)と股野五郎(中村萬太郎)が相撲を取り、相撲の起源や技で恋争いを舞踊で表現している。争いに負けた股野は河津への遺恨をはらすために、河津の心を乱そうとして鴛鴦の雄鳥を殺し、その血を混ぜた酒を河津に勧めて立ち去っていく……。下の巻では夫を殺された雌鳥の心情を描いた“クドキ(女性の切ない心情を表現する場面)”や姿を現した股野を前に本性を顕す鴛鴦の精の“ぶっかえり(上半身の生地を重ねて仮縫いした部分の糸を引き抜いて生地が垂れることで瞬時に衣裳を変える手法)」などが見どころの作品だ。

──これまでも「團菊祭」では幕開きの演目を勤められていますが、その心境をお聞かせください。

松也:「團菊祭」という我々菊五郎劇団にとって大切な公演ですので、とても嬉しいです!これまでも御所五郎蔵や曽我五郎を勤めさせていただいて、その都度嬉しいのですが、「團菊祭」で主演の演し物を持たせていただけるということ自体が夢のようで、感慨深いものを感じています。チラシの配役の一番右側に自分の名前が載っていることのありがたさを毎回痛感しています。
 今回『おしどり』に出演させていただきますが、踊りに関してはまだまだ未熟だと感じていますので、こういった場で主演をさせていただくことは、自分にとって良いチャンスだと思っています。踊りの上手いとか下手だとかいうことが一体どういうことなのかは、僕自身も正直言ってわからないところもありますので、僕が目指すべきなのは、自分ができることで、“自分の色”というものを出すことなのかな、と。基本的には踊りもストーリーがあり、感情があって、振りにも気持ちが表れている。そういう心を大事にして、形にしていきたいと思います。

──初日を迎えて 5月4日に取材

「團菊祭」では、どんなことを実感していますか?

松也:『おしどり』は不思議な世界観の舞踊劇ですので、お客様がその華やかさや美しさに目を奪われているような表情でご覧になっているのを見て、踊る側としてもとてもやり甲斐を感じています。
 前半は舞踊で相撲を表現するところが面白いですよね。物語の展開としては少し急ですが、そこに歌舞伎舞踊ならではの魅力であって、面白いと思いながら勤めさせていただいています。後半は打って変わって夫婦の鴛鴦のしっとりした模様が描かれています。歌舞伎らしい大胆な演出技法やいわゆる“クドキ”という情愛を表現する部分、音楽が長唄と常磐津で分かれているところなど、楽しんでいただける要素がたくさんある演目だと思います。
 今回、股野を演じている萬太郎さんとは久しぶりの共演ですが、彼はとても真面目で誠実な方なので、一生懸命に体と声で役を体現されているのが伝わってきます。河津三郎と喜瀬川だけでは引っ張っていけないところを萬太郎さんがバランス良く導いてくださっていると思います。後半は、前半とは全く違ったテンポ感に変わりますので、気持ち的な部分で間を埋めたり、間を作ったりしていくことがとても重要になってきます。喜瀬川を勤める右近くんとは、目を交わすだけで気持ちが通じるので、毎日楽しく演らせていただいています。あえて変えているわけではありませんが、毎日違うニュアンスを感じながら演じなければ、特に後半はうまく伝わらないと思います。

2024年の團菊祭の昼の部では「四世市川左團次一年祭追善狂言」として『毛抜』が上演されています。この作品に出演しているお気持ちをお聞かせください。

松也:亡くなられた左團次のお兄さんには本当に可愛がっていただきましたので、そのご恩を思いながら勤めさせていただいています。左團次のお兄さんは皆に愛されていましたし、僕も大好きな方でした。今回は(市川)男女蔵さんが粂寺弾正をなさっていて、その舞台にご一緒できることはとても嬉しいですし、左團次のお兄さんを思い出しながら、毎日演じています。

画像3: 撮り下ろし舞台写真で愛でる令和を駆ける“かぶき者”たちーー尾上松也
画像4: 撮り下ろし舞台写真で愛でる令和を駆ける“かぶき者”たちーー尾上松也
画像: 歌舞伎十八番の内「毛抜」八剣数馬=尾上松也

歌舞伎十八番の内「毛抜」八剣数馬=尾上松也

画像: 尾上松也(ONOE MATSUYA) 東京都生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月歌舞伎座『伽羅先代萩』の鶴千代役で二代目尾上松也を名乗り、初舞台を踏む。2009年より歌舞伎自主公演「挑む」を主宰。近年は花形俳優の中でリーダー的な存在として頭角を現し、「新春浅草歌舞伎」では15年から座頭格として『仮名手本忠臣蔵 五・六段目』の早野勘平、『与話情浮名横櫛 源氏店』の与三郎など、古典作品の大役に挑んだ。ミュージカル『エリザベート』のルキーニ役など歌舞伎以外の演劇や日曜劇場『半沢直樹』(20年)、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や映画『ミステリと言う勿れ』(23年)などの映像作品、バラエティ番組といった幅広い分野で活躍している。 ©SHOCHIKU

尾上松也(ONOE MATSUYA)
東京都生まれ。父は六代目尾上松助。1990年5月歌舞伎座『伽羅先代萩』の鶴千代役で二代目尾上松也を名乗り、初舞台を踏む。2009年より歌舞伎自主公演「挑む」を主宰。近年は花形俳優の中でリーダー的な存在として頭角を現し、「新春浅草歌舞伎」では15年から座頭格として『仮名手本忠臣蔵 五・六段目』の早野勘平、『与話情浮名横櫛 源氏店』の与三郎など、古典作品の大役に挑んだ。ミュージカル『エリザベート』のルキーニ役など歌舞伎以外の演劇や日曜劇場『半沢直樹』(20年)、NHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』や映画『ミステリと言う勿れ』(23年)などの映像作品、バラエティ番組といった幅広い分野で活躍している。
©SHOCHIKU

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

團菊祭五月大歌舞伎(本公演は終了しました)
昼の部 11:00開演
一、『鴛鴦襖恋睦 おしどり』
二、 歌舞伎十八番の内『毛抜』
三、『極付 幡随院長兵衛』

夜の部 16:30開演
一、『伽羅先代萩』御殿 床下
二、『四千両小判梅葉』

※尾上松也さんは、
昼の部
『鴛鴦襖恋睦』河津三郎 雄鴛鴦の精
『毛抜』八剣数馬
にて出演。

会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
上演日程:2024年5月2日(木)〜26日(日)
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹

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快進撃の尾上松也が新たに魅せる
舞台でのチームワークと、
コレクター気質の飾らない素顔

(2024年8月公開記事)

画像1: 快進撃の尾上松也が新たに魅せる 舞台でのチームワークと、 コレクター気質の飾らない素顔

 無頼派作家・織田作之助の人気作『夫婦善哉』の主人公・柳吉とお蝶をモチーフにしたオリジナル戯曲、『夫婦パラダイス~街の灯はそこに~』。尾上松也は柳吉、お蝶にあたる蝶子は瀧内公美が演じる話題作だ。当代きっての演技派が顔をそろえる今作の見どころを聞いた。

尾上松也(以下、松也) まず台本を読ませていただいて、楽しそうで面白そうで、けれど不思議な世界だなと思わされるファンタジックな要素もあり。よくわからないという感覚が襲ってきて(笑)、ワクワクしましたね。

──ワケありのカップル柳吉と蝶子。流れ着いたスナックのママ信子(高田聖子)は蝶子の腹違いの姉で、失踪中の亭主藤吉(鈴木浩介)を待つ身の上。近所の出前持ちの静子(福地桃子)や羽振りのいい常連客馬淵 (段田安則)……いろいろとワケあり過ぎますね。

松也 稽古場では、パーツとパーツをみんなで繋げて、演じる僕らの方向性を固めていく、意思疎通と言いますか、それが少しずつ見えてきている気がします。お互いのお芝居を見て、こういうことか、自分はこう感じるんだ……と日々発見がたくさんあります。謎も矛盾も多い物語ですので、それをどう解消していくかをみんなでよく話し合っていますね。

画像2: 快進撃の尾上松也が新たに魅せる 舞台でのチームワークと、 コレクター気質の飾らない素顔

──公式YouTubeで稽古場の様子を拝見しますと、笑いもあって、いい空気感が。

松也 本当にいい空気感でお稽古させていただいています。いちばん最初のお稽古は探り探りでしたけどね。特に関西弁でのお芝居ということもあって、そちらに意識がいきがちで、どうしたものか、と。その後、聖子さんと段田さんお2人のお芝居を見て……勇気をいただきました(笑)。

──どんな勇気を!?

松也 「いろいろと気にしなくていっかー!」って(笑)。段田さんの勢い、チャレンジ精神はその場を変えるんですよね。段田さんはもともと関西の方だけに、気にせず思い切り演じていらっしゃるわけですが、そのお姿を見て、僕もこうしたほうがいいよなぁって思ったんです。そう勇気づけられたあとは、とてもやりやすくなった気がします。

──台本を拝見したところ、会話が面白くて、舞台上から言葉の数々を浴びるのが楽しみです。

松也 キャストそれぞれにメインとなるシーンがあって、僕はそこに常にいる感じにはなるのですが、トータルでは、いいチームプレイをお見せできると思いますね。

画像3: 快進撃の尾上松也が新たに魅せる 舞台でのチームワークと、 コレクター気質の飾らない素顔

──柳吉には、歌うシーンも!!

松也 はい、なぜかありますね(笑)。またこれからお稽古なのですが、とてつもなく突拍子もないという印象で……どうなるのでしょう(笑)。ですが、アングラ感がありそうで、僕はとっても好きですね。ミュージカルのように、理に適って入る歌ではなく、なんだこれは! なんで急に歌いだすんだ!?って。想像するに、ものすごく一定層にしか響かない(笑)。僕は、それがとても面白いなと。決して派手な作品ではないと思うのですが、いろいろ面白い要素があります。だいたい、時代設定自体が、“これはいったいいつなんだ?”ですしね。ほぼほぼ明治? 昭和初期!?ぐらいの雰囲気な人たちなのに、携帯電話やらエクセルがどうとか言い出して(笑)。

──まさにそこにも“よくわからない”面白さが(笑)。

松也 ですので、時代背景に関しては無視してます(笑)。それよりも人としての中身を大事に作っていきたいですね。物語の筋、まとまりも含めて。

──蝶子役の、瀧内公美さんについては?

松也 とても熱心に、ご自身のキャラクター性も深く考えながらお芝居される方だなと思っています。僕の場合は、深読みし過ぎると偏る傾向があるので、極力おおらかなところから始めるんです。ですが瀧内さんはさすが、映像の経験が豊富でいらっしゃるので、早い段階から考え、理解していく能力が優れていらっしゃるなと。

──柳吉、蝶子でしか見られないであろう、お2人の表情を楽しみしたいと思います。

松也 蝶子と2人で、そして6人でしか出せない世界観をお見せしたいと思っていますので、ぜひ劇場で感じていただけたら嬉しいですね。

画像4: 快進撃の尾上松也が新たに魅せる 舞台でのチームワークと、 コレクター気質の飾らない素顔

──歌舞伎に舞台、映像とお忙しいと思いますが、仕事から離れたところで、目が向くものはありますか?

松也 コロナ禍以降、趣味が増えまして。スニーカーをたくさん集めてますし、日本キャンドル協会の理事にも就任しましたし、ボードゲーム集めも。レコードも好きになり、こちらも集め始めました。自分を癒してくれる要素があるものが、自分のまわりに増えていく状況にあります。

──自分が好きなもの、癒してくれるものを求め追い続けることに対して、貪欲に?

松也 そうですね、コレ!というものに出会うと……ハマりやすいですね。収集癖もあるので、いいなと思ったものに関してはガーッと集めちゃうところあります。そういう、好きなものが自分のまわりにないと、ちょっと不安だったり(笑)。

──楽屋や自宅で、キャンドルに癒されている方は多いと思いますが、理事にまでなる方はなかなか!

松也 ちょうどコロナ禍真っ最中にハマって、緩和されてきてからキャンドルショップに通うよりになり……本当に頻繁にお店に通っていたので、店員さんが尾上松也と気づいてくださって。そこから、キャンドルを通しての繋がりが広がり、協会の方から“ぜひ理事に”とお声をかけていただきました。

──キャンドル愛あってこその理事!

松也 想いが実りましたね(笑)。

──スニーカー、レコードにハマるのは、ちょっと危険ですよね(笑)。気を付けないと、果てしなく欲しくなるジャンルです。

松也 純粋に、“自分が欲しいかどうか”で、本能的に買ってますね。レコードはまだ全然、といったところですが、スニーカーがね。

──何かお困りで?

松也 まず、一足が箱を含めて大きいですし。僕は特にサイズ30を履いていますので、場所を取るんですよね。

──ああ、収納問題!

松也 そうなんですよ。スニーカーを箱にしまっておく方もいますが、僕は箱から出して飾りたい。この出しておきたいタイプが結構やっかいなんですよ。

──好きなものに囲まれて癒されるには、スニーカー……見ていたいですもんね。

松也 そうなると箱がやっかいなんですよ。それで今、困ってます。

──お気に入りの一足は、ありますか?

松也 よくそれを聞かれるのですが、全て、気に入ったから買ったものですので、全部お気に入りで。全部まんべんなくよく履いてますね。ただ、300、400足ありますので、今年履いたらまた来年、ってなっちゃいますね(笑)。

画像: 尾上松也(おのえ・まつや) 歌舞伎俳優。1985年、東京都出身。1990年5月、『伽羅先代萩』の鶴千代役にて二代目尾上松也の名で初舞台を踏む。歌舞伎のほかにも、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017年)『鎌倉殿の13人』(2022年)、ミュージカル『エリザベート』(2015年)、映画『ミステリと言う勿れ』(2023年)など幅広く活躍。父は六代目尾上松助。

尾上松也(おのえ・まつや)
歌舞伎俳優。1985年、東京都出身。1990年5月、『伽羅先代萩』の鶴千代役にて二代目尾上松也の名で初舞台を踏む。歌舞伎のほかにも、NHK大河ドラマ『おんな城主 直虎』(2017年)『鎌倉殿の13人』(2022年)、ミュージカル『エリザベート』(2015年)、映画『ミステリと言う勿れ』(2023年)など幅広く活躍。父は六代目尾上松助。

BY JUNKO HORIE, PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA, STYLED BY NORIMITSU SHIINA, HAIR & MAKEUP BY YASUNORI OKADA AT PATIONN

画像5: 快進撃の尾上松也が新たに魅せる 舞台でのチームワークと、 コレクター気質の飾らない素顔

『夫婦パラダイス~街の灯はそこに~』(本公演は終了しました)
出演:尾上松也 瀧内公美 段田安則
   鈴木浩介 高田聖子 福地桃子 

〈東京公演〉
9月6日(金)~19日(木)
紀伊國屋ホール
問い合わせ先:シス・カンパニー
TEL.03-5423-5906 (平日11:00~19:00)
〈愛知公演〉
9月22日(日・祝)~23日(月・休)
穂の国とよはし芸術劇場PLAT 主ホール
問い合わせ先:プラットチケットセンター
TEL.0532-39-3090(10:00~19:00 休館日除く)
〈大阪公演〉
9月26日(木)~27日(金)
森ノ宮ピロティホール
問い合わせ先:キョードーインフォメーション
TEL.0570-200-888(11:00~18:00 日祝休業)

片岡愛之助

片岡愛之助はどう演じる?
時代を超えた“ダークヒーロー”
歌舞伎版『ルパン三世』の魅力

(2023年12月公開記事)

画像1: 片岡愛之助はどう演じる? 時代を超えた“ダークヒーロー” 歌舞伎版『ルパン三世』の魅力

 1967年に誕生したモンキー・パンチ原作の漫画「ルパン三世」は数々の名作を生んできたが、特にアニメーションのシリーズは1971年に初放送されてから2022年のPART6まで、長きにわたって人気を博している。映画化や実写化なども含め幅広い世代に愛される日本のメガヒットコンテンツとして名高いこの作品が、いよいよ新作歌舞伎として上演される。ルパン三世を演じる片岡愛之助は、歌舞伎を通してどんな“ルパン”を体現してくれるのか。俳優としても充実している“今”の心境についても伺った。

──『ルパン三世』の原作やアニメーションにはどのような印象をお持ちですか? 

 僕は『ルパン三世』の漫画を読み、アニメーションを観て育ってきた世代です。すごく面白いですよね。まさか自分がルパン三世を歌舞伎で役として勤めさせていただくとは思ってもいなかったので、どういう風に表現しようか考えると同時に、難しいことだとも思いました。いろいろと話し合って行き着いたのが、“もし、安土桃山時代にルパン三世の一味がいたら”ということ。歌舞伎は“夢の世界”をご覧いただく演劇です。ある作品では主役の人物がパッと片手を振り上げるだけで、一気に10人くらいの人がとんぼ返りをするなど、あり得ないことが起こるのが歌舞伎なので、安土桃山時代のルパン三世を楽しんでいただけるよう、全力で頑張っていきたいと思います。

──『ルパン三世』に登場する人物は、それぞれに確固たるイメージがあると思いますが、どのように捉えていますか?

 ルパンはダンディーで、面白くて、そしておっちょこちょい。ふざけたことをよく言っていますが、決めるところはビシッと決めます。だから狙ったお宝は巧妙な知恵やテクニックを使って必ず奪っていく。それでいて峰不二子のことは大好きで、とても一途ですよね。お宝を不二子ちゃんにどれだけ横取りされても、“不二子ちゃん一筋”なところは素敵だと思います。
 その不二子ちゃんも可愛いですし、次元と五ェ門も単純に格好いいだけではなくて、ちょっと愛せるところがあります。彼らは盗賊なのに、悪で悪を制するみたいなダークヒーローでもあり、それが痛快で気持ちがいいですね。
 どの人物も本当に見事に描かれていると思います。そしていろんな“愛”がある。人を愛することだったり、友情だったり、彼らの絆みたいなものがあるところに惹かれるのではないでしょうか。

画像2: 片岡愛之助はどう演じる? 時代を超えた“ダークヒーロー” 歌舞伎版『ルパン三世』の魅力

──完成したキャラクターを歌舞伎化することに難しさはありますか?

 漫画やアニメーションのルパンをそのまま演じるわけではないので、“歌舞伎で表現するルパン”だと思っていただけると嬉しいです。でも彼はヒーローでみんなが憧れる存在なので、ファンの方々がイメージしているビジュアルに近づけようと、鬘や衣裳は工夫しました。
 髪型については、歌舞伎の主役によく使われる“生締(なまじめ)”のような髷があるものは違うと思ったので、今回は例えば『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の仁木弾正のような悪役がつける “燕手(えんで)”という髷を改良してみました。額から後ろへ短い髪が流れているのが特徴で、その髪の長さを調整しました。悪い人を象徴する髪型なので、泥棒のルパンにはふさわしいと思います。
 衣裳は扮装写真の撮影当日に出来たてのものを着てみたのですが、赤と黒の和装でも意外としっくりしていて、歌舞伎版のルパン三世ができたと思います。
 また、ルパンの「不〜二子ちゃ〜ん」とか、銭形警部の「待て〜、ルパン」など、皆さんが聞きたいと思われるお決まりの台詞もしっかり入っています(笑)。

──これまでに演出家の方と新作歌舞伎を創る上でどんなことをお感じになりましたか?

 古典歌舞伎は基本的に歌舞伎俳優が演出しますが、新作歌舞伎では演出家の方が手がけられることがあります。例えば『GOEMON石川五右衛門』のときは歌舞伎とフラメンコのコラボレーションを試みましたが、演出してくださった水口一夫さんは歌舞伎について卓越した知見をお持ちの方なので、安心していろいろなことができました。歌舞伎にあまり詳しくない方だと、僕たち俳優に委ねる方もいらっしゃいます。いろんな演出の仕方を経験してきた中で、今回初めて演出を担当する戸部和久さんは歌舞伎のことをよく知っていて、これまでに何度か演出助手も務めているので、とても心強いです。特に今回の新作歌舞伎『流白浪燦星』では脚本も戸部さんが担当します。脚本と演出が同じ方だと、例えば稽古場で「この台詞はこういうふうに変えたい」と演出家に相談した場合、脚本も手がけていればタイムラグがなく効率的に、その場で検討して解決できるのがいいと思います。

──扮装以外にも、音楽など歌舞伎化する上でこだわっていることはありますか?

 音楽は皆さんがよくご存じのテーマ曲を和楽器で演奏していて、とても高揚感があるようにできていると思います。僕も実際に聴いてとてもワクワクしました。また「義太夫」も取り入れていますので、歌舞伎ならではの世界観が表現できていると思います。ただ、最近の義太夫狂言は、どうしても台詞をためて発してしまうからなのか、同じ演目でも昔より上演時間が長くなる傾向があるようです。
 亡くなった十三世片岡仁左衛門や大和屋のお兄様(坂東玉三郎)が義太夫は「畳むところは畳んで、聴かせるところは聴かせるように演じなければならない」と指摘していらっしゃったのを伺ったことがあります。確かに昔の先輩方が演じていた音源を聴くと、お客様に台詞を聴かせるところはいっぱい張っているんですが、テンポが落ちないように台詞を語っていらっしゃいます。とても大事なことだと思いましたので、新作歌舞『流白浪燦星』の義太夫も今の時代に合ったテンポで運んでいきたいなと思っています。
 暗闇の中を手探りをしながら立ち廻りをする「だんまり」や、本物の水を使う「本水」といった演出など、歌舞伎らしさ全開の舞台作りになっているので、楽しんでいただきたいです。

画像: 片岡愛之助(KATAOKA AINOSUKE) 1972年、大阪府生まれ。1981年十三代目片岡仁左衛門の部屋子となり、南座『勧進帳』の太刀持で片岡千代丸を名のり初舞台を踏む。1992年片岡秀太郎の養子となり、大阪・中座『勧進帳』の駿河次郎ほかで六代目として片岡愛之助を襲名。2008年には三代目楳茂都扇性(うめもと・せんしょう)を襲名し、上方舞楳茂都流四代目家元を継承。本年は映画『仕掛人・藤枝梅安』『キングダム 運命の炎』『ホーンテッドマンション』(吹き替え)『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』など話題作への出演が続く。歌舞伎作品の代表作としては『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、滝窓志賀之助など早替わりで10役を演じる『鯉つかみ』などがあり、片岡仁左衛門からは『義賢最期』の木曽義賢などの義太夫狂言の主人公の役を継承している。さらに兵庫県豊岡市で上演されている永楽館歌舞伎では座頭を勤め、独自の方向性で歌舞伎界を支えている

片岡愛之助(KATAOKA AINOSUKE)
1972年、大阪府生まれ。1981年十三代目片岡仁左衛門の部屋子となり、南座『勧進帳』の太刀持で片岡千代丸を名のり初舞台を踏む。1992年片岡秀太郎の養子となり、大阪・中座『勧進帳』の駿河次郎ほかで六代目として片岡愛之助を襲名。2008年には三代目楳茂都扇性(うめもと・せんしょう)を襲名し、上方舞楳茂都流四代目家元を継承。本年は映画『仕掛人・藤枝梅安』『キングダム 運命の炎』『ホーンテッドマンション』(吹き替え)『翔んで埼玉〜琵琶湖より愛をこめて〜』など話題作への出演が続く。歌舞伎作品の代表作としては『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、滝窓志賀之助など早替わりで10役を演じる『鯉つかみ』などがあり、片岡仁左衛門からは『義賢最期』の木曽義賢などの義太夫狂言の主人公の役を継承している。さらに兵庫県豊岡市で上演されている永楽館歌舞伎では座頭を勤め、独自の方向性で歌舞伎界を支えている

──2023年は4年ぶりに出石永楽館で「第十三回永楽館歌舞伎」が上演されました。久しぶりに見た舞台からの景色はいかがでしたか?

 永楽館(明治34年開館)は芝居小屋で、歌舞伎というものの原点であることを改めて実感しました。かつては照明がなくて蝋燭で舞台を照らしていたとか、江戸時代にタイムスリップしたような気分を味わうことができます。今までいろんな演目を上演させていただいてきましたが、実はアンケートで一番人気の演目は「口上」なんです。演目とは言えないのですが、襲名披露公演の改まった口上とは違っていて、お客さまとの言葉のキャッチボールやご当地の話題などが喜ばれているようです(笑)。

──コロナ禍を経て、ご自身を取り巻く環境で、何が一番変わったと思われますか?

 2023年9月に市川團十郎襲名披露公演が福岡で行われました際に(中村)芝翫のお兄様からお声がけいただいて、同世代の人たちと食事をする機会がありました。そのときに皆で語り合ったのですが、コロナ禍で、何人か名だたる先輩が亡くなられましたことで、僕たちの世代は大きな変化を迎えたと思います。自分ではまだまだ若いと思っていますが、気がつけば51歳。歌舞伎界では40、50代は“はなたれ小僧”なので自分のことをまだ若手だという認識でしたが、僕たちもたくさん頑張らなければならない状況になりました。コロナ禍になる前は先輩方が昼夜の部で一本ずつ演し物の主役をなさっていて、僕らの世代は脇で演じるというのが当たり前でしたが、今はそうは言っていられません。僕らの仕事は正解もなければ、終わりもない。一生修行をし続ける訳です。
 それと同時に、僕らの世代はこれからの歌舞伎を観てくださるお客様を見つけなくてはなりません。ご年配のお客さまの中には、コロナ禍以降ご家族に止められて観劇に来られなくなった方もいらっしゃるそうで、客席もなかなか埋まらないことがあるんです。だからこそ新しいお客様にご覧いただくために、僕たちも育っていかないといけません。まずは歌舞伎をご覧いただくこと。新作歌舞伎『流白浪燦星』は、そのきっかけとしてふさわしい演目だと思います。

画像3: 片岡愛之助はどう演じる? 時代を超えた“ダークヒーロー” 歌舞伎版『ルパン三世』の魅力

──50代を迎え、人としても俳優としても円熟した時期をお過ごしと思います。俳優として掲げる目標があれば教えてください。

 50代の目標としては、海外公演を実現させたいです。僕はその年代ごとに自分なりに一つの目標を決めて達成してきたのですが、今は海外で歌舞伎を上演したいと考えています。
 今は具体的にどこに行きたいということまでは考えてはいません。ご縁もありますし、自分の意志だけで決まることでもないですし、演目についても場所によってふさわしいものは違うと思っています。劇場なのか、それとも屋外という可能性もありますし、あるいはもしかすれば王宮ということもあるかもしれない(笑)。そうした海外ならではの場所なのか、行く土地と舞台が決まったらその場所にふさわしい演目を考えたいと思います。

画像: ©SHOCHIKU ©️MONKEY PUNCH

©SHOCHIKU ©️MONKEY PUNCH

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY KAZUYA TOMITA

新作歌舞伎『流白浪燦星』(本公演は終了しました)
会場:新橋演舞場
住所:東京都中央区銀座6丁目18-2
上演日程:2023年12月5日(火)〜25日(月)
11日、18日は休演 13日夜の部貸切
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットWeb松竹

(出演)
片岡愛之助、尾上松也、市川笑三郎、市川笑也、市川中車、尾上右近、中村鷹之資、市川寿猿、市川猿弥、坂東彌十郎ほか。
(スタッフ)
原作:モンキー・パンチ 脚本・演出:戸部和久

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