BY SHION YAMASHITA, PHOTOGRAPHS BY WATARU ISHIDA

『怪談 牡丹燈籠』宮野辺源次郎=中村橋之助
夏の風物詩でもある「八月納涼歌舞伎」。第一部では、三遊亭円朝の怪談噺をもとにした『怪談 牡丹燈籠』が上演されている。幽霊の恐ろしさだけでなく、欲や執着、男女の情といった人間の心の奥底を描き出す物語で、中村橋之助が初役で勤めるのは宮野辺源次郎。お国との関係を演じながら、人間の弱さや身勝手さを生々しく浮かび上がらせる。
今年、結婚という人生の大きな節目を迎えた橋之助。30歳となり、舞台では父・中村芝翫が勤めてきた役に挑む機会も増えた。さらに、また来年の新春浅草歌舞伎でも、若い世代を率いる立場を担う。本連載初登場となる今回は、『牡丹燈籠』から、受け継いでいきたい納涼歌舞伎の精神、父や弟たちへの思い、そして結婚を経て芽生えた新たな責任感までを聞いた。
——『牡丹燈籠』は今回が初役ですね。作品のどこに面白さを感じていますか。
橋之助:いわゆる怪談というより、人間の怖さを描いているところを、歌舞伎として面白く書き換えているのが『牡丹燈籠』の魅力だと思います。まず萩原新三郎(市川染五郎)とお露(尾上辰之助)、次にお国(坂東新悟)と僕が演じる宮野辺源次郎、そして伴蔵(坂東巳之助)とお峰(尾上右近)という三組の男女が登場しますが、それぞれに違う人間らしさがある。僕が演じる源次郎も振り幅のある役ですし、伴蔵とはまた角度の違う人間っぽさがある。その違いをきちんと出すことが大事だと思っています。
——宮野辺源次郎という人物をどのように捉えていますか。
橋之助:散々格好をつけておきながら、最後には全部人のせいにしてしまう(笑)。僕自身はあまり好きではないタイプの人間ですが、それが源次郎らしさだと思うんです。物事を理解しているようで、実はきちんと理解しないまま進んでしまう。自分が落ちぶれていったときにも、「なんでこうなったんだ」「なんでこんなことをしてしまったんだ」と、自分に起きたことばかりを嘆いている。そこはかなり意識して演じています。
――『牡丹燈籠』は怪談でありながら、人間の欲や執着、男女の情の怖さが描かれています。実際に演じて、改めて感じることはありますか。
橋之助:今回、(坂東)巳之助のお兄さんから「結婚後、最初の歌舞伎座で、“女は怖いものだと思っている”っていう台詞を言って大丈夫なの?」と僕を気遣ってくれました(笑)。でも、女性の強さや、ある意味でのしたたかさが恐ろしさにつながっていくのが、僕たち源次郎とお国の関係だと思います。伴蔵は伴蔵なりの怖さがあるし、お露と新三郎もストーリーが展開していく上で大事なカップルで、また違った関係性がある。僕が演じる源次郎は(坂東)新悟のお兄さんが演じるお国についていくしかないことへの怖さなど、三組それぞれの人間の怖さがあって、客観的に見ていると、それがすごく面白い作品だと感じます。

『怪談 牡丹燈籠』宮野辺源次郎=中村橋之助

『怪談 牡丹燈籠』宮野辺源次郎=中村橋之助
——若い世代が中心となる八月納涼歌舞伎ですが、橋之助さんにとってこの公演はどのような場所ですか。
橋之助:今回の『牡丹燈籠』では、巳之助のお兄さんをはじめ、世代も近く、普段からよく話す人たちが集まっています。
「八月納涼歌舞伎」が始まってからの流れでいうと、父たちの世代がつくり、勘九郎のお兄さんたちが引き継いで、僕たちはいわば第三世代になる。その思いは強く持っています。
僕にとっては、父が納涼歌舞伎で担っていたような立場になることが、まず目指すところです。“納涼”のお稽古場には、昔から「やってやるぜ」というような独特の熱があったんです。みんなの中にある炎が普段より大きく燃えるような感覚。その空気を僕たちもしっかり引き継いでいきたいと思っています。
——近年は、お父様の中村芝翫さんが勤めてきた役に挑む機会も増えています。役への向き合い方に変化はありますか。
橋之助:父が演ってきたものをさせていただく機会が増えて、もちろん緊張しますし、身も引き締まります。でも、それ以上に嬉しさのほうが強いですね。
父が演じた役を勤めるときは、まず父を“完コピ”することを大事にしています。成駒屋という家の俳優としても、息子としても、父は一つの目標ですし、僕は父と(中村)勘九郎のお兄さんのお芝居が好きなので、二人のいいところをいっぱい盗んでいきたいと思っています。
一方で、芝居をするときにいちばん大切にしているのは“心”です。「歌舞伎は、意味をきちんと理解できていなくても型でできてしまうことがある。でも、そこにちゃんと意味が通っていなければいけない」ということを(坂東)玉三郎のおじさまから教えていただきました。(中村)七之助のお兄さんや父にお稽古していただくときにも、「そこにはどういう意味があるのか」「どういう理屈なのか」ということを指摘されます。まず役の心を読み解き、理解したうえで芝居をすることを大事にしています。

『怪談 牡丹燈籠』宮野辺源次郎=中村橋之助

『怪談 牡丹燈籠』宮野辺源次郎=中村橋之助
——橋之助さん、福之助さん、歌之助さんの三兄弟で取り組んできた自主公演「神谷町小歌舞伎」も4回を数えました。三人で続けてきたことで得たものはありますか。
橋之助:一番は、“僕たち三人にはこれだけの力がある”ということを、知ってもらいたいという思いからでした。それぞれが歌舞伎座や浅草をはじめいろいろな劇場で大きなお役をさせていただけるようになってきたのは、“僕たちだってできるんだ”というところを見せてきた結果でもあると思っています。
その先に目指しているのは、成駒屋一門が強く、大事にされる一門でありたいということ。それが大きな目標です。そこへ向けて、“これからどう進化していくのか”ということを考えられる段階まで来られたことは、この4年間で得た一つの成果だと思います。
——三兄弟はとても仲がいいですね。
橋之助:僕が二人の弟のことをすごく好きなんだと思います(笑)。妻からも「本当に福之助さんと歌之助さんのことが大好きだよね」と言われます。嬉しいことがあったら共有したいし、二人にいい役が決まれば自分のことのように嬉しい。披露宴でも中座するときは絶対に弟たちに手を引いてほしいと思い、三人で手を繋いで中座しました。(笑)三人とも性格は全然違うんですが、それぞれがお互いを心配し、気にしている。そのバランスがいいんでしょうね。それに、三人が「いい」と思う歌舞伎が同じなんです。それも大きいと思います。
——今年はご結婚という大きな節目も迎えられました。歌舞伎俳優として、何か意識の変化はありましたか。
橋之助:あります。今までは僕一人だったけれど、これからは僕がきちんとしていかないと家族にも響くし、妻にも迷惑がかかる。いい意味で、目に見える形で責任を背負ったという感覚があります。妻はすごく頑張り屋さんで、もともと着物もまったく着られなかったのに、一生懸命覚えてくれて。楽屋に妻がいると、僕もちょっと格好をつけたくなるというか、きちんとしようと思います(笑)。
子どもの頃から、父の楽屋には母が横に座っているのが当たり前の光景でした。それが今、自分の楽屋に自分の妻が座っている。難しいことではなく、単純にそれが嬉しいですね。

『怪談 牡丹燈籠』宮野辺源次郎=中村橋之助

『怪談 牡丹燈籠』宮野辺源次郎=中村橋之助
——来年は新春浅草歌舞伎への出演も決まっています。これから、どのような役者になりたいですか。
橋之助:真ん中が似合う、器量の大きな役ができる役者になりたいです。父のように、義太夫狂言の真ん中にデンといることが似合う役者になる。それが僕の一番の夢です。
浅草歌舞伎では若い人たちを引っ張る立場になりますが、無理にチームワークをつくろうとか、まとめようとは思っていません。自分がしてもらいたいことを、まず人にする。僕自身が下の立場だったときに「こうしてくれたら嬉しかった」と思うことを、後輩たちにしてあげられればいい。結果として、それがチームワークにつながっていくのではないかと思っています。
——最後に、『牡丹燈籠』でぜひ注目してほしいところを教えてください。
橋之助:源次郎については、「あれだけ格好をつけているのに、お前そんなに弱いのか」「最後は全部人のせいにするのか」という、人間らしさがすごくあふれているところですね(笑)。お国との関係も、ほかの二組との違いも色濃く出るので、そこは注目していただきたいです。
作品全体としても、とてもわかりやすく、いい形でまとまった力のある作品です。外も暑いですから、涼しい歌舞伎座で、僕たち若手の熱を感じていただけたら嬉しいです。
父・中村芝翫を目標に、実直に役の心と向き合う姿が印象的だった。父の芸をまずは“完コピ”したいと語る素直さの一方で、型だけではなく、そこにある意味や心を理解して演じることを何より大切にしている。弟たちの活躍を自分のことのように喜び、結婚を機に家族への責任も背負った。目指すのは、父のように「真ん中が似合う、器量の大きな役者」。その言葉に、橋之助の現在と進むべき道がまっすぐに表れていた。
中村橋之助(Nakamura Hashinosuke)
東京都生まれ。父は中村芝翫。2000年、中村国生を名のり、『京鹿子娘道成寺』の所化、『菊晴勢若駒』の春駒の童で初舞台を踏む。2016年、四代目中村橋之助を襲名。09年、国立劇場特別賞、15年、18年に国立劇場奨励賞を受賞。2023年からは、成駒屋三兄弟と父・中村芝翫の弟子たち「神谷町一門」が一丸となって創り上げる自主公演「神谷町小歌舞伎」を開催。これまでに4回の公演を重ねるなど、研鑽を積んでいる。
八月納涼歌舞伎
上演日程:2026年8月2日(日)〜26日(水)
休演日:10日、18日
第一部 11時開演
通し狂言『怪談 牡丹燈籠』
第二部15時10分
一、『らくだ』
二、『鬼神のお松』
第三部19時
一、『舞鶴雪月花』
二、『雪』
三、『残月』
※中村橋之助さんは、第一部の『怪談 牡丹燈籠』に出演。
会場:歌舞伎座
住所: 東京都中央区銀座4-12-15
問い合わせ: チケットホン松竹 TEL 0570-000-489
チケットweb松竹
山下シオン(やました・しおん)
エディター&ライター。女性誌、男性誌で、きもの、美容、ファッション、旅、文化、医学など多岐にわたる分野の編集に携わる。歌舞伎観劇歴は約30年で、2007年の平成中村座のニューヨーク公演から本格的に歌舞伎の企画の発案、記事の構成、執筆をしてきた。現在は歌舞伎やバレエ、ミュージカル、映画などのエンターテインメントの魅力を伝えるための企画に多角的な視点から取り組んでいる。
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