BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『梅ごよみ』丹次郎=中村隼人
歌舞伎座二月の風物詩として、中村屋ゆかりの演目が並ぶ「猿若祭」。寛永元年に初代猿若(中村)勘三郎が江戸で歌舞伎興行を始めてから400年、その精神を受け継ぐ公演として、昭和51年に始まった「猿若祭」は、今年節目の50年を迎え、3年連続で歌舞伎座にて上演されている。
本公演の打ち出しの演目となる『梅ごよみ』で3人の女性から恋い慕われる丹次郎を演じるのは、中村隼人。テレビドラマなど映像の世界でも存在感を放ち、幅広い層から注目を集めている彼が、古典の世話物に描かれる人間の揺らぎをすくい上げる。節目の「猿若祭」の舞台に立つ今、何を感じ、どんな人物像を立ち上げているのだろうか。
──初日を迎えて2月6日に新橋演舞場にて取材
「猿若祭」には昨年に引き続き出演されていますが、どんなことが印象に残っていますか?
隼人:今まで僕は(中村)勘九郎さんと(中村)七之助さんが率いる中村屋の座組でご一緒する機会がほとんどありませんでした。他の座組でご一緒することはありましたが、七之助さんとの共演は『おちくぼ物語』(2015年8月歌舞伎座)以来だったので、ずいぶん間が空いていました。ですから、すごく新鮮な気持ちでしたし、程よい緊張感があるように思います。
昨年の「猿若祭」で話題となった『きらら浮世伝』では、勘九郎さんが演じる蔦屋重三郎と七之助さんが演じる遊女篠竹を取り合うという、勇助後の喜多川歌麿役を演じました。寛政の改革で表現が制限されていくときに、重三郎が声を上げて“美人画がダメなら男の役者絵を作ろう”と考え、名もなき彫り師や摺師たちがそれに賛同し、職人一人一人が歓声を上げながら吉原へと向かって花道を駆け抜けていくという場面があります。いろいろな試みをして、最終的には僕がその職人たちを率いていく役割をさせていただきました。「群像劇なのだから、皆が立つように」という勘九郎さんの考えから生まれた演出でした。
吉原という地は流行の最先端という明るい面だけでなく、吉原で生きる女性たちが直面していた闇の部分もあり、『きらら浮世伝』も僕が出演していたNHK大河ドラマ『べらぼう』でもその二面性が描かれていました。だからこそ内容的には希望のある明るい方へと導かれたのだと思います。
──今回の『梅ごよみ』では、3人の女性から思いを寄せられる丹次郎という人物をどのように捉えていますか?
隼人:なかなか難しい役どころだと思います。最初は米八(中村時蔵)という辰巳芸者に可愛がられていて、さらに米八のライバルである芸者仇吉(中村七之助)という女性にも少し興味を持ってしまって……。それなのに、お蝶(中村莟玉)という許嫁がいる。彼には、どこに本心があるのかなと思いました。
そこで、まず一つ考えたのは、自分の家に住まわせている半次郎(中村橋之助)のために御家の重宝をどうしても見つけ出したいという男気にあふれる人物であるということ。それでいて、流されやすい面もあって、腕に米八の名を刺青で彫ってしまっていますが、2人の芸者に対してはただの遊びなのかなと考えました。2人への思いが本気でないということで通さないと、最終的にお蝶に行き着くのが難しいんです。ちょっと流されやすい部分もありながら、男気のある人物なのではないでしょうか。

『梅ごよみ』丹次郎=中村隼人 許嫁お蝶=中村莟玉
──仇吉(中村七之助)との場面で、台詞として発していない対話があるように見受けましたが、話す内容は毎日違うのですか?
隼人:相手役の方によっては、捨て台詞まですべて決めて、日を重ねるうちに固まっていくこともあるのですが、今回はディスカッションして決めることはしていません。僕がなんとなく、“丹次郎だったらこういうかな?”と考えて、七之助さんが演じる仇吉にぶつけているような感じで、その日、その日の空気でお互いに演じています。一応、決まっている台詞はあるのですが、その前後に付け加えたりして、“間”が変わっていることはあるので、それがお客様にいい雰囲気で伝わったらいいなと思っています。
──仇吉と丹次郎が指切りをするのが印象的ですが、台本にある仕草なのでしょうか?
隼人:(坂東)玉三郎さんの仇吉、(片岡)仁左衛門さんの丹次郎で『梅ごよみ』をなさった時には、指切りをなさっていたので、今回、七之助さんは仇吉というお役を玉三郎さんに監修していただいていることもあって、僕自身も指切りをするのだと思って臨みました。最初の稽古の時は、七之助さんが小指をさっと出されたので、僕も“ここで指切りをするのか”と思って指を出しましたが、最近はその日によって違っています。昨日は、僕から「これは絶対に約束だよ」といって先に指を出しましたが、決めないでやっているとかみ合わない日もあるんですよ。同時に出してしまうこともありますし、このタイミングで指を出すだろうとお互いが遠慮すると、両方とも指を出さないという風になってしまう(笑)。結構難しいです。その探り探りの不思議な距離感が、丹次郎と仇吉という二人の関係性に当てはまるといいなと思いながら演じています。
──初日から回数を重ねて、お芝居に何か変化のようのものはありますか?
隼人:作品全体のテンポ感が上がってきたなと感じています。世話物ですが時代物のようにたっぷりとした話し方をする台詞もあるのですが、これについては米八役の時蔵さんが「あそこは、あんなふうに時代の言い方をしなくてもいいよ」と、さらっと発していいところを指摘してくださいました。それで最初に比べると全体のテンポが速くなっていますし、役柄の人物像の解釈や背景がどんどん深まっていく感じがあります。

『梅ごよみ』丹次郎=中村隼人

『梅ごよみ』丹次郎=中村隼人

『梅ごよみ』丹次郎=中村隼人
──上方歌舞伎には「つっころばし」と呼ばれる優男のお役がありますが、丹次郎はまた違うタイプの男性ですか?
隼人:そうですね、「男を立てる」という台詞もあるので、丹次郎は「つっころばし」ではないと思います。半次郎の宝物を自分で見つけようとするところに丹次郎の軸がありますし、つっころばしだったら誰かにやってもらって自分で動こうとはしないと思います。そこが一番の違いではないでしょうか。
──『女殺油地獄』では中村米吉さんが相手役のお吉を勤めていましたが、隼人さんが初役で河内屋与兵衛を勤めた時(2024年3月)のお吉は中村壱太郎さんでした。相手が違うことで、芝居での何かが変わることはあるのでしょうか?
隼人:僕が与兵衛を初役で勤めた時にご一緒した壱太郎さんは、お吉を演じるのが3回目だったようです。それだけ同じ役を重ねると、壱太郎さんの中にしっかりとお吉という人物が入っていますし、もちろん先輩で、何度か経験されているからこそ引っ張ってくださるところがあります。一方、米吉くんは妹のおかちを演じたことはありましたが、お吉は今回が初役だったので、一緒に作っていく感じで、その違いも大きかったと思います。
僕たちは初役で演じたことがベースとなるので、仁左衛門さんにお稽古をしていただいて、壱太郎さんはこういう息で演じていたということが体感として残っています。前回は、米吉くんに壱太郎さんの演り方を伝えながら、それとは別の演り方にするのかをディスカッションして、2人で模索して、相談し合いながら作っていきました。芝居の途中でも気づいたことがあれば、裏に引っ込んだときに伝えました。相手がどう考えているのかを把握することも大切ですし、僕がこういう気持ちでこういう風に演りたいと思うことを共有できるところが、年齢が近い相手役のいいところだと思います。
──2か月にわたって出演されている最後の幕は全く違う雰囲気の作品ですが、丹次郎は2人の美しい芸者たちから「いい男だね」と言われてとても気分が良かったのではないでしょうか?
隼人:1月はバットエンドで、2月はハッピーエンドですが、どちらの作品もお客様からのヘイトを一挙に集めている気がします(笑)。2025年の7月に大阪松竹座での「野崎村(『新版歌祭文』)」で久松を勤めさせていただいたんですが、久松も2人の女性を不幸にしているじゃないですか。歌舞伎の立役は、結構、女性の敵が多いです(笑)。今回演じている丹次郎も七之助さんの推しの方は、「この丹次郎めが!」とお怒りでしょうし、時蔵さん推しの方も同じ気持ちでしょう。莟玉くん推しの方も夫婦になるというハッピーエンドでも一言言いたいでしょうし、僕に向けた三本の槍が飛んでくるわけです(笑)
──そうしたモヤモヤした気持ちをスカッとリセットするためにしていることは何かありますか?
隼人:キャンプも行けてないですし、終演時間が遅いので、ご飯も作る時間がないんです。強いて言うなら、スノードームを眺めていることでしょうか。海外に行く機会も多かったので、海外のスノードームを集めていて、観光地のお土産屋さんで見つけるたびに買っています。ニューヨークだと自由の女神だったり、サウジアラビアのラクダだったり。集めるようになってから思ったのは、クオリティを統一しないといけないということです。大きさもクオリティも違うので、ばらつきがないようにしたいですね。差し入れにはお菓子ではなく、スノードームだと隼人は喜びます(笑)。見ているだけで楽しくなるので、気に入っています。

『梅ごよみ』丹次郎=中村隼人

『梅ごよみ』丹次郎=中村隼人
二枚目でありながら、どこかユーモラス。そのギャップを含め、演じている最中の気持ちを率直に語ってくれたことが印象に残った。
『女殺油地獄』についても、相手役によって受ける印象が大きく異なることに触れ、同じ役を勤めていても、共演者が変われば新たな表現が生まれる——そのことを改めて実感させられた。古典作品も、現代を生きる俳優たちによって演じられることで、その時代の感性をまとった芝居として更新されていく。
冗談交じりに「女方推しからのヘイトを集めている」と語っていたが、『梅ごよみ』では、隼人ならではの美しい男の姿を存分に味わうことができる。日々変化する“間”が生み出す新鮮味のある舞台。その一瞬一瞬を、ぜひ劇場で体感してほしい。
中村隼人(Nakamura Hayato)
東京都生まれ。父は二代目中村錦之助。2002年、初代中村隼人として『寺小屋』の松王丸一子小太郎役で初舞台を踏む。07年、国立劇場特別賞、17年、国立劇場奨励賞を受賞。主な出演作にドラマ「せいせいするほど、愛してる」、「あなたはだんだん欲しくなる』、料理番組「メンズキッチン2」、新作歌舞伎『NARUTO -ナルト-』、スーパー歌舞伎II『ワンピース』、舞台『巌流島』など歌舞伎以外も含め、多数。NHK BS時代劇「大富豪同心」シリーズで、主人公・八巻卯之吉を好演。2025年は大河ドラマ「べらぼう〜蔦重栄華乃夢噺〜」に出演し、注目を集めた。
猿若祭二月大歌舞伎
昼の部 11時開演
一、『お江戸みやげ』
二、『鳶奴』
三、『弥栄芝居賑 猿若座芝居前』
四、『積恋雪関扉』
夜の部 16時30分
一、『一谷嫩軍記 陣門・組打』
二、『雨乞狐』
三、『梅ごよみ』
※中村隼人さんは、
夜の部の『梅ごよみ』に出演。
会場:歌舞伎座
住所: 東京都中央区銀座4-12-15
上演日程: 2026年2月1日(日)〜26日(木)
休演日: 9日、18日
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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