ダンサーから演出家へ。『コーラスライン』のザック役は、アダム・クーパー自身の人生と重なる。これまでの舞台では“神の声”として存在していたザック役を、今回は同じ舞台人として描く、新たな演出の魅力とは。自身のキャリアに変化を求める表現者が、舞台への尽きぬ愛を語る

BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY TAMEKI OSHIRO

画像1: “神の声”から舞台上の存在へ──
アダム・クーパーが体現する
21世紀の『コーラスライン』

『コーラスライン』に重ねるキャリアの軌跡

──幼い頃、ダンスや舞台芸術に初めて触れたときの印象的な記憶があれば教えてください。

アダム・クーパー(以下アダム):たくさんの思い出がありますが、今でもはっきり覚えているのは、自分がとても内向的だったということです。若い頃、私の周りには素晴らしい振付家や演出家がいて、彼らの中で学ぶことはとても刺激的でしたが、同時にそのエネルギーの中で自分をどう表現していいのかわからず、殻に閉じこもってしまうこともありました。そんな私にとって転機となったのは、21歳の時にシルヴィ・ギエムと踊る機会をいただいたことです。
 そのとき、チャイコフスキーの『パ・ド・ドゥ』をはじめ、フォーサイスの『ヘルマン・シュメルマン』や『ファーストテキスト』といった作品を一緒に踊りました。中でも『ロミオとジュリエット』は特別なものでした。実は、彼女のペアだったダンサーが怪我をして、急遽私が代役として入ることになったのです。英国ロイヤル・バレエ団でたった一度きりの公演でしたが、今でも忘れられない経験です。

──シルヴィ・ギエムとの共演は、やはり特別な体験だったのでしょうか?

アダム:はい、とても特別でしたね。ギエムについては、それまでクラシックやモダンの作品での姿しか見たことがなかったので、正直言うと“ドラマティックな役を演じるタイプ”という印象はあまりありませんでした。でも実際に共演してみて、その印象は一変しました。彼女の演技には、圧倒的なリアリティがあった。舞台上に彼女“そのもの”が存在していて、しかも役になりきっている。まるで言葉を超えた会話が成立しているような、そんな感覚がありました。彼女の真実味のある表現に触れることで、私自身も深く引き込まれ、心から楽しんで踊ることができた。その時間は、私のキャリアにとって大きな意味を持つものであり、今でも自分の原点の一つとして心に残っています。

画像1: 『コーラスライン』に重ねるキャリアの軌跡

──2024年にロンドンで上演された新演出版『コーラスライン』でザック役を演じられましたが、この役にご自身のキャリアとの共通点を感じたと伺いました。具体的にはどのような点でしょうか?

アダム:私が演じる演出家のザックはもともとダンサーとしてキャリアをスタートし、やがて振付家、演出家へと道を切り拓いた人物です。若い頃、ただひたすら踊ることで自己表現していた私が、次第に人を導く立場になっていった。私もザックというキャラクターと同じ道を辿ってきたと思います。
 特に共感したのは、人を選ぶ立場の重さです。目の前に立つ才能と真摯に向き合わなければならない。『コーラスライン』では何時間もの時間をかけて選んでいきますが、現代のオーディションは、限られた時間の中で行われます。いずれにせよ才能を見極めなければならないというプレッシャーというものは、時代の隔たりがあっても共感できるところだと思います。
『コーラスライン』が描かれた1970年代の演出家はオーディションを受ける側とはかけ離れた場所にいる存在だったと思います。私はどちらかというと受ける側との距離は近く、いい雰囲気の中でよい関係を築きながら人を選んでいきたいと思っています。

──今回の新演出では、ザックが舞台上に登場するという大胆な変更が加えられています。このアイディアを最初に聞いたとき、どう感じられましたか?

アダム:とても素晴らしいアイディアだと思いました。正直に言うと、私はこれまでのオリジナル版の演出には少し距離を感じていたんです。なぜならザックという人物が、“声”で支配する、いわば“神の声”、つまりかけ離れた存在とされていたのが、どうしてもしっくりこなかった。私の中では、演出家も同じ舞台に立ってダンサーたちと対峙するべきだと思っていたからです。
 本作の生みの親で、伝説的なダンサーであり、振付家でもあるマイケル・ベネットは、映画版のようにオーディションを受けている人たちからザックが影響を受けているという姿を舞台版でも描きたかったそうです。今回の演出では、ザックが舞台上に現れ、ダンサーたちと同じ空間で呼吸する。その演出プランをオファーされたときにそれを聞いてとても嬉しくて、出演を決めました。

──ザックという存在を“神の声”ではなく、同じ舞台人として演じるにあたって、特に意識された点はありますか?

アダム:常に「その場に存在すること」を意識しています。自分がどういう存在なのかを声だけで演じてみせるのはとても難しいですが、ザックは長い間、彼らの息づかいを感じながらオーディションの経過を見守っていなければならないので、とても集中力が必要です。その場に「生きている」こと。それが、マイケル・ベネットの精神にもつながると信じています。

──『コーラスライン』には「ONE」のような印象的で人気の高い楽曲が多いですが、音楽面ではどんなところに魅力がありますか?

アダム:どの曲も素晴らしく、それぞれの曲の歌詞に登場人物の心情が丁寧に描かれています。中でも「What I Did for Love」は、舞台の最後に歌われることで全編を通して繰り返し語られてきたテーマが、この一曲に凝縮されているように思います。この曲が流れるとき、舞台上には「何のためにオーディションを受けているのか」「なぜ私たちは踊り続けるのか」「たとえ傷ついても、なぜこの世界に身を置くのか」という問いが、静かに、でも確かに響いている。エンタテインメントへの愛を込めて歌っていることが伝わってきます。音楽的にも意味のある曲が詰まった作品だと思います。

──新演出版では、振付や楽曲の編曲などアップデートされたようですが、見どころを教えてください。

アダム:『コーラスライン』はどの年代に設定しても成立するのではないかと思いますが、今回のバージョンでは、これまで通り1970年代という設定になっていて、そこに新しいエネルギーを注いだ演出がなされています。
 今回の振付を手がけたエレン・ケーンは『マチルダ』の振付をした方で、イギリスでも非常に注目されている新進気鋭の振付家です。彼女の振付は、動きでストーリーを語る力にあふれていて、感情を揺さぶるような演出がなされているので、初めて観た人も作品に没入できます。
 照明や舞台美術の力も大きく、視覚的にも豊かな世界が広がっていて、音楽も、1970年代の香りを残しながら現代的に再構築されています。オリジナルのCDを娘と聴き比べたとき、70年代の香りを残しつつ、現代の観客にもすっと届くものになっていると実感しました。

画像2: 『コーラスライン』に重ねるキャリアの軌跡

踊ること。その先にある境地とは

──少しだけでも踊ってほしい、というファンの声もあると思いますが、今回の舞台ではいかがでしょうか?

アダム:踊りたい気持ちもありますし、踊りたくない気持ちもある。本当に素晴らしい振付なので、私自身も、正直言って「もう少し若ければ」と思う瞬間はあります(笑)。幸いにも、少しだけ踊るソロのシーンを加えてもらったので、それを楽しみにしてくださっている方の期待には応えられるのではないかと思います。
 ただ、自分のキャリアとしては、20年前にやっていたことを今はできません。今はダンサーという立場から移行する時期にあって、若い才能に舞台を譲るときでもあると感じています。私の中では、次のステップとして、演出や演技、あるいはコンサートといった機会も増えてきているので、そういう形で自分自身を進化させていき、新しい方面でも活躍していきたいと思っています。

──踊りや演技に感情を込めるうえで、どのような準備を大切にされていますか?

アダム:私はパフォーマンスをする時に、“キャラクターの構築”から始めます。それが自分にとって一番大事だと思っているからです。台詞や振付を覚えるよりも前に、その人物がどんな人生を歩んできたのか、どんな人間関係の中に生きているのかを掘り下げていく。その工程がなければ、役として説得力がないので、観客には響かないと感じています。“自分ではない誰か”を見せるには、まず役作りが大切です。

──これまで何度も日本の舞台に立たれていますが、日本で演じるうえで大切にしていることはありますか?

アダム:日本の観客の皆さんには、いつも特別な思いがあります。私は18歳の頃から日本で公演をしてきましたが、観客の皆さんは常に温かく迎えてくれて、まるで私と一緒に成長してくださっているかのようで、長年にわたって応援し続けてくださっている。ジャンルがバレエであろうと、ミュージカルであろうと、あるいは芝居であっても、皆さんは私が挑戦する姿を楽しみにしてくれています。それがどれほど演者にとって心強いことか。私はその信頼と期待に応えるべく、常に成長し、変化し続けていたいと思っています。

画像1: 踊ること。その先にある境地とは

──舞台で「最も自由」を感じる瞬間は?

アダム:それは、やはり歌っているとき、踊っているときですね。子どもの頃から、私はフレッド・アステアに憧れ、舞台の上で体を動かすことに夢中でした。今でも、その原点に立ち返ると、自分が“自由”でいられる瞬間がそこにあります。25年以上にわたってミュージカルなどのさまざまな舞台に立ってきましたが、やはり音楽と身体がひとつになったときの喜びは、何にも代えがたいものです。

──日常の中で、リフレッシュしたい時は何をされていますか?

アダム:イギリスにいるときは、家族と過ごす時間が何よりの癒しです。料理をしたり、犬の散歩をしたり、ごく普通のことが、自分を整えてくれるんです。愛犬はダックスフンドとマルチーズ。どちらも小さくて、とても可愛いですよ。海外にいるときは、Netflixを観たり、スマートフォンでゲームをしたりして、少しだけ日常から離れる時間をつくるようにしています。オンとオフを切り替えることも、表現者には必要なことですね。
 仕事柄、旅する機会はありますが、マレーシアやシンガポールといったアジアの諸国や南アフリカなど、仕事では行くことのない国へ行ってみたいです。

画像: アダム・クーパー(ADAM COOPER) ロンドン出身。1989年〜97年まで英国ロイヤル・バレエ団に在団し、94年には最高位であるプリンシパルに昇格。95年マシュー・ボーンの『スワンレイク』の演技が世界的に評価され、タイムアウト賞をはじめとする数々の賞を受賞。99年度のトニー賞ミュージカル主演男優賞にノミネートされ、世界的に有名なバレエダンサーとなる。英国ロイヤル・バレエ団の退団後もゲスト・アーティストとして出演する傍ら、自ら振付や演出、脚本も手がけている。日本での人気も高く、『スワンレイク』『雨に唄えば』『兵士の物語』など来日公演、『レイディマクベス』ではマクベス役で天海祐希との共演も果たしている。 Hair & Makeup by Megumi Tatsumi(Freckles)

アダム・クーパー(ADAM COOPER)
ロンドン出身。1989年〜97年まで英国ロイヤル・バレエ団に在団し、94年には最高位であるプリンシパルに昇格。95年マシュー・ボーンの『スワンレイク』の演技が世界的に評価され、タイムアウト賞をはじめとする数々の賞を受賞。99年度のトニー賞ミュージカル主演男優賞にノミネートされ、世界的に有名なバレエダンサーとなる。英国ロイヤル・バレエ団の退団後もゲスト・アーティストとして出演する傍ら、自ら振付や演出、脚本も手がけている。日本での人気も高く、『スワンレイク』『雨に唄えば』『兵士の物語』など来日公演、『レイディマクベス』ではマクベス役で天海祐希との共演も果たしている。

Hair & Makeup by Megumi Tatsumi(Freckles)

画像2: 踊ること。その先にある境地とは

『コーラスライン』

原案・振付・演出:マイケル・ベネット
新演出版 演出:ニコライ・フォスター
出演者:アダム・クーパー他

(日本プレミア公演)
会場:東京建物 Brillia HALL
公演日時:2025年9月8日(月)〜9月22日(月)

(仙台公演)
会場:仙台サンプラザホール
公演日時:2025年9月27日(土)~9月28日(日)

(大阪公演)
会場:梅田芸術劇場メインホール
公演日時:10月2日(木)〜10月6日(月)

(東京凱旋公演)
会場:Theater H
公演日時:2025年10月10日(金)〜10月19日(日)

問い合わせ
contact@tspnet.co.jp
公式サイトはこちら

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