ショパンコンクールを制したピアニストのエリック・ルーにインタビュー。彼が、シューベルトの即興曲集に抱く特別な思いとは――

BY MAKIKO HARAGA, PHOTOGRAPH BY YUSUKE ABE

 5年に一度開催されるショパン国際ピアノ・コンクールは「ピアノ界のオリンピック」と称され、神童の名をほしいままにしてきた世界の若き俊英たちが演奏の腕を競い合う。米国ボストン郊外出身のエリック・ルーは、2015年にわずか17歳で4位入賞。再び挑戦した2025年には大会史上最多である642人の挑戦者の頂点に立ち、歴史あるコンクールに名を刻んだ。
 待望の最新アルバムは、ショパンではなく、シューベルトの『即興曲集』作品90と作品142を収録。いずれも最晩年に作曲され、シューベルトの最高傑作に挙げられる。

画像: 息抜きしたいときは親しい友人たちと会うが、一人になると、やはり音楽を聴かずにはいられない。「好きなことだから」

息抜きしたいときは親しい友人たちと会うが、一人になると、やはり音楽を聴かずにはいられない。「好きなことだから」

 ルーにとって、シューベルトは特別な存在だ。「彼の音楽を聴くとあまりにもパワフルで感情が揺さぶられる。そしてほんとうに美しい。人間が人間らしくあることの難しさを描いている」とルーは言う。生涯貧しく、名声とは無縁のまま病に苦しみ31歳で早世したシューベルト。「彼にとって作曲は芸術に身を捧げるひたむきな行為でした。そのピュアな魂と多面的な人間性を映し出すシューベルトの音楽は、唯一無二のものです」
 ゆえに「もっとも手ごわい作曲家の一人」であり、ルーは作品90の第1 番ハ短調を「最高難度のピアノ作品」と評す。「両方の手でG(ソの音)のオクターブを弾く出だしは背すじが凍るほどの寂せきりょうかん寥感が漂い、そこからシューベルトらしい圧倒的な美へ昇華し、哀しみと美しさ、希望と絶望が重なる。そして粛々と重く刻まれる鼓動のような音の反復を経て、自らの運命を受容するかたちで終わる」とルーは解説する。だがシューベルトは思いのたけを直接伝える作曲家ではない。「ピアニストは曖昧な世界を彷さまよ徨いながら彼の心の奥底の生々しい感情を捉え、独特なタッチを再現し、極限まで抑制して旋律を歌うのです」

 作品90第1番の楽譜を一見するかぎり、音符の並びは意外とシンプル。"超難曲" には見えない。「音の数が多く複雑で、速い曲ほど難しいと思われがちですが、誤解です。シューベルトはハイレベルな洗練と熟考の積み重ねが必須で、はるかに難しい」
 そんなシューベルトを「10代半ばまでは全然理解できなかった」と言う。作品90は18歳で取り組み始め、当初は「うまく弾けず、もがいた」。以来、磨きをかけてきた。アルバムの収録後も自身の録音を聴き直し、気づきを得て弾き方を少し変えたという。「演奏会も収録も、そのときのベストな瞬間を捉えたスナップ写真。演奏は進化しつづけるのです」

Eric Lu(エリック・ルー)
●1997年米国マサチューセッツ州生まれ。クラシック好きの父が地元の図書館から借りてくるCDを聴いて育つ。6 歳のとき、姉のレッスンが楽しそうでピアノを習い始める。名門カーティス音楽院で学んだほか、ダン・タイ・ソンらに師事。2018年、リーズ国際ピアノ・コンクール優勝。シカゴ交響楽団など世界の主要オーケストラとの共演多数

画像: 『シューベルト:即興曲集 作品90 & 142』 (SACDハイブリッド)¥3,410/ワーナーミュージック・ジャパン録音は2024年の8 月と11月にベルリンのテルデックス・スタジオで行われた。 https://wmg.jp/eric-lu/discography/32327

『シューベルト:即興曲集 作品90 & 142』
(SACDハイブリッド)¥3,410/ワーナーミュージック・ジャパン録音は2024年の8 月と11月にベルリンのテルデックス・スタジオで行われた。
https://wmg.jp/eric-lu/discography/32327

▼あわせて読みたいおすすめ記事

T JAPAN LINE@友だち募集中!
おすすめ情報をお届け

友だち追加
 

LATEST

This article is a sponsored article by
''.