BY MARI SHIMIZU, AYANO TANAKA, SHION YAMASHITA, FUMIKO YAMAKI
京都の春に花開く尾上右近の情熱
(2021年3月公開記事)
歌舞伎俳優の尾上右近さんには、本名とは別に、もうひとつの名前がある。それは清元栄寿太夫(きよもと えいじゅだゆう)。歌舞伎に欠かせない音楽のひとつである清元の太夫(うたい手)としての名だ。右近さんは家元である清元延寿太夫の次男なのである。2018年に栄寿太夫を襲名し、歌舞伎にとっても清元にとっても異例の“二刀流”の道を歩み出した右近さんだが、そこに至るまでには秘かな「長い反抗期」があったという。

尾上右近(ONOE UKON)
1992年生まれ。七代目清元延寿太夫の次男。曽祖父は六代目尾上菊五郎。2000年4月、歌舞伎座『舞鶴雪月花』の松虫で岡村研佑の名で初舞台。七代目尾上菊五郎のもとで修行を積み、05年1月、新橋演舞場『人情噺文七元結』の長兵衛娘お久、『喜撰』の所化で二代目尾上右近を襲名。15年より自主公演「研の會」を行い、数々の大役にチャレンジ。スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』では主役のルフィを含む3役を演じて注目された。18年に七代目清元栄寿太夫を襲名。同年第三十九回松尾芸能賞新人賞受賞
「役者を志したきっかけは、3歳の時に父方の祖母の家で曽祖父の六代目(尾上)菊五郎が踊る『鏡獅子』のビデオを観て、『僕はこれになる!』と強く思ったことでした。その念願がかない、役者として舞台に立たせていただけるようになったのは本当にうれしいことなのですが……。その一方で周囲の『清元はどうするの?』という何気ない一言に苛立ちを覚えた時期がありました。今思うと恥ずかしいのですが、当時の自分には『役者辞めて清元をやればいいのに』と聞こえていたんです」
歌舞伎俳優としての在り方を模索する右近さんは、2015年23歳の時に自主公演「研の會」を立ち上げ、憧れの『鏡獅子』にチャレンジ。その時、もうひとつの演目に選んだのが『吉野山』だ。これは名作『義経千本桜』の一場面で、源義経の家臣である佐藤忠信が、静御前のお供をして桜満開の吉野山を旅する様子を描いた舞踊だ。いくつかのバリエーションがある中で、右近さんは伴奏音楽を清元で上演するやり方を選んだ。

『義経千本桜 吉野山』佐藤忠信 実は源九郎狐=尾上右近
Ⓒ SHOCHIKU
「考えてみれば『鏡獅子』の衝撃の後に歌舞伎のさまざまな役と出会えたのは、清元というバックボーンあってのこと。その中で『吉野山』の忠信を踊るような役者になりたいと思うようになっていったんです。“憧れの役に出会う”という感覚も『吉野山』を通して知りました。だから第1回の自主公演で『吉野山』を踊るのは理にかなったことだと思えました。当時は栄寿太夫を襲名することになるなど夢にも思っていませんでしたが、あの時の『吉野山』で新たな道が拓けたように思います」
今、右近さんは京都・南座で公演中の「三月花形歌舞伎」に出演している。同世代の若手俳優たちが競演する話題の舞台で、同演目をダブルキャストで上演。右近さんは、Aプロで義太夫による『吉野山』と、その後の物語である『川連法眼館』に忠信役で出演している。そして『川連法眼館』もまた、右近さんに大きな影響を与えた演目だ。
「この場面は大きく分けて二通りのやり方があるのですが、自分は(尾上菊五郎家の)音羽屋型を観て育ちました。そして(市川猿之助家の)澤瀉屋型に出会った時、同じ演目なのにこんなにも違うのかと驚きました」
欄間から抜け出たり宙乗りがあったり、アクロバティックな要素を取り入れた派手な演出に特徴があるのが澤瀉屋型だ。
「こうした違いに歌舞伎の面白さがあり、お客様はそれを楽しまれている。そして両方のやり方に接するうち、根本的な部分は共通だということにもだんだん気づいていきました。方法こそ違うけれど、伝えたいことは突き詰めれば同じなのだと思います」

『義経千本桜 川連法眼館』忠信 実は源九郎狐=尾上右近
Ⓒ SHOCHIKU
描かれているのは兄・頼朝に追われた義経が匿われている川連法眼館での出来事。ここで静御前と共に旅をしていた忠信が、実は偽物だったことが判明する。その正体は狐。義経が静御前に預けた“初音の鼓”には雌雄の狐の皮が使われており、忠信に化身した狐は鼓になった狐の仔だったのである。
「肉親さえも敵味方に分かれて戦うような世にあって、狐が人間以上に人間らしい心をもって親への情愛を見せる。この狐がすごいところは、たとえ姿は鼓であっても両親を思い、さらに鼓を通して出会った人たちに対しても愛情を持って接していることです。そして動物であり親を亡くしたがゆえに野狐と蔑まれる自分の立場をわきまえ、人間の中でも立場ある義経には畏怖の念を抱いているんです」
狐の姿に心打たれ義経は次第に情を寄せていく。その義経を右近さんはBプロで演じている。
「義経は大きさが必要とされる役なのですが、川連法眼館での義経はそれまでとは少し様子が違います。素直な心情を吐露してとても人間らしい。そういう義経にお客様が気持ちを寄せていただけるように勤めたいと思います」

Bプロの忠信を演じているのは中村橋之助さんで、今回はふたりとも音羽屋型での上演だ。
「同じことをしても演じ手が変われば、その個性で自ずと違いが出ます。そこがまた歌舞伎の面白さ。基本的に自分はどの型にも寄り添える役者でありたいと思っているのですが、音羽屋型でのスタートは流れとしてごく自然なことです」
出自に対するさまざまな思いと「こうありたい」と願う心が解けあい、若手花形として舞台に立つ右近さん。忠信は公式の公演では初めてとなる主役だ。
「理想と現実のギャップに打ちひしがれることもあるだろうけれど、そういう自分をもさらけ出して、裸の心で飛び込む情熱で取り組みたい。きれいな水ばかりでなく泥水からでも栄養になるものを吸い上げて花を咲かせてこその“花形歌舞伎”だと思うから。この公演は自分の今後に大きな意味合いを持つ経験になるのは確かだと思います」
BY MARI SHIMIZU, PHOTOGRAPHS BY KEIKO HARADA
三月花形歌舞伎 (本公演は終了しています)
上演期間:2021年3月6日(土)~21日(日)
演目:『歌舞伎の魅力』『義経千本桜 吉野山』『同 川連法眼館』
上演時間:
昼の部 12:00~
夜の部 16:15~
※ 開場は開演の40分前を予定
休演日:3月12日(金)
会場:南座
住所:京都府京都市東山区四条大橋東詰
料金:1等席¥11,000、2等席¥6,000、3等席¥4,000、特別席¥12,000
Aプロ、Bプロの出演者、日程は公式サイトでご確認ください。
公式サイト
<チケットの購入は下記から>
電話: 0570-000-489(チケットホン松竹)
チケットWEB松竹
歌舞伎俳優・尾上右近の新たな挑戦
文楽人形との競演で魅せる怪異譚『かさね』の誕生秘話
(2022年6月公開記事)
尾上右近のまわりには、いつも熱い空気が渦巻いている。5月の歌舞伎座で弁天小僧を演じたときも、迸る熱が劇場を駆け抜け観客を圧倒した。30歳になったばかり。大きな飛躍の時を迎え、いま最も華と勢いのある若手歌舞伎俳優だ。

歌舞伎俳優の尾上右近(右)と文楽人形遣いの吉田簑紫郎(左)。『かさね』で右近の“相手役”となる、かさねと与右衛門の人形とともに
その右近が、この8月に3年ぶり6回目 となる自主公演「研の會」を開催する。毎回、より高みを目指して挑戦を繰り返してきたこの公演で、今回選んだ演目のひとつが、清元の名曲『色彩間苅豆色(いろもようちょっとかりまめ)』、通称『かさね』だ。
作品解説:美しい腰元かさねが愛した男、与右衛門は、実は母の愛人であり父を殺した仇。一緒に死のうと約束した二人だが、親の因果が報いたか、かさねの姿は次第に醜く変貌し、恐れをなした与右衛門についに惨殺されてしまう。死にゆくかさねの凄惨な美と怪異、そして与右衛門の色悪ぶりを堪能できる、鶴屋南北原作の濃密な舞踊劇

尾上右近(ONOE UKON)
歌舞伎俳優。1992年生まれ。七代目清元延寿太夫の次男。曽祖父は六代目尾上菊五郎。七代目尾上菊五郎のもとで修行を積み、05年に二代目尾上右近を襲名。スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で主役のルフィを含む4役を演じて注目された。18年に七代目清元栄寿太夫を襲名。同年第三十九回松尾芸能賞新人賞受賞。22年には映画『燃えよ剣』にてアカデミー新人俳優賞を受賞、同年5月の歌舞伎座「團菊祭五月大歌舞伎」では「弁天娘女男白浪」の弁天小僧菊之助という大役に抜擢され話題に。15年より続けている自主公演「研の會」は今年6回目を迎える
清元の家に生まれ、清元栄寿太夫としても活躍する右近にとっては非常に縁の深い演目だが、初役で臨む今回、その相手役を務めるのはなんと文楽人形。遣うのは文楽界のホープ、人形遣いの吉田簑紫郎だ。かさねと与右衛門の二役を、生身の役者・右近と、簑紫郎の遣う人形がダブルキャストで演じるという、誰も見たことのない新しい『かさね』が誕生しようとしている。
今回、右近と簑紫郎へのインタビューが実現。取材当日、簑紫郎はかさねと与右衛門の人形をスタジオに伴い、右近と人形たちは“初対面”を果たした。
――右近さん、共演者である人形と初対面ですね。
右近:感極まっています。今日、人形を拝見して成功を確信しました。僕がほかの役者だったら、「やられた!」と思いますよ。

――このコラボレーションが生まれたきっかけは?
簑紫郎:昨年12月、共通の知人を介して初めてお会いして、その場で盛り上がって「何か一緒にやりたいですね」となったのが発端です。
右近:最近、歌舞伎界、伝統芸能、もっと言えば日本文化に対する気持ちが変化してきました。背負っていく責任や、伝えなきゃいけない責務があって、それを全部ひっくるめて「夢」だと思っているのですが、そんなことを考えていたときに文楽を拝見して「なにか一緒にやらせていただけないかな」と。もともと歌舞伎と文楽は親戚のような関係性。前回(第五回)は、太夫さんとお三味線弾きさんにご出演いただき、澤瀉屋のお家芸の『酔奴』を踊らせていただきました。今回は文楽人形との共演になります。歌舞伎ファンや僕のお客様に楽しんでいただける新たな試みをしてみたいし、「かきまぜたい」という気持ちがありました。
でも簑紫郎さんとお会いしたのは企画ありきではなく、本当にたまたまで。初対面のその日に、『かさね』を一緒にやりませんかとお願いしたんです。
――歌舞伎と文楽に共通する演目もある中で、なぜ『かさね』を?
右近:今回に限らず、「研の會」でやりたい演目リストに『かさね』はずっと入っていました。でも、やるなら女方のかさねと立役の与右衛門の両方をダブルで演じたかった。そうなると相手役は限られます。何人か先輩俳優の顔が思い浮かびましたが、出ていただくのは難しい。何か方法はないかと思っていたときに簑紫郎さんとご縁をいただいたんです。簑紫郎さんは、人形遣いとして立役も女方も両方遣われる。これならできる!と。第四回の、中村壱太郎さんとの『二人椀久』もそうでしたが、やるべきタイミングが自然とピタリとはまる。自分の中で育んできた「やりたい」という思いは、この時のために取ってあったのか、と感じました。


――ダブルキャストというアイデアが先にあったのですね。
右近:女方は一挙手一等足、すべてが数式でできているものを身体に叩き込んで、自分の密度を高めていく感覚が好きなんです。立役を演じるのは純粋にわくわくします。だからどちらも演じたい。簑紫郎さんとお話していて、こうした思いも通じるところがありました。
――オファーされた簑紫郎さんはどう思われましたか?
簑紫郎:右近さんが自身の会で、しかも初役の『かさね』の相手役として文楽を選んでくださったのはとても光栄です。プレッシャーもありますが、ゼロベースから何かを創るという経験が僕らはなかなかできないので、挑戦したい、自分の技量を試したいという気持ちが強くありました。それに、あと3年で50歳になります。文楽では昔から「名人の真似をするな」と言われますが、人形遣いとして、師匠や先輩のコピーでなく自分の芸を、いよいよこれから作り上げていかなければいけない。その起爆剤が必要だと考えていたこともあり、自分にとっても有難いタイミングでした。

吉田簑紫郎(YOSHIDA MINOSHIRO)
人形浄瑠璃文楽の人形遣い。1975年京都生まれ。1988年に三代目吉田簑助に入門。1991年吉田簑紫郎を名乗り、大阪国立文楽劇場で初舞台。2009年・10年「文楽協会賞」、12年「国立劇場文楽賞奨励賞」、17年「平成28年度咲くやこの花賞(演劇・舞踊部門)」および「国立劇場文楽賞文楽奨励賞」を受賞。21年、自ら文楽人形を撮影した写真集「INHERIT」を上梓
――初の試みということで、いろいろな工夫をされていると思います。人形の拵えは今回のオリジナルですか?
簑紫郎:清元の『かさね』は文楽にはない演目なので、人形の拵えは歌舞伎に寄せて衣裳の一部を新調したり、髷も文楽ではやらない形に結ったりと、自分なりのアイデアで時間をかけて形作っていきました。文楽劇場のスタッフもすごく応援してくれて。中でも、もうすぐ引退される床山(髪を結う職人)さんが歌舞伎も大好きな方で、「最後にこの仕事ができてよかった」と言ってくださったのが嬉しかったですね。
右近:有難いですね。「研の會」に1分1秒でもかかわってくださる方全員に直接お礼を言いたいですが、それは叶わない。やりたい気持ちを爆発させることが感謝(のしるし)だと思って努めます。
――言葉を発さない人形との共演です。文楽では、登場人物のセリフは床(舞台上手の演台)にいる太夫が語りますが、今回は?
右近:父の清元延寿太夫が、その日の人形の配役に合わせて、かさね役、与右衛門役のセリフを取ります。簑紫郎さんとお会いした翌日、さっそく楽屋で父にアイデアを話したら「何それ、誰が考えたの?」と面白がってくれて、やりたいと即答してくれました。ちなみに、立三味線 は兄の清元斎寿が務めます。
――右近さんの相手役は、簑紫郎さんであると同時にお父さまでもあるわけですね。踊りの部分は、人形も同じ振付になるのでしょうか?
右近:振付は藤間のご宗家(藤間勘十郎)にお願いしていますが、こちらも企画をお話したら「ええ!」とビックリされていました。でも、この二人にしかできない新しい『かさね』を考えてくださると思います。
簑紫郎:文楽人形は三人遣い(3人で1体の人形を遣う)なので、制約もあれば、逆に人間ではできない動きもできます。まったく同じにはならない分、振りの意味を勉強して、人形でどう見せるか再構築していきます。また、文楽は義太夫節なので、同じ浄瑠璃でも清元節で人形を遣わせていただくのも初めてで、それも楽しみです。

取材後半、ポートレート撮影を一通り終えると、右近がカメラマンに「リクエストしていいですか」と尋ね、次々にアイデアを出してポーズをとり始めた。海老反りする右近(かさね)に、与右衛門の人形が迫る殺しの場面。役を入れ替え、右近(与右衛門)に、かさねの人形が可憐に寄り添う場面。
二人が演技モードに入った途端に、スタジオのムードは一変。そこに現出したのはまさに暗く血生臭く、それでいて美しい『かさね』の世界だ。かさねと与右衛門の間でゆらめく濃密で官能的な空気が、熱をともなって周囲に伝播し、見ている私たちを包み込む。
――撮影のための短い時間でしたが、実際に“共演”してみて感じたことは?
右近:(しばし考えて)簑紫郎さんがかさねになっている。与右衛門になっている。幽体離脱している感じです。人形を遣っている簑紫郎さんが後ろにいるという感覚はなくて、簑紫郎さんの魂みたいなものがここ(隣の人形を指して)にいる感じ、といいますか。かさねの人形が寄り添ってきて髪が触れたときの感覚は、生身の役者と演じているときとまったく変わりませんでした。
簑紫郎:人形を遣っているときは、自分を忘れます。(人形のかしらを持つ)左手を通して、役の気持ちや魂を全部、人形に入れる感覚ですね。
右近:それはもう人形じゃない。歌舞伎でも、おしろいを塗って女方の拵えをしたら、肉体はそのままでも、もう僕じゃなくなります。お客さんも、役を見ているのか役者を見ているのかわからない。その実体のなさが面白い。それと同じ感覚ですよね。

――まったく新しい作品が完成しそうですね。
右近:実験的な試みはこれまでも多くの方がなさっていて、本当に新しいことはないかもしれません。でもこの組み合わせは初めて、というアイデアで勝負したい。以前、坂東玉三郎のお兄さんが辻村ジュサブローさんの人形と共演した『二人椀久』の映像を拝見したのですが、とても色っぽくて、そのイメージはずっと頭にありました。だからこの企画は、先人たちの実験に対するリスペクトでもあるんです。
簑紫郎:「やられた」と思わせたいですね。コラボレーションには必ず賛否がありますが、なにも挑戦せず賛否すらないよりはずっといい。今回の作品をしっかり創って、いつか文楽に持ち帰ってやらせていただけたらいいなと思っています。
異ジャンルのコラボレーションが花盛りな昨今、この試みが“目新しさ”を超えて人の心をゆさぶる作品となり得るか。今回、スタジオで瞬時に起きた化学反応を目にすれば、その答えは明白だ。二人が練り上げた『かさね』の完成形を、「研の會」の舞台で見られるのが楽しみだ。そう伝えると、簑紫郎は「頑張ります」とうなずき、右近は「おまかせください!」と力強く答えて、弁天小僧のように不敵に笑った。
尾上右近着用
ジャケット¥142,450・パンツ¥113,850(ともにJOHN ALEXANDER SKELTON)・靴¥90,750(PHILEO)/DOVER STREET MARKET GINZA
TEL. 03(6228)5080
その他/スタイリスト私物
吉田簑紫郎着用
ジャケット(価格未定)・パンツ¥40,700(ともにNEMETH)・靴¥160,600(RAF SIMONS)/DOVER STREET MARKET GINZA
TEL.03(6228)5080
その他/スタイリスト私物
BY FUMIKO YAMAKI, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO, STYLED BY KAZUYA MISHIMA (TATANCA) , HAIR AND MAKEUP BY SHINICHIRO
尾上右近自主公演 第六回『研の會』 (本公演は終了しています)
『源平布引滝 実盛物語』も同時に上演。右近が演じる斎藤実盛は「ジェントルマンで心があり、器が大きく男らしい。子供の頃から憧れていた役です」。片や色悪、片や正義のヒーロー、全くキャラクターの違う立役二役を見比べるのも一興だ。
上演期間:2022年8 月22 日 (月)・ 23 日(火) 全4公演
昼の部 午後12時半開演
夜の部 午後5時開演
演目:「色彩間苅豆 ~ かさね」
※尾上右近配役:8月22日 昼の部、 8月23日 夜の部/かさね
8月22日 夜の部、 8月23日 昼の部/ 与右衛門
「源平布引滝 実盛物語」
会場:国立劇場 小劇場
住所:東京都千代田区隼町4-1
料金:¥13,000(全席指定・税込)
チケット予約:7月16日(土) 11時~
e+(イープラス)https://eplus.jp/
国立劇場チケット売場(窓口販売のみ)11時~18時
尾上右近 公式サイトはこちら

尾上右近と清元斎寿
伝統芸能界注目の兄弟が挑んだ素浄瑠璃『かさね』を絶賛配信中!
(2023年9月公開記事)
尾上右近は、昨年開催した自主公演、第六回「研の會」で、舞踊『色彩間苅豆(いろもようちょっとかりまめ)』(通称『かさね』)を文楽人形との共演という前代未聞の形で上演、話題をさらった。今年は『かさね』の初演(1823年)から200年の節目の年。今度は清元栄寿太夫として、兄の斎寿とともにKASANE PROJECTを立ち上げ、素浄瑠璃(素演奏)の会を大阪・国立文楽劇場で開催。『かさね』の立語りを初役で務める。
清元節は邦楽の浄瑠璃(語りと三味線音楽)の一流派で、江戸時代の1814年に初代清元延寿太夫が創始した。主に歌舞伎作品や歌舞伎舞踊の伴奏音楽として奏でられ、太夫は情緒溢れる詞章を高音で粋な節回しで語る。現家元の七代目延寿太夫の子息である右近は、父と同じ浄瑠璃方として2018年に七代目栄寿太夫を襲名し、三味線方で兄の初代清元斎寿とともに清元節の普及にも力を入れている。
そんな邦楽界注目の兄弟が、プロジェクトへの意気込み、清元の未来についての思いを語った。

(左から)清元斎寿と清元栄寿太夫(尾上右近)。兄弟で清元節の普及に努めている
―第六回「研の會」の「かさね」を振り返って
Q:この場所(東京・外苑前にあるバー「ARTS」)は、右近さんが昨年の「研の會」で文楽人形を相手に『かさね』を踊るという企画を思いついた場所ですね。清元の家に生まれ、栄寿太夫の名を持つ右近さんにとって『かさね』は大切な作品です。それを初役で演じるにあたり、文楽人形を相手に、主役のかさねと与右衛門のどちらも担いました。また、お父様の延寿太夫さんの立唄、お兄様の斎寿さんの立三味線という布陣で、歌舞伎俳優×文楽人形×清元という三つ巴による誰も観たことがない『かさね』が誕生し、大きな話題となりました。実際に舞台を振り返っていかがでしたか。
栄寿太夫:やはり『かさね』は、大曲だと改めて感じました。文楽人形との共演という実験的な試みのなかで、かさねと与右衛門を初役で演じましたが、他の作品の初役よりは落ち着いてできたかな、とは思いました。清元の演目は、『かさね』に限らず、曲をよく理解していないと務められないところがあります。その意味では、自分のルーツを生かすことができたと思っています。と同時に、落ち着いていたからこそ、課題も見えてきました。かさね(という役)について言えば、かさねが背負った背景や普通の娘とは違う色気の出し方、与右衛門の場合は、色悪としての存在感など、自分がどれだけ向き合えているのかを冷静に分析することができました。とはいえ、自分でやりたいと言ってやったことですし、父や兄にも出てもらって、恵まれた環境のなかで楽しくやらせていただきました。
『かさね』のストーリー:
夏の夜。出奔した恋人の与右衛門を追って川堤にやって来た奥女中かさね。与右衛門はかさねに別れを告げるが、与右衛門の子を身籠もるかさねは恋心を訴える。やがて川辺に髑髏と卒塔婆が流れ着き、清らかなかさねの顔は醜く変貌する。実は与右衛門はかさねの母と交わり、父を殺害した仇であった。かさねと与右衛門の因縁が織りなす、美しくも残酷な物語。

清元栄寿太夫(KIYOMOTO EIJUDAYU)/尾上右近(ONOE UKON)
歌舞伎俳優、清元太夫。1992年生まれ。七代目清元延寿太夫の次男。曽祖父は六代目尾上菊五郎、母方の祖父には俳優鶴田浩二。七代目尾上菊五郎のもとで修行を積み、05年に二代目尾上右近を襲名。スーパー歌舞伎Ⅱ『ワンピース』で主役のルフィを含む4役を演じて注目された。18年、延寿會(歌舞伎座)にて七代目清元栄寿太夫を襲名。同年第三十九回松尾芸能賞新人賞受賞。22年には映画『燃えよ剣』にてアカデミー新人俳優賞を受賞。15年より続けている自主公演「研の會」は今年7回目を迎える
Q:斎寿さんは「研の會」で舞踊『かさね』の立三味線を初役で担当されました。
斎寿:『かさね』の立三味線は、様々なことを熟知していなければ務められないポジションです。通常は、自分の年齢では出来ませんが、昨年は弟の自主公演で大きなチャンスをいただいたことに感謝しています。これまでも立三味線の横に並んで弾いていましたから、イメージはありましたが、実際に自分が立三味線の立場で弾くと、発見がたくさんありました。たとえば右近と人形がキマる(見得をする)ところなど、三味線できちんとしたキッカケを作るのは、経験の積み重ねが大事だとつくづく思いました。
―清元『かさね』初演200年の節目の年に兄弟で務める素浄瑠璃
Q:『かさね』は1823年に鶴屋南北の『法懸松成田利剣(けさかけまつなりたのりけん)』の一場面として初演されました。今年は初演から200年の記念の年であり、KASANE PROJECTとして『かさね』の素浄瑠璃(演奏のみ)の会を大阪の国立文楽劇場小ホールで行います。ご兄弟による立語り、立三味線による上演ですが、演奏としての『かさね』の魅力はどんなところにありますか。
栄寿太夫: 残酷美というのが『かさね』のテーマですからね。醜さと美しさが同居するので、それを意識して自分なりの『かさね』を創って取り組みたいです。清元の作品のなかでも特にドラマチックで、気持ちが大事な曲でもあるので、役者としての自分も生かせるのではないかと。初の立語りですが、芝居心を存分に発揮しながら臨みたいと思っています。僕は役者として演じる時は「やりすぎだよ」とか「くさいよ」ってよく言われるのですが(笑)、「やりすぎ」というのは、そもそも基本がなっていないと出来ないという考えをお持ちの先輩もいらっしゃるので、僕はその考えを信じて励んでいるつもりです。清元では、そこがどうなるかな、とは思っていますね。
斎寿:『かさね』は、芝居(舞踊)で演奏するのと素浄瑠璃で演奏するのとでは、ノリが全く違うんですよ。芝居では端折るところもあるのですが、今回は清元の曲としての魅力を丁寧にお聴かせしなければと思っています。『かさね』は、内容が内容ですから、どうしても演奏に熱が入ってしまうのですが、それが力みになってしまうとダメですからね。冒頭のかさねの出も、奥女中としての格が滲み出なければならないですし、それを演奏で表現したいです。芝居の『かさね』をご存知の方もそうでない方も、素演奏から『かさね』の情景を思い浮かべていただけることを目標にしています。

―復活した義太夫節『かさね』との同時上演
Q:今回の公演では清元節と並んで、62年ぶりに復曲された義太夫節による『かさね』が上演されます。実は、昨年の「研の會」が手がかりとなり、昭和11年(1936年)から昭和36年(1961年)まで文楽でも『かさね』が上演されていたことが判明、埋もれていた義太夫節の朱(楽譜)も見つかって、今回の復曲へと至ったのですよね。
栄寿太夫: 伝統芸能の世界は、持ちつ持たれつで、歌舞伎の三大名作(『菅原伝授手習鑑』、『義経千本桜』、『仮名手本忠臣蔵』)は文楽が原作ですし、歌舞伎の演目が文楽化しているものもありますからね。そういう形で、両者が切磋琢磨して発展してきました。文楽に置き換えやすいものとして『かさね』が上演されていたというのはよくわかります。
Q:義太夫の『かさね』も詞章は清元と同じですが、語り方や三味線が違いますね。
栄寿太夫: 清元は江戸情緒に溢れ、涼しい顔で粋に唄いますが、義太夫の語りは力強いですからね。清元と義太夫とでどんな違いになるのか楽しみです。同時に上演することで、僕たち清元側にも発見があると思います。曲の中でも演奏で力が入るところはありますが、迫力が特徴の義太夫とは違う、清元の力強さというのは一体どういう表現になるのか、改めて考えることになると思います。
斎寿: 三味線の違いも大きいですよね。清元は中棹ですが、義太夫は太棹ですから、音の大きさが違います。今回の『かさね』で聴き比べていただくことで、双方の音の違いや特徴がわかりやすく伝わるのではないかと思います。聴いていただいた人がその違いを発見してくれれば嬉しいですし、僕も義太夫の『かさね』に興味があります。
栄寿太夫: 義太夫にも力強さだけではなく艶っぽさがあるじゃないですか。僕が想像するに、義太夫の『かさね』は力強さと艶っぽさが7対3の割合であるとすれば、清元は3対7ぐらいかな、と。足して10になることで『かさね』の魅力が伝わるというのが、今回の公演の狙いどころだと思います。僕にとっても『かさね』は大好きな曲ですから、お客様には双方の演奏を通じて『かさね』の魅力を感じ取ってほしいですね。

清元斎寿(KIYOMOTO SAIJU)
清元三味線方。1984年生まれ。七代目清元延寿太夫の長男。曽祖父は六代目尾上菊五郎、母方の祖父には俳優鶴田浩二。94年、清元延古摩に入門。95年より清元美治郎より手ほどきを受け、三味線方として修業を始める。01年、清元昂洋を名のり社中となり、同年プロデビュー。09年からは自身の勉強会「清道會」を主宰。16年、歌舞伎座の六月大歌舞伎『吉野山』で初めて歌舞伎座公演の立三味線を務める。18年、延寿會(歌舞伎座)にて初代清元斎寿を襲名。 歌舞伎公演、演奏会、イベントなどに精力的に出演
—清元節を同世代に。新ユニットが始動
Q:今年のお二人は清元節の普及活動にも力を入れていらっしゃって、体験型イヤーコンテンツ「IMAGE OF KIYOMOTO」の配信や、5月末には若手による新・清元演奏会「來音」の公演もありました。
栄寿太夫: 歌舞伎や清元をまだ知らない方たちにどういうアプローチができるのかと思った時に、僕たちが率先して同世代に伝えていかなければならないと思い、若手の清元のメンバー14名に集まってもらってユニットを立ち上げました。まずは5月29日の演奏会を皮切りに、ワークショップや配信など様々な活動を通して清元の普及を試みていきたいと考えています。
斎寿: これまでの演奏会とは違うスタイルでやりたいな、と思っています。若いお客様たちが聴きやすいような演目構成、たとえば一曲をお聴かせする形だけでなく、清元の曲を組み合わてのメドレー形式など、工夫を考えています。まずは、お客様に清元の曲を知っていただきたいですね。
栄寿太夫: 清元を普及させていくためには、お客様へのアプローチと演奏家へのアプローチがあって。伝統芸能は年功序列の世界でもあり、それは芸の上ではとても大切なことなのですが、その序列のなかにだけいると、若いパフォーマーたちはなかなか夢を見られないこともあります。ですから、このユニットでは、その序列をひっくり返してもいいと思っています。
斎寿: 時代的に伝統芸能を志す若い人たちが減少しているという現状があり、だからこそいま清元の世界にいる若い演奏家たちはより多くの経験を積まなければならないのですが、そのチャンスがありません。それならば自分たちでその機会を創っていこうと考えたわけです。若手と呼ばれる世代が真ん中に立つという経験は必要で、そういう勉強がないと、次世代の後輩たちに教えることもできません。それを弟やユニットのみんなでやっていこうと思っています。
栄寿太夫: 僕は栄寿太夫という名前を継がせていただいて、その意味では立場はあるものの、経験値が少ないというチグハグな存在です。それを考えた時、こうやって序列をかき混ぜて(笑)、整頓するというところまでが栄寿太夫の役割だと思っています。
―KASANE PROJECT公演に向けて
Q:最後に、8月12日に大阪・国立文楽劇場で開催されるKASANE PROJECTの公演に向けて、一言ずつお願いいたします。
斎寿:『かさね』は、芝居ではたくさんかかっていますが、実は、素浄瑠璃での形で披露するというのがほとんどないのですよ。今回、演奏だけでお聴かせできるというのは、大変貴重な機会です。この機会を大切にして、また、義太夫の『かさね』も楽しみにしながら、準備していきたいと思います。
栄寿太夫: 今回、会場が国立文楽劇場ということで、文楽の本拠地である大阪の皆様にも清元を知っていただき、お楽しみいただければと思います。そして、8月12日は父の誕生日なんです。しっかり語ることが父へのプレゼントだと思って(笑)、初の立語りを心して務めます!
『かさね』から新ユニット結成の話まで。時に茶目っ気たっぷりに、時に真摯に語る兄弟の姿は、仲の良さもさることながら、お互いをリスペクトし合っていることもよく伝わってきた。共に清元の芸を継承し、歌舞伎や邦楽の魅力を伝えるというミッションを担った志高き兄弟の挑戦に注目したい。
また取材後、第七回「研の會」(2023年8月2日、3日、浅草公会堂にて)の開催が発表され、歌舞伎俳優としての尾上右近が『夏祭浪花鑑』の団七九郎兵衛、お辰、『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子を務める。KASANE PROJECTの公演はその直後。今年の夏も右近のパッションが漲る。
協力:青山「ARTS」
BY AYANO TANAKA, PHOTOGRAPHS BY SHINSUKE SATO, HAIR & MAKEUP BY MASAAKI MURAI
※KASANE PROJECT取材第二弾 、義太夫『かさね』を演奏する文楽の豊竹呂勢太夫、竹澤團七へのインタビューはこちら>
※以下の2つの公演は終了しています。
KASANE PROJECT VOL.1 素浄瑠璃「色彩間苅豆」 (本公演は終了しています)
上演日程:2023年8月12日 (土) 午後5時開演
演目:清元「色彩間苅豆」
義太夫「色彩間苅豆」
座談会
会場:国立文楽劇場 小ホール
住所:大阪府大阪市中央区日本橋1-12-10
料金:¥5,500(全席指定・税込)
チケット予約:6月30日(金)~
問い合わせ:株式会社コテンゴテン
https://coten-goten.com/
電話番号 070-8428-8515


尾上右近自主公演 第七回『研の會』 (本公演は終了しています)
上演日程:2023年8 月2 日 (水) 11時開演/16時30分開演
8月3 日(木) 11時開演/16時30分開演
演目:「夏祭浪花鑑」「京鹿子娘道成寺」
会場:浅草公会堂
住所:東京都台東区浅草1-38-6
料金:一等席¥13,000、二等席¥9,000、三等席¥5,000、
特別席¥23,000(各公演22席限定、特典付き)
チケット予約:6月24日(土)~
チケット取扱:チケットぴあ、ローソンチケット、イープラス、楽天チケット

オンラインならではの表現を
ーー「ART歌舞伎」にかける中村壱太郎の熱量
(2020年7月公開記事)
止まれない性格なので。
中村壱太郎さんは取材中にそんな言葉を幾度か口にした。その表情は明るく、女形を中心に活躍するしなやかな身体には溌溂としたエネルギーが充満している。
新型コロナウィルス感染拡大に伴いあらゆる公演が中止となり、エンターテインメント業界が未曽有の危機に直面し始めた3月、壱太郎さんは繊細に揺れる心模様を自身のブログに綴っていた。が、その気持ちを切り替えると、いち早くYouTubeチャンネル「かずたろう歌舞伎クリエイション」を開設するなど、自粛期間中の「いまできること」に懸命に取り組み始めた。そして粛々と準備を進めて来たことがいま一気に花開きつつあるのだ。

中村 壱太郎 (NAKAMURA KAZUTARO)
歌舞伎俳優。1990年8月3日生まれ。1995年1月大阪・中座〈五代目中村翫雀・三代目中村扇雀襲名披露興行〉『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名のり初舞台。祖父は人間国宝の四代目坂田藤十郎、父は四代目中村鴈治郎。若くして『鏡獅子』『曽根崎心中』のお初などの大役を勤め、新時代を担う女形として活躍。2013年3月、慶應義塾大学総合政策学部卒業。2014年9月、吾妻徳陽として日本舞踊吾妻流七代目家元襲名。振付にも才能を発揮し、新海誠監督の 映画「君の名は。」でヒロイン・三葉と四葉の姉妹が舞う巫女の奉納舞を創作。テレビやラジオにも活躍の場を広げている
PHOTOGRAPH BY KEIKO HARADA
目前に控えているのが7月12日(日)に配信公演を行う「ART歌舞伎」。斬新なビジュアルに身を包み、共演の尾上右近さんと男女の舞を披露するイメージ映像は、すでにWebに公開されている。
「自粛期間中、これまで自分はどんな人と出会いどう影響を受けて、ここまでやって来たのだろうということを思い返していました。そして新羅さん(湘南乃風の若旦那)と何かやりたいという、以前から抱いていた思いが膨らんでいったんです。それで連絡を取ろうとした矢先、偶然にも新羅さんのほうから『何かやらないか』というお誘いがあったんです」
ミュージシャンとしての側面だけでなく、近年は本名でさまざまなプロデュース活動をしている新羅慎二さんとのリモートによるミーティングを重ねること数回。そして世の中が少しずつ日常を取り戻し始めたことを受けて、久々に顔を合わせると一気に話は進んだ。
「男女の物語にしようと話している時、目の前にドライフラワーが飾ってあったんです。そこからドライな女という発想が生まれ、じゃあ男は水。濡れた男にしよう、色彩は白と黒の対比だね。という話になり、ヘアメイクの冨沢ノボルさんとスタイリストの里山拓斗さん、それからフラワークリエイターの篠崎恵美さんがご参加くださることになりビジュアルができあがっていきました」
歌舞伎の伝統的な衣裳とは一線を画しながらも、どこか相通じる雰囲気が感じられるから不思議だ。「傾(かぶ)いているからじゃないですか? 歌舞伎の語源となっているのが傾く精神。そこにはこだわっていきたいんです」
作・演出を自ら手がける壱太郎さんは全体を4つのパートで構成することにした。「四神降臨」、「五穀豊穣」、「祈望祭事」、「花のこゝろ」である。壱太郎さんと右近さん以外の出演者は日本舞踊家の花柳源九郎さん、藤間涼太朗さんだ。出演者、スタッフが密にならないようにとの配慮も含め、靖国神社の野外の能舞台で撮影を行った。
「撮影した日はものすごい暴風雨だったんです。四神降臨とはまさにこういうことかと、そんな気にさせられました」

『花のこゝろ』より、尾上右近(左)と中村壱太郎
COURTESY OF ART KABUKI
青龍、朱雀、白虎、玄武。東西南北それぞれの守護神のうち、壱太郎さんが演じるのは流水の象徴である青龍。自然が織りなす演出効果に演者たちの気持ちは否応なく昂る。紋付袴という姿での〝素踊り〟に始まり、古来より神事や民の祈りと密接に結びついて発展してきた芸能の歴史を辿るかのような構成で舞台は進んでいく。
「だんだん変化していく様子を楽しんでいただけたらと思います。カメラや照明、撮影に携わってくださったスタッフは歌舞伎も日本舞踊も初めて見たという方々ばかり。その感覚が新鮮で作品の意図するところを敏感に感じ取って、いい味を引き出してくださっています。最終的にどんな仕上がりになるのか、ものすごく楽しみです」
ドライフラワーの髪飾りを戴いた姿での登場となるのは、眼目の「花のこゝろ」だ。共に踊る二歳年下の右近さんは壱太郎さんにとって「親友であり戦友」のような存在だという。
「常にどこかで意識させられ、制作に向かう姿勢においても舞台においても、同じ熱量、同じビートで生きていると実感します。それでいて作品へのアプローチはまるで違う。そこがまたやっていて面白いんです。この創作舞踊で描かれるのは男女の輪廻転生の物語。それを、友吉鶴心さんの琵琶と語りでお見せします」

モード界のトップクリエイターが手掛ける斬新なビジュアルは、日本の伝統美にも通じる
PHOTOGRAPH BY MUGA MIYAHARA
琵琶、箏・二十五絃箏、津軽三味線、笛、太鼓と日本の伝統楽器奏者が奏でる音楽が、現代のモード界などで活躍するクリエイターたちのビジュアルと融合し、舞踊という身体表現に昇華した時、どんなARTが生まれるのだろうか。
「ご視聴いただく環境は実にさまざまだと思いますが、どんな環境であれ配信している約80分の間、一瞬たりとも集中力が途切れないようなものを目指します。そしてこの後もこうした活動はずっと続けていきたいと思っています」
もちろんそれは、徐々に再開し始めた生の舞台と並行してのことだ。3月以降休業していた歌舞伎座もいよいよ「八月花形歌舞伎」で幕を開け、壱太郎さんは第一部の『連獅子』に出演する。
「実際にお客様の前に出て行った時、どんな感情が湧き上がるのか……。感動量はすごいでしょうね」
コロナをきっかけに歌舞伎がなければ「生きていけない自分」を再認識。ここからが「新たな始まり」だ。「やりたいことはまだまだたくさんあり、別の企画も進んでいます。それらをひとつひとつ形にして、これからもずっと駆け抜けます!」

『連獅子』仔獅子の精=中村壱太郎(2017年10月御園座)
©︎ SHOCHIKU
BY MARI SHIMIZU
<出演情報>
中村壱太郎×尾上右近 ART歌舞伎(オンライン配信公演)(本公演は終了しています)
演目:『四神降臨』『五穀豊穣』『祈望祭事』『花のこゝろ』
出演:中村壱太郎、尾上右近、花柳源九郎、藤間涼太朗
演奏:中井智弥(箏・二十五絃箏)、浅野祥(津軽三味線)、藤舎推峰(笛)、
山部泰嗣(太鼓)、友吉鶴心(琵琶)
ヘアメイク:冨沢ノボル、衣装:里山拓斗、ヘッドピース:edenworks
写真:宮原夢画
配信日時:2020年7月12日(日)19:30配信スタート(約80分を予定)
料金:¥3,000(税込)
配信場所:e+「Streaming+」、ローソンチケット「ローチケ powered by Zaiko」
チケット販売期間:2020年7月12日(日)23:00まで
チケット購入ページ:e+
ローソンチケット
※ 配信公演終了後、見逃し配信として7月13日(月)19:29までご視聴いただけます
※ 本配信ののち、7月13日(月)から「アーカイブ配信」を実施。アーカイブ配信の視聴には別途チケットが必要になりますのでご注意ください
図夢歌舞伎『忠臣蔵』第三回(オンライン配信公演)(本公演は終了しています)
中村壱太郎 配役:「五・六段目」女房おかる
配信日時:2020年7月11日(土)11:00〜生配信
料金:¥3,700(税込)
配信チケットはe +「Streaming+」にて受付
※ 有料配信チケットは、7月11日(土)23:00まで発売
※ 配信開始後、ライブ配信終了後にチケットを購入いただいた方も7月12日(日)23:00までアーカイブ配信をご視聴できます
歌舞伎座『八月花形歌舞伎』(本公演は終了しています)
第一部『連獅子』、第二部『 棒しばり』、第三部『義経千本桜 吉野山』、第四部『与話情浮名横櫛 源氏店』
中村壱太郎 配役:第一部『連獅子』狂言師左近後に仔獅子の精
会期:2020年8月1日(土)~26日(水)
休演日:8月7日(金)、17日(月)
会場:歌舞伎座
住所:東京都中央区銀座4-12-15
料金:1等席¥8,000、2等席¥5,000、3階席¥3,000 ※ 1・2階桟敷席および、4階幕見席の販売はなし
公式サイト
<チケットの購入は下記から>
電話: 0570-000-489(チケットホン松竹)
チケットWEB松竹
令和を駆ける“かぶき者”たち
中村壱太郎
(2024年9月公開記事)

『あらしのよるに』めい=中村壱太郎
絵本『あらしのよるに』を原作とした新作歌舞伎が誕生したのは、2015年9月の京都・南座でのこと。狼のがぶと山羊のめいをそれぞれ中村獅童さんと尾上松也さんが演じ、原作の世界観を生かしつつ、古典歌舞伎の演出や技法を取り入れた舞台は、幅広い世代に受け容れられて、再演を重ねてきた。2024年は原作の発刊から30年という節目を迎えることを記念し、めい役に新たに中村壱太郎さんを迎え、縁のある南座で再演されている。
──新作歌舞伎『あらしのよるに』にはどのような印象をお持ちですか?
壱太郎:実は2015年の初演を南座で拝見しています。ちょうど父(中村鴈治郎)の襲名披露公演の巡業でびわ湖ホールに出演する予定があったので、京都に立ち寄ることができました。客席が盛り上がっている光景が印象に残っていて、とても思い出深い作品です。子どもたちや学生さんがたくさん観に来てくれていたので、客席から子どもの笑い声が聞こえてきて、素敵な雰囲気だったのを覚えています。作品としてもとてもわかりやすくて、友情が描かれていることがまっすぐにメッセージとして伝わってくると思いました。
──原作の絵本は読まれましたか?
壱太郎:今回、獅童のお兄さんからお声がけいただいた時に「まずは原作の絵本を読んでみるといいよ」とおっしゃってくださいました。演じる上では過去の公演の映像がありますから、松也のお兄さんがなさっためいを見ることはできるのですが、まずは絵本を読みました。僕にとっては意外とショッキングで胸にグサッとくるものがある作品だということを知ることができました。舞台になると、どうしてもビジュアルから入ってくるのですが、絵本だと文字で表現されているので、がぶとめいのことがより純粋に描かれている感じがしました。舞台と絵本にはそういう意味での伝わり方の違いはあるかもしれませんが、読んでいて、切なくもなるし、良い意味で悲しい作品だと感じました。

『あらしのよるに』めい=中村壱太郎(右)、がぶ=中村獅童(左)

──めいを演じることになった時の心境と演じる上で大事にしていることを教えてください。
壱太郎:めいの扮装写真を撮影した時は、普通の女方とは違って、山羊を演じることがコスプレをしているように感じて少し恥ずかしい気持ちになりました(笑)。写真を撮る前には松也のお兄さんにご連絡させていただいて、演じる上での特徴的なことをお伺いして、遠隔で助けていただきながら進めました。歌舞伎では狐や猫など、動物を表現することがありますが、山羊はそれらとは違うと思っていたところ、松也のお兄さんなりに山羊の蹄を手の握り方で表現することを考えていらっしゃったので、それを教えてくださいました。
獅童のお兄さんからは「松也さんの通りではなくてもいいから、自分なりに解釈してかず(壱太郎)のめいを演じればいいんだよ」と言っていただきました。でも、歌舞伎の古典作品でないとはいうものの、松也のお兄さんが3回演じて築いてこられたものもあると思うので、一挙手一投足を真似ることはなくてもお兄さんが創り出した雰囲気は大事にして踏襲したいと思っています。ですから、松也のお兄さんが僕のめいをご覧になってどう思われるかは気になります。
狼にとって山羊は獲物なので本来ならば相容れないものですが、動物を演じることに捕らわれず、人間の真理や繋がりといった普遍的なことを問いかけてくる作品でもあると思っています。
──獅童さんが演じるがぶと対峙してどんなことを感じていますか?
壱太郎:獅童のお兄さんとは新作歌舞伎で久しぶりにたっぷりとお芝居ができることが嬉しいです。僕は2019年の「オフシアター歌舞伎」でご一緒したときに、獅童のお兄さんと「舞台上でキャッチボールをすること、芝居を受けること」を感じて、役者として演じることの根本的なことに気づかせていただきました。今回の『あらしのよるに』でも同じなのですが、獅童のお兄さんは「その場で起こることを大事にしてほしい」とおっしゃっていて、お芝居を通してパスを投げたり受け止めたりしてくださいます。“獅童のお兄さんがそうされたなら、僕もこうしよう”と挑んでみたいと思わせてくださって、動きとお芝居で対峙してくださいます。こうしたやりとりの積み重ねで構築されていく関係があって、できていくお芝居というものが絶対にあるということを感じています。


──今回の南座での再演で手応えとして実感していることはありますか?
壱太郎:作品が伝えたいテーマが変わることはありませんが、僕が演じるめいや坂東新悟くんが演じるみい姫は配役が変わっているので、カンパニーの雰囲気も変わってくるでしょうし、本当にそこで生まれるものを大事にすることで自ずと変わっていく部分もあるでしょう。これまでとは違った何かができるかもしれないですね。
でも、『あらしのよるに』は新しいだけではなく、義太夫が語るという古典の作品に通じるものがあるところも素敵だと思っています。義太夫を通して登場人物たちの心情が理解できる面もあるので、しっかりと義太夫に乗った台詞を意識して演じるのも大事だと思います。
──2024年だけを振り返ってもとても幅広くご活躍をされていますが、壱太郎さんはどんなことを目指して取り組んでいらっしゃいますか?
壱太郎:僕が必ず帰るところは上方歌舞伎の成駒家です。今は父も叔父(中村扇雀)も従兄弟の(中村)虎之介も、それぞれがいろいろな道を経験していくことが、家の発展にも繋がると思っています。特に虎之介は中村屋の勘九郎お兄さん、七之助お兄さんのところで経験を重ねています。僕自身も30代、40代はご縁が繋がっていく時期だと思いますので、出来る限りの経験をさせていただきます。今年8月にマドリードでフラメンコと共演させていただいたのも、昨年のトレドの公演に招聘されたことがきっかけでしたし、そもそも新作歌舞伎の『GOEMON 石川五右衛門』に出演していなければ、このご縁はありませんでした。上方歌舞伎の源流とは違う流れにも足を踏み入れていくことが中村壱太郎として歩んでいく上でも必要なことだと考えています。


──初日を迎えて 9月7日にオンラインにて取材
実際に舞台に立つことで、どんなことを実感されていますか?
壱太郎:台風の影響で予定が変わり、今回は本当に稽古が少なかったのですが、今日で合計7回の公演を終えて、お客様とのキャッチボールも含めて、すごくまとまってきた気がして、1つの形として見えてきた感じがしています。獅童さんから「もふもふ感を出して」とおっしゃっていただいたので、最初はほわんとしていたのですが、めいには守らなくてはならないものがあって、めい自身も強く生きていこうという気持ちで成長する姿をご覧いただけるようにしようと思っています。そんなめいに獅童のお兄さんが毎日違う形で寄り添ってくださるので、どんどんお芝居の中に生まれていくものがあると感じています。作品としてのクライマックスはありますが、いろいろな場面に起伏があって、その起伏の大きさが毎日違うので、何度ご覧いただいても楽しんでいただけるのではないでしょうか。
──『あらしのよるに』を通して、何か新しい引き出しを得ることはできそうですか?
壱太郎:めいは山羊なのでこういう動きだという決まりはないと思いますが、歌舞伎にある狐とも、猫とも違うところを出したいという思いがあります。その中で山羊はふわふわしている動物ではないけれども“丸い”というイメージを持って演じようと考えました。今後、動物を演じることがあったら、どういう形の動物なのだろうかということを意識する気がしています。丸なのか、三角なのか、四角なのか、立体的に表すときに、形だとイメージしやすいのかもしれません。めいがどんな輪郭の山羊なのかを考えたときに、ほわんとした丸い山羊を思い浮かべると、おのずと動きもそれに伴っていく感じがします。
──京都に来たら必ず行くというオススメの場所があれば教えてください。
壱太郎:僕が南座以外で京都で必ず行く場所を挙げるとしたら「伏見稲荷大社」です。毎年、年末になると御守りを替えているからです。

中村壱太郎(NAKAMURA KAZUTARO)
東京都生まれ。父は四代目中村鴈治郎。祖父は四代目坂田藤十郎。1995年大阪・中座『嫗山姥』の一子公時で初代中村壱太郎を名乗り、初舞台。古風な佇まいと現代的な風格を併せ持ち、上方歌舞伎を中心とした女方として活躍し、『金閣寺』の雪姫、『京鹿子娘道成寺』の白拍子花子といった女方の大役に挑む機会も増えている。20年には「中村壱太郎×尾上右近ART歌舞伎」公演を配信ライブで開催し、海外配信や映画公開されるほど話題となった。
©SHOCHIKU

九月花形歌舞伎
『あらしのよるに』(本公演は終了しています)
会場:南座
住所:京都府京都市東山区四条大橋東詰
上演日程:2024年9月4日(水)〜26日(木)
問い合わせ:チケットホン松竹 TEL. 0570-000-489
チケットweb松竹
BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA
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